77. 外から引き付ける

 思わず口にしてしまったけれど、失敗だったかもしれない。コボルトたちは理性派オーク、特にそのリーダーであるヨルクの安否を気にかけている。下手をしたら、このまま建物の中に突撃しかねない。


 実際、僕の呟きを聞きつけたであろう数人のコボルトは腰を浮かせ、飛び出してしまいそうな勢いだ。だけど、エデルクの一言がそれを押しとどめた。


「まずは状況を確認しよう」


 口調は冷静だけど、表情は苦しげだ。身内の危機だもの。彼自身、飛び出したい気持ちを抑えているんだと思う。その様子を見たら、コボルトたちも軽率な行動はとれない。同じような苦しげな表情で頷いた。


 状況把握のために、数人のコボルトが派遣される。ぐるりと建物を回って様子を見てきたところ、裏口の扉が破られていることがわかった。


「周囲を取り囲むオークはこちらよりも少ないふ。だいたい、200くらいでふかね。建物ばかり気にしていまふから、逃走者を気にしているんだと思いまふ」


 斥候からの情報をまとめたコルドが報告する。エデルクが軽く頷いたあと、僕を見た。意見を求められていると思ったので、きっぱりと告げる。


「挟み撃ちされると不利になるよ。ここで確実に減らしておこう。こっちに注意を払ってないみたいだから、不意打ちできるだろうし」


 ちらりと視線を向けると、ゼギスも無言で頷いた。特に補足することもないみたい。


「……そうだな。まずは敵の数を減らさなければ」


 僅かな間のあと、エデルクも同意する。少し逡巡したのは、同族を手にかけることへの抵抗かな。今更ではあるけど、直接対峙するとなると思うところがあるんだろうね。


 とはいえ、エデルクはそれを受け入れた。狂月症オークを改めて敵と断じたんだ。僕の提案だって、きっと僕が言うまでもなくわかっていたはず。それでもあえて聞いたのは、踏ん切りをつけるためだったのかもしれないね。


 作戦が決まったあとの行動は早い。理性派オークを救い出すのに、一刻の猶予もないことはみんな理解しているからね。


 建物を取り囲む敵をさらに取り囲むようにコボルト兵を分散させる。とはいえ、あまり時間をかけるわけにはいかない。集団で動けば気づかれるリスクも高まるから、その辺りはざっくりだ。ある程度ばらけたところで、攻撃を仕掛けることにした。それ自体が、陽動になるし。


 先陣は僕らゴブリンが務める。小柄な僕らは気づかれずにそばまで近づけるからね。


 裏口側の物陰から、こちらに背後を向ける敵に飛びかかった。一応、声は出さない。


 僕とゼギス、フラルで一体。ブーマとキーナ、ロックスで一体。奇襲が綺麗に決まった。声すら上げさせない……けれど、まああんまり意味はなかったかな。大きな体がどさりと崩れ落ち、その音で数人がこちらに気がついた。慌ててそちらにも攻撃するけど、硬化で防がれてしまう。


「ギゲアァァァア!!」


 先頭の一人が叫んだ。言葉にもなっていないけれど、襲撃を知らせるには十分だ。すぐに周囲の目が僕らを向く。


 それら全てが襲いかかってきたら、対処はできない。けれど、そんな展開にはならない。


「突撃だふ!」


 少し離れたところから、掛け声とともにコルドが飛び出してきた。多くのコボルト兵がそれに続く。僕らに気を取られていたオークたちにとっては背後になる位置関係だ。確認している余裕はないけれど、イアンもそっちにいるはず。


 不意打ちの成功率は2、3割ってとこかな。防がれてしまったところの方が多い。とはいえ、少しでも有効打を与えられたなら成功だ。負傷させれば、それだけ相手の動きは鈍くなるからね。そもそも建物の外側においては、僕らの方が数が多いんだ。ここで負ける要素はない。


「がぁあああ!」

「俺が引き受けるだふ! みなは攻撃を!」

「わかったふ! タイミングを合わせるだふよ!」


 コボルト兵の動きも悪くない。村の防衛戦も乗り切ったし、かつてのように従属意識で動きを鈍らせることはないようだ。エデルクが先頭に立って戦っているのも大きいかもしれない。


「があ!」

「すまないな。だが、兄上を助けるためだ!」


 そのエデルクも、体格のいいオークと真っ向からやり合っている。両者ともにタフだから、一対一なら勝負がつくのは時間がかかるだろうね。だけど、エデルクには彼に従うコボルトたちがいる。つかみ合いで相手の動きを封じているところに、背後からコボルト兵が襲いかかる形で効率よく敵を倒しているようだ。正々堂々とはとても言えないけど、これは試合じゃないからね。


 もちろん、僕らだって負けていない。連携して確実に敵オークを倒していく。


 だけど、さすがに200ものオークを倒すには時間がかかる。騒ぎを聞きつけたのか、建物内部にいたオークたちが裏口から顔を出し始めた。


「気づかれたか! どうする?」


 状況を察したエデルクが問いかけてくる。


 欲を言えば、気づかれることなく外を制圧したかったけれど、こうなったら仕方がない。むしろ騒ぎ立てて、中の敵をおびき寄せた方がよさそうだ。


「このまま引きずりだそう! その方が中が手薄になるよ」

「わかった!」


 中の状況はわからないけど、戦いになっているなら、こちらに引きつけるだけで援護になるはずだ。

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