76. 朽ちかけた町
大集団で森を行く。向かうはオークの集落。理性派オークへの救援部隊だ。
兵数はおよそ600人。コボルト兵士は負傷者を除いてほとんどが参加している。村の守りが薄くなるのは少し不安だけど、守りに専念すれば住民だけでも対応できるという判断だ。対処パターンは確立されているからね。
ゴブリン使節団も同行している。もちろん、エデルクもだ。彼には理性派オークとの橋渡し役になって貰わないといけない。そうでなくとも、兄や仲間たちのことが心配だろうしね。ときどき不安げな顔を見せている。
大集団での行軍なんて初めてだけど、それなりの速さで進めてるんじゃないかとは思う。軍隊の移動スピードは遅いって聞いてたけど、思ったほどではないね。コボルト兵は軽装だし、森歩きにも慣れているからかな。
あとは隊列を組んでいるわけじゃないからかも。軍隊だと横合いからの奇襲なんかも警戒して、整列して進むらしいからね。僕らはそこまではしていない。ああいうのって訓練なしにできるものじゃないって言うし。まあ、移動スピード重視ってことで。
移動には一日半かけた。無理をすれば一日でオーク集落に到達することはできたけれど、その場合、突入が夜中になってしまう。奇襲には悪くないんだけどね。ただ、土地勘がない僕らにとって、夜の闇は不利に働く可能性も高い。
それ以上に危惧されたのは、敵味方の識別だった。ゴブリン、コボルトは体格で見分けがつくけど、狂月症オークと理性派オークの区別できないんだ。うっかり救援対象を闇討ちしましたってことになれば笑えない。
ちなみに、昼間なら僕にも区別がつく。姿形は同じでも、言動は大きく違うからね。喋らなくても目を見れば、判断できると思う。狂月症のオークは目が血走っていて、理性を感じないもの。
そして、今、僕らはオークの集落に足を踏み入れた。
いや、これを集落と呼ぶのは難しい。僕らの村はもちろん、コボルトの村よりもずっと洗練されている。これは、町とか都市とか、そう呼ばれるものだ。
コボルト村でも見た石垣の防壁が周囲を囲み、東側にあたる門から道がまっすぐ続いている。少しも歪んだり曲がったりしていないから、計画的に作られた大通りなのだと思う。白壁の建物は漆喰でも使ってるんだろうか。建築技術もコボルト村より数段上なんじゃないかな。
ただ、崩れたり壊れたりしているところが目立つ。石敷きの大通りも欠けがあってでこぼこになっていた。古代の遺物ってほどでもないけど、昨日今日で破壊されたわけでもなさそう。おそらく、長い間メンテナンスされてないんじゃないかな。狂月症のオークが修復するとも思えないから、さもありなんって感じ。
「人がいないね」
「斥候の報告通りだふ」
僕の呟きにコルドが頷く。
兵団が突入する前に、数人の斥候を派遣して様子を探らせていたんだ。といっても、あくまで市壁の周辺から中の様子を窺うだけに留めたけれど
その報告で、市壁周辺にオークの姿がないことは知っていた。だけど、聞くと見るとでは印象が違う。朽ちかけた建物のせいで、まるで廃墟のように見えた。
「状況はわからないが、まずは兄上と連絡を取ろう。こっちだ」
案内に従って、通りを進んでいく。先頭に立つエデルクの歩みは早い。何処に敵が潜んでいるかわからないから、本来ならばもっと警戒すべきなのだろうけど、僕らは彼を止めなかった。仲間の危機に焦る気持ちは充分にわかるから。それに、狂月症のオークが物陰に隠れて待ち伏せするとも思えなかったし。
予想通りというべきか、奇襲を受けることなく目的地のすぐ近くまで来ることができた。とはいえ、さすがに、ここから先は敵との遭遇を避けることは無理だ。
「あの建物だ」
エデルクが指さすのは町の中央にある立派な建物だった。城というには小さめだけど、屋敷というにはちょっと無骨すぎる。頑丈な石造りで立て籠もるにはピッタリだ。
あれは、理性派オークたちの拠点で、もともとは有事のときに逃げ込む避難所みたい。数で劣る彼らが、狂月症のオークたちに抗戦するなら、あの場所に立て籠もるだろうというのがエデルクの読みだ。
そして、その読みは正しい。建物の入り口付近にはちらほら人影が見える。もっとも、あれは理性派オークではないだろうけど。誰も彼も、意味を成さない唸り声を上げているからね。狂月症オークに包囲されているみたいだ。
「あの中に立て籠もっているふなら、ヨルク様たちは無事そうだふな」
ほっとした様子でコルドが言うと、険しい顔のエデルクも少しだけ表情を緩めた。
避難所の壁は頑丈で、力自慢のオークたちでも簡単には破壊できないはずだ。あの中で籠城しているのなら、まだ被害は出ていないと判断してもいいかな。
不安があるとすれば食料かな。エデルクがコボルト村にやってきた前日くらいから立て籠もっているとすれば、一週間くらいは経過している。あの建物にどれだけの備蓄があったかにもよるけど、理性派オークが全員立て籠もっているのだとしたら、みんなが不足なく食べられるってことはないと思う。餓死することはないにしろ、すでに食料が枯渇している可能性もある。それほど楽観はできない。
いや、そんな分析すらも、楽観だった。
「おかしくねぇか? 包囲しているにしてはヤツらの数が少ない」
「確かにな。2000もいるとは思えない」
訝しげな声を上げたのはブーマだ。ゼギスがそれに同意する。
確かに、ここに残っている狂月症オークの数を考えると、建物を取り囲んでいる数は少なかった。では、残りはどこにいたのか。ここまで全く遭遇しなかったことを考えると、町の中に散っているとは思えない。
ということは……
「もしかして、すでに侵入されてる?」
僕の呟きで、周辺に緊張が走った。
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