1000回遊べる異世界 〜えっ、最初の街から徒歩10分で裏ダン!? そして裏ボスクリアに最強武器ゲット!? じゃあ、もう敵なしなので、この異世界をのんびりぶらり旅します〜

@pepolon

プロローグ 裏ダンジョン攻略完了! Thank you for playing!


 思わず海と間違えてダイブしてしまいそうになる雲一つない青空の下、どこまでも広がる草原を青年と少女が歩いていた。黒髪の青年は革の鎧を身につけ、鉄の剣を携えていたが、肌は彫刻のように色白でまともに日差しの下で運動した様子はない。


 青年は草原をぐるりと見渡しながらため息をつく。


「まさか異世界に転生するとは思わなかった。見ず知らずの土地でどこに行けばいいかわからないし困ったな」

「マヨイ様ならきっと大丈夫ですよ! もし何かあってもボクがなんとかしてあげるね! 」


 ミニスカ戦士姿の少女は、水色の犬耳をピコピコと動かしながらニコリと笑う。彼女は獣人であるが、獣耳と尻尾がある以外は人間とほぼ変わらない姿である、なんちゃって獣人だ。もし獣人と名乗る彼女を見たらそのクオリティの低さにブチギレて、ちゃぶ台返しをする頑固なケモナーもいるだろう。


 そんな超初心者ケモナー向けの獣人にマヨイと呼ばれた青年は自分の境遇を嘆くばかりである。


(まさかあんなことで死んじゃうなんてなあ……)


 彼、流浪 迷(るろう まよい)はごく普通の超絶ブラックIT企業に勤めていた。週休2時間、みなし残業20秒、有給5日(得意先ゴルフ接待時のみ取得可)、パソコン使用料は給与天引き。


 さらに福利厚生として、職場にはベッドと風呂とキッチンなどが備え付けられている社員寮扱いとなっているので、職場にいながらテレワークができる環境であり、在宅勤務率100パーセントという日本政府も思わず満点を出すほどの五つ星ブラック企業だった。でもお金に困ったら内臓の販売先を斡旋してくれる優しい一面もあるよ。


 しかし、やはり職場は過酷な環境であり、マヨイの同僚は次々に脱落していく。そんな蠱毒すら生ぬるい状況の中、お客様のために踏ん張り続けていたマヨイであったが、ついに最期の時がやってくる。


 それは、彼の誕生日プレゼントに会社が用意してくれたエナドリ(1箱36本入り:給与から天引き)の最後の一本に手をかけた時に訪れる。ふとした瞬間に、彼は全身の力が抜け、絨毯に倒れ込み、目の前をゆっくりと闇が包み込んでいくであった。思うように身体が動かないことにマヨイはギリギリと歯軋りをする。


(くそぉ……、まさか銃弾の流れ弾に当たるなんてついてないぜ。死んだ同僚の両親がブチギレてヤクザ雇ってカチコミにくるとは……。あと少しでこのプログラムをお客様に納品できそうだったのに……)


 そう、彼は社内でプログラミング中にヤクザの銃弾に心臓を撃たれて死んでしまったのである。もちろん労災なんて甘ったれたものはおりない。マヨイは享年三十二歳であった。




 ということで凶弾に倒れたマヨイは異世界に転生をしたのだが、この世界の女神とのやり取りの後、いきなり街の真ん中にチートなし&所持金金貨一枚のみでほっぽり出され、なんとか旅の道連れの奴隷を購入して生き延びるべく冒険に出かけているというわけである。


「なんとかしてくれるとはいうが信用していいんだよな? フェン」

「うん、ボクは伝説の幻狼族で超強いから余程のことがない限り負けないよ」

「自分で伝説っていうか? しかもフェンは金貨一枚で売られてた売れ残りだよな? 」

「売れ残りじゃなくてバーゲンセール品だからね! あと女性に向かって売れ残りは失礼だと思うよ! 」

「セール品も売れ残りも同じようなもんだと思うが……」


 実はフェンは奴隷商店のバーゲンセールで格安で売られていた訳あり品である。そんな彼女のお尻には指の隙間をすり抜けるサラサラの白い尻尾が生えていて、今のように興奮すると扇風機のようにグルグル回る。そんな彼女の身長はマヨイより二回りほど小柄で、定規代わりにも使えるくらい平坦で控えめな胸をしていた。


「それで、俺はあまりこの辺りの場所に詳しくないんだがフェンはこの世界の住人なら土地勘はあるんだよな? 」

「うーん、昨日が月末で今日が月初でしょ? じゃあわからないや、全部入れ替わっちゃってるし、マヨイ様はそのこと知ってるっけ? 」

「あー、そういやそんな話聞いたな。毎月、この世界の街やダンジョンや土地の場所は入れ替わるんだったか? 」

「そーだよ、正確には王都や聖都、魔王城とかは固定の場所にあるんだけど他の場所は入れ替わっちゃう」


 フェンは人間と全く同じ形をした手で手品師が机の上に並んだ紙コップの位置を交換するような動作をする。そして彼女はそのまま続けて話をした。


「だからある月には王都から徒歩五分の場所に魔族の集落が現れて大騒ぎになることもあるんだよ」

「寝耳に熱湯かけられるぐらいの惨事だな、それは大きな被害が出たんじゃないか? 」


 王都は人間の本拠地であり、文化と経済の中心地である。マヨイが召喚されたのも王都であり、彼も10分程前にはそこにいた。そんな王都の目と鼻の先に魔族の集落が突如出現したら大変なことは容易に予想がつく。


 フェンは被害を指折りして数えながら、重々しい口調でマヨイの問いに答えた。


「うん、それがサキュバスの集落だったから男の人達が皆そこに駆け込んだせいで、王都のエッチなお店の売上が甚大な被害を受けたみたい」

「……呑気な世界だなここ」

「まあ昔は戦争してたけど、魔族と人間は今では不可侵条約を結んでるからね」

「いつ自分の領地の隣に敵陣が現れるかわからない状況じゃそうなるか、安全第一だな」


(だけど人間も魔族も平和に暮らしてるなら俺はなんのために召喚されたんだ? 女神ももったいぶって『この世界を楽しめ』しか言ってくれなかったし……)


 マヨイは自分の置かれた状況について考え込んでいると目の前にふと大きな穴を見つける。人一人が入れるほどの人工的な穴が草むらの影に隠れるようにしてポカリと口を開いていた。


「なんだこの不自然な穴? フェンはわかるか? 」

「いや、場所が入れ替わったばかりだからわからないですよ。おそらく今月に入ってから初めて見つけられたんじゃないかな。だからこの先は未知の世界だよ、ワクワクするね」

「フェンの話を聞くに、これは元々どこかの場所にあったものなんだから、前人未踏の場所とは限らないだろ。だが、やはりどこか期待してしまうな」


 マヨイは慣れない動きで穴の中へと足を伸ばすと硬い感触を足に感じる。どうやら地面はしっかりした石造りになっているらしい、この穴がただの自然のイタズラの産物でないことを確信したマヨイは奥へとゆっくり進んでいく。


(俺はチートスキルとか貰えなかったから体力は一般人レベルだ。強いモンスターがでたらフェン頼りだな)


 マヨイの後ろではフェンが自信満々の表情で拳をグーパーしながらポキポキとリズミカルに鳴らしていた。


「痛っ!? ちょっと今ので指の骨折れたかも!? マヨイ様、このダンジョンめっちゃヤバいですよ!? 」

「こいつは、すがっていい藁なのだろうか……? 」


 少し不安を抱えながら穴を進んでいくと、いつの間にか足元からはコツコツとした心地よい音が響くようになる。上下左右からの反響音を聞いて、ふと周りを見渡してみると壁や天井は金属製のものに変わっていた。


「これはミスリルですね、滅多にとれない貴重な鉱石をこんな贅沢に使うとは匂いますね」

「やっぱ嗅覚が優れるフェンには何か感じるものがあるのか? 」

「いやだなあマヨイ様、今のはモノの例えですよ。ボクの鼻はバックの中のお弁当の唐揚げの匂いしか感じてません」

「お前もっと犬キャラの自覚持った方がいいぞ? 」

「ボクは犬ではなく狼です! 血統書だってあったんですよ!? 」


 フェンの訂正する声が響き渡ると通路の奥から何かがモゾモゾと動いてくる気配を感じた。二人はそちらに視線をやると、サッカーボール程の液体状の球体が彼らの前に現れた。半透明のそれは地面にねっとりと光る痕を残しながら這いずってくる。


「これはスライムか? 」

「その通りですよマヨイ様。スライムはこの世界でも最弱なモンスターです。木から落ちたリンゴが頭にぶつかったくらいで即死するクソ雑魚野郎なんですよ」

「そうか? スライムでも実は強かったりする話はよく聞くが」

「ないない〜、知能もなけりゃ力もない。あるのは寿命と苦痛だけ、そんな哀れなモンスターなんです」


 フェンは安全な家畜を撫でるようにスライムに手を伸ばす。


「気安く触ろうとしてんじゃネーゾ、ぶっ殺されテエカ!! 」

「え? 」


 目の前のスライムには半透明ながら鬼の形相をしており、フェンが一歩後ろに下がると、スライムの身体中から刃物や銃器の形状をした触手が飛び出してくる。武器を構えた触手は潮の流れに身を委ねるイソギンチャクのように揺らめいていた。


「俺的にはなんか怖そうだけど、これが最弱の哀れなモンスターなのか? 」

「いや、こんなの知りません! そもそも喋るスライムなんてボクは漫画やアニメや小説や映画やゲームくらいでしか見たことないですよ!? 」

「適当に棒投げたら当たるくらいにはありふれてるもんなんだな」


 昔はただの雑魚的であったスライムも今では創作物で大活躍をすることが多い、万人に『最弱』と認識されているということは創作において『強い』のである。


 バシュン!!


 轟音とともにフェンの右頬を銃弾が掠め、背後で弾が跳弾する音がこだまする。もちろんその銃弾はスライムから放たれたものであり、火薬の匂いが通路に充満する。


「よし、それじゃあ後はフェンに頼んだぞ。つよつよで伝説の幻狼族の力を見せてやれ! 」

「クゥーーーン…… 」

「急に犬キャラになるなよ」


 あまりの恐怖に尻尾を巻いてマヨイの背後に隠れるフェン。そんな彼女に対して、部屋から出てこない債務者を追い詰めるようにスライムは罵倒する。


「隠れてないで出てこんかいコラァ!! このアマァ、風呂に沈めてやるからノウ!! オウオウ、黙ってたら時が解決するなんて考えはしない方がエエデェ!! 」

「このスライムはなんでヤクザみたいなことしてんだ? 任侠映画に影響受けた中学生なのか? 」

「なんじゃあオラァ!! 邪魔するなら兄ちゃんも湾に沈めタロカァ!? あんま人の話に首突っ込まん方が長生きできるデェ!! 」


 今度は身体中の武器をマヨイに向かって突きつける。武器という武器が自分をロックオンしていることに気づいたマヨイはゆっくりと横に移動してファンから離れることで、流れ弾が彼女に当たらないようにする。


 スライムの武器の照準が磁石のようにマヨイにしっかりと吸い寄せられているのを見てフェンは言葉をこぼす。


「マヨイ様……、ボクを守ろうとして自ら一人に……」

「ちっ、フェンに狙いを移さないのか当てが外れたぜ」

「ちょっ!? ボクの感動が行き場を失ったんだけど! 」

「ワイは男尊女卑のスライムさかい、男から殺したるワイ! 」

「このスライム、九州男児だったか。やれやれ、ついてねえぜ」


 スライムはその触手から伸びる拳銃をマヨイの胸元に向けると、ガチャリと引き金を引く音が響いた。


「……だが、銃弾を避けることだけなら容易い」


 バシュッ!! バシュッ!! バシュッ!!


 命を刈り取る冷たい鉛玉の射線上にはマヨイは既にいなかった。


「なにぃっ!? 至近距離からの射撃を避けたヤトォ!? 」

「俺の会社は廃人になった従業員の親族がよくヤクザを連れて復讐に来てたんだ。その流れ弾の嵐の中で在宅勤務(社内労働)していた俺なら、疲れてなければ銃弾くらい避けることわけない」

「んなアホな!? そんな会社はサツに潰されるに決まっとるだろうガァ!? 」

「次はこちらの番だ、取引先(警察)との接待ゴルフで鍛えたスイングを受けてみろ! チャーシューメーン!! 」

「グボガアッ!? 」


 マヨイの体を捻った見事なゴルフスイングから放たれる鉄の剣を顔面に食らったスライムは天井に激突して息絶え絶えとなる。


「グハアッ、ウグッ……、ワイはレベル100のキラースライムやぞ、こんなダメージを与えるとはあんたなにもんや? 」

「たった100とは笑わせる。俺のゴルフスコアは180だ、出直してくるだな三下め」

「なんだかよくわからないけど180なんて、マヨイ様はすごいです! 」

「カハッ、180には、勝てるわけないやろ……、ワイの負けや、先に進め……」


 スライムはぐったりと気絶し、フェンはマヨイのことを褒めちぎる。まあ女の子とモンスターだからゴルフのルールなんて知らなくても仕方ないよね。


「あの反社スライムを倒しちゃうなんて流石マヨイ様です! 」

「たまたま運が良かっただけさ。もし不幸にも銃弾が心臓を貫いていたら俺は死んでいただろう。さて、それはともかく、フェンはこのスライムのことは知らなかったのか? 」

「はい、喋るスライムが実在することすら知りませんでした。魔族の幹部でも知らないんじゃないですか? もしかすると突然変異種かもしれません」

「なるほどそんな珍しいモンスターがいるならこの奥にきっと凄いものがあるだろうな」

「マヨイ様は先に進むつもりですか!? もう帰りましょうよお……、たぶんここの敵モンスター強いやつばっかですよ」

「一応お前は俺の奴隷だったよな? ご主人様の指示には従うべきではないだろうか? 」

「でも奴隷にだって労働内容を選ぶ権利はあるんじゃ? 」

「俺の世界にはそんなものなかった。じゃあ進むぞ」

「えー、しぶしぶ……」


 従業員という奴隷は会社命令に絶対服従、そんな考えに支配されていたマヨイはフェンの腕を引っ張って無理やり連れて行く。


 そして道中、超危険な手作りゴーレムや全てを破壊する一般ドラゴン、世界の終焉を記す厨二病ネクロノミコンなどなどの超危険SSS級モンスターの目を掻い潜ってなんとか先へと進んでいくと二人は開けた場所に出る。


「うわぁ、なんかあそこにヤバいのがいますよ……? 」

「どうした、フェンは初めて薬局で水虫の薬を買いに来た時みたいに挙動不審になってるじゃないか? 」

「ありもしない記憶を捏造しないでください!? ボクの足はお饅頭の皮のようにスベスベのツルツルなんですからね! 」

「とりあえずフェンの水虫は置いておいて、あいつの雰囲気から察するに、おそらくこのダンジョンのボスなんだろうな」


 野球場を彷彿させる広さのドームの中央には漆黒のキューブがふわりと浮かんでいた。その重厚感とは裏腹に風船のように浮かぶキューブはどこか不気味であった。


「ヨクゾココマデキタ、世界ノ英雄ヨ。魔王ヲ倒シタ気分ハドウダ? 」

「魔王ってなんだ? 」

「謙遜スルナ、魔族ト人間ノ争イヲ止メタ者ガココニ来タ理由ハ分カル。コノ世界ノ地殻変動システムヲ壊シニキタノダナ」

「話が全く通じねえぞ? 地殻変動システムってなんだよ」

「っていうかこの箱、カタカナで喋ってるから聞き取りづくないですか? ひらがなでプリーズ」

「ヒアリングにはカタカナ関係なくね? 」


 二人の指摘を受けたキューブは動揺したように少し震えた後、スピーカーのキーン音を鳴らしながら音量を調整した後、再び語りかけてくる。


「こほん、地殻変動システムとは毎月この世界の街や地域、ダンジョンの配置が全く変わるシステムのことだ。この世界に住む者なら知っているだろう? 」

「ああ、そんな話あったな」

「この地殻変動システムにより世界の生き物は大きな制限を受けている。世界を旅して巡りまわることで、そのことに気づいたお前達はその根源である私の存在に気づき、ついに裏ダンジョンの深淵までやってきたというわけだ」

「いや、別にボク達そこまで困ってないけど。むしろ毎月新鮮な気持ちで散歩できて楽しいし」

「俺とかここの世界に来てまだ一日経ってないぜ? 気分転換に隣駅のスーパー立ち寄ってるのと大して変わらねえよ、いきなり世界がどうのこうの言われても実感湧かねえな」

「ふふふ、面白い冗談だ。さあ、戯言はここまでにして剣を取れ! 裏ボスである私が相手をしよう! 」


 黒いキューブからは闇と光が入り混じったオーラが放たれ、ドームを覆う。その禍々しくとも神秘的な光に目を奪われていると、キューブはゆっくりと人型へと姿を変えていった。


「うわぁ……、すごいまるで女神様みたい」

「さあ、剣を取り真の支配者であり、この世界そのものである私に挑んで来い! 」


 左翼に漆黒の悪魔の羽、右翼に純白の天使の羽をつけ、頭の上には光輪が煌めく美しい戦士が剣を天に掲げた。その神々しさはあらゆるものをひれ伏させる威厳を放っていた。


「いや、そういう面倒なのいいんで。俺達は先に進ませてもらうぞ」


 マヨイは相手の言葉を受け流してスタスタ歩いて、ドームの出口にあるドアに手をかける。


「ちょっ、待てよ! お前が剣を抜かなきゃ戦闘が始まらないのだぞ! 空気読んでくれ! 」

「じゃあドア開けるからフェンもしっかり着いてこいよ」

「はい、わかりました」

「完全無視!?!? 」


 地殻変動システムなんて知ったことではない二人にとってこの敵とは戦う理由がない。こうして裏ボスとかいう、製作者のプレイヤーをどう倒すかというアイデアの宝箱は哀れにもスルーされてしまうのである。


 相手の呼びかけを無視しながらドアを開いて先に進むと、黄金色に輝く宝箱がポツンと置いてあった。それを見てフェンは鼻をひくつかせる。


「こ、この匂いは…………、宝箱です! 」

「見れば分かる、じゃあ開けるぞ」


 黄金の宝箱が開かれると、パッパラパー! とファンファーレが鳴り響き、目の前に何人かの姿がぼんやりと浮かび上がってくる。その中の一人にマヨイは見覚えがあった。


「お前はこの世界の女神じゃないか? 俺を転生させた時にいたよな? 」

「うう、まさか裏ダンジョンを制覇する猛者が現れるなんて……。面白半分に絶対クリアできないような世界を創り上げたというのに、マジで悔しいですっ! 」

「何言ってんだこいつ? 」

「マヨイ様、どうやらこれは映像装置みたいです。もともと録画してある映像が流れてるのでこちらの声は聞こえないかと」

「一方的だなあ、神らしいと言えばそうだが」


 そして女神の後に続いて大勢の人々が二人に祝福の言葉を投げかけてくる。『おめでとう』とか『長旅お疲れ! 』とか『あの時はヒヤヒヤしたよなぁ』など、身なりの良い偉そうな人々から投げかけられる賛辞がマヨイ達を包み込んだ。もはや言葉のキャッチボールどころか千本ノックである。


「赤の他人からの身に覚えのない褒め言葉ほど気持ち悪いものはないよな」

「ここは素直に喜びましょうよ。ボク達は裏ダンジョンクリアしたんですよ、これは恐らく人類史上初の出来事です」

「別にたいして苦労してないし、ふーん、としかいいようがないがな。興味ないソシャゲで最高レア引き当てた程度の嬉しさだぞ? 」


 見ず知らずの人々との感動の再会の挨拶を交わした後、宝箱から溢れていた光は収まり人々の映像は消えていった。マヨイが宝箱の中を覗いてみると一本の刀が置いてあった。



『始祖の刀:トラベラー』攻撃力♾



「マヨイ様、これはすごいです! 攻撃力無限ってことは、攻撃力が無限ってことなんです! 」

「あるよなー、裏ダンクリアした後に貰える最強武器。誰に使えばいいんだっていう」


 ゲームクリアを証明する最強武器を手にぼんやりしていると彼らの前に金髪ロングの美しい女性が現れた。背中に白鷲のような羽を生やした彼女は目を大きく広げながら口に手を当てている。


「貴方もうクリアしちゃたの!? RTAじゃないんだからいきなり裏ダンにこないでよ! 」

「また会ったな女神。別に来る気はなかったんだが向こうが勝手に来たというか……、いや来たのは俺の方か? 」

「もう訳の分からない事を言わないの。まあ裏ダン制覇されたのならそれ相応の報酬はあげないといけないわね」

「あれ、この最強武器が報酬じゃないんですか? 」

「それはオマケみたいなものよ。それじゃあ願い事をなんでも一つ言って、叶えてあげるから」


 指先一つ動かすだけで周囲の空気がキラキラと輝き出す。美貌も相まって女神の名に恥じない神々しい姿であった。その姿を見てもマヨイは怖気付く様子はない、彼はスラリと願い事を述べる。


「じゃあ元の世界に返してくれ」

「えっ、そんなんでいいの? お金とか美少女とか美味しいお酒とかいらないわけ? 」

「俺にはまだ仕事のタスクが残っているからな、俺の会社は常に人手不足なんだよ」

「仕事熱心ねー、まあそれが貴方の希望なら叶えるだけだけど」

「……そうですか、マヨイ様ともお別れというわけなんですね。短い間でしたが楽しかったです」

「ん? フェンも俺と一緒に来るんだぞ、お前は俺の奴隷だからな」

「えっ、ボクも一緒に行っていいんですか!? 迷惑にならないかな」


 フェンは不安そうな上目遣いでマヨイの様子を伺うと彼はニコリと笑った。


「安心しろ、つい最近俺の部の人間が五人程死んだから犬の手も借りたいくらいなんだ。是非来てほしい」

「……その死んだっての、ものの例えですよね? 」

「んなわけないだろ、俺が冗談で同僚を殺す人間に見えるか? 」

「ちょっと待ってください!? マヨイ様はどんな労働をしているんですか!? 」

「週休2時間、人権なし、給与少なめ、やりがいマシマシ」

「さ、サービス残業はありますか? 」

「そんなブラックなことするわけないだろ? 俺の会社は24時間勤務時間だから残業って概念はない、時間を気にせず働けるワークライフバランスのバッチリな雇用契約だ」

「そんなの神風特攻部隊を雇用契約って言ってるようなもんですよ? 」


 このままではフェンは日本のブラック企業の社員証を首からぶら下げることになる、ぶっちゃけそれなら奴隷の鉄の鎖の方がまだマシだ。そんなフェンは生き残るべく策を必死に考えていると、彼女の視界に女神が入った。


「そうだマヨイ様、せっかくですからこの世界をもう少し楽しんでみたらどうでしょう? 」

「しかし、クライアントを待たせるわけには……」

「ですが人手は必要なんですよね? この世界には色々な種族の生き物がいます。力自慢のオークや空を飛べるハーピィ、疲れを知らないゴーレム、どれもこれもマヨイ様の会社に必要な人材では? 」

「この犬っころ、同じ世界の仲間を売ったわね」


 女神はゴミを見る目でフェンを眺めるが、その程度地獄(ブラック企業)に行くことに比べたらぬるま湯もいいところだ。フェンは期待に満ちた目でじっとマヨイを見つめると、彼は頭をゆっくりと縦に振る。


「ふむ、確かに多種多様な種族の部下にいたら心強い。探してみる価値はあるか、そうなると願いを叶えるのはもう少し後になるかな」

「しゃあああああっっっ!! 」

「卓球少女かお前は? 」

「じゃあ、それならマヨイには特別サービスで元の世界とこの世界を好きなだけ自由に行き来できるようにしてあげますよ」

「それは助かる! 」

「……この女神、自然災害や宗教戦争が起きてても何もしないくせにこんな時だけ余計な事を」


 フェンとしてはマヨイの世界に行くこと自体を遅らせることがベストだったがこの際しかたない、うまいこと言ってできる限り自分だけは日本行きを回避しようと決心した。


「それではお二人は地上に戻してあげるわね。その後は適当にブラブラこの世界を楽しんでみて、私が創り上げた面白い世界なんだから」

「よし、俺はこの刀があれば戦闘では負けないだろうから、いろんなところへ跳び込んで優秀な人材を発掘するだけだな」


 マヨイの目には闘志が宿る。彼はこれからブラック企業で共に戦う優秀な仲間を集めに世界を旅するのである。裏ダンを制覇した最強の彼の敵はいない、後は突き進むだけだ。まだ見ぬ平和な異世界の仲間達にブラック企業の魔の手が迫る!

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