第三十九話 天賦の才

 何度か攻撃を続けるうちに女王蟻はミミエルを無視し始めた。ミミエルはこれまで積極的に攻撃に参加しておらず、攻撃を躱し、気を引くように立ち回っているだけだったからだ。

 女王蟻の知能は高い。おそらく武器という概念、戦術という理念を理解できている。

 しかし、生まれてから一度も外に出たことがない女王蟻は戦闘経験がない。だから人間は嘘をつく生き物だということを知らない。

『ミミエル。今!』

 エタが携帯粘土板越しに指示を出す。

 携帯粘土板の通話機能を上手く使えば遠くから指示を出せる。エドゥッパの学生であるエタにとっては何ということもないことだったが、冒険者は意外と携帯粘土板の機能に熟達していなかったらしく、三人に説明した時には驚かれていた。

 ともあれ、三人にとっても全体を見渡す人間が一人いることは好都合なのは理解できた。

 後はエタ自身に指揮力があるのかどうか。指示を信じてくれるかどうか。

 だが、三人とも信じると言ってくれた。ここまで来たのはエタの実力なのだと言ってくれた。それがエタには何より嬉しかった。

 だから、戦い傷ついている味方や女王蟻を見て、せり上がる胃の中身を飲み下し、崩れ落ちそうになる膝を叱咤する。この程度で我を失うわけにはいかない。

 ミミエルは携帯粘土板から大木槌、つまり骨を砕く掟が備わった木槌を取り出し、全力で女王蟻の足を打った。

 ギシリと何かがきしむ音。それは間違いなく女王蟻の後ろ足から発せられていた。今までとは明らかに様子が違う。

 ぎゅるりとミミエルに首を向けた女王蟻は獰猛な牙をきらめかせる。瞬時に大木槌を収納し、外套から取り出した黒曜石のナイフを投擲、すぐに踊りの掟を持つベールをかぶって華麗に距離をとる。

 これらの動作は瞬きのうちに行われた。

 あまりにも早すぎて、外から見ていたエタも何をしたのか理解したのはことが終わってからだった。

 ミミエルの強さの一つは武器の切り替えが異様に早いことだ。

 当たり前だが複数の武器を切り替えながら戦うのは難しい。人間はおおむね怠けたがる生き物で、同じものを使ったほうが楽だということを誰もが経験則で知っている。

 しかしそれに反するようにミミエルはある時は粘土板から武器を取り出し、またある時は外套からナイフを投げる。

 場合によっては右手で大木槌を、左手で銅の槌を振るい、次の瞬間には左手と右手の武器が入れ替わっていることもある。どうやっているのか聞いてみたところこう答えた。

『戦ってたら誰でもできるようになるでしょ』

 ……少なくともエタには一生かかっても身に付きそうにない技術だった。

 そして女王蟻はミミエルを最大の障害とみなしたのか、ミミエルに意識を集中し始めていた。しかしそれでも当たらない。

 逆に慣れなのか、あるいは才能なのか一番攻撃を受けているはずのミミエルが一番敵に攻撃を当て始めていた。

 そして、決定的な好機が訪れた。女王蟻の意識は完全にミミエルに向いており、ターハとラバサルが挟み込める位置に女王蟻がいて、しかも近くにはこの洞窟を支える柱があった。

『ラバサルさん! ターハさん! 網を!』

「おうよ!」

「わかった」

 二人が同時に持ち運べるように工夫していた投網を放つ。

 錘と鉤爪、さらには網同士が絡み合い、女王蟻の体に複雑に巻き付く。女王蟻が戸惑っている隙に二人は投網の持ち手を柱に括り付ける。何の訓練もしていないはずの二人の行動は水面に映る景色のようにそっくりだった。

 女王蟻の動きは完全に固定された。

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