66. 深夜のざわめき

 コボルト村へと訪れて数日が経った夜。僕はふと目を覚ました。


 何だろう。ざわめきが聞こえる。でも、こんな時間に、なんで?


 ゴブリン村と同じく、コボルト村でも夜遅くまで起きている住人はほとんどいない。理由は似たようなものだ。照明器具なんて便利なものはないから、明かりを維持するには油なんかの燃料が必要となる。でも、それは貴重なもの。生産体制が整っていないので、気軽に浪費できるものじゃないんだ。だから、深夜にざわめきが聞こえるなんて、普通はありえない。


「お前も気づいたか」

「ゼギス。いったい何が起きてるの?」

「わからん。声の調子から、さほど切羽詰まった状況ではないと思うが」


 オークや魔物の襲撃があったとして、小規模なら村の中まで入ってくることはあまり考えられない。きっと防壁で撃退されるだろうからね。その場合、少し離れたこの場所まで、声が届くことはないはずだ。


 逆に大規模な襲撃で村の中に入り込まれていたとしたら、もっと大きな騒ぎになっているはず。夜中だからといって、声を潜めている場合じゃないからね。


 この部屋には男性陣のみ。外から聞こえるざわめきは決して大きなものじゃないけど、みんな目を覚ましたみたい。これでも戦士としての修練は積んでいるからね。同盟関係にあるとはいえ、他種族の本拠地で油断はしない。きっと、別室のフラルとキーナも目を覚ましていると思う。


「で、どうするんだぁ? 確認しとくかぁ?」

「大人しくしているのも手だな。問題があれば、誰かが知らせにくるだろ」

「はぁん? まあ、ここは俺たちの村じゃねえからな。とはいえ、気になるぜ。こんな夜中にこの騒ぎだ。ただ事じゃないだろ」


 ロックス、ゼギス、ブーマがそれぞれ自分の意見を口にしたあと、僕を見た。これは僕が決めろってことかな。まあ、コボルト村の問題に首を突っ込むとなると、同盟関係にも影響があるかもしれないものね。使節団の代表として、僕が判断すべきってことか。


 ちなみに、黙っているけどイアンも起きてるよ。無言でお腹をさすってる。夕食はコボルトが用意してくれたんだけど……イアンにはちょっと足りなかったかな?


「行こう。ここでじっとしていても、判断できる材料が少なすぎるよ」


 コボルトとの関係を悪化させないという意味ではじっとしているのが正解かもしれない。でも、やっぱり気になるからね。情報不足だと不測の事態が生じたときに後手に回る可能性もある……という建前のもと、騒ぎの中心に顔を出してみることにした。コボルトたちと険悪になるのは避けたいから、咎められたら素直に戻るつもりだけどね。


「グレ!」

「ちょうど良かった。相談しようと思っていたところだよ」


 部屋を出たところで、フラルたちと出くわした。やっぱり彼女たちも、騒ぎには気がついていたみたい。合流して、建物を出る。


 どこに向かうべきかはすぐにわかった。夜の中、赤々とした炎の光が道しるべになってくれたからね。


 徐々に大きくなっていくざわめき。灯火に照らされた多数のコボルトたちの姿が見えてきた。彼らは何かを取り囲んでいるみたいだ。


 人垣の隙間から僅かに覗くのは倒れる人型の何か。ゴブリンと同じような緑色の肌。だけど、体格は大きく違っている。コボルトと比べてもがっしりとした体付き。あれは――――オーク!?


「まさか、オークとは。一体だけで忍びこんだってことか?」


 ゼギスが呟く。声は小さいけど、その顔には驚きがあった。


 その気持ちは充分にわかる。オークがここまで襲ってきたのだとしたら、騒ぎが小さすぎる。だって、コボルトの村は十年間、大きな襲撃がなかったんだよ。迎え撃つ兵士たちも平静でいられるはずはない。それに、住人に避難を促さないってのもありえないし。


 だから、ゼギスはオークが単独行動で忍び込んできたのだと考えたみたい。だけど、それにも違和感がある。


 オークは強靱な肉体と魔纒で近接戦闘においてはかなり恵まれた種族だ。その反面、機敏さに欠けるからこっそり忍びこむなんて真似は苦手なはず。ましてや、理性を失い怒りに支配されているオークに隠密行動なんてできるんだろうか。


「何にしろ、もう終わってるな――いや、アイツ、まだ息があるぜ?」


 ブーマの声が険しさを帯びる。


 改めて見ると、彼の言うとおりだった。オークの胸は上下していて、まだ息がある。だというのに、周囲のコボルトたちは誰一人として、とどめを刺そうとしない。


「なんだぁ? もしかして、まだ躊躇いがあるってことかぁ?」


 首を傾げるロックス。その可能性はありそうだ。コボルトにとって、オークはかつて仕えていた相手だっていうし。村に来る途中に遭遇した夜襲のときも、コルドたちの動きは鈍かった。


「っち、そういうことかよ。おい、お前ら!」


 舌打ちすると、ブーマがオークを群衆に声をかける。コボルトたちはようやく僕らに気がついたみたい。途端にざわめきが大きくなった。


「戦うなら躊躇はするな! できないっていうんなら、引っ込んでろ! 俺がやる!」


 威嚇するようにブーマが怒鳴る。


 躊躇があるとはいえ、オークは明確な敵だ。コボルトたちは戸惑いながらも場所を明け渡すと思っていた。


 だけど、予想は裏切られる。彼らは、動かなかった。それどころか、ブーマの前に立ち塞がったんだ。まるで、ブーマからオークを守るかのように。


「ああん? お前ら、どういうつもりだ?」


 ブーマの声に苛立ちが混じる。一触即発の雰囲気に割って入ったのはコルドだった。


「待つだふ! 我らはゴブリンと争うつもりはないふ! だが、その方は、敵ではないのだふ! その方は……我らの主の親族なのだふ!」


 ……え?


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