26. イワアタマのオーク討伐
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六人で黙々と歩くイワアタマたち。村に貢献して住民たちを見返してやろうと一念発起した彼らは、この数日、森の中で獲物を探していた。半年間、グレゴリーたちに負けじと鍛えただけあって、その足取りに疲れは見えない。だが、肝心の成果は得られていなかった。
「獲物、いねぇなぁ」
イワアタマがぼやく。
現状では森をただ無駄に歩いているだけ。それだけでも村に野生動物を近寄らせないという効果はあるのだが、彼らが求めるのは目に見える成果だ。成果が出なければやる気も集中も途切れる。歩き詰めであったこともあって、彼らは足を止めた。
「アイツらが狩ったみたいなヤツが簡単に見つかるわけもないよな」
「まあな。縄張りみたいなものもあるだろうし」
「あそこまで大物だなんて贅沢は言わないって。中型くらいでもいいんだけどな」
「そうだよなぁ。何で見つからないんだか」
休憩がてら雑談に興じる。内容は成果がないことに対する愚痴のようなものだが、俺たちはやれるのだと気持ちを奮い立たせる意味もあった。つまり、成果がないのはあくまで獲物がいないせいだというわけだ。ただ、残念ながら空気の読めない者は存在する。
「何でって、それは逃げられてるんだろうね。気配を消すのって難しいんだなぁ。野ウサギはいるけど全然捕まえられないし。俺たちって狩りの才能ないんじゃ……」
さすがに、周囲の様子に気がついたのか、調子よく喋っていた少年ゴブリンは口を閉ざす。しかし、向けられる視線の意味がわからず首を傾げた。
「どうしたの、みんな?」
「お前は……」
「言っても無駄なのはわかってるけどよ」
「え、何のこと!?」
「……いや、何でもねえよ」
仲間たちも彼に悪意がないことはわかっている。そして、彼の言ったことが事実であることも薄々気がついていた。ただ、自分たちに才能がないと認めることに抵抗があったのだ。
だが、事実に目を背けていても、時間を無駄に使うだけだ。
「そうみたいだなぁ。俺たちにゃ狩りの才能がねぇ。いや、才能以前の問題だなぁ。やり方がわかってねぇんだ」
イワアタマが顔を
獲物がいないと彼は言ったが、それは事実ではなかった。正確には野ウサギ以外の獲物を見ないというのが正しい。森の野ウサギはゴブリンを舐めているので、近づくまで逃げもしないのだ。
イワアタマたちの狙いは村の人々を見返すほどの獲物である。とはいえ、現状では何一つとして成果が得られていない。この状況で選り好みなどできるわけもなく、彼らも野ウサギを狩ろうと試みた。
だが、脅威はないとはいえ野生動物だ。その動きは素早く、ゴブリンよりも更に小さな体を活かして狭い場所に逃げ込む。翻弄されるばかりで、イワアタマたちは一羽も仕留めることができなかった。
興味が無い風を装ってみても、実際のところ、野ウサギすら狩れないのが彼らの実力なのだ。改めて自覚すると、情けなくなる。だが、認めなければ前に進めないのだ。実力不足を認め、誰かに師事するのが上達の早道であることはわかっていた。
とはいえ、それが問題だった。今のところ、村で積極的に狩りをやっているのは、グレゴリーたちだけだ。散々煽って、その上で返り討ちに遭っておきながら、狩りの仕方を教えてくれとはさすがのイワアタマたちも言い出しにくい。
結局、「もう少し粘ってみるか」と問題を先送りにして、狩りを続けることにした。
「おい、何か聞こえないか?」
小声の警告が発せられたのは、狩りを再開してしばらくのことだ。イワアタマは耳を澄ませて、真偽を確認する。すると、彼の耳にも確かに聞こえた。ぐがぁぐがぁと定期的に音がする。
「何だぁ? こりゃ、
「……そんな風に聞こえるね」
イワアタマの呟きに、仲間の一人が同意する。
「獲物か? 行ってみようぜ」
更に別の仲間が言う。獲物が寝ているのならば、たしかにチャンスだ。彼らは頷き合ってから、慎重な足取りで音の発生源に向かった。
草をかき分けて進むと、音は次第に大きくなる。ここまで来ると、それが何者かの鼾であることは疑いようもなかった。
そうして、進んだ先で彼らは見た。少し開けた場所では、何者かが仰向けで眠っている。緑色の肌で、ゴブリンの倍ほどはある巨体。特筆すべきは鼻だ。独特な形をしており、グレゴリーならば豚の鼻と称したであろう。
「コイツ、オークだ!」
「馬鹿!? 大きな声を出すな!」
「お前も声が大きいぜぇ?」
「……わりぃ」
驚きで声が大きくなる仲間をイワアタマが注意する。だが、その気持ちはよくわかった。オークは野蛮で凶悪な存在。向こうが一体とは言え、ゴブリンが太刀打ちできる相手ではないのだ。
幸いなことに、オークの眠りは深いらしい。目を覚ます気配のないオークに、みなでほっと胸をなで下ろす。
「どうすんだ、コイツ?」
「そりゃあ戦士団に知らせるしかないだろ……」
声を潜めて話す仲間たちの声を聞きながら、イワアタマはそのオークをじっと観察する。
自分たちと比べると二倍ほどの体躯。こうして寝ている姿でも、本能的な恐怖心が湧き上がってくる。ただ、以前、村を襲ってきた個体よりもやや小柄でひょろりとした印象を受けた。もちろん比較の話で、イワアタマたちとは比べものにならないほど筋肉質だ。腕の太さなど下手をすれば彼らの腕を三本束ねても足りないかもしれない。
上半身は裸で、衣服と言えば毛皮の腰巻きくらいだ。話に聞くとおり、野蛮な格好だとイワアタマは思った。もっとも、他種族から見ればゴブリンも似たようなものだが。
ただ、そのオークは珍しく首元に何か装飾品のようなものを身につけていた。獣の牙をつなげて作った首飾りだろうか。優美さは欠片も感じられないが、蛮族の戦士が身につける装飾品としては相応しいとも言える。戦士に憧れを抱くイワアタマからすれば、悪くないと思えた。
視線をオークから周囲に移す。すぐ近くには小動物の骨が散乱していた。おそらくは野ウサギのものであろう。獲物を捕らえ、腹を満たした後、呑気に眠っているといったところか。
また、縄のようなものの残骸が散らばっている。オークの物とは思えないので、ゴブリンの誰かが仕掛けた物だろう。
イワアタマは、グレゴリーたちが野ウサギを捕まえるために罠を仕掛けていると噂に聞いたことを思い出す。
「おい、さすがにオークはヤバいって」
観察を続けるイワアタマに焦りを覚えたのか、仲間の一人が彼の肩を掴んだ。さっさと村に戻ろうということなのだろう。
仲間たちの顔には恐怖が浮かんでいる。その気持ちはイワアタマにもよく理解できた。オークはゴブリンの天敵である。その脅威は巨大猪よりも上だ。
だが、だからこそコイツを殺せば村のヤツらを見返せる。キーナだって一目置くことになるだろう。そう思えば、恐怖心も薄れた。
「おい、お前らぁ。コイツの目を潰しても、勝てないと思うかぁ?」
目を潰す。グレゴリーたちが巨大猪を狩ったときにとった戦略だ。彼らは先日の宴で、如何に戦ったかを問われ、答えていた。イワアタマたちは、それをこっそりと盗み聞いていたのだ。
「目か。たしかに今なら……」
「さすがのオークでも見えなきゃ戦えないだろ」
イワアタマの投げかけに、仲間たちの空気も変わる。もしかしたら、自分たちだけでオークに勝てるかもしれない。そうなれば英雄だ。住民たちを見返すという意味ではこの上ない成果だった。そして、目の前の寝転けるオークを見れば、十分実現可能に思える。
「やってやろうぜ」
「そうだな。俺たちならいけるぜ」
意見が変わるまでに時間は必要なかった。向こう見ずなゴブリン少年たちは、オーク討伐を決意する。武器としたのは先の尖った石だ。
「タイミングを合わせろよぉ? 両目、同時にやるんだぁ」
「わかってるよ」
「じゃあ、やるぞぉ!」
イワアタマが右目を、もう一人が左目を狙う。合図とともに、閉じられた瞳に石を振り下ろした。
――グギャアアアア!
恐ろしい絶叫が響く。同時に凄まじい力で突き飛ばされて、イワアタマの体が宙に浮いた。どすんと体から地面に落ちて、内臓が揺れる。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ。何とかなぁ」
仲間の手を借りてどうにか立ち上がった。すぐに、オークへと目をやる。狙い通り、視界を奪えたらしい。痛みに悶えながら、何もいない場所に拳をぶつけていた。
「目が見えてねぇんだ! 囲んで殴れば勝てる!」
イワアタマが叫ぶとオークの顔が彼を向いた。一瞬ぎょっとしたが、すぐに気を取り直して位置を特定されないように動き回る。
「声は出すなよぉ! 目は見えなくとも、耳は聞こえてるぜぇ! 俺が引きつけるからぁ、お前らで殴れぇ!」
相手は目が見えていない上に一人だ。さすがに勝てるだろうと仲間たちの士気も上がる。だが、それでもオークは強敵だった。
「くっ、何だ、この硬さ……ぐへぇ!」
石斧で殴りつけた少年が不用意に声を上げて吹き飛ばされる。
「馬鹿がぁ! ヤツのそばで喋るんじゃねぇ! 攻撃したらすぐに離れろぉ! 捕まったら死ぬぞぉ!」
大声で注意を引き、仲間の動きを悟らせないようにするイワアタマ。仲間たちも同じ失敗は繰り返さないと、あちこちから無言で殴りかかりオークの体力を削っていく。
そして、長時間にわたる死闘の末、彼らは六人でオークを仕留めた。
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