78. 突入

「今だ!」

「わかってるよ!」

「やるだふ!」


 バランスを崩したオークに一斉に襲いかかる。即席の連係攻撃だ。最初にうちは数人で小隊を組んで、その中で連携していたのだけど、戦っているうちに小隊の振り分けが曖昧になってきた。もうゴブリンもコボルトも関係ない。近くで攻撃のチャンスがあれば、周囲の人間が飛びかかって倒す。タイミング取りが難しいはずなんだけど、これが何故か上手く行ってる。たぶん、みんな集中力が研ぎ澄まされているんだ。


 とはいえ、流石に疲れの色は濃くなっている。動きが鈍れば、危険なのは囮役だ。できるだけ交代で務めるようにしているけれど、それでも誤魔化せないほど疲労が蓄積している。実際、オークの攻撃を避け損ねて、負傷したコボルト兵も多い。即座に周囲がフォローに入るから僕の見た範囲では死者は出ていないけど……それでも間違いなく重傷だ。この戦いで戦線に復帰するのは無理だから、少しずつ人員が減っていく。


 ただ、奮戦した甲斐あって、敵戦力を大幅に削ぐことができた。僕らの戦っている裏口付近にはオークの骸で溢れている。スペースを確保するために、それらを運び出す人員が必要なほどだった。


「それなりに引っ張り出せたな。だが、そろそろ打ち止めのようだ」


 ひと段落したところで、そばにゼギスが呟いた。


 確かに、少し前から裏口から新手が現れるペースが落ちている。この場に残っているオークの数は僅か数体。建物外の敵オークはこれで全滅だろう。


「そうだね」


 答えながら、周囲に視線を巡らす。被害状況はさすがにわからないけど……うん、とりあえず、コブリンはみんな無事だ。ただ、知り合い全員が無事というわけじゃなかった。


「コルド、大丈夫なの!?」

「面目ないふ……」


 コルドが建物の壁を背に、座り込んでいる。力なく呟く彼の腕は垂れ下がっていた。どうやら折れているみたいだ。


 その隣では負傷したコボルト兵が同じような姿勢でぐったりしている。こちらは囮役を務めていたときにオークの攻撃を避け損ねたようだ。追撃を受けそうになったところを、コルドが庇った。その結果として、兵士は助かったけれど、コルドも負傷してしまったってわけだ。


「無事か!?」


 エデルクも駆け寄ってきた。どうやら周辺の敵は一掃できたみたい。近くにいたコボルト兵たちも心配げにこちらを見ている。


「申し訳ないでふ。これでは戦いでお役に立てないでふ」


 コルドが悔しげに肩を震わす。しかし、エデルクはほっとした様子だ。


「いや、命があって良かった。充分に力になってもらったよ。あとは後方で休んでいてくれ」


 どうしようか。僕には回復魔法がある。負傷者全員を回復させるほどのマナはないけれど、コルド一人くらいなら治療できると思う。だけど、骨折を治療しようとすれば、きっと大量のマナが必要だ。まだ戦いが終わったわけではないのに、ここでマナを使ってしまっていいものかな。


「我が輩の治療は不要だふ。死ぬような怪我ではないふし、エデルク様がいればコボルトの統率に問題はないふ」

「……いいの?」

「うむ。残念ではあるふが、優先順位を間違ってはダメだふ」


 僕の逡巡を察したのか、コルドは自分から治療を拒否した。


 でも、確かにそうかな。この先、誰かが命に関わる怪我をして、そのときにマナの枯渇で治療できないとなったら困るもの。


「わかったよ」

「代わりに、ではないふが、余裕があればエデルク様の治療を頼むだふ」

「僕か?」


 きょとんとするエデルクだけど、よく見れば確かに傷だらけだ。あちこちに打ち身ができている。それでも平然と立っているから、オークって本当に丈夫なんだなぁ。


「硬化はしてないの?」

「硬化?」

「何て言えばいいのかな。オークってマナを纏って体を丈夫にしてるでしょ?」

「マナを纏っている……のか? だが、まあ、言いたいことはわかる。あれはオーク同士で掴み合いになると無効化されるのだ」


 え、そうなんだ? お互いのマナが打ち消し合って無効化されてるのかな?


 だからエデルクは武器も使わず掴みかかってたのか。敵オークを素早く倒すには有効だけど、代わりにエデルク自身も傷ついてしまう。諸刃の剣だね。


「とにかく治療をしようか」

「いや、この程度ならまだ平気だが……」


 まあ、コボルト村に知らせを届けにきたときに比べると遙かに軽傷だけどね。でも僕らの中で一番倒れて困るのはエデルクだ。彼がいないと、理性派オークと接触するときに少なからぬ混乱があると思うし。救援部隊であると速やかに理解してもらうためにも、彼には無事でいて貰わないと。


 幸いなことに軽傷ばかりだったから、治療に必要なマナもそれほど多くはなかった。この程度なら、あと二、三度は治療できるかな。怪我をしないのが一番だけどね。


「では、突入しようか」

「そうだね」


 エデルクの言葉に頷く。


 できれば、この場で少し休みたいところだけど、理性派オークの置かれた状況を考えるとそうも言っていられない。


 負傷者と疲労が激しい者を置いて、僕らは建物の中に入った。すぐに、ぽつぽつと倒れているオークたちが目につく。すでに息はない。


 彼らは狂月症のオークなのか、それとも……。亡骸では判断がつかない。


 理性派オークは激しく抵抗しているみたいで、奥に進むにつれて亡骸は増えていった。外で僕らが倒した分も含めると、狂月症のオークが全滅していてもおかしくないと思えるほどだけど……それでもまだ戦いは続いてるみたい。今もなお、奥から怒声や咆吼が耳に届く。


 焦りや不安、それに憤り。エデルクの心中は様々な感情が渦巻いているはずだ。それと比例するように彼の歩みは早くなっていく。それに引き摺られるように、僕らは足早に奥へ奥へと進んだ。


 そして、ついに理性派オークが立て籠もっていると思われる場所のすぐそばまでたどり着いた。

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