第6話 1歩づつ
みかささんに僕は連絡した。電話口で単刀直入に話した。
「みかささん、バンドに興味ある?」
「……ある」
僕たちはそれからバンドトークに花を咲かせた。と言っても僕は、Almeloについての少しばかりの知識しかなかった。だがそれでもみかささんは楽しそうに話をしてくれた。
きっと彼女は、こういう話ができる人に飢えていたんだろう。僕だって、アニメが好きなだけで女子に話しかけられない陰キャではない。友人もそれなりにいるし、コミュ力には自信があるのだ。
「みかささんの音楽の趣味って、なんか良いね。流行りもののアイドルじゃなくて、色んなジャンルの曲だからさ」
「ありがとう。私あんまり容姿至上主義じゃないから、純粋にメロディとか歌詞に向きあえるんだ。それに、あんたが好きなAlmeloやお母様が好きなV系、それに私が好きなアーティストたちもその多くがアニソンを演(や)ってる」
「偉大なるバンドとはつまり、偉大なるアニソンバンドなんだね!」
「ちょっと語弊があるかもやけど、そうなんかもね。あんたも今回のライブを通じて、ヨッシーさんに近づけるといいね」
「ありがとう……でもまだ思いがあるだけで、なにもできてないんだけどね」
「さっきも話した通り私がベースをするとして……あんた楽器できないんやろ? でも顔いいし歌をやったらいいよ。フロントマンとして大事なのは華があるかどうかやし、多少下手でもなんとかなるよ」
「歌かぁ……確かにカラオケの点数は高いし音程くらいなら取れるかな」
「そうやね。カラオケとは全然違うと思うけど、まぁ頑張ってよ」
「うん……ツインギター欲しいし、ギターも少しは練習しとく」
そんな話をしたあと、僕は帰路についた。辺りはすでに暗い。坂道だらけの帰路に点在するわずかばかりの街頭には蛾が群がっていて、その気持ち悪さから遠ざかりたい気持ちは自然と、下り坂を進む足を速めた。
帰宅すると、母が色めき立っていた。どうしたのかと思えば、リビングに広げた物を自慢げに見せてきた。
リビングにはギターにアンプ、シールドと呼ばれるコード類に、ピック、おまけにコードの抑え方や練習用の曲の楽譜が書かれた雑誌までくれた。
やけに準備がいいじゃねぇか。そう思って問っちめたら、音楽番組を見たあの日の内にすべて揃えていたらしい。
息子が文化祭でバンドをやりたいと言いだしたことがそんなに嬉しいか。ありがとな母さん。
僕はベッドの上に座って、紐を肩から通した。
「ギターってけっこう重いんだな……でもワクワクしてヤバい!」
そして早速、ピックを右手でつまむ。そして解放弦を上の6弦から下の1弦まで弾いた。開放弦では音にまとまりがないが、それはすべての音色とメロディを生み出すプロトタイプであり、誰しもが等しく興奮する初めの1歩なのだ。
「左手で握ってる指板に打ちこまれた杭の部分がフレットで、開放弦を0フレットとして、ギター先端のヘッド部分から右手があるボディに向かって、1フレット2フレットと数えていく……っと」
それから僕は、6〜1弦はそれぞれドレミファソラシドの異なる音階が0フレットにチューニングされていて、1フレットで半音づつ音が高くなっていくことを知った。前提知識を抑えた上で僕はコードを弾き、ギターの練習を始めた。
「2弦1フレット人差し指、4弦2フレット中指、5弦3フレット薬。6弦はミュートで1弦と3弦は0フレットで弾けば……」
Cコードを引くと、優しい音が響いた。ドの音を基調としたコードで、コードの基礎であるメジャーコードのなかでも、最初に覚えるコードだ。
「ヨッシーもこのコードを弾いたとき、こんな気持ちになったのかな……憧れの人に1歩近づいた高揚感を……コード1個弾いただけで我ながら凄い想像力やな」
それからレを基調としたDコード、ミを基調としたEコードを弾いた。その度に、1歩1歩ヨッシーに近づいている実感が湧いてきて、気分はどんどん上がっていった。
「俺けっこうセンスあるかも。よし次はF……なんねこいムズかしかぁぁ!」
ファを基調とするFコードは、多くの初心者が心を折られてきた鬼門。超有名ヴィジュアル系バンドのDir(ディル)のボーカルも、Fコードが弾けずギターを断念しボーカルに転身したというエピソードがある。
「ここで負けられるかよ……Fコードくらい今日中に弾けるようになってやる……!」
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