第三十八話 攻防戦

 女王蟻の体はおそらく普通の巨大蟻の三倍ほど大きかったが、大きさ以外の部分はそれほど変わりなかった。しかしぎょろりとした巨大な複眼が暗がりでもこちらを睨む迫力は蟻に慣れていたミミエルでさえたじろぐほどだった。


 ざりっと地面を蹴る音が木霊する。女王蟻の猛進は結果的に四人の正気を取り戻させた。


「来るわよ!」


 そう言いながら前に出つつ、ミミエルが薄いベールをかぶる。ターハとラバサルの二人は左右に分かれる。女王蟻を取り囲むような陣形に移行しようとしていた。


 エタはもちろん後ろに下がって隠れる。情けない自分に苛立ち、奥歯を噛みしめるが自分が戦列に加わったところで何一つ役に立たないことはわかっている。


 とはいえこれではまず突出しているミミエルに攻撃が集中する。


 巨大な女王蟻は攻撃など行わずともただ突き進むだけで人間ごときを軽々と吹き飛ばし、致命傷を負わせる重量がある。


 白い洪水のような巨体がミミエルに接触する寸前、ミミエルはふわりと真横に飛ぶ。その巨体に見合わぬ素早さで女王蟻が再びミミエルに迫るが、攻撃はかすりもしない。


 リズム良く、軽やかに舞うが如く避け続ける。


 いや、実際に舞い踊っている。


 あのベールはミミエルの『優雅に舞い踊る掟』であり、ベールをかぶっている間、見事な足さばきを披露できる。


 本来戦いに使えない掟なのだが、ミミエルは試行錯誤を重ねて舞いを武術に昇華させていた。


 ただし、弱点もある。


 ミミエル曰く、この掟の使用中は何かを手に持つことができないらしい。蹴りはできるらしいが。


 そう語っている最中に大蟻を蹴り殺す姿を幻視したことをもちろんエタは話していない。


 ただの大蟻なら蹴りで仕留めることもできたかもしれないが、相手は女王蟻。今までの蟻とはわけが違う。だが同時に、ミミエルも今までとは違う。


 ミミエルが気を引いている隙に回りこんだラバサルが石斧を振るう。


 これが今回の作戦。だれか一人が気を引きつつ、回り込んだ味方が蟻の足を攻撃する。シンプルだが、この土壇場で初めての連携を成功させるのはやはり三人とも熟達した冒険者なのだろう。


 石斧の一撃が女王蟻の足に直撃する。


「む……」


 だがあっさりと石斧は弾かれた。老いたとはいえラバサルの太い腕から繰り出される一撃を難なく受け止めた女王蟻の硬さは図抜けている。


 そのラバサルに対してたった今攻撃を受けたはずの足で女王蟻が反撃する。しかしラバサルも獣の皮と木材を貼り合わせて作った盾で防ぐ。


 中心軸に持ち手がある丸盾で、ターハも同じものを持っているが、簡素な割に丈夫な盾だった。


 ラバサルが気を引いている隙に今度はターハが棍棒を振るう。ただの棍棒だが、力を強くする掟で強化されたターハの一撃。しかしそれでもまだ女王蟻は揺るがない。


「うわ。かってーよ。こいつ」


 軽口とは裏腹にターハは慎重に距離をとる。とにかく耐久力に差がありすぎる。こちらの攻撃を十回当てても倒せるか不明だがこちらはまともに一撃食らえば致命傷になる。


 明らかに理不尽な差がある。


 だがそれを埋めるために技術と道具、そして策がある。

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