27. 有意義な情報共有

「え? それ、本当に?」

「本人たちがそう言ってるってだけだ。だが、まあ本当だろうな」


 思わず聞き返すと、ぶすっとした表情でキノボリが答えた。どうやらご機嫌斜めみたい。


 訓練をしていると、不機嫌そうなキノボリがやってきたんだ。実はこれ、結構珍しいことだ。


 キノボリは物作りに関心があるみたいだけど、体を鍛えたり強くなったりには一切興味を示さない。以前、キーナから一緒にやらないかとしつこく勧誘されて、訓練中には顔を出さなくなったんだ。


 その彼が何故、訓練中にやってきたかというと、ここに来る直前にびっくりするような話を聞いたんだって。それを知らせに来てくれたみたい。


 その話っていうのがイワアタマたちの武勇伝。なんでも彼らだけで森の中にいたオークを倒したらしい。事実なら信じられないような快挙だ。キノボリは彼らを嫌っているから活躍が気に食わないみたいだけどね。


「どうやって倒したのかな?」

「あれ以来、イワアタマたちも鍛えてはいたみたいだけど……」

「じゃあ、アタシたちでも倒せるの?」

「……いや、厳しいだろうね」


 フラルとキーナも信じられない様子で、イワアタマたちのオーク討伐について話している。キーナの見立てでは、今の僕らでも成し遂げるのは難しいみたい。僕も同意見だ。


 ついこの間、父さんが団長候補になるくらいの戦士だったと知ったから、改めてオークについて聞いてみたいんだ。そしたら、思っていた以上に厄介で手強いことがわかった。多少鍛えているとはいえ子供の僕らが簡単に勝てる相手じゃないんだ


「どうせ、何かズルして倒したんだろ」


 キノボリが吐き捨てるように言う。よほど、イワアタマたちの活躍が気に食わないみたいだね。


 とはいえ、僕は凄いことだと思うけど。ズルっていうのは、工夫だからね。頭を使って勝てるのなら朗報じゃないかな。


 そもそも、オークという敵はゴブリン族にとって種族的な脅威だ。生き残るためには、なりふり構っていられない。勝てるならなんだってやるべきだよ。そうじゃないと、豊かな暮らしは守れないんだから。


 オークを倒す秘策があるなら、僕も是非知りたい。というより、村全体で共有すべきだ。


「よし! イワアタマに話を聞いてこよう!」

「えぇ? やめとけよ。きっとヤツら、散々煽ってくるぞ。折角俺が聞いてきてやったのに……」


 大きな声で宣言する僕とは対照的にキノボリはうんざりといった様子だ。どうやら、彼が不機嫌だったのは、イワアタマから話を聞いたときに不快な態度を取られたからみたい。それでも、僕らのために我慢して話を聞いてくれたんだね。


 そんなキノボリの努力を無駄にして申し訳ないけど、やっぱり詳しく聞いてみないとわからないことも多い。まあ、少し威張られるくらいなら平気だ。だって、それだけイワアタマがやったことは凄いことなんだもの。むしろ、褒め称えてあげないと!


 というわけで、僕はイワアタマを探すことにした。同行者はキーナのみ。他のみんなは興味がないから魔法の練習でもしてるってさ。まあ、僕が話を聞いてみんなに共有すればいいだけだから、問題ないね。


 イワアタマはすぐに見つかった。自分の功績を喧伝して歩いたみたいで、目撃証言がたくさんあったんだ。その情報を頼りに探すと、人だかりの中心に彼を見つけることができた。ちょうど彼らがどうやってオークを倒したか、周囲に話して聞かせている最中だったので、僕らもその輪の中に入る。


「おお、お前らもぉ、俺たちの話を聞きに来たかぁ? ほら、見ろよぉ! これが戦利品だぁ!」


 僕らの存在に気がついたイワアタマが首元の装飾品を掲げてみせる。それは獣の牙を集めて作った首飾りだった。


 ものすごく蛮族っぽくて、お世辞にもセンスが良いとは言えないけど、装飾品には違いない。野蛮なオークが、そんなものを持っているなんてちょっと信じられなかった。


「それ、オークが持ってたの?」


 尋ねると、イワアタマたちが一瞬むっとした表情になる。僕がでっちあげを疑っていると思ったのかもしれない。もちろん、僕にそんな意図はないんだけど。


 誤解を解こうと思ったけど、その前にイワアタマの表情が変わった。ニヤリと浮かべた笑みはとても誇らしげだ。


「ははぁ、疑ってんのかぁ? 俺たちが活躍したのが面白くねぇのかぁ? だがなぁ、これを見ろ! これこそがぁ、オーク討伐の証拠だぁ!」


 首飾りの代わりに掲げたのは謎の物体だ。一瞬、それが何かわからなかった。拳くらいの大きさの丸っこいフォルム。やや縦長の楕円状の穴が二つあいている。よく見れば、あれは――……


「オークの鼻だ!」


 ちょっと趣味が悪いように感じるけど、討伐証明としてはこれ以上のものはないね。猪の鼻も似たような形をしているけど色が違うし。あれは紛れもなくオークの鼻だ。


「ひゃははっ、大当たりだ! どうだ、本物だろうが!」


 イワアタマの笑みが更に深まる。彼の取り巻きもニヤニヤと嬉しそうだ。


 彼らの気持ちはよくわかる。だって、オーク討伐は間違いなく偉業だ。そりゃあ、自慢したくもなるよね! 正直、彼らの態度はまだ控えめだと思う。


「いや、本当に凄いよ! イワアタマたちだけで倒したんだよね? しかも大きな怪我もなく! どんな方法で倒したの? もし再現できるようなら、革命的なことだよ。僕ら、オークの襲撃に怯えなくてよくなるんだ! これは偉業と言ってもいいと思う。そうだみんなで――……」

「グレゴリー、ちょっと落ち着こうか。みんな驚いているからね」


 キーナに制止されて周囲を見ると、たしかにみんながぽかんとしている。つい喋り過ぎちゃったみたい。


「ご、ごめん」

「まあ、私は慣れたけど……でも、他の人たちはそうじゃないからね。少しペースを落とそうか」

「うん」


 やっちゃったなぁ。村の暮らしが良くなると思うと、時々こんな風に興奮しちゃうんだよね。仲間内なら「またか」ですませてくれるけど、僕のことをよく知らない人たちからすればビックリするよね。気持ちを落ち着かせるためにも、少し静かにしておこう。


 黙った僕に代わって、キーナがイワアタマに向き直る。


「グレゴリーも言っていたけど、私も本当に凄いことだと思う。見直したよ。どうやって倒したのか、教えてくれるかい?」


 微笑を浮かべてキーナが尋ねる。その目は優しげで、見直したっていうのは本当なんだと思う。喧嘩別れしたような形だけど、ずっと一緒に育ってきたんだもんね。キーナとしてもイワアタマのことを憎みきれないのかも。


「ひゃ」


 さて、イワアタマが何て言うかなと思ったら、不思議な声を出したまま硬直してしまった。少し待ってみるけど、ピクリとも動かない。


 え、何? どうしたの?


 キーナを見るけど、彼女にも状況が理解できないみたい。


「あー、すまん。ちょっとビックリしたみたいだな」

「いきなりだったからなぁ……」


 対応に困っていると、イワアタマの仲間たちが、わたわたと慌てて理由らしきものを説明してくれた。それでもよくわからないけど。


「まあ、仕方がないよね。目標をいきなり達成できたんだし。何より、イワアタマはキーナに恋……」

「それは黙ってろぉ!」

「ふぎゃっ!? 酷いよ……」


 ただ、まあ、イワアタマが動き出したので、話は進みそうだ。彼は仲間の一人にげんこつを落とした右手を振りつつ、僕をじっと見た。


「調子が狂うぜぇ……お前ぇ、悔しいとか思わないのかぁ? 俺たちはぁ、お前たちにもできないことを成し遂げたんだぜぇ?」

「え、何で?」

「何でって……何でだぁ?」


 意味がわからず問い返すと、さらに問い返された。もう何が何だか。


「僕がオーク討伐の話を聞いて思ったのは、とにかく凄いなってことだよ! さっきも言ったけど、上手くいけばオークに怯えずに済むかもしれないんだ。平和で豊かな生活が近づくんだよ!」


 おっと、いけない。また興奮しちゃいそうだ。理性を総動員して、そこそこで主張を切り上げると、イワアタマがぽつりと呟いた。


「なるほどなぁ。それがお前の誓いってことかぁ」


 僕の立てた戦士の誓い。それは村を豊かにして、平和を守ること。イワアタマがどう解釈したのかは知らないけど、何かに納得したような声音だった。


「ええと? それでその……話を聞かせてもらえるかな?」

「あぁ、そうだったなぁ。何が聞きたいんだぁ?」


 そこからは、かなりスムーズに話が聞けた。僕の質問に淡々と答えるという感じ。もっと、自慢げに話してもいいと思うんだけどね。でも、情報をまとめる上ではありがたい。


「じゃあ、オークも目は急所なんだね」

「そうだなぁ。寝てたから狙いやすかったってのはぁあるが、結構簡単に潰せたぞぉ」

「他に弱点になりそうなところはあった?」

「そっちはぁ、俺じゃなくて、別のヤツに聞いた方がいいなぁ」


 イワアタマが目配せすると、それを受けた彼の仲間が頷く。


「んじゃあ、俺が話すか。といっても、特にここってところは無かったなぁ。どこもかしこも硬くって、石でも殴ってんのかと思ったくらいだ」


 やっぱりそうなのか。


 実は父さんからも聞いたんだ。オークの体はとても硬くて石斧で思いっきり殴ってもまともに傷つけることはできないんだって。それがオークの強さの秘密なんだ。戦士団の人たちですら複数でないと相手をできないのも、それが原因らしい。


「それで、よく倒せたね?」

「時々、オークのヤツが痛がるんだ。みんなで一斉に殴ると、誰か一人くらいはまともな手応えがある」

「それは不思議だね。手応えがあるのは、特定の場所を狙ったときってわけじゃないんだ?」

「ああ。足だったり、背中だったりバラバラだ」


 彼らの話を聞く限り、特別な弱点があるってわけじゃなさそうだね。複数人で攻撃すれば勝てるっていうのも、ごく普通のことだ。とはいえ、同時に仕掛けるっていうのはひとつ重要なポイントな気がする。


 あとは、オークも視力を奪われると戦闘能力が激減するっていうのも地味に重要だね。


 当たり前のように思えるけど、ちゃんと確認しておくのは大事だ。別の種族なんだし、思わぬ能力を持っている可能性はあるからね。例えば、オークは鼻が大きいから、嗅覚で敵の位置を探れたりするかもしれない。とはいえ、イワアタマたちの話を聞く分には、そんなことはなさそうだ。


 不確定要素が少なくなるほど作戦は立てやすくなる。こういった細かい情報共有は必要だよ。


「最後にもうひとつ。あの鼻はどうやって取ったの?」

「そりゃ、殺した後に石斧でスバンとやったのさ」


 なるほどなぁ。まあ、戦いの最中に切り落としたとは思ってなかったけど。


 それにしても石斧で切断できたんだ。目も潰せたって言うし、顔は弱いのかな。でも、戦士団の人も顔を狙うことはあると思うんだよね。あっさりと視力を奪えるなら、もっと有利に戦えてもいいと思うけど……まあ、これについてはもうちょっと考えてみようか。


「ありがとう。聞きたいことは聞けたよ」

「別に構わねえさぁ。他に聞きたいことがあればぁ、また声をかけてくれぇ」

「うん。僕の方でも、何かわかったらイワアタマたちに教えるから」

「ああ」


 うん。実に有意義な時間だったね。キノボリは彼らが煽ってくるって心配してたけど、そんなこともなく、丁寧に聞きたいことを教えてくれた。これなら、イワアタマたちとも協力できそうだね。良かった、良かった。

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