29. 襲撃の気配
「あははは! やるね、グレゴリー!」
「ぬわぁぁあ!」
武器に見立てた木の棒をキーナ目がけて振り下ろす。魔纒もどきによって筋力が強化されているから、その勢いはいつもよりも鋭い。だけど、キーナには届かなかった。まるで初めからわかっていたかのように手にした棒きれで的確に僕の攻撃をいなす。
「だけど、早いだけじゃ当たらないよ!」
キーナが反撃に転じた。狙いは棒を持つ腕……と見せかけての突きだ。慌てて飛び退く。
「相変わらず目がいいね! でも、避けるだけでは勝てないよ!」
後方に跳んだ僕を追い詰めるべくキーナが距離を詰めてきた。狙い通りだ。
腕に回していたマナを足に移す。強化された脚力で強引に地面を蹴った。今度は前へ。下がったのは油断を誘うためのフェイントだ。僕を追い詰めたと気を緩めたキーナの意表を突く!
「はっ!」
「なぁ!?」
僕の急加速にキーナの反応が遅れた。それでも、彼女は進路を塞ごうと手にした棒を突き出してくる。それを打ち払い、勢いのままに体当たりした。僕とキーナの体格は同じくらいだ。受ける衝撃も似たようなもの。気構えが出来ている分、僕が有利だ。ふらつくキーナに向けて武器を……あ、ダメだ。
くらっと眩暈がして、武器を取り落としてしまった。形勢は逆転……というか、もう動くどころじゃないから僕の負けだ。
「グレゴリー?」
「ごめん。マナ切れ」
「ああ」
怪訝な表情をしていたキーナも、僕の言葉に納得して構えていた棒を下げた。途中までは上手くいっていたんだけど、やっぱり呪文を介しての魔纒は効率が悪いね。僕のマナじゃ、三分と持たない。
「なるほど、今のが魔纒か。面白いね!」
「それでもキーナには勝てなかったけど」
「いやいや。マナ切れがなければ負けてたよ。ちゃんと習得できれば強い武器になるね。私も魔法よりこちらを学ぼうか」
燃費の悪い魔纒もどきでも、キーナの興味は引くことはできたみたい。彼女は真剣に習得を検討しているようだ。
彼女が魔纒を使えるようになれば、戦闘力が大きく向上するはず。それを見れば、戦士団の人たちも取得に前向きになるだろう。村の防衛力強化のためにも、キーナには是非頑張ってもらいたいね。もちろん、僕も頑張るけど。
「グレ、凄かったね!」
「びゅんって早かった!」
「身体能力の強化かぁ。私も魔纒が使えるようになったら、もっと素早く動けるのかな」
「リリネちゃんはもっと力をつけた方がいいかも?」
「もっと肉を食べるといいよ」
「食べてるんだけどなぁ」
見学していたフラル、イアン、リリネが興奮気味に僕の動きについて話している……はずだったんだけど、いつの間にか肉の話になってた。まあ、いつも通りだね。
三人はただ見学してたわけじゃなくて、魔法の訓練中。今は、僕が用意したレンガブロックを複製できるか試して貰っている。正確に言えば、レンガではなくてカチカチに固めた土だけど。イメージと呪文があれば、生成するブロックの固さを調整することができるんだ。
元となる土の状態との違いが大きいほどマナの消費量が増える。レンガみたいにカチカチにすると、小さなブロックでも結構なマナが必要だ。だから、マナを使って総量を増やす訓練としては悪くない。それに、同じサイズで揃えるので精度を高める訓練にもなる。
しかも、出来が良いブロックは建材として利用できるというおまけ付き。全ゴブリンが一日に一、二個レンガブロックを作れるようになれば、村を囲う防壁だってすぐに作れるんじゃないかな。怠け者のゴブリンたちを説得して働いてもらうのは、骨が折れそうだけど。
しばらくみんなと話していると、ちょっとだけ気怠さがマシになった。以前のように限界まで使ったわけじゃないから回復も早いね。と言っても、今の状態で魔法を使ったらまたすぐに倒れちゃうだろうけど。
「おーい、お前たち!」
そろそろ休憩もおしまいにしようかというときに、僕らに呼びかける声が聞こえてきた。木々の合間から誰かが駆け寄ってくるのが見える。よく見れば父さんの知り合いだった。たしか、戦士団に所属している人だ。この時間は哨戒や訓練で忙しいはずなのに。
「どうしたんですか?」
距離が縮まったところで尋ねた。戦士として十分に鍛えるのか男性は息も切らさずに答える。
「オークが出た。それも結構な数だ」
「そうですか」
緊急事態だ。だけど、意外と冷静に受け止めることができた。最後の襲撃があって半年以上が経っている。今までが穏やかすぎたんだ。イワアタマが討伐したオークのこともあるし、そろそろ来るんじゃないかなとは思っていた。
「お、さすがだな。肝が据わってる」
男性がニヤリと笑う。彼が見ているのは僕だけじゃ無い。周囲に集まった僕の仲間たち。その誰にも動揺はなかった。リリネだけはちょっと顔を強ばらせていたけど、彼女の瞳にも怯えの色は見つからない。
「悪いが詳しい説明はなしだ。それぞれ知り合いに声をかけて、中央の池に集まってくれ。そこで戦士団から説明がある」
男性はそう言うと立ち去っていった。村中を回って声を掛けなきゃいけないから大変だ。こんなとき、連絡用の鐘でもあればいいんだけどなぁ。まあ、肝心の金属が無いんだからどうにもできないけど。
ともかく、緊急事態ということならのんびりしている暇はない。僕らは解散して、それぞれ家に戻った。
「母さん!」
「戻ったのね、グレゴリー。話は聞いてる?」
「うん。池に向かうんだよね」
家に戻ると、玄関前で母さんが待っていた。背中にはソフィを抱えている。すでに出かける準備はできてるみたい。父さんは戦士団の手伝うため、一足先に出たようだ。僕らも急いで向かった。集合場所は中央の池、つまりウル婆の家の近くだ。
僕らが到着した頃には、すでに多くの人が集まっていた。こんな風に人が集まるのは本当に珍しい。そもそも、森の中だから広いスペースがないんだ。
以前は池の周りも鬱蒼と生い茂る植物が邪魔で大勢で集まるには不自由する有様だった。でも、今ではすっかり切り拓かれている。いずれサトウキビ畑にしようとお酒好きのおじさんたちがはりきった結果だ。何が幸いするかわからないよね。
「グレ!」
聞き慣れた声に振り返るとフラルとキーナがいた。僕らより先に着いていたみたい。母さんがフラルの両親と話し始めたので、僕もフラルたちに合流する。
「どんな状況かわかった?」
「詳しくはわからないよ。ただ、かつてないほどの数でオークが攻めてきているらしい」
キーナが教えてくれる。とはいえ、情報源は周囲で話す大人たちの噂話。信憑性には欠けるみたい。
ぐるりと見回せば大人も子供も不安そうな顔だ。いつも数人のオークに手を焼いているんだからね。心配になるのも無理はない。
「お前のせいだ!」
ざわめきの中、ひときわ大きな声が響く。争いごとの気配を感じた人たちが距離を取ったのか、声のした場所の周りに小さな空間ができた。中心にいるのは、数人の子供たちだ。その一人はイワアタマだった。他の数人は彼を睨み付けている。
「あぁん? なぁにが俺のせいなんだぁ?」
さっきの声は、イワアタマに向けられた言葉だったみたいだ。不機嫌な様子で、自分を糾弾する少年たちを睨み返した。
少年たちには見覚えがある。彼らは、不良グループに渋々所属していた子たちだ。イワアタマに睨まれた彼らは一瞬だけ怯んだけど、すぐに気を取り直して言い返した。
「オークたちが攻めてきたことだよ!」
「お前が仲間を殺したからオークたちを怒らせたんだ!」
「お前のせいだ! お前が余計なことをするからいけないんだ」
気持ちが高ぶってきたのか、少年たちがさらに大声で叫ぶ。彼らの言葉に周囲の人たちがざわめいた。忌々しげな視線をイワアタマに向ける人もいる。あまりよくない状況だった。
きっと少年たちはイワアタマを憎んでいるんだ。この機会に恨みを晴らそうとしているのだと思う。恨まれるようなことをしたイワアタマにも非はある。だけど、それとこれとは別の問題だ。
「それは違うよ!」
気がつけば、口を出していた。
イワアタマも少年たちも戸惑った表情で僕を見ている。周囲の視線が突き刺さってくるみたいだ。だからといって、今更引っ込むわけにもいかない。
少年の一人が僕を指さした。
「な、何でお前がコイツの味方をするんだ! コイツは敵だろ!」
言いたいことはわかる。イワアタマとは対立したことがあるものね。でも、違う。
「イワアタマは敵じゃないよ。敵はオークだ」
断言すると、彼は僕にも憎々しげな視線を向けてきた。
「そのオークが襲ってくるきっかけを作ったのはコイツだ。コイツが余計なことをしなければ、こうはならなかったんだ!」
イワアタマたちがオークを殺した。それが今回の襲撃のきっかけとなったことは否定できない。だけど――……
「彼がやらなかったら、たぶん、そのオークは村を襲っていたよ。そしたら、被害は出ただろうし、誰かが死んでいたかもしれない。だから、僕は余計なことだったとは絶対に思わない!」
睨み付けるように少年を見据える。彼も負けじと険しい顔で視線を返してきた。
「それが、大襲撃を招いたとしてもか? 今回はいつもと数が違うって戦士の人が言ってたぞ! コイツが余計なことをしなければ、こんなことは起こらなかったのに!」
はっきりとわかった。彼は怖いんだ。不安で仕方がないんだ。だから、イワアタマに苛立ちをぶつけている。そうすることによって、不安から目を背けようとしているのだろう。
だけど、それは逃げているだけだ。逃げるのも戦略のひとつだけど、果たして、それは今やるべき事だろうか。僕は違うと思う。今やるべきは逃げることじゃない。抗うことだ!
「こんなことは起こらなかった? 本当にそうなの? 今までが小規模だったからって、明日もそうだって、どうして言えるの? そんなのはオークの気分次第だ。何の理由もなく、村が滅ぼされる可能性だってある」
僕らの村はずっと危うい状況にあるんだ。目をそらしてはいけない。
「抗わなきゃずっとこのままなんだよ。戦わなきゃいけないときは必ず来る! それがきっと今なんだ!」
言いたいことをぶちまけた。
これはあくまで僕の意見だ。正しいとは思っていない。だって、正解なんてないんだから。
戦って勝てるとも限らない。抗えきれなければ、最悪の場合、村が滅びることだってあり得るんだ。できるだけオークを刺激しないように生きるというのも立派な選択肢だと思う。
だけど、それじゃ楽しく笑って過ごせない。僕の望む未来はそんなものじゃない。だから抗うんだ。
僕の気迫に圧されたのか。それとも、反論が思いつかなかったのか。何も言わないまま、少年たちは悔しげな顔で去って行った。
少し言い過ぎたかもしれない。でも、イワアタマが糾弾されるような流れにはしたくなかった。だから、これで良かったんだ。
「お前は……」
イワアタマがじっと僕を見ている。ちょっと熱くなりすぎたかな。
なんとなく恥ずかしくなって、照れ隠しに親指を立てた。サムズアップだ。だけど、よく考えたらゴブリンにそんな文化はない。イワアタマも意味がわからずにぽかんとしている。
「聞け! 戦士団からの発表だ!」
どうやって誤魔化そうかと思っていたら、ちょうどよく戦士団からの連絡が始まった。どうやら、ウル婆の家の屋根から話しているみたい。普段は物静かなガークが大声を張り上げている。
さて、どんな状況なのかな。
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