第3話 退廃は夕焼けに沈む

 時間は進み、夕焼けが遠くへ追いやられた放課後の一時。接名は校門に背を預けながら、退屈そうに空を眺めていた。

「‥‥‥まだかなぁ」

 そう呟く接名だったが、自転車のチェーンがカチカチと回る音を聞いて、待ち人が来たのを確信する。

 「遅いよマーク。自転車取りに行くの遅すぎない?」

 「いやまぁ、色々あってさ」

 自転車を押しながら苦笑するマークの手には、ピンク色の封筒のようなものがあり、それをポッケにしまうとそのまま校門の外へと歩きだしていく。その歩幅に合わせるようにして接名もまた歩を進める。

 「それって、もしかしてラブレター?」

 「まあそうだな。呼び止められて渡された」

 「すごいなぁ。女子から告白ってさ」

 「接名だって一週間ぐらい前にされてただろ?」

 「男子からだけどね!?」

 「ははは、ホントよく間違えられるよお前は」

 「不本意だ‥‥‥」

 この学校に入学してから一カ月ほど経ち顔が学校中に知れ渡った接名だが、入学当初などは女子と間違えられるほど可愛い顔立ちに加えて、その明るい性格も相まって二つの意味で勘違いした男子を見事に轟沈させてきた過去がある。学校新聞の調査では、男子から告白された回数ランキングでは女子を抑えて一位になる大躍進すら見せている彼は、非常に不服そうに髪を撫でるばかりであった。

 「それで、受けるの?告白」

 「いや、あんまり知らない子だったし断ったよ」

 「へぇ、そうなんだ。‥‥‥前もそんな風なこと言ってなかった?」

 「ははは。まぁ、入学してからまだ一カ月だし、そんなもんだろ」

 その言葉を耳にすると、接名は不意に立ち止まる。

 「そっか。マークと会ってから、もう一カ月も経つんだ」

 「‥‥‥そうだな。あの初対面からもう一カ月か。なんだか懐かしいな」

 「あ、あの時は色々あって泣いてただけで、普段から泣き虫ってわけじゃなかったでしょ!?」

 「初対面から一カ月ってだけで何にも言ってないぞ─俺は」

 「は、しまった!」

 驚愕から口を押える接名を見て、思わず吹き出したマークは天を仰ぎながら、

 「ま、あの時泣いてた理由も、今にしてみればよくわかるよ。‥‥‥ずっと一緒にいた親代わりの人から離れたんだ。そりゃさみしいよな」

 そう接名に掛けた声の端々からは、優しさが感じられた。

 「‥‥‥うん。だって、二年間だけしかいなくても、僕にとっては人生全部なんだから」

 「‥‥‥二年前のあの日を境に記憶喪失、か」

 マークの見上げた先、黄昏も過ぎ去った空には星一つ見当たらない。雲が覆いかぶさっているわけでも、月の光が強く光っているわけでもない。ただ、二年前のある日を境に星が地上に落ちた、それだけのことだった。

 「魔道が使えないのもそれが理由だっけ?」

 「うん、記憶喪失が原因じゃないかって、お医者さんからは言われてるんだけど」

 「そうか。‥‥‥これも、星遺物が原因なんだろうな」

 ──星遺物。突然と空から星が見えなくなったかと思えば、それは流れ星のような光を伴って地上へと墜ちた。そして、地上へと墜ちたそれは星座にて語られる姿形と、魔道に近しい異能を用いて人を襲い始めたのだった。

 「どうだろ?確認された星遺物に、記憶を消す力なんてないらしいし」

 「でも、そう考えるほうが自然じゃないか?」

 「まぁ、だよね」

 「‥‥‥やっぱり、昼に言われたこと気にしてるか?」

 魔道も扱えない未熟者。昼の言葉は決して正しい主張とは言えないが、本質を突いた一言でもあった。あの一言は接名を相当傷つけたのではと、マークは気にかけていた。その心配を含んだ問いかけに、後ろで腕を組みながら接名は答える。

 「確かに、記憶がないことは不安だけど、でも別にいい気がするんだ」

 「というと?」

 「だって、昔のことを気にするよりも、今を全力で生きる方がいいと思う。そっちの方が建設的ってやつだよ、うん」

 懐かしむように出された声と共に、接名は坂道から街のある場所より遠くの方を眺めている。そういう風にたそがれている時は、決まってある人を浮かべていることを、マークは短い関係ながらに知っていた。

 「それも、お前の先生の言葉か?」

 「あ、分かった?」

 「まあな。何カ月一緒にいると思ってんだよ」

 「それは、一カ月しかいないじゃん!」

 「ははは。でも、そんぐらいしか関わってなくても、お前のことはよく知ってるよ」

 「‥‥‥まったく。カッコいいね、マークは」

 感嘆ともに出された言葉に、マークは少し驚いて、そして笑った。

 「いや─、こんなに尊敬を受けちゃったら、おじさん嬉しくって泣いちゃうなぁ」

 「あ、出た。マークの年寄り発言。年齢全然変わんないのに」

 「馬鹿言え、一歳違いなめんなよ」

 そうして、二人は再び歩き始める。なんてことない会話を繰り返しながら。

 「そういえばさ、今度本買いに列車使いたいんだけど、どう?空いてる?」

 「ん―、いつ?」

 「土曜日」

 「あ─、その日は無理だ」

 「え─、なんで?」

 「なんでもだ。悪い」

 「そっかぁ、じゃあ一人でか‥‥‥」

 「エヴァンス達は一緒じゃないのか?」

 「リエラちゃん達と合コン?に行くってさ。そのために水のお手玉の練習をしてたんだけど、あ。それで今日濡れちゃったんだよ服。だから体育の時に大変でさ‥‥‥」

 なだらかな傾斜を下りながら、二人は明かりの灯った街の方へとゆっくりと歩いていく。そんな、緩やかな青春の日常は、この日を口火に大きく変わることを、接名は知る由もなかった。

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