第7話 松岡の護衛


 イベント当日。


 あおいの今日のいでたちは、大きめのセーラー帽に黒いウサギ耳。淡いピンクのマフラーと黒い短めのズボン。黒いニーハイソックスとポップなデザインのスニーカー。

 新作のゲームのキャラを模した服だった。


 今日のイベントで話題になるための衣装。ズボンの後ろについた黒いウサギシッポが、椅子の上に膝をついて背もたれに抱きつく姿勢の青野の後ろで揺れている。


「か、可愛い」


 あおいの姿をスマホに納めながら、優作が震えている。


「優作の趣味が時々分からない。どう考えても、二十代の人間の出立ちとしては、痛すぎでしょ?」


 あおいが振り返りながらムッとする。

 あおいが動くたびに、後ろのシッポがピョコピョコ揺れている。

 一般的には確かにあおいの言う通り、二十代ではなかなか選択しない出立ちだろう。

 だか、童顔で低身長のあおい。いまだにコンビニで年齢確認されてしまうくらいだから、本人が言うよりも違和感がない。

 ましてや、日ごろからあおいを可愛いと思ってみている優作からしてみれば、今の恰好は、どストライク。永久保存してしまいたいくらいだった。


 本当は、プロのモデルを雇って、コスプレをしてもらおうかという意見もあったのだが、複数の会社が、自社の新製品のプレゼンをする。

 この印象によって、今後の展開が変わってくる大切なイベント。

 ならば、プレゼンをする副社長自身がコスプレをした方が、笑えるし話題性もあるだろうという見解の元、今にいたっている。


「そこでいちゃついている場合じゃねぇぞ」


 護衛のためあおい達を迎えに来た松岡が、あおいと優作の様子を見て苦笑いしている。


「すみません。ご足労いただきまして」

「いや、大丈夫だ。気にするな。しかし、今日のあおいの服はすごいな」

「イベントですからね。目立たないと意味ないですから」


 ふうん。そう言いながら、松岡は、セーラー帽の上の黒いウサギ耳に触る。


「これは……ぬいぐるみみたいな質感だな。でも割と固い」

「はい。中にプラスチックの芯がはいっていますから。動きに合わせて耳がピョコピョコ動けば可愛いでしょう?」


 あおいの言う通り、松岡が手を離せば、耳はピョンと弾かれたように揺れる。

 あおい達の開発したゲームのキャラは、ゲーム世界をナビゲートする役割で、本日のあおいは、ゲームの世界から現実の世界へと、ゲームの紹介をするために飛び出してきたという設定らしい。


「まぁ、他に紛れなくて良いが……それは、それでリスクにもなる」

「仙石からも見つけやすくなるからですか?」

「まぁ、そんなところだ……」

 

 受付のカウンターを見ていた松岡が、ペン立てに一本だけ違う種類のボールペンが刺さっているのに気づく。


 盗聴器か……。


 カジュアルな簡易な透明なケースで中のインクが見える、会社のロゴ入りのボールペンに混じって、真っ黒な重厚なデザインのペンが混じっている。

 誰かが訪問時に置いていったに違いない。

 松岡は、手元のメモに自分のペンで『盗聴器だ。気づかないフリをしろ』と、走り書く。


 小さな悲鳴をあげそうになって、あおいが慌てて自分の口を塞ぐ。


「そろそろ行きましょうか」


 優作が平静を装って促す。

 優作は、感情が抑えきれないあおいの手を握り励ます。


「そうだな。ここで話してても何も始まらん」


 松岡が促して移動する。

 松岡の運転する車の中。ようやく一息ついて、少し緊張がほぐれる。


「びっくりしました。あんなところに……本気で狙っているんですね」

「そうだな。……証拠はないが、十中八九、仙石が仕掛けた物だろう」

「一体いつ仕掛けたんだろう」


 あおいが思い返す限り仙石が来た形跡はない。


「さぁな。誰か……訪問客が仙石の手先だったたんだろう」

「直接は来ませんか?」

「複雑に何重にも予防線を張って、自分は安全なところから指示を出す。それがいつもの仙石のやり方だ」


 そのやり方で、いつも裏で仙石がいることが分かっていながら、捕まえることができなかった。松岡は、今まで飲まされてきた煮湯を思い返して、チッと舌を打つ。


 仙石がこちらの情報をどこまで把握しているのか。あの盗聴器が、どのくらいの範囲の音を拾い、いつから仕掛けられていたか分からないから、判断は難しい。


 のんきに温泉に浸かっている周作に一応連絡しておくか……アイツの事だから、とっくにその点も想定してそうだが。

 松岡は、周作に盗聴器があったことをメールにうつ。


「なぁ。何故あおいが仙石に狙われる?」


 松岡の投げた問いに、あおいも優作も沈黙する。優作まで沈黙しているということは、きっと、優作も何か知っている。

 しばらくの沈黙の後で、あおいが口を開く。あおいの強張った唇が震えているのは、話すことに戸惑いがあるのだろう。


「あの……周作さんに知られれば、恐ろしい反対を受けると聞いて……それで黙っていました」

「あおい!」

「いいよ。優作。やっぱり、こういうこと黙っていて、それで結婚だなんて虫が良すぎる話なんだよ。むしろ、この機会に話したほうがいい」


 意を決したあおいがはっきりと言葉を放つ。


「仙石は……実の父なんです。今更、何の用があるのか分かりませんが、その事が、仙石が私を狙うことに無関係とは思えません」


 あおいの声は震えていた。

 声が震えていたのは怯えてではない。仙石に対する怒り、拒絶がどうしても、あおいの喉をしめて、声を震わせる。


 あの仙石と親子だという告白は、とても信じがたいことだが、あおいがこんなことで嘘を言うとは、松岡には思えない。

 

「父親? どういうことだ」

「母から聞いた話です。仙石と名乗る男が父だと言われました」

「それだけじゃあ、あの仙石が父親とは……」

「ええ。仙石というだけでは、あの男とは限りませんし。それに、産まれてからずっと連絡がない男を父親と思うことはありません。ですが、母が亡くなって時、葬儀場にあの男が現れました。もう……五年ほど前の話です」

「それで? 母親の葬儀にあの男が現れて、あおいに父だと名乗って頭でも下げたか?」

「まさか。そんなことをあの男がする訳がありません」


 あおいの顔が辛そうに歪む。

 母親の葬儀の時の光景を思い出しているのだろう。


「ただ、葬儀場の外……駐車場に佇んでいて、私と目が合うとそのまま姿を消しました。私は、母に聞いていた話から、その男が父親なのだとはすぐに分かりました。でも、近寄りはしませんでした」

「どうして。父親なんだろう? 嫌いでも恨み言くらい言いたいだろう」

「ええ、母何どんなに苦労していたかを言いたい気持ちはありました。しかし、母から聞いていたのは、その男がどんなに残忍かという話でした。まるで小さい子どもに鬼に近寄らないように解いて伏せた母の真意は、『不幸になりたくなかったら、あの男には近寄るな』です。だから私からその男には、近寄らなかったです。それに、向こうも私には興味ないのか、話しかけて来ることはなかったです」


 あおいとその男が目があったのも一瞬だった。


「それっきりの関係です。あの男の顔を再び見たのは、優作から、周作さんにつきまとう怪しい仙石という男の話を聞いた時です」

「仙石の写真は、じゃあ周作から見せてもらった?」

「はい。優作と婚約した時に、危険な男だから近づかないようにと警告の意味で見せてもらった写真。間違いなく母の葬儀の時に見た顔でした。あまりの驚きに、震えてしまいました」


 ふうん。


 松岡は、曖昧な返事を返す。

 周作の能力と美貌に惚れ込み、仲間に引き入れようとしている仙石。その仙石に子どもがいたなんて、思いもよらなかった。


「優作には、その時にすぐ報告したのですが……」

「俺が、兄には言うなって指示したんです」

「周作、優作のこととなると極端だからな」


 弟をうさぴょんと呼んで溺愛する周作。その愛する弟の婚約者が仙石の娘と知れば、あおいと優作の結婚に、周作が猛反対するかもしれない。

 何をしでかすか……あおいが自分から婚約破棄したいと言い出すような突拍子もないことしかねない。

 周作ならやりかねないと、松岡はため息を盛大につく。


「優作の気持ちは、わからんでもないな」

「ありがとうございます。俺は、何があってもあおいと別れる気はありません。だから、あおいを守るには、兄には黙っていたほうが良いと思ったんです」


 参ったな……。

 あの周作に、この秘密を隠し通せるのか……。


「松岡さん……よろしくお願いします」


 あおいの護衛だけでも厄介なのに、面倒なことになった。


 松岡、裏切ったね。


 脳内の周作が、冷たい視線を松岡に向ける。秘密がバレれば、周作は松岡にどんな風になじるだろう。

 あの大きな瞳に涙が浮かべは、松岡にはどうしたら良いか分からなくなる。


 やばい。殺されるかもしれない。


 明日の我が身を案じて、松岡は背筋が凍った。




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