第9話 行き当たりばったり
「あ、お邪魔してまーす」
誰だ? この女の人。
僕が家に帰ってきて扉を開けたら何故か女の人がいた。
見たことも聞いたこともない。兄さんの彼女...? なわけないよな
「真人帰ったのか。この人が今回、定款の件を担当してくれることになった、弁護士の虹空先生だ。」
「よろしくお願いしまーす」
こんな緩くていいのか...? 弁護士っていうのは
「ちょっと来て! 兄さん!」
僕は兄さんを部屋の外に出す。
「兄さん! あんな緩い人でいいの? もう少しなんというか...こう...」
「いや、いいんだよ。真人。あの人はああ見えても有能だ。まぁ、あの性格のせいで仕事がほとんどないそうだが...その証拠にほら。もう定款製作は終わったんだよ。」
本当に!? そんなすぐ終わるなんて思いもしなかったよ。
「だから言ったろう。優秀だって」
人は見かけによらないとはこの事だな。弁護士ってもっとこう...キリッとした人を想像してたよ。
「君が真人くんだね? よろしく。早速だが...君にVの事務所を建てる覚悟ってものはあるのかい? 事務所を建てる...つまりネットにその身を晒すことと同じだ。常に誹謗中傷が飛んできたり悪意に晒されたりする。それを耐えられる精神が君にはあるのかい?」
誹謗中傷や悪意に耐えることが出来る覚悟...それが僕にあるのか? 今まで兄さんに頼ってばっかりで自分では殆ど何もしてないような気がする。
でも、やると決めたからには貫き通さないとな
「耐えれます! いや、耐えて見せます!」
「返事は良いんだけどね。はぁ...返事だけは良かったあの子と同じ。覚悟は分かったわ。でも想像しているより誹謗中傷というのは心に傷を与える。その事を理解しておいてね。何かあったら私に依頼してね。私はネット関係とか会社関係の法律に強いから」
弁護士って事件とかの弁護をするって印象が強かったけど、ネットとかの法律に強いとかあるんだ。はじめて知った。
「あ、でも殺人事件とかに関してはからっきしだからそこは他の人に任せてね」
ガシャガシャガシャ
僕の中の弁護士像が全て崩れ落ちてしまったような気がした。
事件とか弁護できないんだ...
「虹空さん...そろそろ定款のことについて...」
「あぁ、そうだったね。それじゃあ真人くん。説明に入るよ。それじゃあ、まずここの事項なんだけど....
__________________________________________
「というわけだ。説明は以上」
長かった...労働基準法がうんたらかんたらって分かんないよ...
でも一つ気づいたのはVtuberって本当に人気にならないとあまり稼げないのかなって。
レーブユニオンでは演者の総収入の20%を手数料として取ることに決まった。
少し手数料が多いんじゃないか? と兄さんに言ってみたのだが 俺達だけなら10%でもやっていけるだろう。ただここから営業や技術面でのスタッフを雇うとどうだ?10%では会社が破綻してしまう。と言われてしまった。
「まぁ手数料の件で不満なのは分かるが、真人。あんまりこんな風には言いたくないんだが大手事務所の手数料は20%程度らしい。キュアライブとかみるるプロジェクトもこのくらいだな。」
他のところがそうだからここもやるって?
よそはよそ。うちはうちだよ! 兄さん!
「逆に考えてみろ。大手は演者のことを考えてギリギリまで下げるはずだ。でも20%もかかる。あの登録者100万人越えを持っているところがだぞ。大手でも無理なのに俺達みたいな新参が下げられるわけがないだろ?」
それもそうだ。新参事務所に出来て大手事務所が出来ない道理はない。
「分かったみたいだな。これからも仕組みは変えることだって出来るんだ。今はこのままやろうじゃないか」
行き当たりばったりだなぁ...僕が言えたことでもないが
「次は契約書のことだな。」
え? なんだって?
「契約書って...従業員の契約書のこと?」
「いや、従業員はまだ入れないつもりだ。俺達の稼ぎがもう少し増えたら雇うつもりだけどな」
「じゃあ、瑠璃さん達はどうするの?」
「お前...事務所に応募してたんだよな。どういう雇用形態かすら見てなかったのかよ」
兄さんが心底呆れたような口調でそう言った。
事務所所属のVって会社員じゃないの!?
「あまりVについて知らない人は勘違いしている人もいるかもしれないが、Vtuberは事務所所属の人でも個人事業主の人が多いんだ」
「じゃあどうやって雇うの?」
「専属マネジメント契約...まぁ業務委託みたいなものだ。演者がこの事務所に専属で働く代わりに此方は演者に支援をする、といった内容だな。給与は完全歩合制...要するに出来高に応じた支払いというわけだ」
「なんで会社で雇う訳にはいかないの?」
「考えてもみろ。24時間配信しているVtuberがいるだろ? 会社で雇ったら残業代が凄いことになる上に労働基準法にも接触しかねない。つまり残業代も労働基準法にも接触しない専属マネジメント契約が一番いいというわけだ。」
虹空さんが後ろで激しく頷いている。
弁護士が頷いているのだから合っているのだろう。
あれ、つまり残業代も支払わず24時間配信させるってコト!?
「そんな悪い物を見るような目で見るなよ。これが正しいのかは分からないが、少なくとも今はこれしか方法はない」
僕の頭の中で残業時間や最近の過労死問題やらがぐるぐる回る。
こんなので本当にいいのかな...僕が社会に出たことないから分からないだけかも知れないけど
「悪いことばかりじゃないぞ? 自分の好きな時間に働くことが出来るんだ。例えば12時に起きたり、5日に1回働くだけで良いんだ。」
自分のペースで仕事が出来るというわけか
でも病気とかで働けなくなったら稼げなくなるから一長一短なような気がするな。
「定款終わったら次は登記だよねー? それ、私が代わりにやろうか? 今ならお安くしとくよ!」
「そういうことならどうしようか。真人はあんまり詳しくないって分かったしなぁ。俺がやってもいいが...どれくらい安くしてくれるんだい?」
兄さんの口調が鋭くなる。
交渉モードに入ったな。昔から兄さんこういう交渉得意だったからなぁ。最大限まで安くするんだろうなぁ。
「相場の10%引きでどうだい?」
「うーん...まだ行けるよな? 俺達以外先生を雇ってくれる人なんて...」
「15%!」
「...俺がやろうかな」
「20!」
「乗った!」
「...会社出来た時もお願いしますね」
「勿論!」
えーと、相場の20%引きで依頼することが決まったようだ。
兄さんは安い値段で依頼して、その代わりに虹空先生は今後の付き合いをお願いしたという感じだな。
「よっしゃ! 真人、数万浮いたぞ! この金で今日は寿司でも食べに行くか!」
「...」
あーあ、虹空先生固まっちゃったよ。それもそうか、自分から値切られたお金を目の前で寿司に使うと言われたんだから。
「それでは...今日はこの辺で...」
「ありがとうございました! これからもよろしくお願いします! 先生!」
「よ...よろしくお願いします...」
尊い犠牲のお陰で僕達は回らない寿司に行くことが出来た。
人の犠牲によって食べる寿司はいつもより2~3倍美味しく思えた。まぁいつも食べてるのは回るお寿司だから当たり前なんだけど。
「真人~早く配信出来るといいな」
「そうだね~兄さん」
ひと仕事終えたばかりの食事はなんだか特別な味がした。
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