67. エデルクの用件を探るために

 ここにいるオークが、コボルトたちの主の親族……?


 コルドとの会話で時々出てくる“主”という言葉。それが誰なのか、今まではっきりしなかったけど……まさか、オークなの!?


 ビックリしすぎて頭が働かないよ!


「ああん? どういうことだ?」


 不快感を隠さず、ブーマが尋ねた。多少は怒気を引っ込めたけれど、未だに一触即発の状況は続いている。


 彼の……というか、ゴブリン側としては、この怒りは正統なものだと思う。だって、同盟を組んだ相手が仇敵を主と仰いでいるんだもの。もちろん、今までの話からすると、このオークは理性派オークなのだと思うけれど。


 それでも、同盟者にその事実を伏せていたのは不誠実だ。見方によっては、ゴブリンをだまし討ちしようとしていたようにもとれる。まあ、コボルトがそんなことを企んでいたとは思えないけどね。


 ただ、どんなに正統な怒りだとしても、この状況で怒鳴り散らすのが得策とは言えない。だって、周りにはコボルトだらけなんだよ。対して、僕らは七人。不満を口にするくらいならともかく、あまり追い詰めすぎると危険だ。


「ブーマ、待って。僕が話すよ」

「そうか。だったら、任せるぜ」


 返事をするブーマの声音はむすっとして不機嫌そうだ。だけど、振り返ったとき、一瞬だけニヤリと笑って見せた。


 激怒しているように見えたけど、あれってわざだったのか。要は飴と鞭だね。ブーマが鞭役をやるから、うまく話を聞き出せってことかな。血の気が多いように見えて意外に強かだよね、ブーマは。


「コルド。まずは状況を教えて欲しい」


 威圧しないように。とはいえ、好意的でもなく。ただ淡々と問いかける。


「も、もちろんだふ。まず、この方はエデルク様。我らが主、ヨルク様の弟君なのだふ」


 落ち着かない様子でコルドが説明をはじめる。それによると、ついさきほど、村を守る兵士が防壁に近づく人影を見つけたらしい。それが、このエデルクというオークだったんだって。


 守備兵はエデルクを知っていたので、襲撃だとは思わなかった。どうやら、オークが村を訪れるのは初めてじゃないみたいだ。十年前にオークに襲われるという事件があってから、コボルトがオークの集落に出向くことはなくなった。だけど、逆に理性派オークがコボルト村に訪れていたわけだ。


「とはいえ、こんな夜更けの訪問は初めてだふ。しかも、この怪我。ただ事ではないと、夜番の兵は慌ててエデルク様を村に迎え入れたあと、我が輩のもとに連絡を寄越したのだふ」


 確かに、エデルクというオークは傷だらけだ。かなり深くて、ひっかき傷ってレベルじゃない。こんな怪我するなんて、獣にでも襲われたか……それとも戦闘による負傷か。


 だけど、エデルクはオークだ。理性派オークは争いごとを苦手としているって話だけど、その力がないわけじゃないと思うんだよね。ただの獣にここまで傷を負わされることはないと思う。


 となると、戦ったのはゴブリン? いや、それはないはず。


 好戦的な人が多い戦士団のメンバーも、わざわざ夜に村の外でオークに襲いかかるなんて危険なことはしないはずだ。それに、ここはオークの集落を挟んでゴブリン村とは反対側。もし、ゴブリンと戦ったのだとすれば、場所はオークの集落の西側になるはず。逃げ込むなら自分たちの本拠地にすればいいんだ。わざわざ距離のあるコボルト村に逃げてくる理由がない。


 でも、そうなると、エデルクが負傷している理由がわからない。これまでの様子から、コボルトに襲われたってことはないだろうし。いや、まあ、コボルトたちが一枚岩だという保証もないけどね。


 まあ、推測を重ねるより、コルドを問い質した方が早いか。


「それで、そのエデルクって人はどういう用件だったの?」

「それは……わからんふ」

「……どういうこと?」

「そのままの意味だふ。我が輩が駆けつけたときには気を失っておられたのだふ。ただ、対応した兵が、知らせがあるという言葉だけを聞いているふ」


 知らせか。こんな傷だらけになってまで届けようとした知らせだ。よほど重要なことなんだろうね。


「コルドに心当たりは?」

「いや、見当もつかないふ。とはいえ、エデルク様がこの状態ではどうしようないふ。どうにか回復して頂かないことには……」


 今はエデルクを療養できる場所に運ぶ途中だったみたいだね。でも、そうなると、情報を聞き取れるようになるまでには時間がかかるかもしれない。かなり衰弱しているみたいだから、しばらく目を覚まさないと思う。緊急の連絡だとすると、場合によっては取り返しがつかないことになるかも。


 コボルトとオークの間の話なら、僕らゴブリンには関わる理由はない。コボルトは同盟者だけど、色々秘密にされていることもあって、このまま関係を維持していいものか悩むくらいだものね。


 でも、虫の知らせというのかな。ここで知らんふりするのは、あまりよくない気がする。


「うーん。何か、知らせに関する物を持ってないかな? 持ち物は確認した?」


 封書とか。コボルトも紙は使っていないみたいだから、それはないか。


「そんな畏れ多いこと、我らにはできないふ!」


 滅相もないとコルドが首を振る。まあ、そうじゃないかとは思ってたけど。


「じゃあ、僕がやるよ。失礼なことかもしれないけど、非常事態だからね」

「しかし!」

「このままじゃ、このオーク……エデルクが大怪我を治療もせずに届けた情報が無駄になっちゃうかもしれないよ。それでもいいの?」

「むぅ……」


 コルドが苦渋の表情でうめく。少し待ってみたけど、反論はなかった。沈黙を許可と取って、僕はエデルクのそばに歩み寄る。


 まあ、彼の“知らせ”とやらに関わる物が出てくるとは限らないけどね。でも、それでいいんだ。だって、これはエデルクのそばに近寄るための方便だから。


 やっぱり正確な情報を得るためには、本人から直に聞くのがいいと思うんだよね。だから、試してみようと思う。回復魔法を。

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