74. 集まる視線
襲撃二日目に、村の南の警鐘が鳴ったときは少しヒヤリとした。西側に固執する動きは陽動で、本命は南だったんじゃないかと悪い想像が頭に
でも、そちらに現れたのはほんの数人。僕らの裏をかいたっていうより、迷った末にようやく到達したって感じだった。実際、後続は現れず、あっという間に殲滅されたみたい。
主戦場である西側防壁も趨勢は決している。ちらほらと、新手は現れるけれど、防衛隊の優位をひっくり返すほどの数ではなかった。攻撃パターンも一日目と変わらず、対処は容易い。その日は僕らも森側から背後を狙う部隊に参加して、確実にオークを間引いていった。
最終的に30人ほどに数を減らしたオークは背後の僕らに狙いを切り替えて特攻してきた。けれど、ゼギスやブーマは森でオークと戦う方法を心得ている。彼らの指揮で暴れ狂うオークを狭い場所へと誘いこむと、複数人で一斉に攻撃して倒した。
こうして、村に押し寄せたオークは二日目にして全滅。日が暮れる前に、村を囲むのは物言わぬ死体だけになった。
勝ったんだと気持ちが緩みそうになるけれど、兵士団を中心に警戒を続けるように呼びかけたのは、どう考えても襲撃者の数が予想よりも少ないからだ。第二波が現れることを想定して、夜間の見張りも普段以上に動員したみたい。
申し訳ないけど、僕らはゆっくりと休ませて貰った。もちろん、警鐘が鳴れば跳ね起きて防衛に力を貸すつもりではあったけれど。でも、その夜、鐘の音が響くことはなかった。
そして、今日で三日目。目を覚ました僕らは状況を確認するため、西側に向かった。防壁の前は静かなものだ。警戒を緩めてはいないんだろうけど、待機する兵士たちに初日ほどの緊迫感は感じられない。
念のためと状況を確認してみたけれど、今のところ落ち着いているという答えが返ってきた。どうやら、昨日の夕暮れから、オークの新手は現れていないみたい。
「こっちは、終わったんじゃねえか?」
くあっと大きな欠伸をしたあとに、ブーマが言う。
「断定はできないがな」
と言いつつ、ゼギスも頷く。
僕を含めて、他の誰からも異論は上がらなかった。単純に考えれば、襲撃部隊を分けて時間差攻撃を仕掛けてくる理由はないものね。奇策とか搦め手とかなら考えられなくはないけど、狂月症のオークたちがそんな手を取るとは思えないし。
ただ、そうなると気がかりなのは、少なすぎる襲撃者の数。
「残りのオークはあたしたちの村に行ったのかな?」
みんなの頭に浮かんでいるだろう疑問を口にしたのはフラルだった。こてんと首を傾げている。
だけど、答えは誰にもわからない。その問いには、誰かが漏らした「うぅん」という唸り声だけが返った。
みんなの視線が遠くに向かう。その先にあるのはゴブリン村だ。さすがに目視で確認できる距離ではないし、そもそも木々に覆われて村の様子がわかるわけでもないんだけどね。
「ん? おぉい、煙が上がってるぞぉ!」
最初に気がついたのはロックスだ。最初は薄らとしか見えなかったけれど、今ははっきりと見える。黒い煙が真っ直ぐと空に立ち上っていた。
その方角はゴブリン村。だとすれば、それはきっと意図して上げられたものに違いない。
でも、何故、今?
襲撃を知らせる狼煙にしては、タイミングがおかしくないかな。こちらは最初の襲撃を受けてからすでに三日目だ。距離に違いはあるだろうけど、その差はそれほど大きくはないはず。襲撃が二日も遅れるとは思えなかった。
だけど、不思議そうにしてるのは僕とフラルだけ。
「なんだ。向こうも終わったのか」
「みたいだな」
ブーマとゼギスはあの狼煙が襲撃を撃退した合図だと判断したみたい。何故かと言えば、単純だった。そもそも、あれは“危機は去った”を意味する狼煙だったんだって。
「どうやって判別してるの?」
「色だよ。黒が襲撃あり、灰色が撃退完了、赤が増援求むって意味だね」
キーナが教えてくれた。戦士団ではまっさきに教わることみたいで、ロックスも頷いている。それで、戦士団の四人は不思議に思っていなかったんだね。
でも、あれ、灰色だったんだ。僕から見ると黒にしか見えないけど。聞くと、赤色の狼煙も、心なしか赤みがかってるくらいで、大きな違いはないって話だ。慣れないと判別は難しいみたい。
ちなみに、イアンが不思議な顔をしてなかったのは、別のことを考えていただけみたい。お腹がぐぅっと鳴ってたから、詳しくは聞かなかった。
「俺たちも知らせておくか」
「そうだね」
コルドに許可を取って、僕らも灰色の狼煙を上げておく。
一応、日中は変わらず警戒態勢を維持していたけれど、やっぱりオークは現れなかった。
そして、日が落ちた。初日から続いている防衛会議の時間だ。襲撃がなかったので、各人の報告も多くはない。僕らからは、ゴブリン村でもオーク撃退を果たしたらしいことを伝えた。
「3000ものオークをすでに撃退したふか?」
「いや、さすがにそれはないだろう。おそらく、こっちと同じく、それほど数がいなかったんだと思うぞ」
コボルト側から上がった疑問に、ゼギスが答える。
これについては事前に話していたんだ。もし、こっちにこなかったオークが全てゴブリン村に向かっていたとしたら、さすがに撃退が早すぎるって。数が多いほど、少数のオークを引き剥がして撃破するのは難しくなるからね。ゴブリン村に現れたオークも、同数か少し多いくらいだろうと予想している。
「では、残りのオークはどこにいったのだふ?」
「むぅ、どうにもすっきりしないのぅ」
「終わったと判断していいのだろうふか?」
首を傾げたり、不安げな表情をうかべたり。誰もが、消えた2000ほどのオークが気になっている。
いや、一人だけ。心ここにあらずといった様子のエデルクだけが、目を伏せ押し黙っている。
「……何か心当たりがあるの?」
僕が問いかけると、エデルクははっとした表情で顔を上げた。
ざわついていた部屋はいつのまにか静かになっている。きっと誰もが気になっていたんだろう。本人以外の視線がエデルクへと集まった。
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