第2話 進化を擬態する街

 ごく普通の超絶ブラック企業社員のマヨイと、ごく普通の超絶美少女奴隷のフェンは放浪の冒険をしていた。


 二人の頭上では、天に輝く太陽を吹き飛ばそうと強風が吹いているが、それはせいぜい森にざわめきの音を鳴らさせるだけである。そんな森の声に呼応するように彼方から狼の遠吠えが響いていた。


「そういや、フェンって伝説の幻狼族なんだよな? 」

「うん、そうだけど気になることでもあるの? 」

「いや、その割には胸が小さいなと思ってさ」

「それ種族と関係ある!? 」

「だって伝説っていったら高ステータスが相場だろ? フェンの胸の膨らみのステータス『x=0』くらいしかなくね? 」

「y軸ですか!? いや流石に垂直線は言い過ぎですよ! 探せばどこかに膨らみがあるはずなんです! 」


 彼女は自分の胸元を両手で豪雨中のワイパーのように激しくさするが、どこにも引っかかる様子はない。匠の技によって作られた凹凸なしの平面胸部であった。


「くうううううっ!? ボクだって進化したらポヨポヨのブルンブルンになるのにいいいっ! 」

「進化? この世界の生き物の進化ってどんな風にするんだ? 」

「それは経験を積んだらピカーって光り輝いて種族のランクが上がるんです、そしたらオッパイぽよんぽよんなんです」

「しかし、フェンの場合は今の時点で伝説の幻狼族だから、もう伸び代はないんじゃないか? 」

「いやボクの場合、次は伝説の超幻狼族に進化する予定だよ」

「この世界の動物学者は小学生がやってんのか? 」

「いやボクは動物でも犬でもない幻狼族だからね!? 古代から伝わる由緒正しき種族名なんだよ」

「お前の種族、このまま進化し続けたら住民票の半分くらい種族名で埋まるぞ? 」


 とりあえず超とかスーパーとかつければ強いと思う時期は誰にもある。そして最終的には誰も覚えることができなくなるくらいまで長くなるのがお決まりだ。


「それにしても経験を積んだら身体が光って進化というが、それはどんなところが変わるんだ? 蛍みたいに発光能力を得ただけというわけでないだろ? 」

「もちろんだよ、例えば爪が長くなったり、背が高くなったり、頭が良くなったりかな。ボクのような幻狼族は髪が綺麗な銀髪になったりするんだよ」


 フェンは鮮やかな水色の髪を手でさする。彼女の揺れる髪は水辺で静かに咲く花を彷彿とさせるが当の本人の中身は全くの正反対である。


 そんな輝かしい自分の将来の可能性にドキドキワクワクしながら鼻歌を歌う彼女に向かってマヨイは疑問をぶつける。


「……それって老化じゃね? 」

「違うよ!? これは生命の神秘ってやつだよ! 」

「だが、一般的に進化というものは種族が何世代もかけて特徴を得ることであって、一個体が経験積んで変化するのは進化というよりかは老化だと思うぞ」

「だからそれは間違いだって! ボクは進化してオッパイ大きくなるの! それを老化なんて言葉で片付けないでよ! 」

「じゃあ聞くけどさ、なんでお前は人間にそっくりな姿をしたコスプレ獣人なんだ? 」

「コスプレじゃないって! それに人間の姿をしてるのは生まれた時からだし、ボクの種族はみんなそうだよ? 」

「俺はお前の種族がどうして人間の姿をしているかわかるぞ。教えてやろうか? 」

「いいじゃん、聞いてあげるよ」


 異世界から来たやつが自分の種族の何がわかるんだという風に唇を尖らせながら腰に手を当ててマヨイの意見にフェンは耳を傾ける。


「まず進化というのは取捨選択の繰り返しだ、選ばれたものが勝ち進み種族の特徴となる」

「ふーん、まあ虫とか花とかはそうだよね。それで、続けてよ」

「うむ、それではなぜフェンの種族が人間の姿になったかというと、当然それが生き残ることに役立つからだ。例えば太古の時代、人間と犬が一緒に暮らしていたとするだろ? 」


 マヨイは右手を二足歩行の人間、左手を四足歩行の犬に見立てて説明すると、フェンは渋々と頷く。自分は犬じゃないよ、と思っていたりするのだろう。


「そこである時、人間に少し似た形の犬が生まれたとする。ギリギリ二足歩行できるかどうかという犬だが、それに人間は親近感を覚えて、その犬を可愛がるようになり、そしてメチャクチャ交尾する。それを繰り返していくとだな……」

「やめろおおおおおおおおおおおおっ!!!! 」

「どうした、まだ話は途中だぞ? ここからどうやってフェンの種族が生まれるか数千年の歴史を語る必要があるが? 」

「いらないよ! そんな数ページの薄い本で完結するような数千年の歴史は! ボクは絶対に違うと思うんだからね! 」

「ははは、コウノトリが赤ちゃん連れてくると信じてる女の子じゃあるまいし。諦めて現実直視した方がいいぞ?」


 なんとフェンは種族を超えた愛が何千年もの歳月を紡いだことにより誕生したのだ。これはもはや神話レベルの生き物と言えよう、流石は伝説の幻狼族を名乗るだけはある。


「マヨイ様、いいですか! 誇り高き幻狼族は人間が滅多に立ち寄ることができない渓谷が棲家であり、ドラゴンなどの強力なライバルと毎日死闘を繰り広げながら生き延びる高貴な生き物なんです! 」

「でも人間の姿してるよな、なんで? 」

「くっ……、そ、それは手足があった方がゲームや漫画が読めるから仕方なく人間の姿に進化したんですよ、たぶん」

「へ〜、少し苦しくないですかね〜? 漫画読むためだけにフェンの手は生えてきたんですか〜? 」

「ゲームもやるためだもん! 」


 目をウルウルさせながら必死の抵抗をするフェン。マヨイは一通り彼女をからかってスッキリしたのか爽やかな顔で口を開いた。


「まあ他にも理由はあるかもしれないな。例えば人間の姿をしていた方が、人間を殺すのに都合が良かったりする。人間を捕食して生きてくならその方が有利だろう」

「そうだよ、きっとそれだ!よかったよかった、歴史の真実が明らかになりました、はいおしまい」

「その場合は誇り高い幻狼族の先祖は人間に擬態して殺してた卑怯者ということになるけどな」

「もうそれでいいよ、まだマシだし。それに先祖のことは今のボクには関係ないしね」


 実は人間が渓谷の暮らしに適応するために狼のような特性を少しずつ身につけていった、という進化のルートも考えられなくはないがそれを言ったらフェンが調子付きそうだったのでマヨイは黙っておくことにした。


 するとふいにマヨイは頬に水滴がかかったことに気付き頬に手を当てる。空を見上げてみると電球のように輝いていた太陽はいつのまにか黒い雲に隠されていて、水滴の落ちる個数が加速度的に増えていった。

 

「まったく意見がコロコロ変わるクソ上司みたいに不安定な天気だな」

「ひゃー、すごい降ってきた! 空気の気流が荒れてるのかな? すみませんお客様の中でどなたか雨宿りできる方はいらっしゃいませんか? 」

「唐突な機内アナウンスをするな。ほら、あそこに雨宿りにちょうどいい場所があるぞ」


 マヨイが指差した先には霧のベールに包まれた巨大な建物がぼんやりと見える。どうやら二人は次の街にたどり着いたようだ、彼等は雨水を避けるようにジグザグ走行をしながら向かっていった。(あまり意味がない)


「なんていうか秘密基地みたいな街だね、機械技術が発展してる街なのかな」


 その街の外周はつなぎ目のない金属の塀が卵の殻のように覆っており、その壁は白と黒の縞模様でシマウマを連想させる。そんな一風変わった巨大なドームの周囲では地面から無数のパイプが竹の如く天高く伸びていて、炭酸ジュースを開けた時のような爽快感のある発泡音を出していた。


「なんというか俺のイメージしてる異世界の街とはだいぶ違うな、もっと東北地方みたい感じだと思ってたんだが」

「ちょっと!? 東北地方を馬鹿にしちゃダメだよ? 」

「フェンはこの世界を馬鹿にされたことを怒るべきだろうが。それに俺は東北地方が嫌いなわけじゃなく、むしろ好きだぞ? 最低賃金が低い地方は人件費を抑えられるからな」

「マヨイ様は煽り運転のプロですか? 」


 秋田美人に美味しいご飯と豊かな自然、こう考えると東北地方は立派な異世界なのではないだろうか。オーガ(なまはげ)もいるしね。


「しかしこの現代アートみたいな利便性無視のゴミはどこから入ればいいんだ? 入口らしいものが全く見当たらないぞ」

「マヨイ様は芸術が理解できないんですね、この建物の入り方は簡単ですよ。壁をぶっ壊せばいいんです」

「ソコの二人! 一体何の用ダ! 」


 小学生が持つ防犯ブザーのような電子音を鳴らしながら金属の壁に穴が開き、そこから胃カメラみたいな物が蛇の如く顔を出した。


「すみません、俺達雨宿りしたいんですけど中に入れてもらえたりしませんかね? 」

「本当にそれだけカ? 他に何か悪巧みをしていたりしてないカ? 」

「そんなことするわけないじゃないですか。俺は物理アタッカーだから、とくこうをぐーんとあげても意味ないですし」

「マヨイ様が悪タイプであることはあってるけどね」

「……よくわからないガ、チェックさせてもらうゾ」


 触手のようにうねるカメラはその先端のレンズから緑色の光をマヨイに浴びせて全身の形を調べるように360 度からチェックをする。地球の周囲を回る人工衛星のようにグルグル観察したカメラはピロリと軽い音を出した。


「脳波及び心臓音を確認、結果嘘はついていないものと診断。これより二人を雨宿りのために街への入場を許可スル」


 すると二人の目の前の壁には無音で穴が開き、その中に入るようにホログラムの矢印が赤く点滅する。


「すごいな、これはどういう原理なんだ? 」

「この世界には魔法並みに発展した科学都市もありますからね。素質がある人間じゃないと、科学は難しすぎて発狂もしくは頭がパンク(物理的に)するので気をつけてください」

「そうか日本に持ち帰れそうな技術があれば拝借してみるか」


 薄暗い通路をマヨイ達は歩いていく、よく見えないが手触りなどからして壁は金属でできているようだ。光りながら先行する矢印に誘われるように進んでいくと、無機質な金属の壁に突き当たった。頼りにしていた道案内役の矢印はそこでグルグルと周り自分の尻尾を追いかける犬のように周回し始めた。


「リサイクルマークみたいだな」

「道に迷っちゃったのかな? 」

「この矢印はここ設備の一部なんだろ? なら迷うはずはない、元から決められた動きのはずだ」


 トラブルに対してマヨイは動揺しない、この程度のことなら社会人生活で慣れっこなのである。


 すると目の前の壁からホログラム映像が現れ、文字が視力0.1以下のパソコン疲れしている人にもわかりやすく読めるような親切クッキリした状態で浮かび上がってきた。


『巨乳と貧乳、どちらが優れているか答えよ』


「すごい科学技術から繰り出されるクソくだらない問題!? 」

「……なるほど、これは難題だな」

「なにいってんですか? こんなの答えは巨乳にきまってるでしょう。世の中デカけりゃいいんですよ」


 二人の目の前に『巨乳』or『貧乳』のホログラムボタンが浮かび上がり、真剣に考えられるように心を落ち着かせるオーケストラが立体音響で周囲のスピーカーから流れてくる。そんなムードを微塵も気にする様子もなく、フェンは即座に『巨乳』のボタンに手を伸ばした。


「やめろフェン、これは引っかけだ」

「どういうこと? どう考えても巨乳が勝ちですよ」

「本当にそう思うか? 何の根拠があって巨乳が優れているんだ? 」

「それは男の人はそういうのが好きなんでしょ? 漫画やアニメだって貧乳はぐぬぬ……って悔しそうな顔をした負け犬で、一方巨乳はグッズ化されまくってる人気キャラばっかじゃん」


 フェンのいう通りではある、需要ないところに供給なし。資本主義の世界において供給が多いということはそれすなわち人気があるということで間違いない、そうなると巨乳が有利と言わざるを得ないだろう。


「大きな間違いだな、異性から求められやすいのは子を残すのに有利であるが女性は常に選ばれる側。胸が大きかろうが小さかろうが女性は相手には困らない、むしろ小さい方がいいという男もいるしな」

「じゃあ納得はできないけど引き分けってことですか? 」

「いや、そこで根本的な話に移るぞ。胸は何のためにあるんだ? 」

「うーん、赤ちゃんにミルクをあげるためですかね」

「その通りだ、そして貧乳だろうが巨乳だろうが母乳は出るだろ? 」

「確かに貧乳のせいで出なかった、という話は聞きませんよね」


 自分のかまぼこ板のような胸を手で触りながらフェンは頷く。


「そうだ、そして同じ機能を持つのであれば小さい方が優れているんだぞ? 場所代もかからないし運送もラクときた、世界中の企業は自社製品の小型化のために日夜血の滲む思いをして研究開発しているんだ。例えば、半導体を小型化すれば同じスペースにより多く設置できるから、製品の性能の向上につながるだろ? 」

「いや胸は人体の構造上2個しか設置できないんですが……? 」

「えっ、フェンは犬だからもっと乳首あるだろ? ペットショップで見たことあるぞ」

「いや、ボクは犬じゃないですし、そもそも獣人なので人間と同じ数しかないです」

「小さいのに2個しかないとかスペースの有効活用できてなくね? 外食しかしない独身男性の冷蔵庫くらい空きスペースあるじゃえねえか」

「空きスペースと言われても仕方ないじゃないですか。ボクの先祖の狼の時はもっとあったかもしれませんけど退化してなくなっちゃったんですよ」


 フェンは玩具を買ってもらえなかった子供のようにしょんぼりする。かつては数多くのオッパイを持ちドヤ顔できていたはずの幻狼族も、今ではコンビニの底上げ弁当に入ってるごはん程度のちんまりしたオッパイをしかないのである。


「今の発言で一つフェンに指摘をしたいのだが、胸の数が少なくなることは退化ではないぞ。必要ないのであれば不要な物は削り取り、その分のリソースを他の生命活動に回す。これは進化と言えるだろう、昨今のものづくりに携わる者達に投げかけたい言葉が貧乳には詰まってるんだ」

「そ、そうかな? 進化してるかな? 」

「もちろんだ、貧乳は優れている、人間の進化形としての最先端機種が貧乳なんだ! だからこの質問に対する俺の回答は最初から一つしかないっ! 」

「マヨイ様……! 」


 自分の存在価値を認めてくれたフェンは頬を赤く染めて喜ぶ。そして、彼女に見守られながらマヨイの伸びる指先は迷うことなく流れ星のような軌跡を見せつつ、『巨乳』のボタンを押した。


「あれっ、なんで!? 」

「俺は…………、巨乳の女が好きだ!! 」

「今まで流れを無視すんなやおらあっ! ぶち殺しますよ!? 」

『お前達の回答、しかと見届けた。先に進むのを許可する』

「いやボクの回答は貧乳ですけど!? 」


 フェンの叫びも虚しく、目の前の壁は真ん中に直線の割れ目が生まれ、それぞれ左右にスライドしていった。開かれた先には水族館のように青く薄暗い空間となっており、その奥から人間の腰までの高さの球体が彼らの前に転がってくる。


「久々の街の外の生物の来訪、実に興味深い。先ほど回答も非常に面白かった」

「……こ、これは」


 フェンは警戒するように半歩さがる。なぜなら彼女の目の前に現れたのは透明な球体の中に浮かぶ脳であったからだ、均一的な濃さの緑色の液体が球体に満たされており、その中心に成人男性が両腕にちょうど抱えられるくらいの大きさの脳が浮かんでいた。


 その巨大な脳を入れている透明な球から機械音で挨拶が発せられるという異様な光景にフェンは戸惑いつつも何とか声を絞り出した。


「あの、こんにちは。貴方がここの住人さんでしょうか? 」

「デケー脳みそだな、オイ」

「マヨイ達はもうちょいデリカシーとかないんですか!? 」


 マヨイはハゲてる上司にもちゃんとハゲと言える正直者である。初対面からガンガン踏み込むことで懐の中に踏み込む作戦だ、そうしないとずっと心の中で『ハゲって言っていいのかな? 』というわだかまりを一生抱えることになるぞ!


「ふふふ、そう褒めるな。久方ぶりにそのような言葉を受けると吾輩もつい嬉しくなってしまう」

「あっ、褒め言葉なんですかそれ。何はともあれ良かったです。それで貴方はどうしてここに? 」

「吾輩はここの管理人であるのでいるのは当然である。ここの施設を作り上げたのは全て吾輩だ」

「やるじゃねえか脳みそ。こんなことができるなら、人々からはさぞ重宝されてるんだろうな」


 マヨイがそう答えると脳の入った球体はスケートリンクを滑るように滑らかに部屋の中央へと戻っていく、二人が後をついていくとその部屋の壁や天井の至る所に無数のモニター画面が付いており、警備室を思わせる作りであった。


「……そんなことはない。吾輩はある街を追放された科学者なのだからな」

「どうしてこんなにすごい場所を作れるのに追放されちゃったの? 」

「進化だ」

「「進化? 」」


 二人の疑問の合唱に答えるように球体は答える。スピーカーのような装置もないのに音を発せられる技術を持つ科学者がなぜ追放されたのだろうか。


「吾輩は進化というのは生物の環境による淘汰、または異性に選ばれるか否かという結果から特徴を得るものだと考えている」

「それはマヨイ様の考えに似ていますね」

「うむ、だからこそ二人を受け入れたのだ。しかし吾輩の街の奴らは違った、奴らは進化というものはある日突然光り輝くことで能力が変わるものとして主張し、吾輩は異端者として追放されたのだ。それから長い年月が過ぎ、老いた肉体を捨てて脳だけで生きているのが今になる」

「追放されたのは可哀想だと思うけど、実際にそうやってボク達は進化してるじゃん」

「それは進化ではない、進化というものはそれまで想定されていなかった能力の取得。獣人の娘がいう進化は元々想定されていた成長であり、幼虫が蛹を経て蝶になるようなものだ」

「確かにな、ゲームとかの進化って電車の乗り換えどうしようかってのと同じくらいの考えで進化先決めてるからな。それって進化なのか言われると違和感あるよな」


 ゲームや漫画のモンスターの進化は分岐はあるものの進化先の能力は既知のものである。それゆえにこの世界の住人は、『今日渋谷行くの何線使おっかな、やっぱアニメショップあるから池袋にしよっと』みたいな感覚で進化をしている。それって進化か? という疑問が出るのも当然といえば当然だ。


「吾輩としては生物が光り輝き成長するのは進化ではなく成長または変態が正しい。そして、そのような成長ができるようになったことは生物の淘汰による進化の結果と考えている」

「なるほど、ピカーって光って一瞬で成長できる能力を得た生物が生存活動に有利になり、淘汰を勝ち抜いたってわけか。蛹の時期は短い方が有利だからあり得る話だな」

「……難しい話に花を咲かせるのって男の人好きですよねえ。別にボクはそんな細かい話はどうでもいいんですけど」

「自分の身体のことなんだからもっと疑問を持った方がいいんじゃないか? 疑問を持たないのは社会人失格だぞ? 」

「いや、わかったところでどうしようもなくないですか? 今さらボクの胸が膨らむわけじゃないですし」

「娘の言う通り既に生まれてきたものは変えられない。しかし、これから生まれるものであれば別だ」


 脳みそ入りの球体は部屋の中央にある操作板の前に移動すると、部屋の壁の一部が蛍の光のように点滅したかと思うと、自動ドアと同じように左右に開いた。脳みそはついて来いと言わんばかりにそちらへと滑っていく。


「水族館みたいな感じだな」

「だけど何も泳いでませんよ? 」


 その先の通路は左右がガラス張りでできていて、下から気泡がプクプクと行儀よく整列しながら上がっていることから透明な液体でみたされているのがわかる。しかし、マヨイ達は目を凝らしてみても泳いでいる魚を見つけることはできなかった。


「肉眼では見えぬのも無理はない。この中にあるのはこれだからだ」


 ピュインという子鳥の鳴き声に似た音を出しながらホログラムの画面が現れる。その画面の中には丸い細胞が見えた、それは保険の教科書にも載っている人間の卵子に似ていた。


「これは……、エロ漫画でよく見るアレじゃねえか? 」

「マヨイ様の性教育歪みすぎでは? これは人間の卵子だと思います」

「ご名答、正確には受精後だ」

「じゃあ生命が宿っているわけですね! このままうまくいけば人間になれるんですか? 」

「ああ、成長する。そしてそれを見ることもできる」

「え? 」


 ホログラム画面に『未来予測』と言う文字が新たに浮かぶと画面内の卵子がみるみるうちに赤ちゃんの姿へと成長し、そして可愛らしい女の子、そして女子高生くらいの姿へと変わっていった。何百万倍速の早送り動画を見ているようだ。


 そして成長がそこで止まった少女は一矢纏わぬ姿でその場でジャンプしたり、歌い始めたりした。炭のように美しく長い黒髪と白い肌のコントラストが見るものをうっとりさせる少女であり、街に出ればすぐに人気アイドルのスカウトが殺到するレベルであろう。


「言いにくいだが、こういうビデオは仕事用のフォルダとは別に分けた方がいいぞ? うっかり会議中に流してしまったのは男として同情はするが……」

「違う、この映像はいま目の前の水槽で保管されている卵子の将来だ。与えられている栄養と遺伝子からシミュレートを行っている」

「シミュレートって言ってもさ、本当に合ってるの? 育て方で性格とか能力とか全然変わると思うけど」

「育て方で能力が変わるのは否定せぬ。しかし吾輩が知りたいのはそのものが進化によって何か特殊な能力を得たかどうか、残念ながらこの個体は平凡な能力だったようだ」


 機械音共にホログラムが赤く光ると水槽内の底に穴が空き、お風呂の排水と同じ要領で渦を巻きながら液体はそこに吸い込まれていく。


「ちょっと待って!? そこの水槽には受精卵があったんじゃないの? 」

「ああ、『平凡な個体』の受精卵はあった。それは吾輩が望んでいるものではない、吾輩は進化した生物が欲しい。不要なものを育成する手間と時間はかけぬ、別個体の育成を進めるだけだ」


 水槽の液体が不気味な音を立てて全て排水溝に飲み込まれると蓋が閉じて再び液体が水槽内に注がれ始める。この液体で満たされた時、再び別の受精卵が投入されるのであろう。


「あの、さっきの人はどうなっちゃうんですか? 」

「人……? 受精卵のことなら廃棄だ」

「だけど、それって倫理的に問題じゃ……? 」

「細胞を破壊しただけだ。これで文句を言われるのなら日々の生活が謝罪で全て終わることとなる」

「フェンの気持ちもわかるがあの状態なら殺人と言い切るのは難しい。思想の違いとしかいえないな」

「そうだけど、普通に育っていれば元気に生きれたはずと思うと……」


 ぼんやりと液体の注入される水槽を眺めるフェン。生命としてはどの時点から人間として見なすべきかは難しいだろう。しかし先ほどの成長後の姿を見てしまった以上、そのまま廃棄というのはすんなり受け入れることができるほど彼女は人生経験豊富ではない。


 科学者はフェンの言葉を気にする様子もなく通路を進んでいくと行き止まりとなる。行手を阻む壁の上には『実験棟』という青白い人魂のような色のネオンサインが無機質に光っていた。


「実験棟、なんか嫌な感じがするけど……」

「実験に嫌も悪いもない。ただ真実を求めるのみだ、ちょうどいいところにアレもきたな」


 実験棟というサインが黄色く数回点滅すると壁が左右に開かれ、奥から少女が現れる。


「……ジン博士、そのお二人は? 」

「街の外から雨宿りに来た。丁重に扱うように」

「わかりました、私の名前はケイテラー。ジン博士の助手を務めさせて頂いております」


 ケイテラーと名乗る女子高生くらいの少女は伝統芸能のように深く静かにお辞儀をした。彼女の長い黒髪と白い肌がお互いを強調し合い、見る者が息を呑むほどの美しさを放っていた。あと胸も大きい(ここ重要)。


「それで実験の方はどうだ? 」

「……特に変わりはない、いつも通りの実験でございます」


 ケイテラーの口調はロボットのような無感情であったが、彼女の手は僅かに震えていた。


「くくく、客人の前だからといって取り繕う必要はない。脳波と心拍数からお前が動揺していることがしっかりと分かる」

「このお二人を実験棟にお連れするのですか? 」

「そうだ、もちろんお前も一緒に来い。吾輩の手足として動いてもらわなければならぬ」

「……承知しました」


 ケイテラーは雨に濡れた捨て猫を憐れむ顔をしながら二人から視線を離し実験棟の中へと歩みを進める。マヨイ達も彼女に続いて実験棟に足を踏み入れるが、その瞬間フェンが口を塞いだ。


「うっ……、吐き気が」

「どうした、おめでたか? 」

「違いますよ!? マヨイ様はわからないんですか、この建物にはびこる匂いを? 」

「ふんふん、ちょっと変な匂いはするな鼻につく生臭さみたいな。なんだろうなこれ」


 嫌な匂いの他にも地面がベタベタする感触がある、家系ラーメン屋のように一歩歩くごとにベリベリという音が鳴った。


「その正体ならすぐわかる。ケイテラー、照明をつけろ」


 ジン博士の指示を受けて彼女が頷きながら手を前に出してホログラムのスイッチを押す仕草をすると、薄暗かった室内が真っ昼間のように明るくなる。


「なんなんですか、これは……」

「ネズミがペットショップに迷い込んだらこんな感じに見えてるんだろうな」


 暗かった時には気づかなかったが部屋はかなりの広さがあり小学校の体育館ほどである。そしてその壁にはマンション一室くらいの大きさの透明な箱が敷き詰められており、その中には黒髪の青年や少女が1人1箱の割合で入っていた。


 透明な箱に入れられた人々は虚な目をしながらボーッとしており、時折キョロキョロと周りを見渡すが特に笑いも悲しみも見せない。不思議なことにその全員は同じような顔をしており、ケイテラーに似ていた。


「あの人達はいったいなんなんですか? なんかロボットみたいですけど? 」

「ロボットとは失礼だ。あいつらは進化のための方位磁石、吾輩達が進むべき道を示す大切な者達である」


 博士が機械音声でそう言うと、ちょうど彼等の真正面にある透明な箱の表面に『耐圧実験』という赤い光が警告するかのように点滅する。その箱の中では一人の少女が無感情で立ち尽くしていた。


 すると箱の両端の底から金属の壁がせりあがってくる。高さ3メートル程で、パワハラ上司が机の上にドサリと置く書類並の厚さの壁は、箱の真ん中でぼんやりしている少女に向かってジワリと近づいていく。


「あ、あのー、このままだと女の子が挟まれちゃいません? 」

「娘はそう思うか? しかしそれはやってみなければわからぬ。しばしそこで眺めていろ、進化が起きるかもしれぬからな」

「はぁ……」


 フェンは目の前の箱の中でゆっくり鉄の壁に挟まれていく少女を見つめる、進化というがいったい何が起きるのだろうか、彼女は半信半疑ながらも眺めていた。


 そして、鉄の壁がついに少女の身体に密着し、隙間のないサンドイッチ状態となる。


 バキッ、バキキッ!


 プラスティックでできた棍棒を無理やりへし折るような鈍い音をあげながら少女の身体を押しつぶす。少女の身体が圧迫されることで行き場を失った血液が口から溢れ、身体の色が青黒く変色したかと思うと……。


 ズドン!


 壁同士がぶつかり合う重い音が地響きを上げる。壁の隙間からは赤い液体が流れて来たかと思うと、倍速映像で花が枯れるのを見るかのように即座に黒く濁っていった。


「脳波、心拍数共に停止か……、進化はしていなかったか。残念だが次だな」


 ジン博士は冷たく呟く、どうやら博士は常に周囲の生物の脳波や心拍数の変化を読み取ることができるようだ。


「えと、あの、あの子は死んじゃってないよね? 」

「死んでなかったらどれだけ良かったか。しかし現実は甘くない、次の実験に期待しよう」

「なに言ってんの……、この人……」


 フェンは現実を受け止めることができず、手で目を覆って呼吸を整えている。そしてケイテラーは顔面蒼白で唇をギュッと結ぶ、そんな彼女にマヨイは話しかける。


「すまないが俺達に教えてくれないか。今、目の前で起きた実験の目的と、死んだ女の子について」

「実験の目的は進化した生物を生み出すことです。過酷な環境に耐えることができるように進化させています」

「左様、生物は取捨選択によって進化していく。ならば実験に耐えられる生物を選び、その遺伝子を元に子孫を作り、さらにより耐えられる生物を生み出す。これを繰り返せばいつか究極の生物、遺伝子が誕生する」

「そんなのあるわけないじゃん! 進化だって限度があるんだよ、人間じゃどう頑張ってもあんなの耐えられるわけないよ! 」

「吾輩達は遥か古代は単細胞生物であったという説もある。それからの進化に比べれば非常に容易いことではないか? 」

「無理に決まってるよ、虫や植物じゃないんだからそんなすぐ進化するわけないよ! 」

「虫や植物と人間は違うと? とんだ思い上がりだ、同じだよこの世界に生きる者としてな」


 ジン博士から放たれる言葉は冷たく抑揚もない。彼は当たり前のことを当たり前のように言っているだけなのである。そして部屋中の至る所でホログラムの文字が浮かび上がってくる、『耐圧試験』、『耐熱試験』、『耐冷試験』など様々な実験の始まりを知らせる灯りが夕暮れを迎えた街のようにポツポツと炊き始めた。


「まだ実験を続ける気なの!? 」

「当然だ、進化を止めることは種族として死を意味する。それ故に実験は常に続くのだ」

「だけどそれはお前の自己中心的な考えで、実験を受ける側はそう思ってないんじゃねえか? 」

「そーだ、そーだ! 」

「ならば聞かせてやろう、被験者達の声をな」


 博士は近くの箱の中にいる少年にガラス越しに問いかけた。


「生体No.20534309、お前はこの実験についてどう感じるか答えよ」

「自分は、良いと思います。進化のために犠牲になるのは喜ばしいことです」

「なんで!? 死んじゃうんだよ! 」

「それでも、進化の道を進めるのなら本望です」


 少年はゲーム中にやって来た母親を適当にあしらうかのような無感情っぷりで自分の死について肯定する。


「脳波や心拍数に乱れはなし、つまりこの者は真実を述べていると言うことだ。これで理解しただろうか? 」

「……おかしいよ。待って、そうだよ、アンタが洗脳魔法でも使ってるでしょ! 」

「フェンさん、博士はそのようなことはしてません」

「じゃあなんでこんなことを言えるわけ……? 」

「進化したからだ。昔、吾輩が故郷から追放されこの街にやって来た時、この実験を提案すると大勢が反対をした」

「まあ当然の反応だよな」

「だから殺した、吾輩の理想を認めない者を全員残らずな。進化することを拒む弱者は必要ない」


 博士の周りには紅蓮の火花を弾けさせる電撃が何度も走る。博士の科学技術によってかつてこの街にいた人々は命を奪われたのだろう。


「そして吾輩の意思に反しない従順な者は生き延びることができ、その遺伝子を使って実験を開始した。その遺伝子から生まれた者は比較的大人しい。時折反抗する者が生まれたこともあるが即座に処分した、これを繰り返すことで非常に従順で扱いやすい性質を持つ者だけが生まれるようになった」

「方法は乱暴にも程があるが、根本的な部分はペットの品種改良みたいなもんだな」

「吾輩に殺されないため、少しでも長く生き延びるために大人しい性格を取得した。それは進化ではないか? 」

「それの何が進化だよ! 自分勝手すぎる! 」

「どうか怒りをおさめてください、博士の実験のおかげで私達は生まれることができたのです。表面だけ受け取って博士に強くあたらないでください」

「それはそうかもしれないけど……、あれ、ケイテラーさんもここで生まれたの? 」


 ケイテラーは僅かにコクリと頷いてから震える声でゆっくりと話し始める。


「はい、私は博士によって生み出された被験者の一人。ここにいる者達とは兄弟姉妹のような関係になります」

「だけどケイテラーさんは生きてるよね? 」

「私は他の者とは違うので……」

「そうだ、こいつは面白い。吾輩が初めてこいつに実験をした時どうなったと思う? なんとこいつは涙ながらに命乞いをしたのだ」

「それは普通の反応では? 」

「いや違う、被験者達は吾輩の実験に決して文句を言わず受け入れてきた遺伝子を受け継いできた。なのに感情を昂らせて命乞いをする者が生まれたのは面白いとは思わないか? 」

「……はい、自分は死ぬのはとても怖いです。だからあの時は必死でした」


 ケイテラーは目尻に涙を滲ませて頬をピクピクと痙攣させる。彼女は溢れる感情を抑えるために口に手を当てて目を瞑った。


「反抗する感情を失ったことで被験者として生き延びた人間が、今度は感情を取り戻したことで実験から抜け出して助手として延命しているわけか」

「哲学的だろう、これが進化なのかもしれぬ。こやつが感情を持つことが今後の進化に大いに役立つ可能性がある、明日からはこやつの遺伝子を組み込んだ被験者を生み出す予定だ」

「さっきから進化進化ってさあ! それ全部アンタが都合いいように考えてるだけじゃん! 別にアンタに進化がどうこう決められる権利はないと思うよ!」

「この街では吾輩がルールであり生殺の全てを決める。外の世界でいう自然、権力、法律が吾輩なのだ。すなわち吾輩の意思に沿うことでより長生きすることことが進化なのである」

「ボクにはわからないよ、どうしてそんなに進化にこだわるのさ!? 」


 フェンの疑問が広い部屋に何度も反響する。その反響音がおさまるまでじっと待った後、ジン博士は答える。


「吾輩はかつて街を追放された。あの街は吾輩の進化理論を全く聞き入れなかった。だからこの街に来て進化の実験を始めた、全てはあの街にいる奴らへの復讐だ」

「復讐だと? 理論が正しいことを学会で発表して、ざまぁでもするのか? 」

「そのような子供騙しのものではない。吾輩は最強の生物兵器を作り出し、あの街を破壊する。そのために各種実験を行い、強化のための進化の道を歩んでいるのだ」

「そんな個人的な理由で人々を殺し続けているの!? 」

「殺してはおらぬ、この街の自然の摂理である吾輩によって生存淘汰されているだけだ」

「一緒だよ! マヨイ様、こんなマッドサイエンティストやっちゃいましょうよ! 」

「俺は博士の自己目標に全力投球する姿は評価をするぞ」

「そんな!? 」


 まさかの殺人鬼の肩を持つご主人様に対してフェンは口をぽかんと開けて驚いていると、マヨイは腰の刀を抜いた。


「しかし、他人にそれ以上の迷惑をかけてしまうのであれば考えを変えて欲しい。もっと被害を出さない効率的な方法があるんじゃないか? 」

「吾輩の理論に不服を申し立てるか。だがこれこそが最上の方法である、邪魔をするというのなら吾輩もそれ相応の対応をしなければならぬ」

「ふむ、そうか……」

「マヨイさん、やめてください! 」


 剣を両手で握り直したマヨイの前にケイテラーがたちはだかる、登校時間ギリギリのバスに乗り過ごしてしまったかのような焦りっぷりだ。


「なぜ止めるんですか? 貴女の仲間が殺されるのを防ごうとしてるんですよ? 」

「私達をこの世に生み出し育ててくれたのは博士なんです! もし博士とこの街が消えてしまったら私達はもう生きていけないのです」

「別にここから出て適当に他の街に行けばいいんじゃないの? 」

「私達は進化のために生まれて来たのです。それ以外の生き方は誰も知りません、ここから出ていっても生きていくことは不可能でしょう」

「なるほど、完全に家畜化されて野生で生きてけなくなったわけだな」


 透明な箱に入れられた被験者達はただただ無言で立っているだけで出来のよいマネキンと変わらない存在であった。いったい彼らはなにを考えているのだろうか。マヨイは刀を鞘に収める。


「だいぶ複雑な状況のようだ、ここは一旦様子を見るか」

「お心遣いありがとうございます、本当にありがとうございます! 」

「ボクは釈然としないんだけどなぁ……」


 倍速した獅子脅しの如くペコペコお辞儀をするケイテラー。そんなマヨイの英断にジン博士もご満悦のようだ。


「吾輩も無駄な争いを避けることができて良かった。安心して実験を進めることができる」

「一つ確認したいんだが実験の成果は出ているのか? 」

「ああ、順調だ。特にケイテラーが来てからというもの進化のペースが早まっている。このままいけば十年後には世界最強の軍隊ができる予測だ」

「はい、これが実験結果のレポートです」


 折れ線グラフが書かれたレポートをケイテラーから手渡される。マヨイはその右肩上がりの一直線なグラフを見て呟いた。


「強度が日に日に上昇していってる。俺から見ても順調すぎて怖いくらいだが、実験の結果は正しいのか? 」

「はい、私がしっかりと記録を取っていますので間違いはございません」

「そうか……」

「ふはははっ、吾輩の軍隊が規定の戦力に達した時、追放した街への復讐を行うのだ。どうだ、お前達もそれまでの間ここにいてはどうだ? 」

「あいにくだな、俺達はお前達と違って時間が限られているのでな。明日の朝にはここを出させていただくよ」

「そうか、それは残念。せめて今夜はゆっくりして欲しい。ケイテラー、二人をゲストルームへご案内しろ」

「承知しました」


 ジン博士とはその場で別れると、ケイテラーに連れられて二人はゲストルームに向かった。そこは壁や天井は飾り気のない灰色一色であったものの、新品同然のベッドやホログラムの観葉植物、水槽を泳ぐ機械仕掛けの金魚など一夜を過ごすには充分なものだった。


 二人が部屋について数時間ほどのんびりしているとケイテラーが食事を持ってきてくれた。


「いったいなんなのこれ……? 」


 フェンは机に置かれた赤い物体をフォークでつつく。見栄えのために健康と栄養素を放棄した化学着色料たっぷりのお菓子かと疑いたくなるほど鮮やかな赤色のゼリー状の物体。


「そちらは培養食です。口に入れた後の唾液や体液によって内部の細胞が増殖し、お腹いっぱいになります」

「それちゃんと消化できるの? お腹破裂するオチは嫌なんだけど」

「ある程度の大きさになったら一緒に含まれるナノマシンが成長を阻害して細胞を吸収できるようにバラバラにします。ナノマシンも最終的には体内で溶けるので安心ですよ、これ一つで人間が一日に必要な栄養は全て賄えます」

「なるほど、どれどれ……」


 マヨイはプルプルとゼリーをスプールに乗せて口に入れる。噛みきれないゴムのようなゼリーを咀嚼すると生臭さのある冷たいローストビーフのような味がした、正直マズイ。


「一気に飲み込んだほうがいいですよ、私達は皆そうしているので」

「うーん、生肉にしては味は薄いのに微妙な歯応えがあってガムみたい。栄養があっても流行りそうにないね」

「というかそもそもこの細胞ってどうやって作ってんだ? 」

「被験者の死体からです」

「ぶううううううっ!? 」


 除菌アルコールスプレー並みの勢いで口から唾を出すフェン、そんな彼女を見てケイテラーはくすくす笑った。


「冗談です。空気中の酸素や水、土、人体に無害な菌などを上手く混ぜ合わせて作っています。実際の作業は機械が行っているので私が作れるわけではありませんけど」

「それを聞いてホッとしたよ、あの光景を見てからだと胃袋がビックリしちゃうもん」


 フェンがホッと一息つくと、マヨイはテーブルにスプーンをゆっくりと置いてからケイテラーに視線を送る。


「……それで、ケイテラーは俺達をどう始末するつもりなんだ? 」

「えっ、マヨイ様なに言ってんの? 」


 マヨイの問い詰めるまっすぐな視線を受けるが、ケイテラーの夜空のように黒く輝く瞳は微動だにしない。


「始末……とは? 」

「とぼけても無駄だ、あの脳みそ博士の実験のことを知った俺達をやすやす逃がすつもりがないのはわかってる。まだ進化の実験が完成していないのに他の街にこのことが話されたら、ちょっとした大騒ぎになるだろうからな」

「確かにその噂が広まって博士を追放した街まで伝わってしまったら終わりだよね。復讐しようと思って街に戻ったら既に逃げられて誰もいませんでした、なんて読者からクレームの嵐だよ」

「鋭い人ですね、しかし安心してください。命は奪いません、貴方達の遺伝子のサンプルを採取した後に記憶を消して街の外に放り出すだけです」

「遺伝子のサンプルの採取ってどうやるの? 」

「注射はお嫌いですか? 」


 ケイテラーの懐から取り出される小さな注射器を見てフェンはガタガタと震え始める。スマホのマナーモードみたいだ。


「マヨイ様! ケイテラーさんはボク達を殺すつもりですよ! 」

「あれで死ぬなら蚊に刺されても死ぬだろ。まあそれぐらいなら一宿一飯の礼にやってやるよ」


 マヨイは右腕をめくると白いながらも男性らしい筋肉がついている。デスクワーク中心であるものの最低限の筋トレはしているようだ。


 ビーッ!! ビーッ!! 『脳波に乱れ、心拍数もわずかに上昇。虚偽の可能性高し! 』


 突如、天井からぶら下がっていたワイングラス状のランプが黄色の灯りを点滅させながら機械音を鳴り響かせる。


「ということですが、マヨイさんは乗り気ではないようですね」

「……結構ハッタリは得意なつもりなんだがな」

「どんなに心を偽るのが得意でも機械の目からは逃れられません。どうしても脳や感情は現実と虚構の差を認識してしまうのです。それに注射を打つなら普通は利き手にはしませんよ? マヨイさんはその右腕で自分になにをしようとしたんでしょう? 」

「……ちっ、隙を見てケイテラーをぶっ飛ばそうと思ったんだが」


 ビーッ!! ビーッ!! 『脳波に乱れ、虚偽の可能性高し! 』


「マヨイ様? まだ嘘ついてるんですか? 」

「……ケイテラーの巨乳の感触を楽しめたらいいなという期待もあったことを補足しておこう」

「「うわぁ……」」


 朝の通学中、駅の階段で誰かに踏み潰されているゴキブリの死体を見てしまったような嫌悪感MAXの目をする美少女達、ある意味ご褒美ではある。


「あの実験を見せられて自分の遺伝子をやろうなんて考える奴はいない。俺の遺伝子があいつらの仲間入りするわけだろ? 」

「でも貴方達に直接被害があるわけではないのです。なら問題ないのでは? 」

「ボクは嫌だな、自分の分身みたいなものがあんな目にあうの。ケイテラーさんだって嫌なんじゃないの? 」

「進化のためですから。それに自分自身が生き延びているのなら、それでいいのです」

「それってボクは冷たいと思うけどな、自分さえ生きてればいいなんてさ……」


 しばらくの沈黙が流れる。どうしようもない気持ちが渦巻くような部屋の中に重い空気が漂っていた。


「……私だって、仲間が死ぬのは嫌です」


 濡らしたハンカチを絞るように小さな声をあげながらケイテラーは目に涙を溜める。彼女が噛み締める唇からは血が薄らと流れ落ち、目は充血して赤くなっていた。


「でも私達は博士がいないと生存できないのです。この世に生まれ落ちることもできなければ、成長することもできない、自分で死を選ぶことすらできないんです! このように進化した私達の気持ちがわかりますか!? 」

「ケイテラーさん……」

「博士に依存してるってか、そんなのやってみなきゃわかんねえだろ。仕事の引き継ぎを全くしないで転勤しても、後任者がなんとかしてくれるパターンを俺は何度も見たことがある」

「その後任者はたぶん前任者をナイフで滅多刺しにしたいと思ってるだろうね」

「そんな無責任なこと言わないでください! 博士から逃げたとして、それから自立できる保証がどこにあるんです! 」

「意外とできるもんだぞ。仮にもしダメだったら俺の会社で全員雇ってやる。給料はプリンを毎日一個でどうだ? 」

「消費カロリーに対して報酬がしょぼすぎない? 」

「……脳波も心拍数も平常値。ならマヨイさんは本気でそう言ってるということ? 」

「ちょっとしたホラーだよね」


 自分達を全員救ってやる宣言をするマヨイを見て口をぽかんと開けたケイテラーは目線を左右に泳がせる。


「で、でもこの街のセキュリティはかなり厳しくて、そう簡単に生きた人間が出ることはできないんです」

「大丈夫、俺は攻撃力♾️の武器持ってるから。なにが来ても一撃のはずだ」

「ボクも伝説の幻狼族だから、どんな大盛りの食べ物でもひと口なはずだよ」

「攻撃力♾️、幻狼族……ですか」


 ケイテラーはしばらく黙って様子を伺うが機械が虚偽を報告する様子はない。彼女は信じられない様子ではあったが、しばし考えた後にコクリと頷いた。


「わかりました、とりあえず被験者が収容されている実験室に案内します。くれぐれも無茶なことはしないようにお願いします」

「わかった、それでは頼む」

「はい、セキュリティの場所は把握しているので避けながら遠回りしますのでご注意ください」


 長い黒髪をふわりと舞い上がらせながら背を向けて廊下に出るケイテラーにマヨイは言葉を投げかける。


「そういや、ケイテラーに伝えたいことがあった」

「なんでしょう? 」

「お前は俺と結婚する気ある? 」

「「えっ!? 」」


 唐突な告白に驚いた二人。当の本人であるケイテラーは口に手を当てて考える。


「…………………………ないですね」

「そうか失敗か」

「そりゃそうだよ、初手告白なんて相手に決定の全責任をなすりつけてるのと同じだよ? 」

「それに外見しか評価されてないイメージであまり気持ちのいいものではないですね」

「そうだな、俺もそう思う」

「じゃあなんでそんなことしたの? 」

「いや、やけに『よく考えて』から回答するなと思ってな」

「…………そうですかね。性格の違いですよ」


 意味深なマヨイの言葉にも動揺することなく、ケイテラーは優しく微笑みを見せた後、二人を実験棟まで案内する。


 道中では、重量感知型対物ライフルや、二酸化炭素発生源撲滅レールガン、熱源抹殺ナノマシン集合体などなどの世に放たれれば大規模災害レベルの代物がうろついていたが、ケイテラーの案内によってそれらを回避しながら実験棟まで辿り着く。

 

「つきましたよ、ここが昼間に来た被験者達がいる場所です」

「……これは」


 フェンは両手を口に当てる。部屋の中央には全身に白い布を被せられた人の姿をしたものが何十も置かれていたからだ。それらは一定の間隔をおいて規則的に置かれていた。


「今日の実験の被験者達です。自分が死体を処分しやすいように並べておきました。一度に燃やすことで効率的に火葬ができます」

「死体を『処分』ね、さっきまで目を腫らして仲間を助けたがってた割には随分な言い方じゃねえか? 」

「……死んでしまったものは救えません。物扱いしないと精神がまいってしまいます、一人で何万もの死体を処理する身になればわかりますよ」

「でも言っちゃ悪いけど結構残酷な死に方してた人いるよね。原型留めないレベルもあったと思うけど」


 実験棟の中心に並べられた白い布はどれも人の形をしており、クイズ番組なら全員一致で中身は人間と回答できてしまうので差が全くつかないダメ問題である。


「自分がなんとか復元しているので、死ぬ時くらいはできる限りちゃんとした姿にしてあげないといけませんから」

「ほう、いい心がけだな」


 マヨイは近くの白い布の側に歩み寄ると刀を抜いて、その先端を布に向ける。彼が少し手の力を抜けば攻撃力♾️の剣が重力方向に全てを貫くだろう。


「マヨイ様なにやってんですか!? 」

「死んでいるのなら運びやすいように解体してやろうと思ってな」

「いやダメですよ、最後ぐらいちゃんとした姿のまま逝かせてあげましょう! マヨイ様だって大切な人からそうしますよね? 例えばボクとか」

「俺は、どんな姿になってもフェンはフェンだと思う。それ以上でもそれ以下でもない」

「ネクロフィリアかな? 」

「マヨイさん、そんなことはやめて落ち着きましょう! 」


 先程まで冷静な顔をしていたケイテラーが冷や汗を流して静止させようとする。しかし、マヨイは剣をさらに布に近づけると布の一部が押されてジワリジワリとへこみ始めた。


「俺は死体の処分を手伝おうとしているだけだが? こんなにたくさんの死体を一人で運ぶのは大変だろう、人間は結構重いからな」

「運搬作業は機械にやらせますから大丈夫です。さあ、手をゆっくりあげて落ち着きましょう! 心の優しいマヨイさんならできますよね? 」


 ハサミを手にした園児をあやす先生のようにケイテラーは作り笑いを浮かべるとマヨイも笑顔で返した。


「仕方ないな、そこまで言われたら全力でバラバラにするしかないじゃないか。カウントダウンは3からでいいか? 」

「マヨイ様には交渉という概念がないんですか? 」

「いくぜ、さーん、にーい、いーちっ!! 」

「うわあああああああっ!! 」


 カウントダウンが0を迎える一歩手前で白い布の下から一人の青年が飛び出した。黒髪で黒い瞳のどこかケイテラーに似ている青年は腰を抜かして転がりながらも、なんとかその場から離れようとする。


「死体が動いたあああああっ!? 」

「よく見ろフェン、そいつは死体でもゾンビでもない。普通に生きている人間だ」

「クンクン、確かに死臭はあまりしないけど、ただ単純にフレッシュな死体という可能性もあるよね」

「いや、死体の新鮮さの基準は俺にはわからん。まあ、答えを知ってるやつに聞くのが一番早いだろうな」

「……いつから気づいていたんですか? 」


 ケイテラーはマヨイを睨みつける。彼女は自分の服の内ポケットに隠していた拳銃を手に取り、引き金に指を当てる。


「さっきの部屋での会話からだな。あの部屋では脳波と心拍数によって嘘がバレるって仕組みがあったがケイテラーは一度も引っ掛からなかった」

「それは嘘をついていないから当たり前です」

「そうかな、お前はフェンをおちょくるために冗談で『食べ物のゼリーには被験者の死体が使われてる』って言っていたよな。あれは嘘じゃないのか? 」

「確かに言ってたけど何にも起きてなかったね」

「わ、私は冗談が上手いのでバレなかったんです」

「ほう、脳波や心拍数に乱さないで嘘をつくことができるのを上手いの一言で片付けられるかねぇ? 」


 そう言われるとケイテラーは黙ったままさらに睨みつけてくる。直接攻撃はせず威嚇だけしてくるという可愛い小型犬みたいな威嚇だ。


「普通の人じゃ、そこまでやるのは無理ですよね」

「そうだ、だがケイテラーにはできる方法があったのさ」

「方法って? 」

「『進化』だよ」


 フェンは進化という言葉を聞いて鳥のように首を傾げる。


「この街では過去、博士の命令に逆らう奴は殺されて、従うやつだけが生き延びることができたって話だったな」

「うん、だから従順な人達が生き延びたんでしょ? 」

「そこが勘違いだ、生き延びたいと思っているが従順じゃない奴も大勢いる。例えば、従うフリが上手い嘘つきだったりな」

「……でもそれじゃ機械の検査でバレちゃうでしょ」

「最初はバレて殺されているかもしれない。だがその中でも特段異常に嘘をなんとも思わないサイコパスのような奴は生き延びることができたんじゃないか? そしてその遺伝子が後世につながり、さらに嘘がうまい人間へと淘汰されていく」

「嘘がうまい人間って……」


 フェンは床で横たわっていた死体であったはずの人々を見渡すと、それは次々にモゾモゾと動き出し、墓穴から這いずり出すゾンビの如く立ち上がった。


「ああ、死んだフリとかな。虫とかは人間の目じゃわからないぐらいのことをしている」

「でも機械に気づかれないには脳や心臓、その他もろもろを止めなきゃいけないんですよ。それにボク達見てたじゃないですか、機械にプレスして潰されちゃったところ。あんな目にあったら死んだフリとか無意味ですよ? 」

「心臓や脳波を一時的に停止させ、機械すらも騙し通す死んだフリを進化の過程で身につけたんだよ。プレスで潰されたのは、実はプレス機の素材は柔らかい綿みたいな素材でできていたんじゃないか。俺達は機械による心肺停止の報告は受けたが、潰れた死体までは見てないからな」

「でも普通に口から血を出してましたけど……? 」

「死んだフリをした時に血液を出して本当だと思わせる生き物もいる。さあ、ケイテラー。俺の答えの採点をしてもらおうか? 」


 銃口をマヨイに向けていたケイテラーであったが、彼女はふと一息つくと緊張と敵意の糸がぷつりと切れたようで、やれやれと首を左右にゆっくり振る。


「すごいね、どうしてわかったのかな? 私は騙すことには自信があったんだけど」

「ヒントはそれなりにあったさ。進化なんて不特定に起きる事象なのに、安定して右肩上がりしている試験結果なんて嘘ついてるとしか思えない。それにケイテラーが俺の結婚しようという問いの回答に時間がかかったとこだな」

「回答に時間がかかるとそんなにおかしいの? 確かに反応にタイムラグはあったけど」

「ああ、普通の人間なら『はい』『いいえ』の二種類の回答を嘘か本音のどちらかで答えるしかない。だがケイテラーは誰にもバレない嘘をつける能力がある、もしケイテラーが『機械にもバレないように、はい』と言っていたらフェンはどう思った? 」

「ぶっちゃけ怪しいです。マヨイ様と結婚しようなんて、精神病院か脳外科医の紹介状を書きますよ」

「酷い言いようだが見逃そう。つまりケイテラーは下手に能力を使ったら怪しまれる可能性がある、選択肢が多いからこそ不自然に思われない回答は何か、それを考えるために時間が必要だったんだ」

「……そこまで考えていたとは、ただのバカかと思ったけど油断しましたね」


 いつの間にかケイテラーの周りには死体のふりをしていた人々が集まっていた。人々は皆、不安そうな視線をケイテラーに送っていた。 


「ご明察の通りです、実験装置は自分が安全なものに変え、仲間達には死んだフリをさせる。そして死体を捨てる見せかけて、この街から逃すというの繰り返してきました。博士は機械で嘘が本当か調べたら満足してそれ以上の追求はしませんから簡単です」

「お前達は生き延びるために嘘をつく能力を身に付けた。あの実験を乗り越えるなら真正面に身体強化するよりも圧倒的に楽だからな、力に立ち向かわず回避する進化。大きさの勝負から逃げて特殊性癖を狙い撃ちした貧乳と同じってわけだ」

「別に逃げてるわけじゃないからね!? 」

「それで自分達をどうするつもりです? 最強の生物へと進化しているフリをしていたことを告発しますか? それなら貴方達を始末しなければなりませんけど」


 マヨイは敵意がないことを示すように両手を上げてみせた。


「別に告発なんてしないさ。むしろ機械すらも惑わせる嘘をつけるお前達のことをすごいと思ってる。何か困り事があれば相談に乗ってやるぞ? 」

「困り事……ですか? 特にないですけど、強いてあげるならこの街から逃げ出す仲間達に安全な場所を与えられたらと思ってはいます」

「ふむ、そんなお前達に良い会社があるのだが? 」

「流れ変わりましたね」


 ケイテラーはパッチリした瞳で瞬きをする。居場所さえ違えば普通の学生とさして変わらない姿の彼女に対してマヨイは提案を始めた。


「嘘をバレないようにつくことができる能力は社会人に大いに役立つ。俺の会社の営業として取引先との交渉要員として何人でも欲しい。世界各拠点に十人ずつ欲しいところだ」

「マヨイ様の会社は世界展開してたの!? 」

「うむ、なのでしばらくこの街から逃げ出す人間の就職には困らせない。そしてさらにケイテラーには特別な役目を与えたいと思う」

「はぁ……、自分になにができるのでしょう」

「お前の演技力には目を見張るものがある。だから日本の政治家になって俺の会社に有利な法案を作ってくれ」

「そこは女優とか目指せというところでは? 政治家で一企業を贔屓するとか普通に法に触れないですか? 」


 フェンの疑問も最もである、昨今は国会議員のちょっとした失言を取り上げてフルボッコにするのが国民のエンターテイメントの一つであり、そんな時代では政治家もそこまで自由にできないのではないだろうか。


「そこは安心しろ、政治家なんて元々嘘しかついてない生き物だ。国民もそんなことはみんな知ってる、だからこそちゃんと上手く嘘をつけるやつが必要なのさ。国民に甘い夢、将来を想起させるだけの上手い嘘をつけるだけの人間がな」

「でも私は政治とか全く知らないのでどうしても知識面でボロが出ると思いますけど」

「いざとなったら泣けばなんとかなる。美少女の涙は世の中の九割くらいの問題を解決するからな」

「小学校の帰りの会レベルの争いだよ? 」

「子供も大人もいつの時代になっても女の涙が最強ということを考えると、俺達人間は対して進化してないのかもしれないな……」

「いや綺麗にまとめないでくださいよ、まだケイテラーさんの返事を聞いてないんだからね? 」


 ケイテラーは周りの仲間達の姿を見渡しすと、目を瞑って思考した。


「わかりました、この街での実験がない時間であれば協力しましょう。信じてくださいといっても、自分が嘘をついていないかどうかは誰にも証明できませんけど」

「嘘でもいいさ、就職面接なんてエイプリルフールの予行演習みたいなもんだからな。嘘の一つ二つつけなければ失格だ」

「ケイテラーさんは完全にマヨイ様の世界に移住するわけではないんだね」

「はい、自分にはこの街に生まれる子達を守らなければならない役目があるのです」

「やっぱり巨乳は母性に溢れてるな」

「ボクだって母性あるからね? ポテチ食べながらソファで寝っ転がって昼ドラ見てるもん! 」

「それは漫画の知識で得た主婦像だな」

「この人達の会社に入ってよかったんでしょうか……? 」


 こうしてケイテラーは一抹の不安を感じながらもマヨイの会社に入社することになったのである。


「そういえば気になったんだけど、どうして皆が嘘つけるのにケイテラーさんが最初に怯えたフリして博士の助手になったの? 」

「それが私も不思議だったのですが、私以外はどうも命乞いをするという発想があまりなかったようです。どうしようもない状態なら哀れな姿は見せたくないと……。私は臆病だったので死ぬ直前で本音が出ちゃったんですよね、変わってますよね」

「……いや、それが進化というものさ。進化の真似事ではなく、正真正銘のな」




➖➖➖➖ 翌日の朝 ➖➖➖➖




「それではありがとうございました」


 街の入り口でマヨイとフェンはぺこりとお辞儀をする。感謝を伝える相手はもちろんジン博士だ。太陽の日差しが直接ガラスを通して脳に当たらないようにケイテラーが日傘を刺してあげていた。


「うむ、吾輩の実験を見て意見を述べてくれたことはこちらも有意義であった。そなた達の旅の幸運を祈っている」

「また機会があればお会いしましょう、私も楽しみにしています」


 お互いに礼をした後、マヨイとフェンは笑顔で次の街へと向かっていく。雨上がりの朝日が彼らを祝福するように虹のアーチを作っていた。


 そんな二人を見送りながらジン博士はケイテラーに尋ねる。


「あの二人の遺伝子はしっかり採取したか? 」

「はい、記憶喪失の薬も打っておきました。三十分もすればここで起きたことはすっかり忘れています」

「……脳波に異常なし、嘘ではないな。うむ、相変わらずお前は吾輩の命令に忠実で助かる」

「もちろんです、博士がいなければ私達は生まれることができないのですから。博士の機嫌を損ねる真似は致しません、誓いましょう」


 騎士が姫に忠誠を誓うように跪いて頭を下げる。多少オーバーな表現に見えるがジン博士は言葉を素直に受け取ってくれているようだ。


「よし、それでは実験を進めるか。進化の理論も大詰めだぞ、被験者の生産人数を倍に増やし一気に畳み掛ける」

「ええ、大賛成です。さあ博士、実験を進めましょう」


 ケイテラーは周囲を見渡し、カメラに映らない角度に自分がいることを確認すると頬をゆっくりとあげて笑う。


(さて、貴方が真相に気づくまでせいぜい私達の繁栄に利用させてもらいますね。愚かなジン博士)





新入社員:ケイテラーとその仲間達(ケイテラーはその美貌と演技力で圧倒的な票差で議員に当選。そして国会議員として、万人に耳あたりの良い夢のある根拠のない政策を適当に並べるのだが、ケイテラーの魅力に惹かれた男達が積極的に協力してくれるため次々と勝手に実現していく。彼女は後に、『稀代の有言実行の美少女議員』として名を馳せることになるのだが、今の時点ではそれを誰も知る由もない。

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