30. 単独の襲撃者
戦士団の発表によれば、集団で行動するオークを偵察に出ていた戦士が見つけたとのこと。詳しい数はわからないけど、戦士団では二十以上だと見ているようだ。目的は不明。ただ、移動ルートの先にはこの村があるみたい。
「俺たちはヤツらの動きをこの村への侵攻と判断した! そのまま真っ直ぐ進んで来た場合、村への到達は明日の午後となるはずだ!」
ガークの大声が池の周りに響く。よく通る声で内容も明瞭だ。とてもわかりやすい。
今の話を聞いて、僕はちょっと驚いた。襲撃が明日の午後なら、かなり早い段階でオークたちの行動に気がついたのだと思う。だとしても、普通なら知らせがくるのは襲撃の直前になるはずなんだ。だって、ゴブリンは長距離の伝達手段を持っていないから。発見後に昼夜問わず走ったとしても、知らせが届くのはよくて数時間前だと思う。オークとの身体能力の差を考えると、もっと余裕がないかもしれない。
いや、もしかすると狼煙を使ったのかも。
かなり改善してきたけど、以前は多くのゴブリンが火を扱うことを恐れていた。それは父さんも同じだ。肉串を作りはじめた頃、僕は父さんに火を使わないようにと言われたことがある。
火は文明的な暮らしには必要不可欠だ。使わないという選択肢はないので、そのときは火の便利さを説いて父さんを説得した。その一例としてあげたのが狼煙だ。遠くの人と情報がやり取りできると説明したら父さんは熱心に聞いていた。もしかしたら、そのあと狼煙のことを戦士団に伝えたのかもしれない。
もし、戦士団が狼煙を使って情報のやり取りをしたのだとしたら、文化や技術が少しずつ浸透している証拠だ。僕のやっていることが実を結んだと思うと嬉しくなるね。こんなときじゃなければ、素直に喜べるんだけど。
「戦士団は村を出てヤツらを迎え撃つ。森の中なら俺たちにも勝機がある!」
ガークの演説は続く。事前に情報を得たことで、戦士団としても対応が取りやすくなったらしい。
頭に血が上りやすいオークたちは挑発に弱い。煽れば簡単に誘いに乗る。侵入される前なら、上手く誘導して村から引き離すことも可能なんだとか。それだけじゃなく、自分たちに有利な場所を戦場とすることもできる。
ゴブリンはオークに比べると小柄で身体能力が低い。だけど、その分、小回りが利くんだ。障害物が多い場所なら、ゴブリンの方が有利に立ち回れる。それでも対等とはいかないんだろうけどね。
魔纒のことも伝えてある。対策を知っている今なら、以前ほど一方的な戦いにはならないだろう。
「恐れることはない! 俺たちは必ず勝ってくる!」
ガークが高らかに宣言した。実に堂々とした姿だ。さすが、団長になるだけあるね。
怯えていた人々も、彼の自信ありげな振る舞いに安心したみたい。戦士団の人たちが何とかしてくれるはずだと、気を緩めている。
本当はそこまで余裕がある状況でもないんだけどね。地形を利用したところで同数では勝てないだろうから、戦士団は総出で迎え撃つつもりだ。となると、村には防衛戦力がいなくなっちゃう。村のそばで一番の脅威はオークだけど、他にも危険な存在はいるんだ。熊とかね。もしものときには、戦士団抜きで村を守らなくちゃならない。
とはいえ、事実を伝えても良いことはないんだろうな。不安を募らせてパニックになられるのも困る。それくらいなら呑気にしてもらっていた方がマシだ。そもそも訓練していない一般ゴブリンは、戦力としてカウントするには微妙だしね。
演説のあと、戦士団は早々に準備を整えて発った。罠でも仕掛けるなら、前もって準備しておかなくちゃならないからね。そう考えると猶予はない。
当然ながら僕らは居残りだ。戦士の誓いを立てたとはいえ、戦士団に所属しているわけじゃないものね。日々トレーニングしているとはいえ、僕らはまだまだ実力不足だ。
ただ、僕らにもできることはある。戦士団が留守の間、村を守ることだ。家に戻った僕は父さんに相談してみた。
「それじゃ、父さんが防衛指揮をとるの?」
「まあ、一応な」
現役の戦士は全て出払っているので、元戦士の父さんが防衛責任者として指名されたんだって。とはいえ、父さんも楽観視できる状況ではないと思ってるみたい。渋い表情を浮かべている。
「指揮と言っても、大したことはできん。守り手がいないからな。せいぜいが避難指示をするくらいだ」
「村の防衛はしないの?」
「もともと、この村は防衛に向いてないんだ。規模に対して、戦えるヤツが少なすぎる。村人を一カ所に集めようにも、指示に従うヤツらばかりじゃないからな。俺みたいな元戦士が散らばってるから、獣くらいならどうにかなるだろう」
父さんは組織だった防衛を諦めているみたい。それも仕方ないかな。
こんな状況に至っても、多くのゴブリンはどこか他人事だ。自分たちの村を守ろうと奮起するでもなく、ただ怯えているだけ。まあ、そういう気概のある人たちはすでに戦士団に所属してるんだろう。
つまり、まともに戦えるのは父さんたちみたいな元戦士。あとは、僕らみたいな戦士の卵だ。
「僕らも協力するよ。戦士団が戻るまで、この辺りの見回りをしてみる」
父さんは少し複雑そうな顔をしたけれど、すぐにニカリと笑う。
「そうだな。あの馬鹿でかい猪を仕留めたんだ……もう立派な戦士か。わかった。だけど無理はするなよ」
「もちろん!」
父さんの許可を取り付けた僕は、早速見回りをはじめた。フラルたちも協力してくれたので、僕とフラル、イアンとキーナで組になって村を囲む柵に異常がないかチェックしていく。さすがに村全体を網羅するのは厳しいから、僕らの家を中心としたごく一部の範囲になるけれど。幸いなことに、その日は何事もなく過ぎていった。
事件が起きたのは、次の日だ。お昼も近くなり、そろそろ戦士団とオークたちの戦いがはじまったんじゃないかという頃、ピィと甲高い音が村に響いた。
「グレ、これって!」
「うん。間違いないよ」
僕らにはその音を知っている。あれはキノボリが作った笛の音だ。あの高い音しか出せないから楽器としてはいまいちだけど、警笛としては使える。幾つか作ってもらったから、危険を知らせる道具として、僕らはそれぞれ身につけているんだ。
その笛の音が鳴った。いや、今も鳴り続けている。きっと居場所を知らせるため、鳴らし続けているんだ。
「行こう!」
「うん!」
フラルと一緒に駆け出す。数分もすれば、騒動の中心が何処なのかはっきりとわかった。笛の音以外に、悲鳴と轟音が聞こえる。何者かが村の中で暴れ回っているみたいだ。
「グレゴリー!」
そちらに向かう途中で声を掛けられる。そこにいたのはキノボリだった。彼が笛を鳴らしていたみたい。
「何が起きたの?」
「オークだ! オークが現れた!」
慌てるキノボリを落ち着かせて、最低限の情報を聞き取る。現れたオークは一体。すでにイアンとキーナはそちらに向かったらしい。
ひとまずイアンたちと合流しよう。僕らではオークに勝てるかどうかはわからない。それでも、きっとできることがあるはずだ。
「ありがとう! 僕らも向かってみるよ。キノボリは僕の父さんに知らせて!」
「わかった。いや、待て」
再び走りだそうとした僕らを、キノボリが呼び止める。振り返ると、彼は不安そうな顔をしていた。
「気をつけろよ。アイツはいつものヤツらとは違う気がする。何か鬼気迫るものを感じた」
「わかったよ」
返事をして、今度こそ走り出す。キノボリの言葉は漠然としていて、はっきりとした脅威を認識することはできなかった。だけど、彼にそう言わせた何かがあるはずだ。湧き上がる不安を押し殺して進むと、僕の目が暴れ回るオークの姿を捉えた。
ソイツは壊れた柵の一部を武器にして振り回している。その姿を見て、キノボリの言っていたことが何となく理解できた。たしかに、いつもと違う。特に表情が。
半年前に見た個体はまるで玩具を弄ぶような残虐な笑顔を浮かべていた。けれど、コイツの顔に笑みはない。あるのはただ怒りだ。僕らを追い込んで反応を見るような戯れもしない。ひたすら暴れまわって、破壊し殺す。そんな意志だけがはっきりと感じられる。
ただ……もしかしたら怒りだけでなく悲しみを抱いてるのかもしれないと思うのは……僕の感傷だろうか。
そのオークは、獣の牙でできた装飾品を身につけていた。
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