32. 襲撃者の最期

 吹き飛んだイワアタマは気がかりだけど、彼の稼いだ時間を無駄にするわけにはいかない。少し体勢を崩したもののオークは倒れたわけじゃないんだ。ヤツは今度こそ震える一家に拳を叩きつけようとする――――けど、どうにか間に合った。


 フラルの投擲がオークの目を襲う。それに合わせて僕が足下に槍を突き出した。タイミングはばっちり。さすがのオークもこの連携は無視できない。拳を振り下ろす代わりに石をはたき落とした。同時に、僕には蹴りを放つ。予想はしていたので、すでに退いているけど。


「肉を返せえええぇ!」


 遅れてイアンの突撃。速度と重量の乗った渾身の突きに、オークも身構える。硬化だけでは防ぎきれないと判断したのか、ヤツは槍を掴んだ。そのまま振り回して、イアンを振り落とす。その隙をついて、キーナが背後から仕掛けた。


「立ってください! 逃げないと!」

「あ、ああ!」


 その間に、僕は巻き込まれた家族を追い立てる。腰を抜かしたのか立てないみたいだけど、這ったまま彼らは逃げ出した。家は壊れちゃったけど、命があるなら何とでもなるよ。


 さて、どうしようか。犠牲者が増えるのは防げたけど、オークを倒す術は見当たらない。目潰しが効くとはいえ、また同じように暴れ回られても困る。


 とはいえ、このまま戦い続けるのも問題だ。相手は常時マナを消費する以上、長期戦は僕らに有利……とも言えなくなってきたからね。オークの動きは少しも鈍っていない。一方で僕らの体力は確実に削られている。このままだと、先にへばるのは僕たちかもしれない。


「キーナ、少し耐えて!」


 そう言って、返事も聞かずに僕は走る。向かう先は吹き飛んだイワアタマのところだ。彼はちょうど仲間たちに抱え起こされているところだった。無事とは言えないけど、意識はしっかりとしているようだ。オークの拳をまともに食らったはずなのにタフだね。


「イワアタマ、平気?」

「グレゴリー、か。ひゃは……俺の頭は岩より、硬いぜぇ?」


 痛みに歪んでいた顔を無理矢理笑顔にしてイワアタマが親指を立てる。サムズアップだ。僕がやってたのを覚えていたのかな。


「時間がないから手短い話すよ。それを貸して欲しいんだ」


 僕が指さしたのは牙の首飾りだ。もとはオークから奪った戦利品。でも、オークがその手の装飾品を身につけているのは珍しいと聞いた。


 やっぱり偶然とは思えないんだ。討伐されたオークと村で暴れているアイツには何かの関係があるんじゃないかな。


 だから、それを利用する。アイツの怒りを逆手に取る。


 今から僕がすることはあまり褒められたことじゃない。ひょっとしたら死者への冒涜かもしれない。でも、躊躇わないと決めた。勝つためには手段を選ばない。全ては僕らが幸せで豊かに生きるためだ。


「それでどうするつもりだぁ?」

「もちろん、アイツを倒すんだよ」


 訝しげな表情のイワアタマへ不敵に笑ってみせる。すると彼もニヤリと笑みを返した。


「そうかぁ。ほらぁ、持って行けぇ」

「ありがとう!」


 投げ渡された首飾りを引っ掴み、急いでみんなのところに戻った。オークは相変わらずの勢いで暴れ回っている。対して、こちらには疲労が色濃く出ていた。キーナはともかくイアンの動きにはキレがない。代わりにオークの注意を引き受けているのがフラルだ。彼女にはまだ余裕がある。とはいえ、このままではジリ貧だ。


「〈万象の根源たるマナよ 我が身を包み 力を与えよ〉」


 呪文を唱えマナを纏う。紛い物の魔纒はマナ消費が大きいけれど、短い間なら維持できる。腕の筋力を増強して、僕の頭ほどある石を抱えあがると、それを強引に投げつけた。


「ガ!?」


 ビュンと風を切って飛んだ石の塊は見事にオークの肩に命中した。残念ながら致命傷とはほど遠い。おそらくはかすり傷のようなものだろう。それでも、アイツの注意を引くことには成功した。ギロリと鋭い眼光が僕に突き刺さる。


「ほら、こっちだよ! お前が探しているのは、これでしょ!」


 首から提げた牙の首飾りをこれ見よがしに掲げてみせる。それを見たオークは一瞬だけ惚けたように動きを止め――……


「ガァァァァァァアア!」


 耳が痛いほどの激しい雄叫びを上げた。


 顔をしかめている暇はない。今までにない勢いでアイツが突進してくる。捕まるわけにはいかないから、槍を拾い上げて全力で逃げた。腕に配分したマナを足へと回すと一気に加速する。


 魔纒と魔纒まがい。マナの効率に違いはあるけど、効果そのものは同じだ。とはいえ、経験や纏うマナの量で差が出る。そもそも、ベースとなる身体能力はきっとアイツの方が上だ。単純に走ればどんどん距離を詰められてしまう。


 だけど、地の利は僕にある。この辺りは訓練でもよく走る場所だから詳しいんだ。体の小さなゴブリンに有利な場所を選んで進んでいく。だから、すぐさま捕まることはない。


 とはいえ、消耗は激しい。魔纒まがいは保って数分だ。このまま逃げ続けることはできない。少し拓けた場所に出たところで、僕は振り返った。


 憤怒の表情でオークが迫る。ヤツの目は真っ直ぐ僕を見ていた。僕だけを。


「〈土よ 我が意に従い 姿を変えよ〉」


 呪文を唱える。生成するのは石壁と呼べないほどの小ブロック。それをオークの足下に作り出した。


「ガアアアア!?」


 完全に足下の警戒を怠っていたオークは派手に転んだ。小さなブロックでも、効果的に使えば効果はこの通りだ。


 すかさず、壁を生成する。できるだけ硬く、背の高い杭のような壁だ。それを二つ、倒れ込んだオークの首を挟み込むような形で作り出した。


「ガァ!」

「させない!」


 立ち上がろうとするオークの手を蹴飛ばしてから、頭を足で押さえつけた。立ち上がろうとするオークと、それを拒む僕との力比べ。分が悪いのはこちらだけど……僕には仲間がいる。


「グレ!」


 駆けつけたフラルが、転がるオークに槍を放つ。


「グガァア!?」


 僕との力比べにマナを割いていたオークは硬化が間に合わず傷を負った。もとの体も頑強なのか、傷はごく浅い。だけど、初めてまともに手傷を負わせた。そして、当然、僕らの攻撃はこれで終わりではない。


「はっ!」


 次に駆けつけたキーナが背中を槍で突き刺す。そちらにもマナを回したのか、深い傷には至らない。だけど、確実にオークの生命を削っている。


「肉ぅ!」


 イアンが続く。そして、イワアタマの仲間たちまでが駆けつけた。身動きがとれないオークに向けて、石斧を振り下ろす。


「グ! ガ、ガアアア!」


 滅多打ちにされながらも、オークは拘束を逃れようと藻掻く。致命傷を逃れているのはマナの大半を背中に回しているからだろう。つまり、首から上はほとんど無防備な状態ってことだ。


 マナを腕に回し、穂先を下にして槍を両手で抱え上げる。震える腕は……きっと武者震いだ。躊躇ってはいけない。僕らが平和に暮らすために、コイツはここで仕留める!


「はぁっ!!」

「グガァァア!」


 全力を込めて槍を真下に突く。穂先は過たずオークの首を捉えた。だが、貫けない。直前になって硬化を発現させたのか、槍はピクリとも動かなくなった。


「おおおおおお!」

「ガ、ガアアア!」


 それでも構わず槍を押し込む。オークも負けじと吠える……けど、限界が来た。


「ガァ……アア……」


 背中にも猛攻を受けるオークは、僕の槍を押しのけるほどの余力は無かったんだ。じわりじわりと首を貫く穂先が、ついにズブリと沈み込んだ。


 おぉと歓声が上がった。フラルたちの方にも手応えがあったみたい。たぶん、オークの魔纒が切れたんだ。首を貫かれたオークはすでに虫の息。怒りにギラついていた瞳からは少しずつ光が失われていく。


 最期の瞬間、オークはもはや見えているかも怪しい目で僕を睨み付けた。その口が何かを呟く。


“オノレ……ゴブリン……ドモメ"


 僕には、そんな風に聞こえた。

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