第三十二話 共犯者
エタの言葉にミミエルはどこか自嘲気味の笑みを浮かべた。
「は、本当に無駄に鋭いわね。ああ、じゃあ今度はあたしが大嫌いな冒険者になっている理由もわかるかしら」
「……家を出るのに一番都合のいい理由だったからだよね。家庭を壊したくなかった君は誰にも相談できず、家を去ることを選んだ。違う?」
「正解。ちなみに家を出るときの言葉は養父のように立派な冒険者になる、よ。我ながら笑っちゃうわ」
さすがに絶句した。多分この世で最も嫌っている人物を引き合いに出すことにどれだけの覚悟が必要なのか、想像がつかなかった。
「灰の巨人に来たのも、その……縁を頼ったの?」
誰の、とは明言できなかった。それは彼女の誇りを傷つけてしまう気がしたから。
「まあね。あいつは灰の巨人の先代と関わりがあったみたい。業績も上げてるから安心だって思ったんじゃない? ハマームもあたしには甘かったから口利きがあったんでしょうね。何せあたし、あいつのお気に入りだから」
配慮はむしろ逆効果だったかもしれない。
ミミエルの口調は影が濃くなるばかりだった。
「そのあとはあんたの予想通りよ。あたしより恵まれていない人に優しくして、調子に乗ってた。その人たちが使い捨ての道具だって、ちょっと考えればわかったのに」
このあたりのミミエルの感覚はエタには理解できない。
少し会話したくらいの奴隷に対してそこまで肩入れすることはできない。これはウルク市民の一般的な見解だった。事実として奴隷と市民では一部適用される法律に違いがあったりするのだ。
はっきり言って自分が奴隷に近い身分になっている現在でもそう思う。赤の他人にいちいち感情移入できるほど余裕のある人間などいない。
目の前の少女以外には。
「少しでも死人を減らすために悪ぶって、媚びを売って……それでもやっぱり死者や行方不明者は出るの。知ってる? 死人には見舞金が出るのよ。下手をすると死ぬことを望まれてる人だっている。行方不明者を捜索するための費用って理由で金をせしめてるの。でも金を懐に入れるのはハマームと取り巻きだけ。ああ、あたしもそれに含まれるけどね」
ミミエルは泣いていた。笑いながら泣いていた。自分の無能ぶりを嗤い、泣いていた。
彼女が口を悪くするときは誰かを嘲る時だ。それは自分ですらも例外ではない。おそらく一番許せないのは自分自身なのだろう。
「嘘ばっかりよ。みんな。でも……嫌なのはあたしも嘘をつくしかないってこと。もう、嘘なんてつきたくない」
彼女にとって本来の性格を隠し、姿や性格を変えることは他人から舐められないための、身を守る鎧でもあるのだろう。本当は嘘が嫌いなのに。
それが他者を救う武器となるために、ますます嘘を積み重ねていった。
うつむいていたミミエルは突然顔を上げ、エタの鼻先で急停止し、エタの胸倉を掴んだ。
「あんた言ったわよね。このギルドを潰すって。全部助けるって」
「い、言ったけど……」
「嘘じゃないわよね」
ミミエルのオオカミの瞳が細められ、今にも喉元に食いついてきそうなほど獰猛に見えた。
「嘘じゃない」
「本当よね。本当に、本気で全部やり遂げて見せるって、言いなさい!」
びりびりと空気が震える。怖い。涙を流しながら吠えるミミエルはあの大蟻がまるでネズミか何かに思えるほどの迫力があった。
それでも目を逸らさない。逸らしてはいけない。
「やる。どんな手を使っても、必ず、この迷宮を踏破してみせる」
恐怖に顔が引きつりながらもエタははっきり答えた。
「そう。ならいいわ」
今までの迫力が嘘のように気楽な様子でミミエルは立ち上がり、そのまますたすたと歩き去ろうとする。しかし急に立ち止まりかろうじて聞こえる声でこう言った。
「あんたが降りないなら、あたしも降りないわ。共犯者でしょ? あたしたち」
「うん。降りないから、ついてきてもらえる?」
「ええ。どういう結末になるか、ちゃんと見届けるわ。あたしの責任だもの」
もう太陽はどこにも見えない。真っ黒な道を歩き始めた。
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