恋する魔法使いを怒らせてはならない理由
やなぎ怜
(1)
紹介された美貌のクラレンスを前にして、ミアは自身の胸の奥で、鼓動が甘く響いたのがわかった。
ミアよりひとつ年上の、義兄となるクラレンスは目を細めて薄く微笑み、こちらを見る。
クラレンスと比べれば、ミアの故郷で一番人気の男なんて泥まみれのジャガイモより、もっとひどい。
ミアの視線はたちまちクラレンスに釘づけになって、思わずほう、とため息が漏れてしまうほどだった。
対する、クラレンスとは双子だという、姉のコンスタンスの冴えなさといったら。
うつむくようにしていて視線が合わないし、声にもどこか覇気がない。
目元にまでかかるほどの、重い雰囲気の黒髪が、コンスタンスの根暗さに拍車をかけているようだった。
たった一度目にしただけで、ミアは義兄のクラレンスが好きになったし、一方義姉のコンスタンスはなんだか気に入らなかった。
そういう第一印象は案外と馬鹿にはできないものなのか、ル=ヴァーミリオン家で暮らして行くうちに、ミアはクラレンスのことはより好きになったし、コンスタンスのことはどんどんと嫌いになっていった。
ル=ヴァーミリオン家は名を見てわかる通りに魔法貴族の家柄で、そのなかでもとりわけ名家として知られている。
ミアの元のファミリーネームはグレイと言い、ル=ヴァーミリオン家とはなんら縁もゆかりもない。
ル=ヴァーミリオン家のだれかの不義の子であるとか、そういった後ろ暗いところは一切なく、単にミアは発現させたその治癒魔法の才能を買われて養女になったのだ。
生家を出る――否、捨てることにミアはためらわなかった。
グレイ家は貧乏子沢山の典型例で、長女のミアはいつだって弟妹たちの世話に煩わされ、忙殺されていた。
自由はない、恋も知らない、おしゃれも知らない。
一発逆転の好機など転がっていない生まれ故郷を一度も出ないまま、田舎の村で老いさらばえて朽ち果てて行くのは、絶対に嫌だった。
一年前、長雨に降られた秋に、土砂崩れに巻き込まれるまでは、ミアはなんの才も持たないただの田舎娘だった。
ところが土砂崩れに巻き込まれて生命の危機に瀕したミアは、治癒魔法に目覚めた。
通常、魔法使いというものは、代々魔法使いの血筋の家から出るものである。
だが神代では魔法というものは人間だれしもが扱えたものであったと言われている。
そして現代、ミアのように生まれつき魔法が使えないかに思えていた人間が、生命の危機に瀕するなどして先祖返りとも言える現象を起こして魔法使いとなることは、ままあった。
偶発的に治癒魔法を身につけたミアは、なぜこれまで唯々諾々と実家に縛られていたのだろうかと腹を立てた。
常駐の医者などいない田舎村では、ミアの治癒魔法は大変に有難がられたものの、ミアは自分の居場所はこんな寂れた村ではないという考えを、日に日に強くしていった。
治癒魔法があれば、すぐ金に困ることもないだろうと考えて、生まれ故郷を飛び出す算段をつけていたところにやってきたのが、魔法貴族であるル=ヴァーミリオン家の使者だった。
ル=ヴァーミリオン家に養女として入らないかという誘いに、ミアは一も二もなく飛びついた。
残される家族のことも、生まれ故郷の村のことも、どうでもよかった。
それらをまとめて捨てられて、おまけに貴族令嬢の仲間入り。
これまで見放されたようだった運が、まとめて巡ってきたと思った。
ミアがル=ヴァーミリオン家の大きな正門をくぐったときには、彼女がル=ヴァーミリオン家の正式な養子となるための手続きはまだつづいていたのだが、いかにも優しそうな老年の当主はすぐに慣れないことも多いだろうからと、ミアを邸に迎え入れた。
そして紹介されたのが、当主の実子である双子の姉弟、コンスタンスとクラレンスだった。
魔法貴族の家系においては性別にかかわらず長子であることが重要視されるため、コンスタンスは女性であったが次期当主として既に指名されていた。
だからなのか、コンスタンスの弟のクラレンスは姉を下にも置かない態度である。
「あ、お
「ごめんね。今日はこれからコンスタンスと出かける予定があるんだ」
目を細めて、クラレンスは薄く微笑んで、柔和な声で言う。
「あの、それにわたしもついて――」
「ついていきたい」だとか「ついていくことはできるか」と言う前に、クラレンスは唇を開いてミアの言葉を遮った。
「ごめんね。コンスタンスは人見知りが激しいから……」
「……そう、ですか……」
暗にミアはコンスタンスから親しい人間――家族とは認められていないと宣告されたも同然だった。
ミアの胸に、屈辱の炎がともった。
同時に、コンスタンスに対する悪感情が膨らんでいくのがわかる。
クラレンスが優先するのは、いつだって彼の実の姉で、次期当主に指名されているコンスタンス。
ミアは二の次、三の次が当たり前だった。
ミアだって、そんなにもすぐにル=ヴァーミリオン家に馴染めるとは考えてはいなかった。
けれどもコンスタンスの態度はまるで「お前をル=ヴァーミリオン家の一員とは認めない」と言っているようで、ミアに対してはまったくの無関心を貫いている。
ミアは、臓腑が内から燃え上がるかのような腹立たしさを覚えた。
――きっと、あたしに嫉妬しているのよ。だからつまらない態度を取っているに違いないわ。
魔法貴族の家系であるル=ヴァーミリオン家の実子であるからして、コンスタンスも当然魔法を扱える。
そしてコンスタンスがもっとも得意とする魔法は、治癒魔法なのだ。――ミアと同じ。
だからミアは、きっとコンスタンスはミアを脅威とみなして血の通わない態度を取っているのだと思った。
いや、そう思い込みたかった。
そう思い込めれば、コンスタンスなど取るに足らない人間なのだと溜飲を下げることができたから。
しかし、ミアがル=ヴァーミリオン家の正式な養子となる承認がそろそろ降りようかという時期になっても、コンスタンスの態度はまったく変わらなかった。
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