33. 小さな英雄
「にぃに、ねてるのぉ? にぃに、おきてぇ」
「そうだよね。早く目を覚ませば良いのに」
遠くから声が聞こえる。ぼんやりとした意識が少しずつ覚醒して、僕の体が揺れていることに気がついた。正確に言えば、揺すられている、だ。
「めめ、うごいた!」
「え? 本当?」
聞き慣れた声だ。ゆっくりと目を開けると、見慣れた顔が二つ並んでいる。ソフィとフラルだ。
「グレ、おはよう!」
「うん……? おはよう、フラル……」
「にぃに、おきた、ね~?」
ぼんやりとした頭でフラルに挨拶を返す。ソフィはニッコリ笑うと、とてとて歩いて言ってしまった。
何だろう、前にもこんなことがあったような……そうだ、マナ切れだ!
僕はオークとの戦いでマナを使いすぎた。魔纒もどきを維持しながら、頑丈な石壁まで作ったんだから、マナが枯渇して当然だ。戦っている最中はなんともなかったけど、アイツが死んだと確信した途端、くらっと眩暈がきた。そのまま気を失ってしまったみたいだ。
「痛たた……」
体を起こそうとしたら、急に頭痛が襲ってきた。
「もう、駄目だよ。無理しちゃ。体が動かないんでしょ?」
フラルが眉を下げたまま微笑む。困らせてしまったのかな。
彼女の言うとおり、ちょっと無理しすぎたかもしれない。とはいえ、オークを倒すには全力を振り絞るしかなかった。あのときは、あれが最善だったと思うけど。
「あれから、どうなったの? みんなは無事?」
「うん、大丈夫。怪我した人は大勢いるけど、みんな生きてるよ。グレが一番ひどかったくらい」
フラルの話によれば、今回の襲撃では奇跡的に死者が出なかったみたい。たくさんの家が壊され、重傷者も出た。決して被害が少ないとは言えないけど、それでも誰も死ななかったんだ。僕らの大勝利と言っていい。それは良かったのだけど。
「僕が一番ひどいの? イワアタマは?」
彼はオークに頭を殴られていた。意外に平気そうだったけど、それでも軽い怪我ではないはずだ。
僕の疑問に、フラルは笑う。
「イワアタマは平気そうだよ。次の日にはケロッとしてたもん」
信じられないような話だけど、イワアタマはすでに出歩くほど元気みたい。名前からして石頭なのかなと思ってはいたけど、それにしても頑丈すぎない?
彼は仲間たちと一緒に村の復興を手助けしてるんだって。と言っても、オーク戦の様子を聞きたがる人が次から次へと現れて、作業にならないらしいけど。
それにしても、今の話には違和感があるね。フラルは"次の日には"って言ったけど、それなら今はいつなの?
僕の聞きたいことがわかったのか、フラルがジロリと僕を見た。
「今日はグレが倒れてから三日目だよ。ホントに心配したんだからね!」
「三日!? ……あたたぁ」
そんなに寝てたんだ。そりゃあ、僕が一番酷いって言われるよね。頭痛は酷いし、体は重くて全然動かない。確かに、前のマナ切れのときよりも重症だ。散々だけど、生きてる証拠でもある。そう考えれば悪くは……いや、やっぱりきついや。早く治らないかな。
「おお、目を覚ましたんだな」
「良かったわ。心配したのよ、グレゴリー」
ソフィが伝えてくれたのか、父さんと母さんも部屋にやってきた。ソフィは父さんが抱えている。
「心配かけてごめんね」
「……なに、俺の息子だからな。あれくらいやってのけると思っていたさ」
そう言う父さんの目が何故か泳いでいる。理由がわからずにいると、フラルがニシシと笑った。
「あんなこと言ってるけど、ハナマガリは大騒ぎしたんだよ」
フラルが話してくれたのは、オークを倒したあとのこと。父さんが駆けつけたのはちょうど僕がマナ切れで倒れたタイミングだったみたい。
目の前で倒れる僕。すぐ近くにはオークの死体が転がっている。それを見た父さんは僕が相打ちで倒れたと思ったんだって。オークを根絶やしにしてやるって村を飛び出そうとしたらしい。
「それをみんなで引き止めたんだ。キーナなんて、オークよりも手強かったって言ってたよ」
フラルが笑う。父さんはバツが悪そうな顔だ。だけど、みんなで笑っていたら、最後には苦笑いを浮かべていた。
「戦士団の方はどうなったの?」
三日が経っているということは、戦士団の方の戦いもある程度決着がついたはずだ。これには父さんが答えてくれた。
「勝ったぞ。こちらに被害はほとんどない。まあ、向こうにもほとんど逃げられたらしいが」
村に向かっていたオークは全部で三十ほどいたそうだ。対するゴブリン戦士団は五十ちょっと。基本的に複数人でオーク一体を抑えなければ対抗しきれないこちらとしては、決して優勢とは言えない人数差だ。
それでも戦士団は勝利した。勝因は分断と各個撃破だ。魔纒による硬化がある限りオークを倒すのは難しい。けれど、森という地形ならば逃げ回ることはできる。囮役が一人一体、もしくはそれ以上を引きつければ、局所的には一対多の戦場ができる。そこで確実に勝利を収めれば、戦況はゴブリンに優位に傾くというわけだ。
「魔纒とかいうやつの性質もわかったからな。これからはやられっぱなしじゃないぞ」
父さんが猛々しい笑みをみせる。引退したとはいえ、きっと心はまだ戦士なんだね。戦士団の快進撃に心が沸き立っているみたい。
今回の戦いで、戦士団は四体のオークを倒した。僕らが倒したのを含めると、計五体だ。これは未だかつてない成果だった。
そもそも、今までは追い払うのが精一杯だったみたい。原因は、オークのあの硬さ。
こちらの攻撃は全く効かず、相手の攻撃は致命傷になる。勝ち目のない状態で戦い続けるのは精神的にもきつい。士気も下がり、本来の実力も発揮できず、負傷者が増えればまた士気が下がる。そんな負のスパイラルができあがっていたんだって。
だけど、ヨルヴァの知識でオークの能力が魔纒によるものだと判明した。敵は無敵の存在ではない。やり方次第で勝てるとわかったんだ。これが精神的には大きかったみたい。
そして、ついにはオークを仕留めた。ゴブリンはオークに勝てると証明したんだ。その結果、ゴブリン側の士気は一気に上がった。
一方でオークは動揺した。負けるなんて考えてもいなかったんだろうね。仲間の死を知ると、怒り狂っていたのが嘘のように怯えた様子で逃げていったそうだ。
「そっか。これで平和になればいいんだけど……」
ゴブリンの反撃に恐れをなして、オークたちが襲撃をやめてくれればいい。そう願うものの、僕自身、それは甘い考えだと思っている。父さんも渋い顔で首を横に振った。
「無理だな。今回逃げたヤツらがゴブリンを恐れるようになっても、オーク全体がそうなるわけじゃない。他のヤツらは怒り狂って襲ってくるだろうな」
やっぱりそうか。むしろ、戦いは激化していくのだろう。これまでは少数による襲撃だったけど、本格的な種族間戦争が始まりそうだ。不利なのは僕らだろうね。村の規模はともかく、圧倒的に戦士の数が足りない。
「どうにかして戦える人を増やさないと……」
呟くと、父さんがニヤリと笑った。
「ま、それについてはどうにかなるさ。あの戦いから、戦士団に入ろうってヤツが増えてる。小さな英雄のおかげだな」
「小さな英雄?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。すると、フラルが教えてくれた。
「グレのことだよ!」
「え、僕?」
「そう!」
なんでもイワアタマが僕の活躍を大袈裟に話しているみたい。それを聞いた村人たちがまた尾ひれのついた噂を流す。結果としてできた肩書きが"小さな英雄"だ。
英雄と呼ばれるほど派手な活躍をしたわけでもないんだけどなぁ。でも、それが人々の戦う意欲に繋がっているのなら否定もしづらい。
名前に恥じないように頑張るしかない、かな。責任重大だなぁ。
◆◆◆
グレゴリー(ネジレタツノ)
【肩書き】
『モブゴブリン』→
『見習い戦士』『呪い師』『小さな英雄』
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