(2)
エリザベス・ル=グリーンヒルはミアと同じ歳で、その名を見てわかる通り魔法貴族の令嬢だ。
エリザベスの取り巻き曰く、ル=グリーンヒル家はル=ヴァーミリオン家と肩を並べられるていどに古くからある家なのだそうだ。
ミアにはイマイチぴんとこなかったが、とにかくミアがグレイのファミリーネームを名乗っていたころであれば、こうして同じテーブルにつくこともできなかったことだけは、間違いない。
微笑ひとつとっても気品と華やかさが兼ね備わっているエリザベスこそが今日のお茶会の主催で、ミアはその招待客のひとりという立ち位置だった。
しかしひとつの丸テーブルを囲む前から、ミアにはエリザベスとその取り巻き令嬢たちの思惑など筒抜けだった。
生粋の貴族令嬢ではない、毛色の珍しいミアを見てやろうという気持ちが、透けて見えていた。
それはきっと、わざとそうしているに違いなかった。
エリザベスたちはその内にある感情を覆い隠すことなど容易いにもかかわらず、今はそうしていない。
ミアにもはっきりとそれは伝わって、腹立たしい気持ちにさせられる。
けれどももちろん、こんなところでかんしゃくを起こすわけにはいかない。
だからこそ、余計に業腹だった。
「――でもミア様はあのクラレンス様が義兄なんでしょう?」
下手な尻尾は見せられないと振る舞いに気を遣っていたため、ミアはエリザベスたちのあいだで交わされる会話には気もそぞろだった。
固有名詞が飛び交っていることだけはかろうじて理解できたものの、エリザベスたちのおしゃべりには、ミアはとうていついて行けそうにないものばかりだった。
だから、どういった経緯で義兄のクラレンスの名が出たのか、ミアにはさっぱりわからなかった。
それにエリザベスはミアを招待しておきながら、これまでまったく彼女には話を振らなかったのだ。
不意を突かれる形になったミアだったが、こんなところでうろたえるのは彼女のプライドが許さなかった。
「ええ、わたしにとっても優しいお
にっこりと精一杯笑ってそう言えば、エリザベスの取り巻きたちから「まあ」という密かな声が上がる。
ミアには、その「まあ」がどういう意味を伴っているのかまでは、わからなかった。
「まあ……羨ましいですわ」
エリザベスの瞳から一瞬だけ感情が失われたように見えた。
それでもそれはほんの瞬きのあいだのことだけで、次に見たときにはエリザベスは完璧に微笑んでいた。
けれどもその言葉には、おどろきと――心からの羨望が乗っているような気がして、しぼみかけていたミアの自尊心が膨らんだ。
するとエリザベスの取り巻きたちも、次々にクラレンスを称賛した。
その美貌を、その才能を、余すところなく褒めそやした。
義兄が、そして想い人でもあるクラレンスがそのように褒められて、ミアは本人でもないのに鼻高々に爽快な気持ちになった。
「――けれども、クラレンス様にはコンスタンス様がいらっしゃるでしょう?」
ひとしきりエリザベスの取り巻きたちが、うっとりとした顔でクラレンスについて語ったあと。
エリザベスは目を細めて微笑を浮かべ、ミアに視線を送る。
「お
ミアは、膨らみ切った水風船のような得意げな気持ちを、針で突かれたような気になった。
「あら? わたくしてっきり、クラレンス様とコンスタンス様は将来的にご結婚なさるおつもりだと思っていたわ」
「え――」
「ええそうね。だって、あんなにもコンスタンス様につきっきりですものね」
「コンスタンス様もまんざらではないご様子ですし――」
ミアを置いて、エリザベスとその取り巻きたちがクラレンスとコンスタンスについて好き勝手に話し出す。
凍りついたかのように固まったミアを、エリザベスはその冷たい印象の青い瞳で見やる。
その目は愉快そうに細められていたが、瞳は明らかに嘲笑の色を帯びていた。
「わたくしたち魔法貴族のあいだでは近親婚はままあることですわ。ご存じありませんでしたの?」
吹いた一陣の風が、ミアの無知を笑うように木々に生い茂る葉を揺さぶった。
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