(3)

 エリザベスたちは口々に、クラレンスが姉のコンスタンスにご執心だと暗に言う。


 けれども、ミアの見解は違った。


 ――違うわ、逆よ。コンスタンスがクラレンスを縛りつけているに違いないわ。


 いかにも冴えないコンスタンスに、美貌のクラレンスが心を奪われているなどということは、ミアにはあり得ないように思えた。


 それよりも、柔らかな態度のクラレンスを利用してコンスタンスが次期当主として、そして姉として彼に言うことを聞かせている、というほうがミアにとっては納得できた。


 そうでなければクラレンスの態度に、ミアは得心がいかない。


 ミアがいくら働きかけても、クラレンスはコンスタンスを優先するし、そうでなくても義妹となる予定のミアに対して、どこか他人行儀な態度のままだった。


 「ごめんね」がミアに対するクラレンスの枕詞になっていて、そのことを思い返せば、やはり裏にはコンスタンスがいるように思えてならなかった。


 エリザベスたちの言葉と、真実は逆なのだとミアは思った。


 コンスタンスは美しい弟のクラレンスに――ミアのように――思いを寄せていて、彼と結婚したがっているのだ。


 だからコンスタンスはミアに対して一貫して無関心な態度を取っていて、きっと裏でクラレンスにミアと親しくしないよう言い含めているに違いなかった。


 ミアの中でその推測はたちまち事実となって、そしてコンスタンスがより憎らしく感じられるようになった。


 コンスタンスは、自らの恋を成就するために、ミアの恋路の邪魔をしているのだ。


「――なぜこんなことをするの?」


 それはこっちのセリフだ、とミアは思った。


 コンスタンスは底が見えないような黒っぽい瞳をミアに向けたまま、しかし再度同じ言葉を繰り返すつもりはないようだった。


 ミアからすると、コンスタンスは無感情で冷めた女に見えた。


 コンスタンスと顔を合わせる機会がなかなかないためでもあったが、ミアはこの義姉が漏らす愛想笑いのひとつも見たことがなかった。


 いつだって無表情を貼りつけて、感情の機微などとうていわからない黒っぽい目をしている。


 ミアにとっては不気味であると同時に、たいそう憎らしかった。


 だからミアはコンスタンスの私室にこっそりと入って、彼女の私物である、宝石が輝く高価そうなバレッタを持ち出して、生ごみに混ぜてやった。


 けれどもそれはコンスタンスに露見したらしい。


 しかしミアはまったく動じなかった。


 むしろバレッタが見つからずにうろたえるコンスタンスを見れなかったことについて、がっかりしたくらいだ。


「――『なぜ』ですって?」


 ――なぜこんなことをするのか。


 コンスタンスのその問いは、いかにも愚鈍に感じられた。


 ミアはコンスタンスの暗愚さを嘲笑ってやるつもりで、ふっと息を吹いた。


「『なぜ』って――わからないの? お義姉ねえさまはわたしが嫌いなんでしょう? ええ、わたしもお義姉ねえさまが大嫌い。――わたしたち、おそろいね?」


 言ってやったとばかりに鼻を膨らませるミアに対し、コンスタンスはじっと義妹を見るばかりだ。


「なによ、いまさら隠すことでもないでしょう?」

「――以後、このようなことはやめるように」

「……はあ?」


 コンスタンスはもはや言うことはないとばかりにミアへ背を向けて去って行った。


 残されたミアは、自らの内で、コンスタンスに対する憎悪が膨らんでいくのがよくわかった。


 だから、コンスタンスから嫌がらせをやめるように言われても、素直にやめるわけがなかった。


 ミアは使用人たちの目を盗んで、たびたびコンスタンスの私室へ忍び込んでは、その私物を捨てたり、傷をつけたりすることで鬱憤を晴らすようになった。


 ときに使用人に間違った命令を吹き込んで、コンスタンスを困らせてやった。


 無論、使用人は「ミアに言われた」と訴え出たが、ミアは知らぬ存ぜぬで押し通し、ときに噓泣きもした。


 このときは使用人が運んでいた、コンスタンス宛ての手紙をミアがあれこれ言って奪い、切り裂き、生ごみに混ぜてやった。


 青い顔をした使用人は、「ミア様がご自身で届けるとおっしゃられて……」とすっかり狼狽した様子で釈明する。


「わ、わたしそんなことしません……!」


 ミアはわっと顔を両手で覆って肩を震わせ、泣き真似をする。


 ミアが顔を伏せてしまう前、コンスタンスはわずかに難しい顔をしていた。


 今回はその場にクラレンスもいたので、ミアの演技に熱が入った。


「――ところで、差出人はだれだったか覚えているかな?」

「は、はい。ル=ブルールトン家のジョン様で――」


 わずかに声を震わせて、使用人がクラレンスの問いに答える。


「ねえコンスタンス。真実はわからないけれど、『疑わしきは罰せず』だよ。それに今回はきっとだれも悪くない。なにか不幸な行き違いがあっただけさ」


 クラレンスがそう言うと、コンスタンスが浅く息を吐いたのがわかった。


 結局、この一件はクラレンスのとりなしもあって、その使用人もミアも罪に問われることはなかった。


 しかし使用人たちのあいだでミアの評判が地に落ちたことはたしかだった。


 ただミアはへっちゃらだ。


 それどころかクラレンスの温情ある裁決を受けて、増長した。


 しかし、今回の一件で使用人たちはミアを完全に信じなくなったので、間違った命令を吹き込む嫌がらせはできなくなった。


 その空いたぶんの穴を埋めるかのごとく、ミアはコンスタンスの私物をせっせと盗んでは捨てる嫌がらせを続けた。


 コンスタンスがそのことに気づいていないはずがない。


 けれどもコンスタンスはなにも言わなかった。


 コンスタンスの父である当主や、弟のクラレンスにも言っていないようで、みなのミアに対する態度はなにも変わりはしなかった。


 ――きっとコンスタンスは文句を言いたくても言えないんだ。だっていかにも冴えない女で、びっくりするくらい無口だもの。


 いつまで経ってもコンスタンスに対する嫌がらせが露見しないことで、ミアはいつからかそう考えるようになっていた。

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