31. 村人を救ったのは

 あの装飾品はイワアタマが戦利品としてオークから奪ったものと似ている。コイツがそのオークの家族なのだとしたら、身内を殺された怒りを晴らすために僕らの村を襲ったのかもしれない。


 ふざけた話だ。それならゴブリンはすでに何人も殺されている。ただ一人殺されたからと言って、怒る資格がコイツにあるのだろうか。腹いせにゴブリンを襲うことが許されるのか。


 わかってる。許されるか許されないかは関係ないんだ。身内を殺されて怒るのに理由も許可もない。怒りってそういうものなんだ。


 ただ、それでもこんなに心が揺れるのは、動揺してしまうのは……野蛮なオークに身内を想う心があるなんて想像もしていなかったから。獣同然だと思っていたのに、家族への情があると知ってしまったから。


「グレ、行かなきゃ!」


 フラルの言葉にはっとする。そうだ。惚けている場合じゃない。どんな理由があるにせよ、あのオークは明確な敵だ。あのまま放置すれば、被害が広がってしまう。敵にどんな事情があったとしても、こうして戦場で出会ったのなら躊躇してはダメだ。


 余計な考えには蓋をして駆け寄る。近づいてみれば、酷い有様だった。家は破壊され、何人ものゴブリンが倒れている。怪我人も多く、逃げ出せずにいるみたいだ。


「ガアアアアア!」


 暴れ回るオークはイアンとキーナで引きつけているみたい。だけど、身体能力が違いすぎる。二人は避けるので精一杯だ。


「フラルはスリングで援護を!」

「わかった! グレ、気をつけてね!」

「うん!」


 スリングでの遠隔支援をフラルに任せ、僕はイアンたちの負担を減らすべく前に出た。オークはちょうど僕を背にしている。ヨルヴァも言っていたけど、魔纒は意識外からの攻撃に弱い。不意を打てればと、なるべく音を立てずに詰め寄り、手にした槍を突き出す。


「ぐぅ!?」


 鈍い音とともに、強い衝撃が僕の腕を襲う。硬い。生身の生き物を突いたとは思えない衝撃だ。思わず槍を取り落としそうになった。


「グレゴリー!」


 キーナの切迫した声。はっと意識をオークに戻せば、ヤツはいつの間にか振り返っていた。ブンと音を立て丸太が迫る。必死で身をよじるけど、これは避けられない――……


 いや、ギリギリ間に合った! 僕を助けたのは、高速で飛来してきた石塊。フラルの援護だ。


 硬化で防いだらしく、オークは傷を負わせることはできなかった。だけど、的確に目を狙った一撃に平静ではいられなかったのか、オークの動きが一瞬鈍くなった。そのおかげでどうにか攻撃を受けずにすんだ。


「ガア!」


 追撃の振り下ろしが僕を襲う。ごろりと転がって、それを避けた。オークの筋力でも丸太を振り回すのは大変みたい。油断しなければ、避けるのは難しくないね。


 執拗に僕を狙うオークに、キーナが横合いから攻撃を仕掛けた。単独での攻撃は硬化で防がれちゃうから効果は薄いけど、もともとダメージを狙ったわけじゃないんだろう。彼女がオークの気を引いてくれたおかげで、ようやく僕も身を起こすことができた。


「ごめん、助かったよ。キーナ」

「焦っちゃ駄目だよ。隙を見て、タイミングを合わせるんだ」


 そうだね。早々に倒してしまおうなんて甘い考えは捨てないと。背後から襲いかかったくらいで倒せるなら、戦士団の人たちがそれほど苦戦するはずがない。やっぱり、魔纒の防御限界を越えるために、同時攻撃を仕掛けるしかないみたいだ。


 もちろん、タイミングをぴったりと合わせるなんて簡単なことじゃない。でも、焦る必要はないんだ。僕らがアイツを引きつけているだけでも、村人たちが逃げる時間を稼げるんだから。それに、魔法ほどではないとはいえ、魔纒でもマナを消費する。長引くほど不利になるのは向こうだ。


 僕とイアンとキーナ。三人で正三角形を描くようにオークを囲んだ。誰かが狙われた隙に他の二人が仕掛けようとするのだけど、オークも素早く対応する。丸太をなぎ払うように振り回すので迂闊に近づけない。


「厳しいね。隙がない」


 キーナが呟く。言葉は弱気だけど、顔は楽しげに笑っている。怯んでもいなければ、悲観もしていない。それは僕もイアンも同じだ。まだ、大丈夫。やれる。


 周辺は木々が倒れ、家の残骸が散乱しているので足場は悪い。油断すると体勢を崩してしまいそうになる。


 この状況で転倒でもしたら、おしまいだ。オークはその隙を見逃さないだろう。お互いに声を掛け合い、障害物を避けつつ、オークの攻撃を躱していく。


「近づいて攻撃を当てるのは難しいよ。誰かが囮になっている間にスリングで攻撃しよう」

「そうだね。それなら私が囮を引き受けよう。イアンもそれでいいかい?」

「わかった」


 キーナが囮役を引き受けてくれることになったので、僕とイアンは少し後退する。槍を転がして、腰から下げていたスリング紐を引き抜いた。近くに転がる手頃な石を拾って、石受けにセットする。


「私が合図する! タイミングを合わせて!」


 キーナが敵の攻撃を躱しながら指示を出す。僕、イアン、フラルの三人は返事をしながら、オークから等距離になるように意識しながら動いた。もちろん、スリングをぶんぶんと回しながらだ。


「今だ!」


 オークの大振りの一撃を交わしながら、キーナが叫ぶ。返事をする暇も惜しんで石を放った。三方から真っ直ぐにオークに迫る。タイミングもぴったりだ。


 命中する直前、オークが丸太を手放して腕を払った。飛来する石のうち、二つをはたき落とす。一つは直撃したけど、響いたのはゴンと硬いものにぶつけた音だった。硬化で防がれたみたい。


 落胆している暇はなかった。丸太を手放して身軽になったオークが跳んだ。


 狙われたのは僕。一気に半分ほどの距離を詰め、そのまま僕に向かって走ってくる。スリングを使うために手放したので手元に武器がない。咄嗟に足下の砂を掴んで、オークの目の前にぶちまけた。


「グオァ!」

「……効いた?」


 それほど効果を期待していたわけじゃない。正直に言えば、やぶれかぶれの行動だった。だけど、思わぬ結果をもたらしたみたい。オークが苦しげな声を上げ、右手で目を押さえている。


 石の直撃は防げるのに、砂は防げない? それとも、たかが砂と油断した? 理由はわからないけど、今の目潰しは効いたみたい。


 チャンスだ。といっても、オークは目を押さえたまま左手を振り回している。安易に近づけば思わぬ反撃を受けるかもしれない。となれば。


「みんな、スリングで攻撃しよう!」


 僕が呼びかけると、即座に返事があった。だけど、その前にオークが動く。


「ガアアア!」


 目を瞑ったまま、オークが突進した。その方向には誰もいない。


 だけど、まずい。オークが僕らの包囲から逃れてしまった。時間を置けば目潰しの効果はなくなるだろうし、何より逃げ遅れた人たちが襲われてしまうかもしれない。慌てて僕らも後を追う。


 視力が回復してきたのか、あちこちに生える木にぶつかることなくオークは進む。やがて、まだ無事な家が見えてきた。それでもオークは止まらない。真っ直ぐに突撃し、体当たりで土壁を壊すと、そのまま両腕で屋根や残りの壁を壊していく。


「ひぃいい!?」


 家は無残にも崩壊し、中に隠れていた数人の家族が露わになった。恐怖で体が竦んでいるのか、ガタガタと震えるばかりで逃げようともしない。


 このままじゃ危険だ。突進で距離を離されたせいで、僕らは間に合わない。獲物を見つけたオークが右手を振り下ろす。


 そのとき、彼らの間に飛び出してきた。


「ぐのおおおおぁ!」


 雄叫びを上げて現れたのは一人のゴブリン。彼は勢いのままオークの拳へと頭から飛びかかった。ドンと凄まじい音を立てて、拳が弾かれる。同じく衝撃を受けたゴブリンが後方へ吹き飛ばされた。


「イワアタマァ!」


 キーナの悲鳴。飛び出してきたのはイワアタマだった。彼は捨て身の攻撃で、怯える一家を救ったんだ。

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