第1話 愛で時計の針を合わせる街
ごく普通の超絶ブラック企業社員のマヨイと、ごく普通の超絶美少女奴隷のフェンは放浪の旅をしていた。
あたり一面に広がる草原の緑の絨毯。それが風に吹かれてサワサワと鳴らす音は心を落ち着かせる。目をつぶって日向ぼっこをすれば永遠にここで過ごせるかもしれないが、そうも言ってられない。立ち止まっていてはなにも始まらない、仕事も旅も自分の足で稼ぐものなのだ。
「フェンはこの先に何があるかわかるか? 」
「うーん、残念ですが今は月初ですからわかりません。この先は全ての生物の時が凍りつく氷の海かもしれませんし、大地の怒りを連想させる活火山かもしれませんし、いたって普通でつまらない平和な街かもしれませんし、スリル満点の激ヤバダンジョンかもしれません」
フェンは人差し指をトンボを取る時のようにクルクル回しながら説明する。この世界では月末から月初にかけて街やダンジョンがランダムな位置に移動するローグライク的な世界なのだ。
「しかし毎月土地が入れ替わるのは不便じゃないのか? アイテムを採取できる場所とか交流できる街とか全て覚え直しだろ? 」
「そう言われるとそうかもしれません。だけど、そのおかげで街の外の様子を調査する冒険者っていう職業が成り立っているんですよ。どんな街が近くにあるのかをギルドに報告するだけで収入を得られます。スキルも知識も人脈もないダメダメな人達の最後のセーフティネットというわけです」
「なるほど不便だからこそ仕事が生まれるということか。確かに俺の会社も財布が重くて不便な従業員が苦しんでいるということで、急遽そいつらの金銭徴収する部署を作って財布を軽くしてやっていたな」
「末期の独裁国家みたいだね」
財布の中を見ればその人の性格がよくわかるといわれている。レシートが詰まっていればだらしなく、使わないカードが入っていればズボラ、無駄な小銭があれば募金もしないケチ野郎。そんな彼等をスッキリさせてやるホワイト企業がマヨイの会社なのである。フェンはそんなまだ見ぬ超絶ブラック企業の実態をうっすらと肌に感じながら身震いをしていた。
「ちなみに月を跨ぐ時に街やダンジョンの外にいた場合、そいつはどうなるんだ? 」
「100%行方不明になりますから絶対にやめてくださいね。なので、その時期はほとんど人達は王都や聖都などの移動しない都市で過ごします」
「それ以外の普通の街では過ごさないのか? 安全ではあるんだろ? 」
「安全ではありますが下手したら街自体が南極とかに移動することもありますからねー、おすすめはしません。それに……」
フェンは彼女が今までこの世界で過ごした経験を思い出しながら、まだ異世界初心者のマヨイに向かって眉を顰めて伝える。
「正直、そういった街に住み続けている人達は『変わり者』ですよ? 」
フェンの口調には軽い警告が含まれている、といってもそれは拾い食いしちゃダメですよという程度の注意である。どうやら彼女が知る『この世界の普通の街』の住人はちょっと変わっているらしい。
「変わり者でもかまわないさ、俺の会社は誰にでも門戸が開かれている。年齢問わず、学歴や経験不要、さらには身分証明書も戸籍も一切必要なしの優良企業なんだ」
「闇鍋かな? 」
全ての人材を吸収しようと企む悪の組織の幹部のような能力を持つブラック企業の魔の手が異世界に伸びていた。その指先がマヨイというわけである、はた迷惑な野郎である。
「しかしそれも人材がいなければ話にならない。このまま見つからなければフェンに他の社員の分まで働いてもらわなければならないが……」
「探す探すって!! クンクンクンクン、こっちの方から美味しいご飯の匂いがするよ! きっと人がいるはず! 」
「急にやる気出したな。そうやってちゃんと仕事をこなしてくれれば、お前にもっと仕事を任せられるから期待してるぞ」
「仕事から解放される見込みがない分、奴隷より酷いよ? 」
「仕事というのはできるやつに集まるものだ。もしそれで仕事を処理できなくなったら俺に言え、弱音を吐く根性を叩き直してやる」
「これだから体育会系は嫌なんだよ……」
フェンは奴隷であるものの比較的まともな環境で育てられた箱入り奴隷なので、彼女には日本のブラック企業の労働条件はまだ荷が重いのだ。
そんなフェンの後先真っ暗な将来はとりあえずゴミ箱に捨てておこう。フェンが感じ取った食べ物の匂いを追っていくと、木々が生い茂った林の中へと進んでいくことになった。
林の中には草木が伸びておらず人が歩ける程度の獣道があったのでなんとか進むことはできるものの、普通であればよほどな理由がない限りは入ろうとは思わないような荒れた道であった。
「お、あれは家か? 」
「そう、あそこから美味しいスープの匂いがするんだよ! 」
しばらく進むと、林の中に丸太を積んで建てられた無骨ながらも丈夫そうな家を見つける。その家の周りは公園ほどの広さの空き地になっていて、焚き火がパチパチと音を鳴らしていたがその近くに人はいなかった。
「火がついてるってことは家の中に誰かいるのかな? 」
「とりあえず家主に挨拶だな。俺は異世界の風習とか常識にまだ慣れていないから、何かあったらフォロー頼むぞ」
「うん、わかったよ」
フェンは自信満々に親指を立てる。それに応えるようにマヨイも木製のドアをノックすると心地よい音が静かな森に響いた。
ガチャ!
「あら、珍しいわね。こんなところに人が来るなんて。道に迷ったのかしら? 」
ドアを開けて出て来たのは金髪ロングでエメラルドの宝石のような輝く瞳を持つナイスバディのお姉さんだった。
「これは綺麗なお姉さんですね。突然ですが、あなたは今やりがいはありますか? よろしければ24時間勤務のお仕事を紹介いたしますよ、ウチは業界最安値の賃金がアピールポイントです」
「……えっ、ボクはこれフォローしなきゃいけないの? 」
「あの、こんなところで立ち話もどうですから中に入ったらいかがかしら。お二人とも道中大変だったと思いますのにここまで来れてすごいわね〜」
「お姉さんはもうちょい警戒心とか持った方がいいと思うよ? 」
「ぐへへ、家の中に入っちまえばこっちのもんだぜ」
「マヨイ様は漫画でしか見たことない笑い方してるし……」
お姉さんは整った顔をしている美人だったが、邪悪な笑顔をしているマヨイをあっさり家に入れるあたり、頭の方は残念らしい。彼女は二人を椅子に座らせると、心をホッとさせる匂いを放つヘルシーな料理を机に置いた。
「冒険者さんのお口に合うかはわからないけどちょうど今、野菜のスープと兎肉のソテーができたとこなのよ」
「おかわり! いただきました! 」
「許可をもらう前に食う、指示待ち人間に見せてやりたい食事マナーだ」
「あらあら、よほどお腹が空いていたのね。獣人の女の子だからやっぱり食べ盛りなのかしら、偉いわね〜」
女性はさらに肉を多めに盛り付けてフェンの前に置くとスゥオオオオオオという音と共に肉がフェンの腹の中に入っていく。
「カービィかよ」
「いや、ボクは幻狼族ですから、ディズニーアニメの狼の食事シーンかよというツッコミの方が近いと思います」
「あの、お二人ともなんのお話をしているのかしら? 聞き慣れない単語が出てきているのだけど? 」
「気にしないでください、旅の途中で聞いた著作権的魔王の召喚呪文みたいなものなので」
「へー、旅人さんはそんなことを知っていて賢いのね〜」
「この人、全肯定botかな? 」
なにを言ってニコニコと笑って肯定してくれる女性をよく見ていると姿形は人間そっくりなのだが耳の辺りがとんがっていた。それに気づいたマヨイが質問する。
「もしかして貴女は人間じゃなくて、フェンみたいになんちゃって異種族だったりしますか? 」
「なんちゃって異種族とか言わないでね!? この人はエルフだよ、見ればわかるでしょ」
「すまない、俺は人間以外の種族の見分け方に慣れてなくてな」
「ちゃんと謝れるなんていい子ね〜。フェンちゃんのいう通り、私はエルフよ。人間とエルフはパッと見じゃわからないから間違うのも仕方ないわ」
身体は人間とそう変わらないことを示すために、エルフは自分の身体をよく見せるようにその場で立ってバレリーナのようにくるりと回ってみせる。それにより彼女の豊満な胸がぷるんと容器から皿に飛び出したプリンのように揺れた。
「……すごい、フェンの買ったばかりの消しゴムみたいな身体とは大違いだ」
「使い込めば丸みを帯びて、出るとか出るようになるんですからね!? 期待しててくださいよ!! 」
エロ親父の思考『彼氏に一杯触ってもらって育ててもらってんだろお? 』を展開するフェン、しかし実際のところそれは真実なのだろうか? これは女性のみぞ知る人類七不思議の一つである。
「フェンちゃんの将来に向けて努力しようとする気持ち、素晴らしいわね〜。でも人間とエルフは決定的に違うところもあるのよ? 」
「うん、魔力と寿命だよね」
「正解よ、物知りなのね〜。魔力はエルフの方がより効率的に出せるのよ、寿命は人間が100歳に対してエルフは1000歳まで生きることができるの」
「長生きでお得だな、じゃあフェンも寿命が人間とは違ったりするのか? 」
日本では犬や猫は人間と比べると短命である。もし彼女も寿命が短かったらペット霊園に入れなければいけないから大変だなとマヨイは思った。
「ううん、ボクは人間と同じくらいの寿命だから病気とかなければ100年は生きられるよ。だから月日の流れ方とかはマヨイ様と同じ感覚なのかな」
「……都合のいい設定だな、犬のくせに」
「人の寿命を設定とか言わないでね!? あとボクは犬じゃなくて狼だからね!?」
「うふふ、長生きできて偉いわね〜」
「エルフがそれ言うと煽ってるようにしか聞こえないよ? 」
エルフの寿命の話を聞いたことを踏まえてマヨイは家の中を見渡してみると、なるほど年代物の書物や置き物が至る所にあり、自分が今使っているテーブルもいくつも補修をしている跡があった。
「ちょっと教えて欲しいんだが、貴女の年齢に1をかけた数字を教えてくれ」
「年齢聞くのが失礼だと思ってるなら、せめてもうちょっと周り道させたら? 」
「女性の年齢に配慮できるなんて優しいわね〜。私の年齢は247歳よ、人間換算だと24歳くらいかしら? 」
「小数点以下四捨五入すると25歳ではないか? 」
マヨイが特に意識もせずに指摘をするとエルフはあらあらうふふと微笑んだ。
「小数点以下切り捨てにできるなんて偉いわね〜」
「笑顔で強要してきた!? 」
「ったく、フェンは四捨五入とか失礼なこというなよな? 」
「これはマヨイ様が始めた計算式でしょうが! ボクに押し付けないでくださいよ」
「二人とも仲良く握手できて偉いわね〜」
「「…………」」
エルフの聖母を連想させる笑顔から繰り出される不動明王のような威圧感にマヨイ達は即座に握手した。それを見てうんうんとご機嫌に頷くエルフにマヨイは恐る恐る声をかける。
「貴女はここに随分長く住んでいるようですが、ずっとお一人なんですか? 」
「敬語ができてえらいえらい。実はここには二人で住んでいるのよ」
ガチャ!
エルフの言葉に合わせたようなナイスタイミングで家のドアが開かれ、外から青年が入ってくる。茶髪の三十代くらいの男性はマヨイ達を見て、目をパチパチとさせた。
「あれ、リフレア、お客さんが来ているのかい? 」
「ええ、どうやらお腹が空いていて困っていたみたいだったの。ちょうどお夕飯ができたところだったからご招待したわ」
「エルフさん、いったいこの男はなんなんだ! 俺の男心を弄んだんですか? 」
「マヨイ様は昼ドラ展開に持っていくような誤解生む発言は慎みましょう」
「なんなんだって、自分とリフレアは夫婦ですけど? 」
「「夫婦うううっ!? 」
目の前の青年は決して顔が悪いわけではないがごく普通の平均的な顔つきで、あーこんなやつ駅で歩いてるわ、ぐらいの者である。それがこの美人でモデル体型のエルフと夫婦とは釣り合わないにも程があった。マヨイは不思議そうな顔で青年に問いかける。
「どんな催眠術つかったんだ? 俺にも教えてくれよ」
「マヨイ様、流石に失礼すぎではありませんか? 」
「だって控えめにいってモブキャラの男Aみたいな顔してんじゃねえか、それがこんな美人の奥さんがいるとは……」
「あらあら、お世辞がお上手なお方ね〜」
「いやいや、貴女の旦那さんは貶されまくってますよ? 」
「あはは……、なかなか変わった冒険者さん達だね」
見た目はモブだが性格はいいらしい、青年は自身を貶す言葉を投げかけられながらも作り笑顔で自己紹介をする。
「自分の名前はエイだ、よろしく」
「「都合のいい名前だなあ……」」
「仕方ないだろ!? 覚えやすくていい名前じゃないか! 」
まさかのAの読み方と本名が被っていた。偶然って起きるから偶然なんだからこういうこともあるだろう。次はエルフの女性が礼儀正しく礼をしながら自己紹介をする。
「私はリフレア・エルファント・ドートミノアールと申しますわ。以後お見知り置きお願いしますわね」
「名前の作り込みの差が酷くね? 人生背景まで考えられたキャラクターとデフォルト名そのままのキャラぐらいの違いがあるぞ? 」
「エルフは地名や部族内の役割も名前に入れますからしょうがないですよ、名前の短さならボク達だって大差ないですし」
確かにマヨイとフェンはそれぞれ3文字(苗字除く)である、五十歩百歩なのかもしれない。
「だけどボクとして気になるのは結婚してることなんだけど、寿命の問題とかどう考えてるんだろ? 」
「寿命の問題? 」
「うん、異種族間の結婚でも特に大きな問題なんだけど人間とエルフみたいに寿命が全然違うとどっちかが先に死んじゃうんだよね、そうなるとどっちが寂しい思いするでしょ? 」
「まあ死んだ方が生き返ったり、ゾンビ化しない限りはそうなるだろうな。でも長生きする方がまた別の人と結婚すればいいんじゃないか? 」
「えー、ボクは結婚するなら生涯でこの人って決めた一人にしたいな」
「そうですわね、私もそう思います。好きな人とは最後まで一緒に添い遂げたいですわ」
「「ねー! 」」
女の子同士で意見があったフェンとリフレアは仲良く笑い合う、そんな姿を男性陣は苦笑いしながら眺めていた。しかし、マヨイはまだ納得していないようだ。
「でもさ、恋愛漫画とかだと相手が数年の命と分かっていても愛し合うやつあるだろ、ああいうのは女性が大好きなジャンルなんじゃないか? 」
「それはお互いに同じ種族なんだけどなんらかの理由で生きられなくなった話だよね? 元々の寿命が違うのは別なんだよ、マヨイ様だって寿命が十年くらいの生き物を本気で愛せる? 」
「十年って犬とか猫とかか……」
マヨイは考えるが犬猫なら普通に好きになれる自信がある。しかしそれを愛するとなると不安になる、まだ動物の姿をしているならともかく人間と全く同じ姿をしていて十年後に死ぬ生き物を愛することができるかとなると話は変わってくるのだ。
「……俺なら別れが辛くなるからそもそも好きにならないように心がけるかもな」
「珍しく普通の考えだね、だいたいの長命種も同じ考えが多いよ。別れが辛いから、そもそも最初から恋愛対象として見ないようにするんだ、よほど魅力的な相手なら例外だけど」
「ええ、私もずっとその考えです。昔も、そして今もそれは変わりませんのよ」
リフレアの凛とした言葉には彼女の意思が子供の玩具箱のようにずっしりと詰められていたが、マヨイとフェンは戸惑いを隠さずにいた。
「でも……、その旦那さんは人間だよね? 」
「ええ、でもそれは愛の力が解決してくれたのですわ」
リフレアが自分の旦那に向かってウインクすると彼ははにかみながら答えた。
「自分は今、85歳なんだよ」
「……はあ? 」
マヨイは思わず疑問符が口からこぼれてしまった。エイの頭には白髪もなく顔に皺もない、分厚いコートに隠れてよく見えないものの身体つきも背筋が伸びてしっかりしている。どんなに若作りしようが80を超えた老人というのはありえない。
「いやどう見てもお前は20代後半から30代前半くらいじゃねえか。もしかしたら化粧とかして40代ってこともあるかもしれないが、80はないだろ」
「それをなんとかしたのが愛の力なのですわ。あれは私が180歳の頃でした、エルフの煩わしい年功序列の生活が嫌になって一人でここに住むようになったのです」
「そうだね、あの時のリフレアは謎多き深窓の令嬢ということで非常に人気があったなあ」
「ええ、こんな辺鄙な場所ですのに一時期は玄関の前に婚約希望者が列を作っていたのだから落ち着いて読書もできませんでしたわ」
これを聞いたら発狂して焼き討ちしにくる婚活女子もいるだろう、こんな風に無自覚に嫌味を言ってしまうのはエルフっぽいといえばそうである。ただ彼女の美貌であれば、それほどの人気になるのはカニ相手にジャンケンで勝つくらい簡単であろう。
「じゃあなんで人間と結婚したの? 」
「うふふ、私がやって来る婚約希望者をバッタバッタと追い返して静かになり始めた時、この人がやって来てこう言いましたの『もし自分がキミと同じ時を過ごせるようになったら結婚してくれ! 』ってね」
「同じ時って……、寿命を伸ばすということ? 」
「はい、私も最初は半信半疑でしたわ。そんなことできるわけないって、でもこの人は毎日私と一緒にいてくれて何年たっても何十年経っても姿はほとんど変わらずにいてくれましたの。まるで私と同じエルフであるかのようにですわ」
リフレアは過去の話をしているうちに再び嬉しくなったのか目尻に涙を浮かべた。それをエイがすかさずハンカチで拭ってあげると、二人は微笑みあった。
「リフレアとあった時、自分は既に25歳だった。その時の彼女との出会いが自分の人生を根底から変えてしまったのさ。自分はなんとしても彼女と最後まで添い遂げたいと祈り、そんな思いが女神様に伝わったのか、いつの間にか人間の身でありながらもエルフと同じ時を過ごせるようになったんだ。あれから60年の月日が経ったが体感は6年程にしか感じていないね」
「うふふ、愛の力で二人の時計の針を合わせたって感じですわね」
「ふぇ〜、そんなことってあるんですね〜」
フェンは難病が治った奇跡体験の番組のゲスト参加者ばりの良い反応をする。一方、マヨイはそんな話は信じられない。社会人で現実主義者の彼はフェンにこっそり耳打ちした。
「いや、ありえないだろ? この世界の女神は住民のことを喋るジンジャーブレッドマン程度にしか考えてないぞ。こんなロマンチックな物語作れる奴じゃねえよ」
「でも現に二人は60年間、一緒に過ごしているって話じゃないですか? 」
「催眠術じゃねえの? それでリフレアさんを騙してんだよ」
「マヨイ様は催眠術にこだわりすぎでは? 残念ですけどエルフは魔法耐性が強いので人間程度の催眠術は効きません」
「じゃあ時間に関する魔法とかはないかないのか? 」
「時を止める魔法ならありますね。生物にかければ思考も身体の動きも止まり、さらに歳を取ることもありません」
「それだよ、それで身体の細胞分裂を止めてだな……」
「そんな都合のいい使い方できませんよ、もし使えば完全にその生物の一切の活動が停止します。仮に一部だけ止めれる魔法を独自で開発できていたとしても、魔法がかかっている状態で目の前に出ればエルフには簡単に見破られますよ? 」
「変装魔法みたいなもので中身は老人だけど若い姿に見せかけてるってのもダメか? 」
「同じ理由でダメですね、離れていればまだいいですけど、目の前に来た時点でエルフにはバレます」
「じゃあ魔法はダメなのか……、なら本当に女神の奇跡なのか? 」
自分をこの世界に陥れた女神がそんな人情溢れたことをするのか理解できないマヨイはしばらくうんうんと唸っていた。
「ちなみにボクの嗅覚だとエイさんは人間で間違いないよ、実はエルフの血が混ざってました〜、って展開はないみたい」
「んなことあるか? そんなことできるなら全人類にその方法を教えてやれよ」
マヨイ達の話の内容がなんとなく理解できたのか、エイが少し気まずそうに口を挟んできた。
「きっとこれは女神様への強い思いが伝わったから起きた奇跡だから、他の人にも必ず起きるとは言えないよ」
「……生きたいと思う気持ちはみんな強いと思うがな」
「ごめんなさい、ボクのご主人様は仕事人間でついつい細かいことを気にしちゃうんですよ。ほら今は休養中だから何も考えないで楽しもうよ」
「…………そうだな、深く考えすぎてしまった。いざ奇跡というものを目の当たりにすると疑いたくなってしまってな、申し訳ない」
マヨイが腰から60度曲げて頭を下げると夫妻は気にした様子もせずニコリと笑う。
「いえいえ、私達も不思議な目で見られることはよくあることなのよ。ここに来た人はいっつもマヨイさんみたいな反応をするんだから」
「自分もちょっと前だったら同じような反応をしたかもしれないから気持ちはわかるよ」
「もー、ちょっと前といっても貴方はここに住んでる方が人生で長いんだからね? 」
「あはは、そうだったね。ここに来てから時間の感じ方がキミと同じになったせいでつい最近のことに思えちゃってね」
人里離れた場所で種族を超えた愛によって結ばれた仲睦まじい夫婦、そのまま絵本に載せることができるような二人をマヨイ達は邪魔しないように外から見ることしかできなかった。そのことに気づいたリフレアは両手を頬に当てて可愛らしく尋ねてくる。
「もう遅いからマヨイさん達は泊まっていったらどうかしら? 」
「でも二人の邪魔をしてはいけないですし、どうやらこの家も二人分しかベッドがないようです。どうしますマヨイ様? 」
「じゃあ、家の外の焚き火の近くでテント貼らせてもらってもいいか? 火の番は任せてくれ」
「そんな気にしなくてもいいのに、でもお二人がそれでいいなら私達は構わないわよね? 」
「……ええ、うん。もちろんいいよ」
エイは一瞬言葉に詰まったもののすぐに頬を上げてスマイルをする。そうして夫妻の了承をもらったマヨイ達は焚き火の近くに冒険者用のテントを貼って暖を取る。
「普段は魔法で携帯できるテントとは便利なものだな」
「へへん、冒険者の三種の神器の内の一つに数えられるくらいだからね」
「なるほど、ちなみにその他の二つはなんなんだ」
「根性と勇気! 」
「ふっ、いい言葉だ。その辺りは俺の会社と通ずるものがあるな」
「へー、マヨイ様の会社の三種の神器ってなんなの? 」
「休日出勤、残業代返上、経費自己負担」
「社員の人達、刀狩りされてない? 」
夜空に輝く星空の下、マヨイとフェンはお互いの職業について話し合っていた。マヨイの方はもはや職業ではないのでは? という疑問は禁句だ。
「なあフェン、この世界では人間と異種族の結婚ってよくあるもんなのか? 」
「マヨイ様はまだあの二人を疑ってんの? 確かに珍しいことではあるけど人間とエルフが結婚する事例もそこそこあるんだよ」
外は寒いだろうからということでリフレアはコーヒーが入ったポットを置いてくれていた。ポットから伸びる細長い口を起点に闇夜へ白い煙が揺れ上がると、フェンはコップにコーヒーを入れて一生懸命ふーふーしてからチビチビと飲む。
「疑っているわけじゃないさ。寿命が違う種族が結婚したらその後はどうなるケースが多い? 」
「人間とエルフのケースだと先に人間が死んじゃうことがほとんどだから、エルフが子供を連れてどこかダンジョンの奥にひっそり住むことが多いんじゃないかな」
「ふーん、再婚とかはしないんだな。まだまだ年齢的には問題ないんだろ? 」
「一回愛する人を失ったらそれをもう一度繰り返すのは辛いんじゃないかな。子供もハーフエルフだし、上手く街に馴染めないことの方が多いからね。街によっては頑張って支援してくれるところもあるらしいけど、逆に支援を受けることで他の人から嫉妬されることもあるんだよ」
「他人と変わった恋愛をするのも大変なんだな……」
するとマヨイは突然フェンを地面に押し倒し密着する、彼女の手に持っていたコーヒーカップが地面をカラカラと転がる音が草むらの虫の鳴き声を止まらせた。
「ちょっ、マヨイ様!? 異種族の恋愛は大変って、いま自分で言いましたよね!? いやボク達は寿命は同じだから問題はないですけど、問題ありありですよ!? 」
「訳のわからないことを言うな、少し黙ってろ」
「は、はいいいっ!? 」
自分が奴隷という立場であるのでこういうことが起きるのではないかと不安になったり、ちょっぴり期待していたりしていたフェンは目をギュッとつぶって次に来るであろうマヨイの動きに身を委ねることにした。
「…………よし、もう声を出していいぞ。フェンは嗅覚は今使えるか? 」
「うん、鼻は問題ないけど何するの? 」
「男の匂いを嗅いでもらおうと思ってな」
「男の匂い!? いきなり高レベルな変態プレイが始まるの!? 」
フェンは本能的に自分の身を守りながらコーヒーカップを拾い上げて盾のようにマヨイに向かって突き出すと、彼は唸りながら首を傾げる。
「なに意味不明なこと言ってんだ? お前が追うのはエイの匂いだよ」
「ふぇ? 」
マヨイは森の一点を指差した、木々に覆われた暗闇は月の光を遮り人々を惑わす準備をしている。
「ついさっきエイがあの先にこっそり入って行った。俺達の動きを見ていたから寝たふりをしたわけだ」
「入って行ったって、あそこは真っ暗ですよ? エイさんがいるのならランプの灯りとかあるはずですよね? 」
「あいつはランプを持っていなかった。おそらく相当慣れ親しんだ道なんだろう、そこでお前の嗅覚の出番だ」
「……なるほど、ようやく理解しました。なんというかホッとしたような、無駄にドキドキして損したような複雑な気分です」
「無駄口叩いてないでさっさと頼むぞ」
「はーい」
フェンの揺れに揺らいだ乙女心は無事何事もなく不時着することになった。これが良いか悪いかは別として、エイを追いかけることが今の優先事項なのである。
そして、フクロウも木に頭をぶつけそうな真っ暗闇の中、フェンは匂いを辿って慎重に先導する。
「匂いが薄いですね、なんとかギリギリわかる感じではありますがちょっぴり不安です」
「あの野郎、フェン対策に風呂でもはいったか? 」
「お風呂だけなら石鹸の匂いでわかります、これは狩猟の時に使う匂い消しを使ってますね。この辺りの樹木や果実、土などの匂いを混ぜて自分自身の匂いを隠すんです」
「ますます怪しいじゃねえか、俺達に見られたくない何かがあるわけだ」
フェンは鼻をヒクヒクさせながらゆっくり歩く、ただでさえ暗闇で足場が見えないのに匂いも薄いとなればどうしても進行速度は遅くなってしまう。歯がゆい思いをしながらもマヨイ達は先に進んで行くと急にフェンが立ち止まった。
「……あれ、急に匂いが強くなって、まずいです。こっちにやって来ます! 」
「やって来るってのは!? 」
「わかりませんけど、おそらく人間で……」
「おやぁ、マヨイさんにフェンさん。こんなところでどうしたんですか? 」
「「でたあああああああああっ!? 」」
闇夜から急に懐中電灯を自分の顔に照らしながら現れるエイの姿を見て絶叫がほと走った。
「二人ともどうしたんですか、そんなに驚いて? 」
「そりゃおどろくだろ、いきなりそんな登場されたら! なんでこんな夜中に森の中うろついてんだよ! 」
「それはこちらも聞きたいですが、とりあえず自分はこれを捕まえに来たんですよ」
「……カブトムシですか? 」
「はい、この時期に採れる珍しい種類でして光を当てるとすぐに逃げてしまうから捕獲が難しいんですよ」
エイの手に捕まえられていた黒色の5本角のカブトムシは懐中電灯の光を浴びて逃げるように羽を出してバタバタともがいていた。
「なんだ、それが目的だったんだね」
「それでお二人はなぜこんなところに? 」
「あー、いや、俺達も夜の散歩をしようと思ってさ」
「灯りも持たずにですか? 夜は獣がでてくるので危険ですよ」
「なるほどそれで獣避けのために匂い消しを使っていたんだな」
「……匂い消し? 」
エイはキョトンとした後、雷に打たれたようにビクッとして皮のコートの内ポケットを探ったと思うと、そこから赤い皮袋を取り出して見せる。
「あー、これのことだよね。この中身をこうやって自分の脇や首周りに塗るんだよ。ほら二人にも貸してあげるから同じようにやってみなよ」
エイは見本をみせるように袋の中から白いクリーム状の物体を人差し指ですくって自分の身体に塗ってみせた。マヨイとフェンも彼と同じように身体にクリームを塗ると、どことなく腐葉土のような匂いがするが不快なものではなかった。
「以外と簡単なんだな、今後の冒険に使えるかもしれない。いい勉強になったぜ」
「お役に立ててなによりだよ、それじゃあ二人とも一緒に帰ろうか」
「………………違う」
「どうしたフェン? 」
じっと虚空を眺めながらボーッとしているフェンにマヨイが声をかけると彼女は首を小さく横に振った。
「ううん、なんでもないよ」
「……………………」
そんなフェンのことをエイは静かに目を細めながら睨みつけていた。彼の手に握られていた匂い消しの袋の口からクリームが溢れてしまうほどであった。
ーーーー翌日の朝ーーーー
「ぎゃああああ、やられたあああっ!! 」
森の中にフェンの悲鳴が響く、そして彼女は全身の血が抜けたように膝から崩れ落ちた。
「よっしゃあ、薪割り1時間頼むぜ。その後は風呂掃除と皿洗いと草むしりな」
「くうううっ、マヨイ様ジャンケン強すぎじゃありませんか? 」
「お前が弱いだけだろ、さっきから全部グーしか出してじゃん」
「それはマヨイ様が次チョキ出すかなって思ったんですよ、いつかは出すかなと思ってそれに賭けていたのにいいいっ! 」
「そうやって全負けして破滅する典型的なギャンブラー思考だな、それじゃ後は任せたぜ」
マヨイ達は昨日世話になったお礼に今日は家事手伝いをすることにしたのだが、その手伝いの割り振りのためにジャンケン勝負を持ち込んだところ、哀れなフェンの10戦全負けとなったわけである。
「すまないね、家事を手伝わしてしまって」
「エイさんは気にしなくていいんですよ、俺はもう関係ないしね」
「マジで酷すぎですよマヨイ様!? 」
「なんか文句あるなら話聞いてやるから言ってみろよ。ちなみに俺とお前は奴隷契約結んでるからな? 」
「それエグゾディア手札に揃っておきながら、先行どっちがいいか聞いてくるぐらい下劣な行為ですよ? 」
マヨイ達のそんなどうでもいいやりとりを見ながらエイは手帳にペンを走らせてメモを取っていた。
「エイさんは何を書いてるんだ? 」
「ああ日記みたいなものだよ、その日にあった出来事を書いているのさ」
「へー、俺にも見てくださいよ」
マヨイは許可をもらうことなくエイの手帳を覗き込んだ。
『………第7戦、マヨイ:パー、フェン:グー、第8戦、マヨイ:パー、フェン:グー、第9戦、マヨイ:パー、フェン:グー、第10戦、マヨイ:パー、フェン:グー。フェンが家事手伝いを全てやる。マヨイとフェンは奴隷契約を結んでいる。エグゾディア(特別な単語? 要確認)』
「これ俺達のやり取りそのまま書いているのか? 探偵でもここまで細かく日記はつけないぞ」
「あはは、自分は小さなことまで気にしてしまう性格でね」
エイはエロ本を隠す小学生並みの素早さで日記を背後にまわすと、そこにリフレアが花の香りのする紅茶をトレイに乗せてやって来る。
「この人、昔からそうなのよ。毎日毎日ページを真っ黒にする勢いで日記をつけてるの」
「リフレアさんは日記の内容を読んだことあるんですか? 」
「私は他の人の日記を見るほどデリカシーがないエルフじゃないわ。夫婦の仲にも多少の秘密は必要よ」
「リフレア……」
申し訳なさそうな顔でエイは日記を懐にしまうとリフレアは気にしない様子で鼻歌を歌った。
「だけどもし浮気してたら、身体を乾いたツルで巻きつけた後に水をぶっかけてギューッと締め付けてあげるからね♡ 」
「あはは……、そんなことするわけないじゃないか。自分が愛しているのはリフレアただ一人だけだよ」
「うふふ、そう言ってもらえて嬉しいわ」
「マヨイ様、これ脅迫罪適用される? 」
「うーん、この感じだと脅迫罪は無理だな。上手くいっても殺人罪止まりだろう」
「終点まで行っちゃってますけど? 」
当然ながら身持ちの硬い者ほど浮気に厳しい、自分が一途だからお前も当然そうだよな? という思考である。童貞が処女しか嫌だというのはキモがられるのに逆だと清い人と見做されるのは世の中のパラドックスであろう。
「やれやれ、お二人の仲の良さは俺もよく分かったぜ。これ以上邪魔しちゃいけないから俺達は昼過ぎにここを出ることにするよ」
「えっ、マヨイ様はもう出発しちゃうつもりなんですか? 」
「ああ、ここは良いところだが人材募集探しするならもっと賑やかな場所に行った方が効率がいいからな」
「でもマヨイ様は気になってることがあるんじゃ……? 」
「なんのことだ? こんな美人な奥さんと別れることは心惜しいがそれくらいだぞ」
「あらあら、恥ずかしいことを人前で堂々言えるなんて度胸あるわね〜」
「マヨイ様がそう言うならボクに拒否権はありませんけど……」
昨日までの血に飢えたピラニア並みのしつこさを放っていたマヨイの心変わりを不思議に思いながらフェンは出発の身支度を整え始める。
そしてマヨイ達は夫婦に連れられて森の出口まで案内される。太陽はてっぺんを通り越したところであり、早めに次の街に着かないと野宿することになってしまうだろう。
「それじゃあお二人はこれからも旅を頑張ってね。私も応援してるわよ」
「この街の周辺は危険な魔物はいないから、いざとなったら無理せずこの辺りで野宿しても良いと思うよ」
エイが平和そうな草原をぐるりと見渡すとフェンが不思議がる。
「……この街って、もしかしてお二人の家のこと? 」
「ふふ、この人は私達の家のことを街っていうのよ。おかしいでしょ、二人だけなのにね」
「コホン、いいかな。自分の知ってる物語では二人だけの小さな街から誰もが羨む大都市に成長するってのがあるんだ。いつか自分達のような異種族同士が仲良く住めるような街をここにつくりたいものだね」
「まったく大袈裟なんだから、でもそんなところも素敵だわ」
リフレアは安心した様子でエイに肩を寄せる、そんな夫婦からは長い月日を共にした信頼が感じられる。
「リフレアさんは旦那さんのこと大事に思ってるんですね」
「ええ、だって私が生涯でたった一人、愛した人なのですもの」
そしてリフレアはフェンに向かってウインクをした。
「フェンちゃんも頑張るのよ、恋はいつどこで起きるんだかわからないのだからね」
リフレアはそう言いながらこっそりとマヨイのことを指差すとフェンが動揺する。
「そ、そんなことありえないですよ!? 」
「フェン、諦めたらそこで終了だぞ? お前は可愛いから結婚はできるだろう、結婚式の上司挨拶は俺に任せてくれよな」
「よくこの文脈理解力で社会人やってこれたね? 」
マヨイとフェンの今後の旅とオフィラブの行方はどうなるのか、そんな無限の可能性が眠る将来に向かって二人は異種族夫婦が幸せに暮らす街から出発したのであった。
ーーーーその日の真夜中ーーーー
世界が墨で塗りたくられたような真っ暗な森の中、一人の青年の息遣いが聞こえる。
パキパキと地面の小枝を踏む音が鳴るもののその青年は限られた視界の中でもすんなりと森の中を進んでいく。そして彼は不自然に木々が生えていない場所に辿り着くと呪文を唱え始めた。
「悪戯好きな妖精よ、一時の休息と共に真実を映し出せ、『幻影解除』」
青年が呪文を唱え終わると幻影魔法によって隠されていた空間に木製の小屋が現れる。小屋といっても人が住むには少々厳しく、道具をしまっておくような納屋のようなイメージである。
青年は一度警戒するように周囲を見た後、木の扉に手を開けてキキィと響く音とともに小屋に入り、一息ついた。
「ふぅ、昨日は危なかった。今日もさっさと帰ってくれたから良いものの次からは対策をしなければならないな。まさか獣人がやって来るとは……」
青年は小屋の電球を点けると彼の顔がはっきりわかるようになる。それは紛れもなくエイであった、エイは懐から日記帳を取り出して中身を確認しながら復唱する。
「今日の出来事は……、よし漏れはないな、それにしてもこの獣人ジャンケン弱すぎだろ。後で変に疑われなければいいが……」
「誰がジャンケン滅茶苦茶弱いって? 」
「…………っ!? お前達は昼間の冒険者っ、どうしてここに!? 」
エイが驚いたのも無理はない、小屋の入り口には旅立ったはずのマヨイとフェンがいたからである。
「いやー、俺もお前と同じように細かいことが気になるタイプでな。つい戻って来ちまった」
「でもマヨイ様、ここにあるモノって……」
フェンは小屋の中にある『モノ』を見て言葉を途中で失う。そのショックのあまり身震いしてしまうほどのものを彼女は見てしまった。
「確か人間の寿命は100年でエルフは1000年だったな。それだと約10倍、なるほど計算通りだな」
「お前達、どこまで分かっているんだ? 」
「うーん、だいたい9割ほどだと思うが答え合わせをしなきゃわからねえよな? 『10人のエイ』さん」
小屋の中には驚いているエイの他に衣服を身につけずに裸の状態で横たわっている男が9人いた、そしてその男の顔は全てエイと同じものであった。
「マヨイ様、なんでエイさんが一杯ここで裸で寝てるんですか!? 」
「時間停止魔法だろ? 生物の時間と成長を止める便利な魔法がこの世界にはあるみてえじゃないか」
地面に寝転がっているエイの姿をしているものは髪の毛一本一本が針金のように固定されている。時間が停止しているからこその状態であろう。
「時間を停止しているってわけがわからないですよ? そもそもエイさんがなんでこんなに一杯いるんです? 」
「それはリフレアがそれだけ愛されていたってことさ、だよなエイ? 」
「ん〜? どゆこと? 」
首を傾げるフェンとは対照的にエイは苦虫を噛み潰したようにマヨイを睨みつけていた。
「これは俺の推測になるが、おそらく目の前で慌てているエイも含めて元々この10人はこんな顔をしていなかった。全員が各々で別の顔をしていた他人同士だったんじゃねえかな」
「他人同士がどうして同じ顔に? 」
「この世界は魔法を使わずに医療技術で人の顔を整形することはできるか? 」
「うん、街によっては医療がすごい発展してるから、別人を同じ顔にすることは可能だと思うけど……」
「なら話は早い、こいつらは整形をして顔を同じにして全員がエイになった」
「10人全員が同じ人になった? 」
「そうだ、その目的こそがエルフのリフレアと時計の針を合わせることだ」
マヨイは時間停止をしてピクリとも動かないエイ達を指差しながら説明する。
「まず10人のうち9人を時間停止させて残りの1人がリフレアと1日一緒に過ごす。そして夜中にここに来て時間停止していた1人を目覚めさせ、代わりに自分が時間停止する。これを順番に繰り返すとどうなるかわかるか? 」
「えとえと、10人の人がそれぞれ交代でリフレアさんといるってことだよね? 1日交代だから、1人は10日に1回リフレアさんに会えるってことか、でもそれがなんになるの? 」
「よく考えてみろ、10日に1回会えるってことは残りの9日は時間停止しているわけだ。そうなるとリフレアが10日過ごしている間、エイ1人当たりは1日しか寿命を消費していないことになるな」
マヨイの説明を受けたフェンは彼女の細い指を子供が数を数えるように順番に折っていくとあることに気づく。
「…………え、嘘、まさか、人間10人分の寿命を分散させることでエルフの寿命と時の経過を一致させたってこと!? 」
「そうだ、それが時計の針を合わせるカラクリだ。エイが日記を細かくつけていたのも次の交代者に何が起きたかを引き継ぐためだろうな」
「ボクが昨日の夜感じた違和感それだったんだね。エイさんの匂いが急に強くなったのは入れ替わったからであって、ワキガじゃなかったんだ」
「それにしても、1人でも裏切り者が生まれたら成り立たない仕組みなのによくやったと感心するぜ」
「裏切るわけないさ、自分達は彼女を悲しませたくないからね。誰か1人でもかけたら寿命に差が出てバレてしまうから……」
エイは観念したように地面にペタリと腰を落として項垂れる。彼は少年時代を懐かしむ老人のように昔話を語り始めた。
「自分達は元々は全員がリフレアの婚約希望者だった。あの美しさと一人で暮らしている寂しさから来る哀愁の姿に自分達は強く惹かれてしまっていたんだ。自分達は彼女のためなら何をしても良いという覚悟だったが、寿命の問題だけはどうしようもなかった」
「それでこんなことを思いついたんですか? 」
「ああ、最初は踏みきれない者もいたが最後には全員納得の上でやったよ。全員の顔を変えて架空の男Aを生み出した、ちなみにエイはAから来てるんだよ。名前の候補は色々考えたんだけどシンプルイズベストってことでね」
「あのギャグシーンは伏線だったの!? 」
どうやら名前をつける際にお互いにフェアになるようにアルファベットの最初の文字を使うことに決めたようだ。いざこざが起きにくい名前をつけることが大切なので一応、合理的ではあるだろう。
「それで二人はこのことをリフレアに伝えるつもりかい? そんなことをしたら自分達はもう生きていけなくなってしまうし、リフレアも悲しませてしまう。どうか許してくれないか? 」
「今までずっとリフレアさんを騙していた癖によくそんなこと言えますね、当然報告ですよねマヨイ様? 」
「いや、俺はこいつらの愛する女を射止めようとする根性は評価するぞ。一見騙しているようにも思えるが、今まで60年近くも続けてきているのならそれは愛だよ」
「……マヨイさん、ありがとう。なんとお礼を言ったら良いのだろう」
エイはマヨイの前で土下座をしながら涙の玉を地面にポトリポトリと流す。
「しかし、この小屋に時間停止中の人間を保管するやり方は変えたほうがいいな。いつかリフレアにバレる可能性がある」
「それは自分も思ってはいますが、他に良い隠し場所がないんです」
「ふむ、俺はそんなお前にピッタリの場所を与えてくれる会社を知っているぞ? 」
「……流れ変わりましたね」
マヨイは手を掲げてしばしの間念じると、彼の目の前の空側がねじれ、割れ目が生じる。その割れ目の奥には事務机と椅子が並んだオフィスの一室が見えた。
「この裂け目は俺の会社と繋がっている。時間停止したやつはここに放り込んでおけばこちらの世界からはバレない。毎日この時間だけ裂け目が出現するように設定しておこう」
「待ってくださいよマヨイ様、それ大丈夫なんですか!? 」
「俺の会社の奴らには上手いこと言っておく。人間型の盾として入社すると人事部へ申請しておこう」
「「……人間型の盾? 」」
フェンとエイはなんかヤバい単語が出て来たと感じ取った。二人はお願いだ、今自分が想像しているのとは違う物であって欲しいと思いながらマヨイの顔を見つめる。
「そうだ、会社に殴り込んできた奴が放つ銃弾の盾に使う」
「予想通りすぎて笑えますよ」
「見た感じ時間停止中は身体に対する攻撃も全て効かないみたいだからな、これは防弾用の盾として使えるだろう」
マヨイがグーで時間停止中のエイ達を殴っても彼等には傷一つつくことはなく、逆にマヨイの拳がヒリヒリと熱を帯びる。
「だからといって人型の盾を使えっていわれて、うん使おうとは会社の人達も思わないんじゃないですか? 」
「社会人は常にアップデートしていく物だぞ? 新しく入った物を使えないと諦めるような人間は俺の会社にはいない」
「いや、アップデートどころか畜生レベルまで堕ちてますけど? 」
「でもマヨイさんのアイデア通り、時間停止中に会社で働かせてもらうのはいいかもしれない。その間、お給料をもらえるわけだし」
「……なにいってんだ? 労働者本人の時間が止まってあるわけだから、労働時間は0の欠勤扱いで給料は出ないぞ。本来なら欠勤に対する会社への迷惑料を利息付きでお前に請求するところだが、そこはリフレアへの愛に免じて月三万円の罰金で許してやる」
「社員とはいったい……? 」
「ちょっと意味不明だけど、保管料と思えば悪くないかもしれないね。わかったよ、マヨイさん。自分を会社の社員として雇用してください」
「うむ、これからよろしく頼むぜ」
この雇用契約書を見たら悪魔でさえ二度見をするほどの極悪契約だが当の本人達は納得している。このようにお互いの状況を見つつ適切な提案をすることが社会人に求められるのだ、足元を見てるだけとは言ってはいけない。
「よし雇用契約も無事終了したし、本当にここには用はなくなったな」
次元の裂け目に向かって冷凍マグロを投げるように時間停止中のエイ達を放り投げている青年の姿を見ながら、フェンはため息をついた。
「なんかエイさんはすっごい苦労と遠回りしてる気がします。愛してるからって、ここまでやりますかねえ? 」
「そこまでやるから愛なんだよ、わかっていないなフェンは」
「へぇ、ロマンチックなこともたまには言えるんですね」
「うむ、俺はこう見えて愛のことはよく知ってるんだ。ほら、愛社精神っていうだろ? 」
「マヨイ様がいうと戦時中のスローガンにしか聞こえないです……」
こうしてエルフの時計の針に頑張って合わせた男達の物語は一区切りをおさめる。そんな彼等を見届けたマヨイ達は次の街へと向かっていくのであった。
新入社員:10人のエイ達(防弾の盾として社員を危険から守っている)
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