73. 悩み事
コボルト村に戻ったあとは、僕らのために用意された建物で食事と少しの休憩をとった。休憩が短くなったのは、防衛会議への参加を要請されたからだ。情報が得られる機会は大事だから、断る理由はない。代表として僕とゼギスが出席することになった。
「――というわけで、僕らが倒したのは百から二百。おそらくは百五十ほどだと思います」
まずは情報の擦り合わせ。僕らの戦果を告げるとどよめきがあがった。
会議の出席は上座にエデルク。彼を正面に見て、左側にはコボルト村の有力者が座り、右側には僕とゼギス、そしてドルブス親方が座っている。会議室と聞いて想像するような大テーブルや椅子はなくて、土間にどっかり座りこんでる感じだ。
僕らがどう動くか。コルドを通して伝えてはいたけれど、七人でそれだけのオークを倒したとは思ってもみなかったみたい。
とはいえ、向けられる視線に疑い探るようなネガティブなものはない。どちらかといえば、プラス……というか、ちょっと熱のこもった視線だ。あえて言うなら、尊敬とか畏怖とかそんな感じ。
「こ、ここまで成果が出たのは、狂月症が進行していたからだと思います! かなり、判断力が落ちているように感じました!」
居心地の悪くなって、言い訳のように口走る。いや、見当違いのことを言ったつもりはないんだけど。ただ、思わず自分たちの功績を下げるような言い方になったのは、予期せぬ視線に怯んでしまったからだ。ゴブリンの代表としては成果を誇った方が良かったんだろうけど……まあ、あまりに現実と乖離した評価を受けるのも良くないよね。きっとそうだ。
目論見取りというわけじゃないけど、視線の温度はちょっぴり落ち着いた……気がする。たぶん。まだ適温とは思えないけども。
「確かに。無闇に壁へと突っ込んでくるばかりで戦略性の欠片もなかったのぅ。おかげで対処はしやすかったが」
ドルブス親方が立派な髭を撫でつけながら同意を示す。本人に援護射撃という意識があったわけじゃないだろうけど、それで僕に向けられた視線は外されることになった。みんな思い当たることがあるのか、それぞれに頷いている。
きっと、ここにいる全員が拍子抜けしていた。だって。村の防衛は相当の被害が出ると思っていたから。
オーク側はゴブリンとコボルトとの二面戦争で戦力は分散しているし、コボルト村には立派な防壁がある。むざむざと負けるつもりはなかっただろうけど、それでも厳しい戦いになると思ったはずだ。それほど、オークは強敵だってこと。
だけど蓋を開けてみれば圧勝だ。僕らが倒した分を除いても、数多くのオークを討ち取っている。防壁に群がるオークで未だに動いている者は半数以下だ。軍隊に詳しいわけじゃないけど、これほどの被害が出ていれば壊滅と言って差し支えないはず。普通なら潰走していてもおかしくない。
それでも逃げないのはやっぱり狂月症のせいなんだろうと思う。彼らの理性は完全に失われている。いや、もうあれは本能とも言えないよね。だって、獣でも形勢が悪くなったら逃げるんだから。言うなれば、やっぱり呪い、だろうか。
オークは憎むべき敵。その気持ちが消えたわけではないけど、その実態を知るにつれて、どこか哀れと思えてきた。それで刃を鈍らせるつもりはないけどね。怒りに囚われたオークたちわかり合えることはないだろうし、仮に可能だとしてもみんなを危険に晒してまでやることじゃないもの。
「このままなら、明日には完全に撃退できそうでふが……さすがに不自然でふな」
脇道に逸れた思考を引き戻したのはコルドの言葉だ。出席しているコボルトたちがさっきと同じように……ただし幾分渋い表情で頷く。やっぱり、みんな不自然さを感じてるみたいだね。
「それは攻めてきたオークの数の話だな?」
「そうだふ」
確認するゼギスに、コルドが頷き返す。
「こちらに来たオークは総数でおよそ600から700だふ。ゼギス殿たちが倒した数を加えたところで1000にも届かないふ。これは当初の予測よりを遙かに下回る数字だふ」
コルドの示した数字は概算だから、それなりに誤差はあるはずだ。だけど、僕からしても、そう外れた数字とは思えなかった。オークたちの様子からすると行軍中にはぐれた者もいると思う。だけど、それにしたって半分以下になるっていうのは減りすぎだ。
「こちらに来た数が少なかったふか?」
「そうなるとゴブリン側に行ったことになるふ。救援を出した方が良いかもしれないふ」
コボルトの出席者がこちらに気遣わしげな視線を向けてくる。オークへの従属意識の問題で頼りない印象が拭えなかったけど、ちゃんと同盟者としての義務は果たしてくれるみたいでちょっと安心だ。
とはいえ、すぐに救援を出すのは待った方がいいだろうね。こちらを襲うオークがあれだけとは限らないから。今日見た感じだと考えにくいけど、こちらが手薄になるのを待っている可能性も否定できないし。
ちらりとゼギスの顔を見る。何も言わなかったけど、たぶん似たようなことを考えてたんだと思う。僕に軽く頷くと、コボルトたちに向けて口を開いた。
「救援はこっちの安全が確認できてからの方がいいな。向こうは、まあ大丈夫だろ」
「だ、大丈夫ふか? 場合によっては3000ものオークと戦うことになるふが」
「今日の感じなら、たぶんな」
軽い調子で告げるゼギスにコルドが驚いているけど、実は僕も同意見だ。罠や奇襲で倒すのが、オークに対するゴブリンの戦い方だからね。今のオークはとても戦いやすい相手だ。朝方に上げた狼煙で襲撃が伝わっているならば、戦士団がうまく立ち回ってくれると思う。
まあ、3000ともなると村に到達するまでに全滅させるってわけにもいかないと思うけど。ここと違って防壁は木製だから、少なくない数のオークが村に入りこむかもしれない。
でも、多少の被害は折り込み済み。障害物が多い環境はゴブリンに有利だ。より優勢に戦えるようになると思う。家に被害は出るだろうけど、大した問題じゃない。ゴブリン村の家は一部を除いて土を盛っただけの簡易な作りだからすぐに復旧できる。
何というか、襲われ慣れてるんだよね、僕らは。かつては逃げ惑うだけだった住人も今なら、うまく反撃してくれるだろうし。
だから、残りのオークがゴブリン村に向かったのなら、ガークたちが何とかしてくれると思う。
気になるのは、さっきから押し黙っているエデルクだ。会議が始まって最初に一言二言喋った以降は、他の参加者の報告を聞いているだけだった。全体の取りまとめ役だから、それ自体が不自然というわけじゃないけどね。
「エデルク様、何か気がかりなことがあるふか?」
コルドも気になったのかそんな風に話を向けたけど……
「……いや、そういうわけじゃない。最後まで油断せずに守り抜こう」
エデルクは何でも無いと首を振る。
そうは言うけど、何か思い悩んでいるように見えるんだよね。それが何かはわからないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます