25. 信じちゃダメ

 何か声が聞こえる。体がだるくて頭がズキズキと痛んだ。まるで二日酔いみたい、とぼんやりとした頭で考える。僕、お酒なんて飲んだことないけどね。


 ええと、何をしてたんだっけ?


 ああ、そうだ。魔法の練習をしていて目の前が真っ暗になったんだ。たぶん、マナを使いすぎたんだね。気怠くなるとは聞いていたけど、まさか意識を失うとは思わなかった。今後は気をつけないと。


 状況が理解できたせいか、次第に意識がはっきりとしてきた。やたらと重たい瞼を意志の力でこじ開けると、視界の大半が二つの顔で埋まっている。


「あ、グレ! 良かったぁ。ちゃんと目を覚まして」

「無理したら駄目だよ。グレ君」


 フラルとリリネだ。僕が目を覚ます気配を察して、顔をのぞき込んでいたみたい。


「あー、ごめんごめ……痛ぁ!」


 身を起こそうとすると、ズキンとひときわ激しい頭痛が襲った。思った以上に状態は悪いみたい。


「ほら、寝てなきゃ駄目でしょ!」


 言いながら、フラルが僕の肩を掴んでぐいぐいと押してくる……のはいいのだけど、力を込めすぎだよ。


「あたっ!?」


 勢い余って、僕の頭は寝床にゴツンだ。ゴブリンの寝床にふかふかの布団なんてない。申し訳程度に枯れ草を敷き詰めてあるけど、衝撃を吸収しきれずに頭が激しくシェイクされた。普段なら大したことないんだろうけど、今の状態ではとても堪える。


「ああ!? ごめん、グレ……」

「だ、大丈夫?」

「ちょっと……待って……」


 息を大きく吸って、大きく吐く。十回ほど繰り返すと、ぐらぐらと揺れる視界が落ち着いてきた。


「ふぅ。もう平気」

「ごめんね……」

「大丈夫だよ」


 フラルが泣きそう顔で謝ってくるので、笑顔を作って返事をする。まだ気分が優れないけど、あまり心配させるのも良くないからね。


 少し無理した甲斐もあって、フラルが泣くことはなかった。バツが悪いのか、いつもの笑顔もないけれど。


「グレ君、状況は把握してる?」

「ああ、うん。マナの枯渇、だよね?」

「そうだよ。もう。無理しちゃ駄目だからね」


 リリネが迫力のない顔で叱る。彼女の言うことはもっともだ。反省しなくちゃとは思う。でも、僕としても言い分があった。


「いや、でも普通はマナ切れ起こす前に気分が悪くなるって聞いてたからさ。まさか、いきなり倒れるとは思わなかったんだよ」

「いきなり? 気怠さを感じたり頭痛がしたりはしなかった?」


 リリネに言われて、直前の状況を思い出す。検証に夢中だったからうろ覚えだけど、気怠かったし頭痛もしたような気がするね……?


 よくよく思い出してみれば、倒れる直前はかなり症状が重かった。それでも魔法を使うのを控えようとは全く考えもしなかったなぁ。魔法への興味が、苦痛を上回っていたみたい。


「あはは」

「グレ君……」


 返事の代わりに愛想笑いを浮かべると、リリネは呆れた様子で首を振った。


「フラルちゃん、ここは私たちがしっかりしないと駄目みたい」

「どういうこと?」

「ヨルヴァに聞いたの。世の中には魔法マニアって人種がいるんだって」


 曰く、魔法の研究になると他のことが目に入らなくなる。夢中になると無理をするので注意が必要。寝食も疎かになり、自宅で遭難しかけることもあるとか。普通の人は無意識でセーブするので魔力切れになることはほとんどないけど、魔法マニアという人種は平然と枯渇するまでマナを使うらしい。


 そんなことを滔々とうとうとリリネが語る。フラルは僕を見ながらうんうんと頷いた。実際に、マナ切れを起こした以上、強くは反論できないけど……それでも断言できる。


 僕は魔法マニアじゃないよ!


 僕の興味関心はあくまで文化的生活にある。魔法はそのためのひとつの手段に過ぎない。もし、仮に僕が寝食を忘れて魔法に没頭することがあったとしても、それはあくまで文化的な生活のためであって、魔法マニアだからじゃないんだ。


 ただ、それを主張したって二人の理解を得られないのはわかってる。問題はそこじゃないことも。


 だから、笑って誤魔化す。


「大丈夫。心配はいらないよ。今回はたまたまだから」


 でも、二人には通用しなかったみたい。フラルはジト目を、リリネは困り顔を僕に向けたあと、お互いの顔を見て頷き合った。


「魔法マニアの人は、すぐに大丈夫って言うんだって。信じちゃ駄目だよ」

「そうする」


 うん、言い訳するほど信用を失いそうだね。もう何も言わないでおこう。


「僕、どのくらい倒れてたの?」

「結構、長いよ。青い石の時間は過ぎちゃった」


 青い石というのは、日時計に設置してある石のことだ。


 日時計を作るとき、赤い石を太陽が一番高い位置にある時間に合わせた。つまり正午だね。黒い石が日の入りの時間。半年経ったけれど、今でもほとんど変わらない。そして、青い石はその中間だ。


 となると、六時間は倒れていたことになる。その時間が無駄になるんだから、やっぱりマナの枯渇はうれしくないね。そういう意味では二人がストッパーになってくれるならありがたいかも。


 まあ、マナの枯渇には今後気をつけるとして。


「僕ってマナが少ないのかな?」


 せっかく魔法が使えるようになったんだから、どんどん使って生活を豊かにしたい。なのに、ちょっと試しただけでマナが枯渇してしまった。僕が作ったのは小さめのブロックばかりなので、マナの消費量はさほどでもないはずなのになぁ。もし、魔法の才能がないのなら、がっかりだ。


 本気で心配しているのに、リリネが呆れた目で僕を見てくる。


「あのね、グレ君。初めてであれだけ魔法を使えたら十分すぎるよ」

「あれだけ? そんなにたくさん作ったっけ?」


 検証の方に気を取られていたので、いくつ作ったのかは覚えていない。思わず聞き返すと、今度はフラルがへにょりと眉を落として言った。


「平らな地面がでこぼこだらけになってたよ……」


 二人の話によれば僕が検証をしていた場所は見る影もない状態みたい。設置されているブロックの数も十や二十じゃない。正確な数はわからないけど、土の総量で比較すればヨルヴァが家づくりで作った壁一枚よりは間違いなく多いんだって。これは初めて魔法を使った者としては思えないほどのマナ消費なんだとか。


「そうなんだ。初めてにしてはってことは、マナの総量は増えるものなんだね?」

「そうだよ。体力と同じで何度も使えば少しずつ総量が増えていくの」


 なるほど。それなら、こまめに使った方が良さそうだね。


 幸いなことに作りたいものはたくさんある。固い土のブロックが生成できるなら、壺や水瓶が作れるでしょ。逆にふわふわの土ができるなら農業用の畑も作れると思う。試してみたいことはたくさんだ。訓練と生活向上が両立できるなんて、とてもありがたいね!


 ……って、今後の展望に思いを馳せていたら、いつの間にか、リリネとフラルが僕のことをジト目で見ていた。


「やっぱりだよ、フラルちゃん。グレ君、絶対反省してない」

「そうだね。アタシたちがちゃんと見ておかないと」


 ああ、うん。たしかに、作りたい物が多すぎて、止まれないかも。決して魔法マニアではないけど、物作りが楽しすぎてついついマナは使いすぎちゃいそうだ。その……もしものときはよろしくお願いします。

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