37. 悪いゴブリンじゃないのに!
「に、肉じゃない……?」
「どう見ても獲物じゃないよ! ど、どうすれば!」
予想外の事態にイアンとフラルがパニックになってる。という僕も冷静とは言いがたい。だって、ヨルヴァが言っていた。この世界で一番栄えているのはヒュムだって。きっと、優れた技術や文化を持っているに違いないよ。どうにかして、教えてもらえないかな!
慌てているのは僕らだけじゃないみたいで、推定人族の男性も後ろを振り向いて大声で叫んでいる。
あ、言葉が違うんだ。全然、何を言ってるのかわからないや。
いや、それどころじゃない。再び振り向いた男性は僕らに向けて武器を構えたんだ。僕ら、悪いゴブリンじゃないのに!
「グレゴリー!」
「ど、どうするの?」
「ひとまず待避!」
そう叫んで、木の裏に隠れた。フラルとイアンもそれに続く。
男性は僕らを追わず、視線はこちらに向けたまま、また何か言葉を発する。すると、茂みから追加で三人、人族の男女が姿を現した。最初の男性を会わせると、男性二人、女性二人だ。
これは、アレだね。ファンタジー小説の冒険者みたい。格好から判断すると、男性二人は戦士で、女性が魔法使いと神官みたいな役割かな。
もっと穏やかな出会い方ならワクワクできるんだけど、今の状況だとそうも言えない。だって、どう考えても僕らは退治される悪者のポジションなんだもの。
それもこれも、外のゴブリンが悪い! きっと、彼らのせいでゴブリンの印象が悪くなってるんだ!
仲間がそろったからか、男性二人が慎重な足取りでこちらに近づいてくる。どうやら、僕らと戦うつもりみたい。
「戦うの? 逃げるの?」
フラルが聞いてくる。
個人的な意見を言えば、どうにか仲良くなって文化的生活のために協力して欲しい。でも、言葉が通じないんじゃそれも難しいか。
このまま黙って殺されるなんて選択肢はないから、生きるためには抵抗しなくちゃならない。その場合、考えられるのはフラルの言うとおり、戦うか逃げるかだ。でも、向こうは四人。しかも、ちゃんとした装備をしている。一人ずつなら勝機はあるかもしれないけど、四人相手ではおそらく勝てない。
「イアンは勝てると思う?」
「……たぶん、無理だよ」
念のため聞いてみたけど、イアンも同じ意見みたい。やっぱり戦うのは無謀だ。
とはいえ、逃げるのも難しいだろう。特に、イアンはあまり足が速くない。向こうが追いかけてきたら、背後から攻撃を受けることになる。その結果は想像するまでもない。
戦っても駄目。逃げても駄目。打開策が思い浮かばず頭がクラクラする。僕らの手札はスリングと魔纒もどき、そして僅かな魔法くらいで――……
そのとき、とあるアイディアを思いついた。そうだ、これなら!
「僕が彼らを説得してみる!」
「えぇ!? グレ、アイツらの言葉わかるの?」
フラルが心配して引き止めようとしてくる。ちゃんと説明したいけど、今は時間がない。
「試してみたいことがあるんだ。きっと大丈夫」
「わかった」
イアンが頷く。フラルも不安そうだけど、それ以上は何も言わなかった。
覚悟を決めて、隠れていた木の陰から飛び出す。突然のことに、男性二人は警戒するように言葉を交わしている。いきなり斬りかかられなくて良かった。
彼らをじっと見ながら、呪文を唱える。もっとも、魔法を発動させるつもりはない。そもそもマナを捧げていないから、発動するわけがないんだけど。
「〈我 敵 否定する〉」
魔法を使うときの呪文。これは僕らやリリネが使う妖精語とは別の言葉で、魔法語と言うらしい。語彙は少ないけど、ちゃんと意味が通る独立した言語なんだ。そして、魔法を扱う者は例外なく魔法語を習得している。パーティ内に魔法使いがいるなら、きっと意味は伝わるはず。まあ、あの女性が魔法を使ったところを見たわけじゃないから、ちょっと賭けなんだけどね。
「〈我 戦い 否定する〉」
とにかく、伝わっていると信じて魔法語で敵意がないことを告げる。ただ問題は……魔法を学び始めたばかりの僕は知っている言葉が少ないことなんだよね! ええと、他に何て言えばいいのかな……?
必死の説得の結果、僕らに近寄りつつあった男性二人は――――表情を険しくして走り出した。
え、あれ?
……もしかして、魔法で攻撃されると思った?
まずい、まずいって!
ど、どど、どうしよう。まさか、相手を刺激する結果になるなんて!
意図しない結果に
彼らはしばらく僕に理解できない言葉で話し合っていたけど、何らかの結論が出たみたい。男性二人のそばまで魔法使いの女性がゆっくりと歩いてきた。
「〈我は求む 我らの道行きを妨ぐることなかれ 敵意なくば立ち去れ〉」
お、おおお!
会話だ。会話が成り立ってる!
ええと、意味としては“我々が進むのを邪魔するな。敵じゃないなら立ち去れ”ってことだよね。彼女の言葉を信じるなら、戦いは回避できそうだ。
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