第三十七話 最奥の敵

「なら、ここでちっと一息入れるか」

 ターハが言うと四人は背嚢から水筒を取り出し、飲み干す。ここから先はそんな余裕などないだろう。そう悟っていた。

「些細な疑問なんだが、どうして大白蟻はこの辺の草を食わねえんだ? ここにゃ大黒蟻は来ねえんだろ?」

 ラバサルが視線を巡らせても、木々は青々と茂り、地面には雑草がはびこっているばかりだった。

「大白蟻は巣の近くじゃものを食べないらしいわね。多分、巣がどこにあるのかわかりにくくするためじゃないかしら」

 と、そこでぐうう、と大きな音がした。

「ちょっとおばさん。あんたもうちょっと真面目にやる気ないの?」

「何であたしだってわかんだよ」

「違うの?」

「そうだよ。食事の話してたからさあ。ああ、羊肉のスープ食いてえなあ。ネギがたっぷり入ったやつ」

酢汁ターバートゥですか?」

「いや、ネギのサワークリーム煮込みだな。酢だけだとちょっと味が尖ってないか?」

「気持ちはわかんだがな。わしは山鳩のパイアムルサーヌだな」

「あたしは根菜と豆サラダスムグかしら」

「おまっ、渋いもん好きだな」

「いいじゃない。これが終わったらおごってくれるわよ。エタが」

 三人が一斉にエタを見る。

「いいですね。全部終わってからで良ければ。一緒に食事でも行きましょう」

「ようし、言質取ったよ!」

「楽しみにしてるぞ」

「ええ。行きましょう」

 もう、緑の丘は目前に迫っていた。


 丘の周囲を歩き回り、ようやく何とか這いつくばれば通れる小さな穴を見つけた。

「小せえな。大白蟻ならなんとか通れるはずだが、女王蟻はこんな穴を通れんのか?」

「通らないわよ。女王蟻は生まれてから死ぬまで巣の中で暮らすらしいわ」

「うへえ。あたしならそんな生活はごめんだよ」

「中は……結構広いわね。煙は使えそうにないわ」

 煙でいぶす作戦は使えないと悟ったラバサルは鞄の中から虫よけの草を除いてから、自分の鞄をエタに差し出した。

「エタ。こいつを持っておいてくれ。いちいち道具を取り出している余裕はねえだろうからな」

「わかりました。お預かりします」

 受け取った鞄にはかなりの荷物が入っているはずだったが羽のように軽かった。

「あたしが先行するわ」

「おーし。あたしはその次な」

「ならエタが一番後ろだ」

 小さな穴をミミエルが最初に潜った理由は目と耳がよく、蟻と対峙した経験も豊富だからだろう。ターハが二番目になった理由は……穴に入ると分かった。

 ミミエルの格好だと、見えてしまうのだ。大事なところが。こういう気遣いができるのになぜ普段は喧嘩ばかりなのだろうか、とこんな時なのに些細な疑問がよぎった。

 穴を抜けるとそこは洞窟というよりはむしろ数十年をかけて造られた建築物の中のようだった。

 均等に柱が並んでおり、どこかから差し込んでくる日差しのおかげで多少薄暗いだけだ。これを蟻が造ったというのはとても信じられない。

 その奥、目が慣れたその先には巨大な蟻がいた。

 その周りには何かの残骸がある。

 違う。

 あれは死体だ。

 ミミエルがそこに女王蟻がいると断言した理由が分かった。

 蟻は共食いをするのだ。

 ゆっくりと女王蟻がこちらを振り向く。

 その顎にはおそらく追跡していた大白蟻が原型をとどめない姿で捕食されていた。三人の背筋が凍る。

 自らが産んだ子供を捕食するというありえない姿を見れば無理もない。

 エタたちを侵入者として判断したのか、女王蟻は敵意のこもった視線をこちらに向けた。

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