75. 救援隊

 集まった視線の多さに、エデルクは少し驚いたみたいだ。だけど、すぐにその顔をしかめる。不快というよりは、やっぱり何か思い悩んでいる様子だ。


 急かすことなく、僕らは答えを待つ。数秒ほどの静寂の後、エデルクがぽつりと小さな声で告げた。


「正確なところは僕もわからない。だが、たぶん、兄上が抵抗しているのだと思う」


 エデルクの兄と言えば、理性派オークのリーダーであるヨルクだ。狂月症の暴走を止めようとして斬られたって話だったけど、それほど深手ではなかったってことかな。


 ともかく、ヨルクが理性派を率いて、集落内部から狂月症のオークたちに抵抗している可能性があるらしい。拠点に敵対勢力がいれば、そちらの排除を優先しようとするだろうから、襲撃者の数が少なかった理由としては納得できるね。


 でも、何故エデルクは黙っていたのだろう。確証がなかったとしても、推測として話してくれても問題ないだろうに。


 その理由は、コボルトたちの反応で何となくわかった。


「なんと!? それではヨルク様が危険だふ!」

「すぐに救援を出すべきだふ!」

「今すぐ全兵力を派遣するだふ!」


 コボルトに染みついた従属意識はかなり根深いのかもしれない。ヨルクの危機を聞いた彼らは、一分いちぶの躊躇いもなく救出を主張しはじめた。その勢いは凄まじくて、村の戦力を空にしてでもヨルクを救い出そうという意見が飛び出るほどだ。これが防衛戦の最中だったら、村を守ることはできなかったかもしれない。だからこそ、エデルクは黙っていたのだと思う。


 襲撃者を返り討ちにした今なら理性派オークたちに救援を出すのは可能だ。それでも、エデルクは消極的だった。コボルトたちの言葉に眉を下げ、首を振る。


「すでに多大な迷惑をかけておいて今更かもしれないが、これは僕たちオークの問題だ。これ以上、コボルトやゴブリンに負担を強いるわけにはいかないだろう」


 その気持ちはわからないでもない。でも、彼らだけで問題を解決する当てはあるんだろうか。


 狂月症のオークの残りは推定で2000。一方、理性派は多く見積もっても1000人ほどだ。しかも、そのほとんどが穏やかな気質で戦うことを苦手としている。まともに戦ったら勝ち目はないと思う。僕らがやったように罠や不意打ちを使えば充分に対抗できるはずだけど、果たして普段から戦いを避けているような人たちにそれが可能だろうか。正直に言えば、遠からず全滅する未来しか見えない。


 隣に“どうする?”という意図を込めて視線を送ると、ゼギスはひょいと肩を竦めた。


「お前に任せるさ。代表はお前だろ」

「えぇ?」


 確かに僕は使節団の代表だけど、これはもう同盟とか親善交流とかの話ではないんじゃないかな。同盟の行動指針を決めるわけだし、理性派オークとの協調を探ったりするのは仕事のうちかもしれないけど……。


 さすがに子供に任せるには負担が大きすぎないかな!?


 抗議するつもりで睨みつけてみるけど、ゼギスは何処吹く風だ。ニヤニヤ顔で僕に決断を促してくる。どうあっても僕に任せるつもりみたい。


 本当にどういうつもりなんだろう。ちょっと前から思ってたけど、ガークもゼギスも重要な案件を僕に委ねすぎじゃないかな。複雑なことを考えるのが苦手だからって聞いたけれど、そうじゃない気がする。少なくともゼギスは、この手の判断を苦手にしている印象はない。面倒だから丸投げしてる可能性は捨てきれないけど。


 まあ、いいか。意図はわからないけど、やれって言うなら、僕の判断でやらせてもらおう。


 ここでゴブリン族代表としてとれる選択肢は三つ。賛成か反対か、もしくは傍観か。さらに言えば、それはあくまでコボルトの指針であって、僕らが協力するのはまた別の話だ。だから、たとえばコボルトが救援を出すのは止めないけど、ゴブリンとしては手を出さないっていう選択もあり得る。


 それを踏まえた上で――


「エデルク。ここは救援を出すべきだと思う。僕らも救出に協力するよ」


 コボルトたちに協力して理性派オークを救う道を選んだ。


 救援隊を出すなら急ぐ必要があるから、ゴブリン村から追加の人員を出して貰う時間はない。だから、協力するとしても僅か7人。だけど、防衛戦の初日に150のオークを仕留めた7人でもある。充分に戦力になるはずだ。


 理性派オークの救出に協力しようと思ったのは、決して慈悲の心からじゃない。まあ、彼らの境遇に同情する気持ちがないわけじゃないけどね。だけど、動機はもっと実利的なところにある。


 だって、正気を失ったオークの集団がまだ2000もいるんだよ。理性派オークが全滅したあと、そいつらが何処に行くかはわからない。すぐにどちらかの村に向かうのならまだいいよ。散り散りになって行方がわからなくなると困るんだ。小さな集団となって分散されると戦士団の巡回でも接近を察知できはないと思う。結果として、散発的に村を襲われるなんてことになったら目も当てられない。そうでなくとも、村の外を気軽に出歩けなくなっちゃう。


 つまりは積極的なリスク排除をしておこうってこと。ついでに、理性派オークに恩も売れる。彼らとの関係がどうなるかは未知数だけど、今までのように殺し合う関係じゃなくなるだろうし。少なくとも、僕はそう思う。文明的なゴブリンを自負してるからね。


 そんな打算アリアリの決断だったわけだけど、それを他の人がどう取るかは別の話だった。


「……あなたの慈悲に感謝を」


 まず、目を潤ませたエデルクが深々と頭を下げた。別に慈悲じゃないんだけど……と言う間もない。


「さすがは奇跡の子だふ!」

「我らに救いの手を差し伸べてくれるだふか」

「彼らが協力してくれるなら戦力としても不足はないだふね」


 コボルトたちまで勝手に盛り上がり始めた。いや、奇跡の子って何さ!


「王の器じゃのぅ。儂が見込んだ通りじゃ」


 さらにはドルブス親方までしたり顔でおかしなこと言っている。変なこと言わないで欲しい。


 というか、これってさりげなく誘導されてる……?

 蒸留酒作りのためだからって形振り構わなさすぎじゃない!?


 まあ、ともかく、僕らは理性派オークたちを救うべく、救援隊を派遣することになった。

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