72. 有利な戦況と気がかりなこと

 さらに数時間。奇襲でオークを倒してきたけど、通りがかるオークの数も少なくなってきた。当然、仕留めた数も減る。追加の戦果は50くらいかな。


「ゼギス、そろそろ切り上げてもいいかも」

「そうだな、一旦戻るか」


 僕の提案にゼギスも頷く。


「やっと、ご飯?」

「お前はぁ、こそこそ木の実を囓ってただろうがぁ」


 お腹をさするイアンに、呆れ声でロックスが突っ込む。ときどき、イアンたちが潜む草むらでごそごそ音がしていたのはそのせいか。


「あんなのじゃ、全然足りないよぉ」


 もっとも、イアンのお腹を満たすほどには不十分だったみたいだけど。


 まあ、食いしん坊のイアンには耐えがたいのかもしれない。体が大きい分、食べる量も人一倍だものね。オークの襲撃が始まったのは昼前で、今はもう日暮れ前。すでに日が陰り始めているから。


 僕自身、疲労とともに少し空腹感を覚えている。血なまぐさい戦場にいると食欲が落ちるかと思ったけれど、意外とそうでもないものだね。まあ、オークとの戦いは僕らにとって日常的なものだから、嫌でも慣れちゃうのかも。


「北側の壁から戻るんだっけ?」


 フラルが首を傾げて尋ねてくる。それに頷きつつ、言葉を返した。


「そうだね。でも、その前に西の壁の様子も見たいかな」


 オークが村を包囲していたら、僕らは中に入れない。とはいえ、コボルト村は村と言うには大きいから完全に包囲することは不可能だ。主に攻撃を受けるはずの西側以外からなら隙を見て、中に戻れると思う。


 ただ、その前に、西側の様子も見ておこうかと思って。もし窮地に陥っているようなら背後から奇襲をかけるって手もある。注意力が散漫になっている今のオークなら、それで少しずつ削るのも難しくないと思うから。


 まあ、あまり心配はしてないけど。ここまで戦った感触からすると、怒りに支配されたオークは判断能力が著しく低下している。単純な陽動にも引っかかるし、裏をかいてくるってこともないから、以前よりも戦いやすいほどだ。怒りに任せて突っ込んでくる点は脅威だけど、防壁の内側にいればそれに威圧されて動けなくなるってこともないはずだし。


 というわけで、一旦、西側の壁まで引き返す。森の切れ間から戦況を窺うと、予想通り、防衛隊が優位に戦っていた。


 いや、予想以上、かな。防壁の側や森側には数多くのオークが死体となって転がっている。たぶん、生きているオークはすでに半数以下だ。


「お前たち、戻ったふか!」


 近くの茂みからひょっこり顔を出したのはコボルト一の強さを誇るというトークだった。彼も、防壁の外で戦っていたみたい。たぶん、僕らがやろうと考えていたみたいに、背後からオークに奇襲をかけていたんだろう。


「何だか、このまま終わりそうな勢いだね」

「そうだふな。エデルク様のおかげで、俺たちも動揺することなく戦えているだふ。しかし、思った以上に手応えがなかったのだふ」


 やっぱり、狂月症によって、かなり判断力が落ちているみたい。コボルト村に到達したオークたちは、仲間と連携するでもなく、回り込んで他の壁に移動するでもない。ただひたすらに防壁に取り付こうと迫ってきたんだって。


 コボルトは投石で応戦。硬化によって防がれるけど、オーク側も大量の石から身を守るのに精一杯で身動きがとれなくなった。そこに後続のオークがやってくる。呆れたことに前方のことなど気にすることなく突進してきたみたい。硬化で石を防いでいたオークたちとって、それは背後から奇襲を受けるようなものだ。それも味方から。


 背後の味方に気を取られたら、投石を防げない。投石を防ぐのに集中していたら、背後から後続に引き倒される。序盤はそんな状況で、結構な数のオークが自滅したみたい。防壁に転がってる死体は、そのときのものだって。


 オークたちも、さすがにマズいと思ったみたい。徐々に壁に取り付こうとするオークは少なくなった。次に彼らが試みたのは、投石による反撃。なにしろ、コボルト村から投げ込まれた石がそこかしこに落ちているから、投げる物には困らないからね。


 豪腕から繰り出される投石は恐ろしい威力で、直撃すればほぼ即死だ。コボルトたちは身を隠して凌ぐことにしたけれど、防壁だっていつまで持つかはわからない。そこで、一計を案じたんだって。


「ドルブス親方が案山子とかいうヤツを作ったんだふ」

「案山子……? 畑に設置するアレのこと?」

「そうらしいふな。まあ、それをいくつか防壁の上で掲げたり引っ込めたりしたんだふ」


 どうやら案山子を囮として、投石の的にしたみたい。狙い通り、オークは防壁ではなく案山子を狙った。そのせいで、大量の石が村に飛び込んできたみたいだけど、攻撃される場所がわかっていれば、人的被害は避けられる。代わりに近くの建物はボロボロになるけどね。とはいえ、防壁近くの建物は、兵たちが集結するのに邪魔だってことで半ば取り壊されていたから大した問題じゃない。


「あと、投石中は無警戒なので、背後から襲いやすいふ」

「それで外に出てたんだね」

「そうだふ」


 あとはその繰り返し。オークが突撃してくれば投石で応戦し、投石を始めたら案山子を囮にして背後から奇襲するってパターンで対応できたみたい。おかげで、コボルト側に被害は少ない。怪我人はともかく、重傷者や死者は数人に留まっているって話だ。


「思ったよりも早くケリがつきそうだね」

「そうだふが……気がかりなのは数だふ。想定よりもずっと少ないふ」

「それは……確かにそうかも」


 正確な数はわからない。けれど、想定していた二千人には遠く及ばない気はする。


 とはいえ、ここでうんうん唸っていても仕方がない。僕らは一旦、村に戻ることにした。

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