28. オークの秘密
イワアタマたちのオーク討伐から四日が経った。
その間、僕なりに考えてみたんだけど……オークって魔法を使ってるんじゃないかな。石みたいに硬いっていうのは、魔法の力で体を頑丈にしてるんだと思う。
そう考えたのはイワアタマたちが討伐した証として鼻を切断していたから。オークの肉体が石のように硬いというのなら、鼻を切り取るのにも苦労したはずだ。でも、彼らの話によると、あっさりととれたみたい。だから僕は思ったんだ。死んで魔法が維持できなくなるから、体が元の柔らかさに戻ったんじゃないかって。
もしかすると、目を潰せたのも同じ理由かもしれない。眠っているときには魔法を維持できないと考えれば筋は通る。
とまあ、そんなことを考えてみたわけだけど、あくまで推測にすぎない。そもそも、体を硬くするような魔法がなければ成り立たないしね。というわけで、ヨルヴァに話を聞いてみることにした。彼と一緒に住んでいるリリネにも話を聞いてもらう。
「――というわけで、僕はオークが魔法で体を硬くしてると思ったんですけど……」
「ふむ、なるほど。あり得ない話ではないな」
突拍子もないと笑われることも覚悟していたけど、僕の話を聞いたヨルヴァは軽く頷いたのみだった。あまりにあっさり受け入れられたので僕がびっくりしたくらいだ。
「でも、詠唱は? 魔法を使うときには呪文を唱えないとダメでしょ?」
一方でリリネは懐疑的だ。その根拠もしっかりしてる。
そうなんだよね。オークが魔法で体を硬化させているとするなら、呪文の詠唱は必須だ。オークの言葉を知らないから、僕らに理解出来ない言葉で詠唱している可能性はあるけど。
リリネの言葉に同意するように、ヨルヴァがまた頷いた。
「そうですね、お嬢様。なので、正確に言えば魔法ではありません。いえ、広い意味では魔法なのですが……」
魔法だけど魔法じゃない。そういう技術があるみたい。その名も
「魔纒には呪文の詠唱は必要ないんですか?」
「呪文は世界に働きかける言葉なのだよ。影響が本人だけに留まるならば原理的には必要ない」
ヨルヴァが言うには、魔法と魔纒の大きな違いは、マナが干渉する範囲なんだって。魔纒は影響範囲が使用者本人の内側に限定されるから、世界に干渉するための言葉――つまり呪文の詠唱が要らないみたい。
代わりに、発現させるにはコツがいるらしい。例えば、魔纒で筋力を増強したければ、そうなった自分を強く意識する必要があるんだって。イメージ力とか自己暗示能力とかが必要ってことかな?
ともかく、魔纒を使いこなせば、詠唱なしで身体能力を強化できることがわかった。石みたいに硬くなるのも、硬化って能力を発現すれば可能だって話だ。
「そんな技術もあるのね。でも、戦いの間ずっと発現しておくなら、マナの消耗は大丈夫なの?」
リリネが首を傾げながら尋ねる。
これは僕も考えた。魔法は便利な力だけど、乱発できるようなものじゃない。そこそこ大きな土壁を作ったら、それだけでマナを消耗してしまうんだからね。その辺りは魔纒も同じなんじゃないかな。
だから、必要なときだけ発現するんだと思う。筋力増強なら武器を振るとき、硬化なら攻撃を受けるとき。必要に応じて、必要な能力を発現することでマナの消費を抑えるんだ。
僕の推測を話すと、ヨルヴァがニコリと笑って頷いた。
「考え方は概ね正しい」
「概ね?」
「そうだ」
ヨルヴァの解説によると、呪文の詠唱がないとはいえ、魔纒も即座に効果を発現するのは難しいらしい。だから、戦闘中は体全体に薄らと発現させておく。当然だけど、そのままの状態では大した効果は見込めない。なので、必要に応じて纏ったマナを集めるんだって。局所的に効果を高めるんだ。
薄らといえども発現させた状態を維持するわけだから、マナは常時消費されていく。だけど、魔纒は魔法に比べるとずっとマナの効率が良いのだとか。マナの扱いに長けた人なら戦闘中に発現させておくことは十分に可能らしい。もちろん、それでも限界はあるし、発現強度を強めるとその分消耗も激しくなるけどね。
「オークが使っているのが魔纒だとして、弱点はあるんですか?」
一番知りたいのがそれだ。尋ねると、ヨルヴァはふむと呟いて顎に手をやった。しばらく顎下の毛をモフモフ撫でてからゆっくり口を開く。
「もっとも簡単な対策はマナ切れを狙うことだな。魔法ほどでなくともマナは消費する。長期戦に持ち込めばいずれは魔纒も無効化できるはずだ」
「できるのなら、それが確実ですね」
わかりやすい対策だ。とはいえ、オークの暴力に長期間耐えられるのかっていう問題はあるけど。
「不意打ちで硬化を発現させないという手もあるな。とはいえ、魔纒使いならば、その弱点は十分に自覚しているはず。上手くやらなければならんだろうな」
なるほど。マナを集めさせなければいいのか。とはいえ、背中から攻撃しても防がれるって話だし、そう簡単にはいかないんだろうね。
「正面から相手をするなら複数個所を同時に攻撃することだな。硬化を分散して発現させて対処するにしても、それぞれに割り振られるマナは減るので効果が落ちる。もし、効果を維持しようと思えば、纏うマナの量を増やすしかない。そうなればマナ切れも早くなる」
ここまで話すと、ヨルヴァはふぅと息を吐いた。
「まあ、こんなところかな。役に立ったかどうかはわからないが」
「いえ、ありがとうございます」
やっぱり鍵となるのは同時攻撃か。タイミングがずれると個別に硬化で防がれちゃうから、できるだけピッタリと合わせないとダメだね。でも、意識するかしないかでかなり結果が変わるはずだ。このことは父さんを通して戦士団に伝えておこう。
さて、オーク対策に魔纒の攻略法を考えるのも有効だけど……もっと単純な方法もあるよね。魔纒には魔纒を。つまり、僕らが魔纒を使うんだ。幸いなことに、ゴブリンには魔法の適性がある。同じマナを扱う魔纒だって、習得できるはずだ。
というわけで、ヨルヴァに魔纒の使い方を教えて貰おうと思ったのだけど。
「ふむ、キミの言いたいことはわかるし、有効だとも思う。だが、残念ながら儂は魔纒に詳しくない」
と言われてしまった。
何でも、ケットシー族で魔纒を修めるような人はほとんどいないんだって。だから、リリネも知らなかったんだ。
彼らが魔纒を習得しないのは、適性や効率の問題。ケットシーはマナの扱いは巧みだけど、身体能力に優れているとは言えない。魔纒で底上げするにしても、本人の身体能力が低いと効率が悪いんだって。それなら、単純に魔法を習熟した方がいいってことみたい。
「ゴブリンもそうなんでしょうか?」
ケットシーがそうなら、ゴブリンにも向いてないかもしれない。体格は大差ないし、飛び抜けて高い身体能力を持ってるわけじゃないから。
半ばくらい諦め混じりで聞いたのだけど、ヨルヴァの意見は違ったみたい。
「どうだろうか。キミたちを見ているとそうでもないように思えるがね。あの大猪を仕留めた手並みは見事だった。ケットシーでも手練れの兵士ならば同じ事はできるが、成人前の者達で対応するのは無理だ」
「そうよね。私、驚いたもの」
ヨルヴァ、リリネとも、ゴブリンの身体能力はケットシーよりも優れていると考えているみたい。だったら、希望は持てるかな。
といっても、ヨルヴァが知らないと言っている以上、独学で学ぶ必要がある。習得するのはちょっと大変かもね。
考えているとヨルヴァがアドバイスをくれた。
「まずは呪文を使って……魔法として試してみるといい。マナの消費は大きくなるが、感覚は掴めるはずだ」
なるほどね。実戦を想定すれば呪文なしで扱えなければ使い物にならないけど、訓練ならそれもありだ。上手くいくかわからないけど、とにかく訓練してみよう。
■□■
大陸西方に位置する深い森。その中央付近にオークの住まう集落があった。獣の如き本能を抑えきれない彼らは、仲間内で争うことも多い。そのため、常日頃から穏やかとは無縁だ。だが、その日はいつも以上に荒れていた。
原因は仲間の死。ゴブリン族の集落に近い場所で、比較的若い個体の死体が発見されたのだ。
知らせは瞬く間に集落中に広がる。仲間の死を知った者達は憤った。状況から考えれば、ゴブリンたちに殺害されたことは明白だ。彼らが怒るのは当然だった。
だが、普通ならば怒り以外の感情も混じるのが普通だ。
仲間の死を悼む気持ち。敵とも見ていなかったゴブリンの思わぬ反撃を不安に……あるいは不気味に思う気持ち。それらはあって当然の感情だ。だが、ほとんどのオークは怒り一色に支配されている。その様はある種、狂気的だった。
そんな同族を少し離れた場所から見守る壮年のオークがいた。その首には、獣の牙を繋げて作った装飾品がかけられている。彼の目に浮かぶのは憐憫。怒りに支配された同族たちを憐れんでいた。
(いつからこんなことに。もうまともなオークはほとんどいない)
個人差はあれども、徐々に理性を失っていくのだ。悲嘆する彼自身も、狂気に蝕まれつつある自覚はあった。それでも彼は長く理性を保った方だ。早い者は成人を迎える頃には怒りの奴隷となるのだから。
(やはり、呪われている、のか)
彼が子供のころ、年老いたオークが言っていた。我々は呪われているのだと。世代を重ねるごとに理性を失い怒りに支配されやすくなるのだと。
やがて理性は消失し、本能だけで生きる獣となるのだろう。そうなる日は遠くないと、彼は思っている。
それでも、オークとしての誇りを忘れず、獣になるまいと……獣にすまいと努めてきた。だが、それも今日までらしい。
憎かった。ゴブリンがただ憎かった。
理不尽だとはわかっている。理由もなく、玩具で戯れるかのように彼らの集落を襲っているのはオークたちだ。彼らが、生きるために抗うのは当然と言える。
それでも憎しみは消えない。理性を失い獣のようになっても、息子なのだ。殺されて仕方がないと誰が言えようか。いや、誰が言ったとしても、彼だけは絶対に認められないのだ。
(ゴブリンどもを……コロス! コロス!)
彼の目から憐れみが消えた。憂いも悲しみも消えた。残ったのはただひとつ。沸々と煮えたぎるような怒りがその目には宿っていた。
■□■
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