68. 紛い物の奇跡
実は、僕らの住むこの世界、回復魔法というものが存在しない。似たようなものはあるけどね。それが治癒の奇跡。人族が信じる宗教にユール教というのがあるんだけど、その聖職者だけが扱えるんだって。正確に言うと、聖職者は神に祈りを捧げているだけで、傷を癒やしているのは神の祝福って話だけどね。
それが真実かどうかはわからない。回復魔法の知識を独占するために、そんなことをいってるんじゃないかって風説もある。っていうか、言っていたのはメイリィだけど。
ちなみに、そんな批判をユール教徒に聞かれると酷い目に遭うから大っぴらには口にできないらしい。異端審問とかあるのかな。怖い怖い。
まあ、そんなわけで、本物の回復魔法が使えるわけじゃない。だけど、今まで得た知識でそれっぽいことはできると思うんだよね。鍵になるのは魔纒もどきだ。
「ええと、何か持っていないかな」
エデルクの体を探るフリをしながら傷の具合を窺う。かなり、酷いね。これちょっと厳しいかな? 僕の回復魔法はあくまでもどきだからね。まあ、やるだけやってみよう。
魔纒はマナを使って、使用者の身体能力を高めることができる。身体能力といえば、運動能力を連想するけど、それだけじゃないんだよね。視力も強化できるし、たぶん、判断力の強化もできると思う。
で、僕がやろうと思っているのは、自己治癒力の強化。魔纒の使い手は、無意識に発動していることがあるらしいので、これはあまり難しくない。自然治癒の速度が少し高まる程度なので劇的な効果はないんだけど、それはあくまでマナを体全体に薄ら作用させているせいだと思う。患部にマナを集めれば、それだけ傷を癒やす速度は上がるはず。
とはいえ、魔纒は使用者自身にしか効果がないという問題がある。自分の傷を癒やすことはできても、他者の傷は癒やせないんだ。
だけど、魔纒もどきは違う。だって、あくまで魔法で魔纒を再現しているだけだもの。世界に働きかける魔法語の文言を変えれば、他者にマナを纏わせることができるんだ。
まあ、問題がないわけじゃないけどね。無条件で他者にマナを纏わせることはできないから。まず、魔纒状態の相手に使っても意味が無い。すでに纏っているマナを上書きすることはできないみたいだ。それどころか、マナを持つ相手だと魔纒状態でなくとも効果が薄いんだよね。たぶん、無意識のうちに抵抗してるんじゃないかな。無理矢理マナを纏わせることはできるけど、マナ消費がさらに跳ね上がるから、あまり実用的じゃない。
でも、相手が気絶状態ならどうだろう。多少は抵抗が弱まるんじゃないかな?
まずは、脇腹付近の大きな傷にしよう。小さく魔法語を唱え、傷をマナで覆っていく。
「ま、魔法? 何をやってるふか!?」
呪文の呟きを聞き逃さなかったコルドが僕を取り押さえようとする。それを大声で制止した。
「待って。ほら、傷を見て!」
「これは……まさか治療してるふか!?」
そうなんだ。コルドが人目見てわかるほど、エデルクの傷は塞がっていく。回復魔法というには即効性がないけど、それでも自然治癒とは比べものにはならない。前に野ウサギで実験したときはここまでじゃなかったから、オークの自己治癒能力が高いのが原因だろうね。
それにマナの消耗も以外と軽い。やっぱり、気絶状態の相手だと、抵抗が小さいみたいだね。まあ、自分でマナを纏うよりは効率が悪いけど。
この感じだと、傷を全て癒やそうと思ったらマナがすっからかんになりそう。深い傷を数カ所癒やすのに留めておいた方が良いかな。
「き、奇跡だふ!」
「ゴブリンの子供が奇跡を起こしたふ!」
「馬鹿! グレゴリー殿だふ!」
思ったよりもインパクトが大きかったみたいで、周囲のコボルトから奇跡だという声が上がる。
いや、奇跡じゃなくて魔法だけどね。ユール教に配慮するつもりはないけど、そこまで大袈裟なものじゃない。資質さえあれば、訓練次第で使えるようになるんじゃないかな。
でも、この反応なら、だまし討ちのようなやり方で治療をはじめたことは不問してもらえそうだね。
コボルトの反応は熱狂的というか、ちょっと過剰だけど、ゴブリンのみんなは平静を保っている。驚いてるというよりは……呆れてる感じ、かな。
「グレゴリー……また突拍子もないことを」
「まあ、グレだもんね」」
キーナとフラルは、仕方がないヤツだって反応だね。二人にはいろいろと付き合わせてるから、いつものことって感じなのかもしれない。
「凄い! 凄いよ、グレゴリー! これがあれば、無限に肉が食べられる!」
イアンは何故か興奮している。
いったい、どういうことなの。さすがに、肉を増やしたりはできないよ?
……できないよね?
コボルトとゴブリンの温度差が凄いことになってるけど、それはさておき、治療を続ける。大きな傷を三つ癒やしたところで、エデルクに反応があった。閉じられたまぶたがピクリと動き、そしてゆっくりと開く。
「……ここは!?」
「わぁ!?」
意識を取り戻したエデルクががばりと身を起こし、その勢いで僕はころんと転がってしまった。立ち上がろうとした僕に、さらに追い打ちが襲う。コルドが僕を押しのけて、エデルクの前に跪いたみたい。
「エデルク様! 意識を取り戻されたのでふね!」
「おお、コルド! そうか、僕は無事たどり着いたのか……」
「ええ! 傷が酷く、到着してすぐに意識を失ったようでふ。今は治療の最中でふが」
「そうだったのか。助かったよ、コルド」
「いえ、滅相もないでふ」
コルドが恐縮した様子で首を横に振る。いや、治療したのは僕なんだけどね。
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