71. 数は多いけど

 しっかり寝て、ご飯も食べて、狼煙も上げた。あとはオークたちを待ち受けるばかりだ。


 僕たちに特にやるべきことはない。これがゴブリン村なら防衛準備を手伝うところだけど、ここで僕らは部外者だ。下手に手を出しても、混乱させるだけだから大人しくしておくことにした。もちろん、要請されれば協力するつもりだけどね。


 すでに、一般コボルトにもオークの襲撃は知らされている。思ったよりも混乱が少ないのは、エデルクが敵に対して一丸となって立ち向かうようにと演説したからだ。彼が公式に狂月症のオークたちを敵と断じたことで、迎撃に躊躇いがなくなったんだと思う。実際に戦いが始まるとどうなるかはわからないけど、今のところ士気は高い。


 カンカンカンと甲高い音が村に響いたのは昼前といった頃。村の西側に設置されている警鐘が鳴らされたみたい。鐘の音は次々に連鎖する。村のあちこちに設置されているようだね。これなら村の何処にいても聞こえないってことはないだろう。


「やっと来たか! 待ちくたびれたぜ!」


 ブーマが不敵に笑う。襲撃を望んでいたわけじゃないけど、何もせずにじっと待つのは精神的に疲労しちゃうからね。ちょっとだけその気持ちはわかる。


「まずは手筈通り、敵の数を確認するぞ」

「うん」


 ゼギスの指示に全員が頷く。


 僕らゴブリンは独立して動くとコルドには伝えてある。基本的には遊撃隊として、倒せそうなオークに狙いを定めて各個撃破していくつもりだ。とはいえ、それも敵の数によるけど。オークに包囲されているようなら、防壁内に引き籠もって戦うしかないからね。


 西側の防壁はたくさんのコボルトでごった返している。兵士だけじゃなくて、戦える人たちは村を守るために集まっているみたい。全員がここにいるわけじゃないはずだけど、最初に接敵する西側には多くの人が配置されているようだ。


 人波を避け、どうにか見張り台にたどり着いた。慌ただしい状況だけど、事前に話をつけておいたので、咎められることなく上に上げてもらえる。もちろん、大人数は上れないから、上ったのは僕だけだ。


「あれ、かなり少ない……? いや、わからないか」

「まだ森に潜んでいる者も相当いると思うだふ」

「そうだよね」


 見張りのコボルトと言葉を交わす。見張り台に上ってみたものの、敵の数を把握するのは現実的じゃないということがわかった。木々が邪魔で、見張り台の上からでも視界が通らないんだ。ある程度は切り倒してあるから、防壁周辺までやってくるとわかるんだけど、総数を把握したりするのは無理だね。隠れようと思えば、森の中に隠れられるわけだし。


 だけど、わかったこともある。狂月症のオークは理性を失っているせいか、組織だった行軍ができていない。たぶんだけど、各々が自分のペースで村に押し寄せて来ている感じだ。そのせいで、森から飛び出してくるオークは散発的だった。これはかなり僕らに有利な状況だね。


 急いで見張り台から降りる。ゼギスに報告すると、彼はニヤリと笑った。


「かなり仕事がしやすい状況だな」

「だよね」


 少数で行動しているなら各個撃破しやすい。これなら当初の目的通り、遊撃部隊として働けるはず。森の中で少数のオークを狙って仕留めるんだ。もちろん、防壁の外に出るので危険は大きいけど、逃げ足の速さなら僕らの方が上だからね。警戒を怠らなければ、勝機は充分にある。




「こっちから二体来てるよ」

「確認した。このまま通り過ぎるのを待つ。フラル、俺が合図をしたら近い方を狙い撃て」

「うん、わかった」


 僕が報告すると、ゼギスからすぐに指示が飛ぶ。


 森に潜んで、通りがかるオークをひたすら奇襲で倒す。このミッションを始めてからすでに数時間が経過した。その間もオークは途切れなく現れている。もう何度も同じやりとりをしているから、今更もたつくこともない。連携もかなりスムーズだ。


 荒い息のオークたちが通り過ぎるのを待ってから、ゼギスがハンドサインで合図を出した。


「……ふっ!」


 短く息を吐き出して、フラルが石を放つ。ひゅんと音を立て飛び去っていく礫は、片方のオークの頭に直撃した。


「ぐげっ……!?」


 投石を受けたオークが小さく悲鳴を漏らす。無警戒だったらしくて、硬化が間に合わなかったみたい。


 とはいえ、もともとオークは頑丈だ。多少ふらついたけれど、意識を失うことなく背後を振り返って吠えた。もう片方のオークも釣られてこちらを振り向く。


「おらよっ!」


 そのタイミングで、少し離れたところに潜んでいたブーマが躍り出る。イアン、キーナ、ロックスもそれに続いて、こちらを振り向いていたオークを背後から襲った。狙い通りだ。フラルの投石で注意を引いて、彼ら四人が不意打ちをする。そして、四人に注意が向いた隙に僕らがさらに襲いかかるってわけ。


 あちらこちらに注意をそらされたオークたちは硬化もままならず、ろくな抵抗もできない。それを僕らは取り囲んで袋叩きにした。無傷の勝利だ。


「はぁ。グレゴリーの作戦は楽でいいんだが、後始末が面倒だよなぁ」


 オークの死体を前に、ブーマがぼやく。


「作戦を確実に成功させるためだよ」

「わかってんだがなぁ」


 気持ちはわかるけどね。一戦ごとに死体を運ぶのは少し面倒だもの。


 とはいえ、奇襲を成功させるには必要なことだ。怒りに支配されて注意力散漫のオークも、死体が転がっていたらさすがに警戒する。だから、死体は草むらに隠して、血の跡も土を被せたりしてできるだけ誤魔化すわけ。それでも、血のにおいが残るから、数戦したら場所を変えるんだ。


 苦労した甲斐もあって、今のところ奇襲に失敗はない。作戦が有効に機能しているのは間違いないけど、それだけじゃないのかも。何となくだけど、オークの判断力が以前より衰えている気がする。狂月症が進行したせいか、もう村を襲うことしか考えられないのかも。僕らにとっては有利な展開だけど……これが呪いの影響なのだとしたら恐ろしい話だね。


「かなり倒したよなぁ? あと、どのくらいだぁ?」


 ロックスが首を傾げる。表情に少し疲れが見えるね。楽な戦いを続けているとはいえ、長時間戦場に身を置いているのだから、無理もないことだ。それは僕やフラル、イアンも同じこと。経験豊富なゼギスやブーマは平気そうだけど。


「百に届くか届かないかってところじゃないかな。まだまだ残っているだろうね」


 肩を竦めて答えたのはキーナだ。彼女も比較的元気そうだね。


 エデルクから聞いたところによると、オーク族の総数は五千人弱ってところみたい。そのうち、8割以上……下手をすれば9割が狂月症らしい。その中には子供やお年寄りも混じっているから、全員が襲撃に参加するわけじゃないと思うんだけど……実際のところは何とも言えない。相手は理性を失っているわけだから、常識的な考えが通用するとは限らないんだ。


 多めに見積もって敵の数を四千とする。半分がゴブリン村に向かっているとすると、こちらに向かっているのは二千だ。そのうち百を討ち取ったのだから戦果としては凄まじい。けれど、勝負が決まるほどの数ではないね。


 まだまだ先は長い……のかな?

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