69. 危急の知らせ
「オ、オークが喋ってやがる……」
「いや、そういう話だったろうが。まあ、確かに信じがたいが」
背後から聞こえるのはブーマとゼギスの話し声。わりと失礼な話だけど、僕らゴブリンのオークに対するイメージはそんなものだ。流暢に妖精語を操る姿を見ると違和感が凄い。
とはいえ、これでコルドの言葉に偽りがないことが確認できた。オークの中にも理性を保っている者達がいるんだ。
それでオークに対する野蛮な印象が払拭されるわけでもなければ、憎しみが消えるわけでもない。だけど……言葉が通じ、対話できる相手なら、できる限り言葉を尽くすべきだ。だって僕らは文明的なゴブリンだから。少なくとも、僕はそう思う。
大きく息を吸って、頭をクリアにする。このままコルドに任せていては埒があかないから、割り込ませてもらおう。
「コルド、まずは状況確認をしないと。危急の知らせを持ってきてくれたんじゃないの?」
声をかけると、エデルクの視線が僕に向いた。その目が大きく見開かれる。オークのこんな表情を見るのもはじめてだ。やっぱり、村を襲いに来るヤツらとは違うみたい。
「君はゴブリンか! そうか、ちょうど使節団が来ていたのだな」
「そうなのでふ。こちらは、代表であるグレゴリー殿でふ」
コルドが僕を使節団の代表として紹介した。一応、ゼギスのはずなんだけど……もう建前はいいか。緊急事態みたいだし、間に他の人を挟むと情報伝達に時間がかかるからね。
「代表……?」
エデルクが訝しげに僕を見る。
まあ、僕はゼギスやブーマに比べると小柄だし、威厳にも欠けるからね。信じられないって気持ちは理解できる。だからこそ、表向きにはゼギスを代表としていたわけだからね。
だけど、エデルクは聞き返したりはしなかった。改めて僕の目を見ると、大きく頭を下げる。
「グレゴリー殿、我らオークが
エデルクの行動に、ゴブリン、コボルト双方からざわめきが上がる。
僕も驚いた。使節団の代表として来ているとはいえ、僕みたいな子供のコブリンに潔く頭を下げるなんて。言葉を喋るだけではまだ実感がなかったけど……彼は本当に理性的でしっかりとした知性を持つ存在なんだ。獣のようなオークとは違う、対話ができる存在なんだ。
だとすれば、ちゃんと話を聞くべきだ。まあ、情報が欲しいから、ここで話を聞かないって選択肢はないんだけどね。
「オークの事情は聞いています。因縁を無かったことにすることはできませんが、まずは話を聞きましょう」
「感謝する」
エデルクがもう一度、今度は軽く頭を下げた。
これでやっと話が聞けるね。だけど、まずは少数で情報共有したいってことだから、場所を移すことにした。エデルクの怪我も完治にはほど遠いしね。
近くにあって人を迎えるのにちょうどいい場所は、僕らが利用している建物だけって話なのでそちらに移動する。
「では、早速始めよう」
「そうでふね。他の者には我が輩から伝えまふ」
移動するなり、エデルクが切り出す。出席者は彼とコルド、そして僕らコボルト使節団だ。本当は、コボルト側の有力者が揃うのを待った方がいいんだろうけど、エデルクはそれを待たずに話をはじめるみたい。それほど、持ってきた情報の緊急性が高いんだろう。
「率直に言おう。
「なんでふと!?」
コルドが驚き、大きな声を上げた。だけど、僕らゴブリンは誰一人として慌てていない。そう遠くないうちに、そんな日がくるんじゃないかって予想していたから。
何者による襲撃か、とは問うまでもないね。オークだ。
「襲撃か。まあ、いつものことだな」
「いや、おそらくキミたちが想像する以上の規模になる。我らでは狂月症の者らを止めれない。彼らはすでに我々の言葉に耳を貸さない」
狂月症とは何か。理性派オークたちは、怒りに支配される症状をそう呼んでいるみたい。月が彼らを狂わせているというのは比喩的な表現で、月が昇り次の日が来る度に徐々に理性を失っていくことからそんな名前がついたようだ。
「我らは狂月症の者らが暴走しないように苦心してきた。怒りの矛先をそらしたり、なだめすかして、大規模な戦いが起きないように彼らを抑えていたのだ。彼らの暴挙を完全に止めることができていない以上言い訳にすらならないがね」
自嘲するようにエデルクが口を
彼は無力さを感じているようだけど、その言葉が真実なら、ある意味僕らにとっては恩人ということになる。
実は不思議に思ってたんだ。オークを返り討ちにしたあの日から、意外にも平和な日が続いた。僕らの知っているオークの性質から考えると、すぐにでも報復があると思ったのに。ひょっとしたら、それはエデルクたちが懸命に抑えてくれたからなのかもしれない。
稼げた時間は一ヶ月ほどだけど、これが大きい。戦士団は戦力増強されたし、襲撃に備えて防備も固めつつある。何より、意識の変化がデカい。今のみんなは、怠惰で無力な存在じゃない。襲撃に際しても、一丸となって対抗できるはずだ。
「襲撃はいつ頃になりますか?」
「わからない。だが、一刻の猶予もないはずだ。もはや、父……いや、ヤツを止められる者はいない」
理性派オークをまとめていたのが、エデルクの兄のヨルクだ。そして、襲撃を企てるのが彼らの父らしい。ヨルクは必死の説得も虚しく、逆上した父に斬られてしまったのだとか。コボルト村に襲撃を知らせるようにエデルクに告げたあと、気を失ったそうだ。エデルクも狂月症のオークから襲われながらも、どうにかここまで来たらしい。
オークの襲撃は体一つで暴れ回るというもの。綿密さはないけど、その分、準備はかからない。本当に時間がなさそうだ。ヤツらがその気になっているなら、明日にでも襲撃が始まるかもしれない。
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