第7話 鎖の運命、再々度

「ぜ、全然着かない。迷ったかな‥‥‥?」

 獣道を踏破せんと歩き続けて早十分。接名は既に自身が迷ったことを悟っていた。というのも、下って降りていこうと進もうとしても、明らかに人の進むことの出来ない場所ばかりで、先ほどの通った道を探索しようとしても似たような場所ばっかりで検討が付かない。そういうわけで別のルートを探そうと歩いても、街の景色は見えてこない。それどころか遠ざかっている気配すら感じてしまう始末であった。

 「こんなことなら、マークに頼って‥‥‥。いや、別に要らないし。迷子くらい、一人でどうにかなる!」

 過った可能性を頭ごなしに否定する。

 「高い所から位置の確認でもして、そこから帰れば大丈夫、なはず」

 誰に説明するでもなく喋り、不安を掻きむしるように歩を進める。大丈夫、大丈夫。そうやって自分に言い聞かせて歩み始めようとした、その時。

 「いっ‥‥‥!」

 心臓の真ん中、雷に打たれたような痛みに悶えて、思わず地に足を付ける。さらに、それは帯電するかのように苦痛が連続する。手で上から抑え込んでも痛みは続き、体は鎖で縛られたように麻痺している。呼吸すら不確かになるそれは時計の針が一周する頃にはだんだんと元の状態へと戻っていった。

 「な、何が‥‥‥」

 接名は思わず服の隙間に手を入れて強引に確認する。そこには心臓に刺し傷のような跡が残っている。つまるところ、

 「‥‥‥特に、変わってない」

 接名の疑問を解消するようなものはなく、普段と変わらない姿がそこにはあった。

 「なんだったんだろ」

 得心のいかない顔を作りつつも前を向く。すると、

 「あれ‥‥‥?」

 そこには、鳥居があった。紅葉色に染まっており、季節外れとすら感じてしまうそれは一つだけではなく、山の方へと連続して建てられていた。

 あれは、さっきまで見えてなかったはずだ。

 心臓の痛む前は見えなかったそれに警戒心を抱く。けれど、その鳥居の先に進みたいと思う自分もいた。何故かは分からない。わからないが、きっと進むしかない。鳥居が山の頂点の方へと向かっているなら、そこから街の場所を確認出来るはず。そう結論づけた接名は、その鳥居をくぐって、階段を上り始めた。

 階段は随分と昔に作られたのか、所々に汚れが目立ち、コケが段と段の隙間にびっしりと生えているのも見受けられる。その反面、鳥居の赤には汚れ一つ無く、むしろ陽光を浴びて輝いてすら見えた。不自然なほどアンバランスで、被造物が受ける自然界の洗礼などとは無縁であるとすら感じれる。まるで、神か何かに作られたのかと考えてしまうほどに。

 そうして歩いて、鳥居の終わりが見えてくる。思わず早歩きになって近づくと、そこで初めて目にしたのはやや寂れて崩れかけた大きな神社、ではない。

 参道を遮るようにして鎮座する、漆黒の鎖に結ばれた紅い亀裂の入った日本刀であった。正方形を作るようにして四点に楔を打ち込まれ、深々と刺さっている日本刀は、禍々しさと神々しさを背反した魅力をあぶりだし、接名の瞳はそれに吸い込まれていった。

 「なんだろ、これ。というか、こんなとこに神社なんて有ったんだ」

 そう呟く接名は、辺りを見渡していても日本刀の方に意識が向いていた。見れば見るほど、不思議な刀だ。まずもって鞘が無い。抜き身の刀身は鎖と同じく、漆を塗ったような黒さでありながら錆一つ見当たらない。それでいて刀身を打ち砕かんとばかりに妖しく光る朱の色は、赤く染まった月を幻視させるほど人の心を惑わせる。加えて不思議なのは、その大きさであった。1年ほど前、接名は先生の買った刀を見たことがある。決まった場所に住む人でもないため旅の途中で持ち運びに困ってすぐ売りに出していたが、その刀の大きさは八十センチほどであった。そして、目の前の刀剣は、その以前目にした刀の倍以上の丈があった。加えて、地面に突き刺さった部分も考えれば、接名の身長である168センチを超えていることは容易く推測出来るだろう。

 寂れた神社に、封印されたかのような妖しげな刀。明らかに厄ネタとしか言いようのない物。それを知ってか知らでか、接名は一歩ずつ歩みを進めていった。

 知性ではなく、欲求で。

 思考ではなく、反射で。

 理性ではなく、本能で。

 その封じられた刀剣へと足を進め、その距離は触れる所まで達していた。

 生唾を飲み込みながら、その刀の柄の部分へと手を伸ばす。伸ばして掴んだ、その時。刀を縛っていたはずの鎖は突如として解き放たれ、その行く先は、接名の方へと奔っていく─——‼

 「え、嘘!抜いてからとかじゃなくて!」

 思わぬ襲撃に身を守ることさえ出来ぬまま、鎖の濁流に襲われて高い悲鳴が上がる。体に巻き付いて、強い力で締め上げられ、その鎖は接名の命に手を伸ばす───。

 『──────────────────────────────』

 ───ことはなく。恐る恐る目を開けると、眼前に広がる景色には何もなかった。刀も鎖も、どの痕跡も見当たらない。煙に巻かれたのか、霧に惑ったのか、それとも夢幻の類であったのか。ともかくして言えるのは、先ほどまであった刀や鎖は目の前から消えてしまっていたということだ。

 まあ、もっとも。

 「おい、お前」

 「うん?」

 声の主を探すべくして下を向くとそこには、

 「‥‥‥、お前は誰だ?」

 「て、て、手錠が喋った───!!??」

 奇妙な手錠が、いつのまにか接名の右手首へと付いてあったのだが。

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