第15話 探索
周作のスマホを開いて内容を元子が確認する。
シンプルな内容。
電子マネーのようなアプリは、暗証番号が分からないから開けられない。
数あるアプリの中から開ける内容は、わずかだった。
すぐに確認できるアプリは、限られている。
「どこを見ればいいのかしら……」
「元子さん。画面をこちらに向けてくれますか?」
あおいに言われて、周作のスマホの画面を元子が見せる。
「ああ。これ……電子タグを検索できます。電子タグ、失くした時に見つけやすくするために、それがある場所を示してくれるんです」
画面を見ていたあおいが、電子タグ検索用のアプリに気づく。
「本当ね。じゃあひょっとして……周作が、その電子タグを今も持っていれば、居場所がすぐにわかるかもしれないわね!」
「そうですね。犯人が気づいていなければ、周作さんがいる場所が、すぐに分かるはずです」
元子が、アプリを操作して、地図を開く。
地図に示された場所は、誰も行ったことのないような場所だった。
「廃校になった小学校?」
「ここに……赤野さんが囚われているのでしょうか?」
元子と中村が、顔を見合わせる。
「どうでしょうね。もし犯人が周作さんが電子タグを持っていることに気づけば、全く関係ないところに捨てて捜査の混乱を狙うと思います。なので、ここへ向かったとしても、百パーセント周作さんが見つかるとは限らないと思います」
あおいが考え込む。
「行ってみないと分からないってことですね。ここから、それほど離れていない場所ですし、すぐに行ってみます」
加茂が、早速現場に向かおうとする。
「待て。相手がどんな奴か分からないのに単身で乗り込むな」
「そんなこと言っても、ここに赤野さんが囚われているかもしれないんですよ? 一刻も早く助け出さないとどんな目にあっているか」
加茂の気持ちは分かる。松岡だって、周作を助け出したい。
だから、こうやってあおいを助けた翌日で、疲れているにもかかわらず車を飛ばしている。
「わ、待って! 周作のスマホが鳴っている! 相手は……サラ?」
元子が電話に出れば、女性の声。
「もしもし……」
「誰? シュウじゃなさそうね」
「その……周作は、姿を消してしまって、スマホだけ残されていたんです。私は、周作の幼馴染の木根元子です」
「そう……よろしくね」
名前からしても外国人であだろうサラが流暢な日本語をサラが話すのは、イサクの訓練場での知り合いだからなのかもしれない。
なんにせよ助かる。
この場に、周作ほど海外の言葉に通じているのは、優作しかいない。会話に時間がかかってしまう。
「サラさん。どうして電話を?」
「どうして? そうね……シュウが姿を消したということは、やはりジェイコブがそこに現れたということよね……」
電話の向こうのサラが、考え込む。
「いいわ。話してあげる。あなた達が信頼できるかどうか、不安は残るけれども、仕方ないわね。私がここからそれ以上のことはできないし」
「お願いします」
代表してサラと話していた元子に促されて、サラが事情を話す。
「ジェイコブは、やはり日本に居る。そして、その目的はシュウ……周作。それは、確かだわ」
サラはジェイコブのことを話す。
サラによれば、かつて訓練場で、講師のような立場であったジェイコブが、負傷した時に九死に一生を得た。その時から、ジェイコブの周作への執着がはじまってしまったのだと。
「シュウときたら、私とジェイコブを助けるために、自分の肉を切って食わせたのよ。本当に信じられない。十九歳の餓鬼が普通そんなことをする? 脱水症状で死ぬ寸前の仲間を助けるのに、自らの血肉を寄越したのよ」
「血肉を?」
「そう。自らの手でナイフで切り取って、ね。私はただただ驚いて、内心シュウが怖くなったけれども、ジェイコブは違ったわ」
「どう違ったんです?」
「メサイヤが自分の信仰に血肉を分けて下さった……ジェイコブは、そう言って泣いて感激してたの。狂っているわよね」
キリスト教では、最期の晩餐でキリストが自らの血肉の象徴として、ワインとパンを弟子たちに与えたのだと言われている。現在でも、キリスト教のミサに参加すれば、その最後の晩餐のシーンを思い起こさせる聖体拝領という、信徒たちにキリストの体と称する小さなパンを与える儀式を見ることだできる。
「今でも、シュウの体には、その時の傷が残っているはずよ」
「赤野さん……そういえば、大きな傷が体にあった気が」
「加茂、テメェ!」
画面ごしでなかったら、松岡は加茂を殴っていただろう。
「とにかく周作に、トラップや戦略の基本を教えたのは、ジェイコブだ。ジェイコブは、覚えのいい周作を益々気に入っていた。……あの時、ジェイコブがずっと周作を救世主≪メサイヤ≫と呼んでいたのは、笑える話」
サラの話は、皆にとっては衝撃の連続だった。
周作の訓練兵時代のことは、ここにいる皆が、あまり聞いたことがない話ばかりだった。「人を殺すような場所での話だからね。あまり面白いことはないよ」と、周作が言って話したがらなかったのだ。だから、弟の優作といえども知っているのは、その時の知り合い数名の名前だけ。
「そこまででもじゅうぶん悲劇なんだけれどもね。十九歳のガキにまとわりつく気持ち悪い変態のジェイコブ。どんなにシュウが否定しても、ジェイコブはシュウをメサイヤと呼ぶのをやめない。あいつの困り果てた姿は、悲劇を通り越して喜劇だった」
何を思い出したのか、クククッと小さくサラが笑う。
「さらなる悲劇は、シュウが一人の兵士と仲良くなったことから始まった。シュウとしては、ただの友達関係のつもりだったんだと思うんだけれども、ジェイコブとしては面白くない。『メサイヤが穢れる!』と、怒るジェイコブを何度も見たよ」
「穢れ?」
聞き慣れない単語に、松岡が聞き返す。
「そう『穢れ』だ。意味わかんないだろう? 私は別にシュウが友達を作ったところで、それ以上に恋人を作ったところで、穢れるなんて発想はない。だが、ジェイコブからすれば、崇め奉るメサイヤが友達を作ったり恋人を作ったり、ましてや結婚なんてことになれば、さらに気が狂うでしょうね」
「独占欲ってヤツか」
「そう。たぶんね。そして次第にジェイコブから離れて、その兵士と過ごすことが多くなったシュウ。シュウを崇めるようにまとわりついていたジェイコブは、当然、兵士に嫉妬した。その結果が最悪だった。ある日、その兵士をジェイコブが殺したのよ」
サラの言葉に、皆の背筋が凍る。もしも、今なおジェイコブが周作に当時と同じような執着と独占欲を向けていたとすれば、友達と過ごしている姿をみれば大変だ。メサイヤであるシュウが穢れていると怒っていることだろう。
「ジェイコブはその時の罪で訓練所から追放されて、殺人の罪で牢獄へ入っていた。シュウは、その事件のこともあってか、早々に日本に帰ったし、でも何年も前のことだろう? だから、私もシュウも、ジェイコブのことは、過去の終わったことだと思っていた」
「でも、違ったのね」
元子はため息をつく。さすがにそのくらいは、元子にも察しがつく。ジェイコブが過去のことと捉えていなかったからこそ、周作は攫われてしまったのだ。
「そう。シュウに頼まれて調べてみれば、ジェイコブのそれからの人生は、全部、周作を探すために捧げられたようなものだったわ」
サラは言う。
兵士を私情で殺したことにより、ジェイコブは数年間刑務所に勾留されていた。そして釈放されてからは、ずっと、周作の行方を捜していた。
当時、訓練場では、「シュウ」と名乗っていた。皆、通名でしか名乗らなかったから、本当に親しい者しか「シュウ」の名前が「赤野周作」だと知らなかった。
だから、刑務所を出た後にジェイコブの知っていたシュウの情報は、ほんの僅か。
サラのような仲の良い者も、訓練所の所長で周作の父親であるイサクも、ジェイコブに周作の行方を教える訳がないし、周作の交友関係は、それほど広くない。
探索は難航していたようだ。
「そして、海外のマフィアを通じて仙石と知り合ったの」
仙石という日本のマフィアの男が執着する、翠の瞳の美女。名前は、
仙石から聞けば聞くほど、その美女の正体はあの時に自分を虜にした子どもだ、とジェイコブは確信した。
仙石の方も、ジェイコブの話を聞いて『シュウ』なる子どもが、赤野周であることに気づき、二人の利害は一致した。互いの情報を手繰り、赤野周作と名乗る人物に行きついた時に、二人がどんな思いを巡らせたのかは、考えるのもおぞましい。
ジェイコブは、ついに何年もかけてシュウにたどり着くことができたのだ。
「だから、ジェイコブは、仙石に取り入って信用させて、自分が周作さんを手に入れる策を練ったんですね」
「そのようだな。そして、見事に、周作を手に入れてみせた」
「ええ……気をつけて。ジェイコブは、トラップの名手。あなた達がそれをくぐり抜けることは難しい」
サラの言葉に、皆、息を飲む。
たしかに、それは、見せつけられたところだ。
あおいを攫うために張り巡らされた策。
何重にも策をめぐらし、まんまと仙石に逃げられてしまったし、今、周作は攫われてしまった。
「身に染みているよ。それは……」
松岡が、ポツリとつぶやく。
あおいと優作を守ることに夢中で、ジェイコブのことは周作から聞いていたはずなのに、気を付けろと警告することすらしなかった。
一言警告していれば、夜にたった一人で外に出るような真似を周作はしなかったかもしれない。どうして、周作が狙われた時を考えて、策を練っておかなかったのか。後悔は、松岡の中で先ほどからずっとグルグルと渦巻いている。
「あれだけシュウに執着しているジェイコブだ。監禁するだけで、危害を加えようとは思わないだろう。シュウが自分で逃げてくるのを待つ方が良いかもしれない」
サラは、そう言っていた。
サラからの電話が途切れた後。
松岡達が到着するのを待つことを約束させて、元子たちとの連絡を一旦切る。
「……父さんから? イサクからの電話です」
優作が電話にでれば、イサクの声が車内に響く。
「電話で説明したかったのに、ずっと話し中で!! つながって良かったよ」
電話の向こうのイサクの力強い声。
元子達と連絡を取るのに、ずっと優作の電話を使っていたのは、まずかったかと、松岡は少し後悔する。
だが、せっかく電話してくれたイサクには悪いが、ジェイコブの情報は、サラから十分に聴いた。
ジェイコブがどんなに危険な奴で、何を得意としているのかは教えてもらった。
周作が捕らえられてる場所の情報も、周作の電子タグの情報から得られた。
これ以上、イサクに聞く必要はないだろう。
「父さん、ごめん。さっき、サラさんから電話をもらってさ。ジェイコブについては、もう……」
「優作。ジェイコブは、周作を殺すつもりだ」
「どういうことですか? 父さん。ジェイコブは、ただ執着しているだけではないんですか? メサイヤと呼ぶほど崇拝する人物を、普通殺さないでしょ?」
サラとは違うイサクの見解。
車内の空気が凍る。
「優作に、送ってもらったカード。あれは、ユダがキスでキリストを裏切るシーンを示唆している。そのシーンの後に、キリストは、磔にされて死ぬこととなるんだ」
元子に送ってもらった周作に届いたというカードの画像を、イサクに転送した。
イサクは、そのカードの意味を読み取れたということだろうか。
「つまり、あれは、お前を殺すという予告状なんだ。全く。どうして、周作は、見てそのことは分かっていただろうに、周囲にそのことを報告しなかったのか。前から、報告が大切なことは、あの子には教えているはずなのに」
イサクが電話の向こうでブツブツと周作の文句を言っている。
危機管理が甘いのが、どうしても治らない。
何のために訓練を積んだのか。
何とも辛口な意見が次々とイサクからこぼれるのは、周作に対して心配する親心なのだろう。
「まあ……もうちょっと警戒して欲しいってのは、俺も同感なんだが……」
「おお、同意してくれるか! 誰だ? えっと」
「松岡です。周作の友人です」
「友人! ほう……」
一瞬、イサクの声が低くなる。未婚の娘と親しくする男性に、父親の習性が警戒させているのだろう。
「松岡……なんて名前だ?」
「松岡宗次と言います。周作の同僚です」
「ふうん。刑事か。後で調べておこう」
覚えておこうではなく、調べておこうなのだと気づいて、松岡はヒヤッとする。
「お義父さん、今は周作さんを助け出さないと。もう少し、詳しく、あの写真について教えて下さい」
「可愛いあおい! 優作の天使! すまない。そうだったね」
イサクは、礼拝堂のことや、キリストの生涯を描いた二十三の場面の中の十三番目の場面が、ユダの接吻の壁画なのだと説明してくれる。
「なんだ。じゃあ、そのジェイコブって男は、周作を殺すことで、その場面を再現しようっていうのか。とんでもない性癖だな」
ああ、もう!
運転しながら、松岡は、頭をかく。
それからイサクの語った内容は、サラの言う通りにトラップを得意とする男だということである上に、ジェイコブが、手榴弾をいくつか手に入れているはずだという情報だった。
「どうやってそんなもの、日本に入れられたんだ!!」
自分で苛立ち紛れに言いながらも、松岡も分かっている。
仙石だ。
あいつらは、協力関係にあった。きっと、仙石がジェイコブに協力して、必要な物を日本に入れる手助けをしたのだろう。
イサクからの電話が切れれば、後部座席で、あおいと優作が顔を見合わせる。
「どうしよう。思っていたよりも事態はさらに大変かもしれない」
不安の色を浮かべるあおいの肩を、優作が抱き寄せて支える。
「松岡さん……どうします?」
「行くさ。直接。俺があいつを助ける」
松岡は、きっぱりとそう言い切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます