36. 大物……じゃない!?
今日は久しぶりに狩りに出ている。参加メンバーは僕とフラルとイアン。
「この三人で行動するのは久しぶりだね~」
「本当だね」
フラルの言葉に頷く。訓練を始めてからはキーナが一緒のことが多かったし、最近ではリリネも加わった。たしかに、三人だけで行動するのは久しぶりだね。
キーナは戦士団に入ったから、さすがに合流は出来ない。リリネはまだ体力不足で狩りには同行しない。今ごろはヨルヴァと一緒に、魔法を学びたい人たちに指導してくれているはずだ。
「みんなの分も肉を狩る!」
イアンはやる気十分だ。このところ、料理に興味を持つ人が増えたので肉の消費量が増えている。飼育している野ウサギは少しずつ数を増やしているけど、とても賄いきれないんだ。料理人だけじゃなくて、狩人も増やさなくちゃね。一応、狩りに興味を持つ人たちもいるから、その人たちに学んでもらうつもりだけど、実際に狩りに出るのはまだ早い。森歩きは体力がいるからね。今はジョギングから頑張ってもらっている。
「さて、問題です。僕らが歩いてるのは村から見てどの方角?」
狩りの時間にお喋りは御法度なんだけど、まだ歩き始めたばかりだから、ちょっとだけ話を振ってみる。まあ、ちょっとしたクイズだ。
最近、僕らはヨルヴァの授業を受けているから、色々な知識を増やしている。とはいえ、話を聞くだけじゃ定着しないから、時々、こうやって問題として出し合うんだ。方角についてはこの間習ったばかりだから、覚えていたら答えられるはず。
「ええと……太陽があっちだから」
イアンが空を見上げた。木々が生い茂っているせいで、葉っぱの隙間からしか青空は見えないけど、明るさで太陽の位置は何となくわかる。
ちなみに、太陽の動きは夢の世界と同じ。つまり、東から出て西に沈む。
太陽の位置から方角を割り出そうとした発想は良かったんだけど、まだまだ東西南北の位置関係が十分に頭に入っていないみたい。イアンは「東が、西が」と呟きながら、ぐるぐる回っている。考えているんだと思うけど、何の意図があるのかはわからない。
「わかった! こっちは南!」
その隙に、フラルが答えた。びしりと指さすのは僕らの進行方向だ。
「はい、正解!」
「やったぁ!」
「南かぁ」
答えられなかったイアンが、ふらふらと座り込んだ。どうやら目が回ったみたい。
「ちなみに、イアンは何で回ってたの?」
「太陽になったつもりで考えてたんだ」
あ、そうなんだ。やっぱり、ちょっとよくわかんないや。
ちなみに、ヨルヴァから教えてもらった方角の知識はケットシーだけじゃなくて、多くの種族が共通で使っているみたい。というか、この手の概念は、ヒュムという種族が使っているものが世界標準になっているんだって。というのも、僕らの暮らしているこの大陸は、そのヒュムが半分以上を占めているらしい。彼らと付き合いのある種族は、必然的にその影響を受けるってわけだ。
面白いことに、東西南北の決め方は夢の世界と似ている。夜空にほとんど動かない星があって、それを北極星と呼んでいるのも同じだ。でも、星の並びは夢の世界と全然違う。まあ、当たり前だけどね。
「このまま進んでいくと、リリネちゃんたちの住んでた村があるの?」
「そうらしいよ」
僕らの村は東側以外山に囲まれている。そして、東側はオークの住処だ。そりゃあ、孤立するよね。
北と西は険しい山々が並んでいて、踏破するのは困難だ。対して、南側はそれほど急峻というわけじゃないみたい。もちろん、整備されているわけじゃないから、山越えは大変だと思うけど。
そう考えると、リリネたちは本当に苦労して、ここまでやってきたんだね。僕らの村に住まないかと勧めたときにさほど迷わず決めたのも、そうした苦労があったからなのだろう。
いつか僕も行ってみたいけど……さすがに大人になるまでは無理かな。何日もかかるらしいから、気軽に行って帰れる場所ではない。
しばらく、雑談しながら歩いていると、フラルが声を上げた。
「あ、ウサギ! ……って、逃げちゃった」
遠くに野ウサギを見つけたみたい。だけど、ソイツは僕らを見るなり、一目散に逃げていった。
「珍しいね?」
イアンがのんびりと呟いた。でも、たしかに近づく前から逃げられるのは珍しい。
この森の野ウサギはゴブリンのことを舐めているからね。いざ、狩ろうというときまで逃げもしない。おかげで、狩りやすかったんだけど……今の反応は他の野生動物と同じだ。
「本当だね。さすがに警戒されたかな。今までみたいには狩れないかもね」
「えぇ?」
肉の量が減ることを懸念してか、イアンが困ったような声を上げる。いや、でも、本当に困るよね。僕らはともかく、これから狩人を目指す子たちには厳しい状況だ。
「もうちょっと探してみようよ」
「そうだね。そうしよう」
さっきの野ウサギが特別臆病な個体だったのかもしれない。フラルに同意して、今度こそ静かに狩りを再開した。
村の近くの野ウサギは、さっき遭遇した個体と同じく警戒心が強くなっているみたいだ。僕らの姿を見ると、そそくさと逃げ出してしまう。それを残念に思いつつ、他の獲物を探しながら進んでいると、少し状況が変わってきた。
「ここら辺りまで来ると、まだのんびりとしたウサギが多いね」
村からは数時間くらい歩いた。リリネたちと出会った場所よりも更に南だ。普段、ここまで来ることはないから、野ウサギたちの警戒も薄いみたい。
「そろそろお腹空いたよぅ」
「そうだね……」
イアンとフラルが、お腹をさすっている。そういえば、もうお昼過ぎだ。気付いたら、急に空腹感が襲ってきた。
僕たちは目配せで、意志を確認する。近くにいる野ウサギを狙おうってわけだ。
フラルが石を拾って、スリングにセットした。振り回すひゅんひゅんという音でウサギは逃げ出すけど、残念ながら手遅れだ。この距離ならフラルは外さない。スリングから飛び出した礫は逃げるウサギに追いついて見事に命中した。
「あいかわらずの正確さだね」
「えへぇ」
凄技にパチパチ手を叩くと、フラルが照れ照れと頭を掻いた。その間にイアンは野ウサギに駆け寄り血抜きを始めている。
さて、お腹も空いているので早速調理だ。手慣れたもので、みんな迷いがない。僕が乾燥した木切れを探し、イアンは肉を切る。フラルはどこからともなくハーブを摘んできた。
「あ、火をつけるのはアタシにやらせて!」
「いいよ」
フラルが火起こしに立候補したので任せる。大変な作業だったけど、今ではかなり楽できるようになったしね。
「〈火よ 我が意に従い 燃え上がれ〉」
呪文のあと、集めた木切れに火がついた。もちろん、魔法だ。
「えへへ、できた~!」
「うん、完璧だね」
「いいなぁ」
リリネとの練習の甲斐があってか、フラルの魔法の腕はかなり上達している。土でブロックを作るだけじゃなくて、水や火も出せるようになったんだ。
イアンはちょっと苦手みたいで、今のところうまく火はつけれない。ただ、このことでやる気が出たみたい。きっとすぐに習得すると思う。
切ったウサギ肉に串を通し、火で炙る。僕らの得意料理だ。十分に美味しいけど……さすがにもう少しバリエーションを増やしたいなぁ。
「ゾフの実を挽いてみようかな」
「何? 新しい食べ物の話?」
僕の呟きに、イアンが驚くほどの速さでは反応する。あいかわらず、食べ物のことになると素早いね。
「そうだよ。ゾフの実の殻をとって粉にすると、また違った料理になると思うんだよね」
ゾフはたぶんイネ科の穀物だ。なんとなく小麦に近い気がする。同じような使い方ができないかなと目論んでいるんだ。もし小麦粉のように使えるなら、パンや麺類が作れるし、お菓子だって作れる……かもしれない。思いついたことを話すと、フラルもイアンもキラキラと目を輝かせた。
「ただ、粉にするのがちょっと大変なんだよね」
「そうなの? でも、やってみようよ! アタシたちも協力するから! ねえ、イアン?」
「うん!」
美味しいものに魅せられている二人はやる気だ。試作するときには是非協力して欲しいね。
さて、肉串を食べ終えたら狩りを再開だ。帰りの時間を考えると、これ以上進むのは得策じゃないかな。
「じゃあ、この辺りで獲物を狙おう」
「わかった!」
「うん」
さっきの様子だと、この近辺の野ウサギなら狩れそうだ。数羽確保できたら、急いで戻ろう。それなら遅くなるまでに村に着くはず。
とはいえ、毎回ここまで来るのは大変だなぁ。ウサギに気付かれずに狩れるように、もう少し気配を殺して狩りをする技術を身につけないと駄目かも。
そんなことを考えながら、周囲に視線を巡らせていると、南側からガサガサという音が近づいてきた。僕らは頷き合うと、息を潜めて身を屈める。獲物が茂みから姿を現したらすぐに対応できるように身構えた。
野ウサギにしては音が大きい。ひょっとしたら大物かもと緊張しながら、そのときを待った。
――ガサリ
ひときわ、大きな音が響く。飛び出してきたのは、どう見ても獲物には見えなかった。僕らよりも背が高く、二歩足出歩いている。右手に武器を持ち、革製らしい装備で身を固めていた。
あれは……もしかしてヒュム!?
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