24. 使いすぎ注意

 ケットシーの二人が滞在することになっても基本的な生活は変わらない。訓練で体を鍛え、しっかりとした食事のために狩りで食料を確保する。他にも森の中で使えそうな植物を探したり、便利な道具が作れないか試行錯誤してみたり。その合間に、ヨルヴァの授業と魔法の練習が加わった。


「今日もお願いね、フラルちゃん」

「うん! 頑張ろうね、リリネちゃん!」


 訓練場でリリネとフラルが挨拶を交わす。いつものトレーニングにリリネが加わるようになったんだ。といっても、彼女の訓練メニューは別だけどね。さすがに、半年間真面目に鍛えた僕たちと同じ運動は無理だから。


 リリネとフラルはあっという間に仲良くなった。今では、お互いに“ちゃん”を付けて呼び合っている。ゴブリンは名前に敬称をつけないので、これはケットシーの文化だね。良いか悪いかは別として、こうやって他種族の文化が入ってくると少し感慨深い。今までは完全な閉鎖社会だったからね。とはいえ、種族的な交流があるわけじゃないから、依然として村は孤立しているんだけど。


 リリネの体力や筋力は僕らに比べると大きく劣る。他のゴブリンの子と比べても、負けてると思う。単純に考えると、身体能力ではゴブリンの方がケットシーに優れていると言えそうだ。


 とはいえ、お嬢様っぽいリリネがケットシーの平均的な身体能力を持っているかと言えば少し疑問が残るけど。それを差し引いて考えると、ゴブリンとケットシーの身体能力にはほとんど差がないのかもしれない。


 訓練の合間。ちょっとした休憩時間に魔法の練習をするのが、ここ数日の僕の日課だ。といっても、魔法を学び始めてから今まで、一度も成功したことがないんだけどね。今日こそは成功させるぞ!


「〈土よ 我が意に従い 姿を変えよ〉」


 呪文を唱えながら睨みつけた先は何もない地面だ。普段ならいくら待っても変化はない。だけど――……


「お? おお!?」


 今回は違った。呪文に応えるかのように、踏み固められた地面からにょきっと小さな壁が生えたんだ。


「できた! 魔法が使えたよ!」

「わあ、本当だ! おめでとう、グレ!」


 思わず声を上げると、そばにいたみんなが近寄ってきた。僕が作ったのは本当に小さなミニチュアみたいな壁だ。それでも、みんなでお祝いしてくれる。ちょっと大袈裟に思えるけど、僕らにとってはそれだけ衝撃的なことなんだ。


「本当にゴブリンでも使えるようになるんだぁ」


 イアンがしみじみと呟いた言葉。これが全てだ。


 僕らにとって、魔法は未知の技術だ。多くのゴブリンはそんな言葉すら知らなかった。ウル婆でさえ知識としては知っていたけど、実在するかどうか怪しんでいたくらいだ。


 そんな魔法をゴブリンである僕が使った。僕自身でさえ、ちょっと信じられない気分だ。教えて欲しいと頼み込んだものの、本当に使えるようになるかは半信半疑だった。だから、実際に使えるとわかって、ちょっとはしゃいじゃったんだ。


「おめでとう! 私よりも覚えるのが早いよ。きっと才能があるのね!」


 リリネも祝ってくれる。彼女はこっちに来る前から魔法を学んでいて、実際に使えるみたい。ヨルヴァが言うには、リリネには才能があるんだって。その彼女よりも習得が早いのなら、本当に才能があるのかもしれない。


「ヨルヴァ殿の言うとおりだったわけだね。となると、私たちゴブリンが妖精の一種であるというのも本当なのかな?」


 キーナが頬に手をあて、首を傾げた。誰にともなく言った言葉だと思うけど、リリネが嬉しそうに頷く。


「私はそう思うな。だって、ケットシーでもグレ君ほど魔法の覚えがいい人はいないよ」

「グレゴリーは凄いんだね」

「さすが、グレだね!」


 みんなに褒められてちょっと気恥ずかしい。でも、リリネがこうまで言ってくれるのなら、僕にはきっと魔法の才能があるんだ。それは素直に嬉しい。できれば、上手く活かしていきたいところだね。


 ちなみに、“ゴブリンが妖精の一種”というのはヨルヴァの推測だ。その根拠は、僕らの使っている言葉。今まで考えたこともなかったけど、僕らの使っている言語は妖精語なんだって。これは妖精に属する種族が共通して使っている言語で、ケットシーも使っている。だから、リリネたちと意思疎通ができるってわけだね。


 妖精は魔法との親和性が高くて、基本的にどの種族も魔法を扱える。だから、僕にも魔法が使えるだろうとヨルヴァが言っていたんだ。


「みんな、ありがとう! でも、まだ一度使えただけだから、もっと練習しないと」


 魔法の使い方は意外に単純だった。世界へと干渉するための言葉を唱え、望む結果をイメージしながらマナを捧げるんだ。それらに釣り合いが取れていれば、世界は改変され、術者の望む結果が得られるんだって。


 とはいえ、簡単なのは手順だけ。実際に発動させるのは大変だ。言葉は暗記すればいいし、結果のイメージもなんとかなるけど、捧げるマナの量を見極めるのがとても難しい。多くても少なくても駄目なんだ。


 適量から大きく外れていれば魔法は発動しない。その場合、マナも消費しないからやり直すのは簡単だけどね。一方、適量から少し外れた場合、不完全な形で発動するんだって。十分な効果が得られないだけならいいんだけど、繊細さが要求される場面では大惨事を引き起こしかねない。魔法は便利だけど扱いが難しい技術なんだ。


 だからこそ、反復練習が必要になる。引き起こしたい事象に対して必要となるマナの量を徹底的に体に覚え込ませるんだ。これが魔法の訓練の基本なんだって。


 小さな壁を作ったのもそういった理由。大きな壁を作ると、それだけたくさんのマナが必要となる。反復練習を前提に考えると、あんまり望ましくないというわけ。マナの総量は個人によって異なるから、徐々に魔法の規模を大きくして自分のマナ総量を測るという意味合いもあるみたいだね。もっとも、いきなり大規模な魔法を発動させて、マナの枯渇で卒倒するというのも初心者あるあるらしいけど。


「よし、もう一回やってみよう!」


 さっき出した壁の隣に、同じサイズの壁を作ることを意識して呪文を唱える。変化はすぐに訪れた。僕のイメージした通りに土が盛り上がり壁となったんだ。


「やった!」

「連続で成功? 本当に凄い」


 おっとりとした口調だけど、リリネの表情にははっきりと驚きがある。ちょっとくすぐったいけど、やっぱり嬉しいね。


 調子に乗ってもう一度。今度は膝までの高さをイメージして魔法を使ってみる……けど、今度は不発だった。


「うーん。サイズを変えると上手くいかないな」

「その辺りは反復練習で感覚を掴むしか無いよ。何パターンか発動に成功すると、ある程度適切なマナの量が掴めると思う」


 さすがに、一度、二度の成功でコツを掴むとはいかないみたいだ。リリネからのアドバイスの通り、地道に訓練するしかないんだろうね。


 とはいえ、一度成功したから気は楽だ。自分に魔法を扱う資質があると確認できたからね。本当に資質があるのか疑いながらトレーニングするのは精神的な負担になるから、早めに発動が確認できてほっとした。


「訓練したらアタシにも使えるようになるのかな?」

「きっと使えるよ、フラルちゃん!」

「そっか。それならアタシにも魔法を教えてよ、リリネちゃん!」

「もちろんだよ!」


 僕が魔法を成功させたことで、フラルも興味を持ったみたい。急遽、トレーニングは魔法練習の時間となった。まあ、たまにはいいかな。


 リリネがフラルたちに魔法の概要を説明している。それを聞き流しつつ、僕は魔法で壁を作る訓練だ。マナを消費しすぎると倦怠感に襲われるらしいけど、今のところそんな兆候はない。ミニチュアサイズなら、それほど負担はないみたいだね。


 適切なマナ量を知るには実際に使ってみるしかないんだけど、むやみに探るのは効率が悪い。何か基準になるものが欲しいよね。こういうときに頼りになるのが、夢の世界の知識だ。


 大きさを比べる基準はいくつもあるけど……今回は体積で考えるのがいいかな?


「膝まで高さとして……イメージするのはミニチュア壁と比較して高さが四倍、幅が三倍、厚みが二倍にしようかな。体積だと二十四倍。マナも単純に同じくらい増えるとすると――……」


 壁の体積を参考にして必要なマナ量に当たりをつける。試しに概算したマナ量で魔法を発動したところ、狙い通り、膝くらいの高さの土壁が出現した。


「おお、できた! 成功……じゃないね。失敗だ」


 新しく生えた土壁は強度が足りなかったみたい。すぐに、ぐずぐずと崩れてしまった。きっと、マナが足りていないんだ。


「計算が雑すぎたかな? それとも、単純に体積には比例しない? もうちょっと正確に計算しないとわからないな」


 マナと体積の関係を導き出すにも、もっと明確な基準があった方がいいね。


「んー、長さで規定するのがわかりやすいかな。比重によっても結果が変わりそうだけど……まあ、まずは長さで良いか」


 ゴブリン社会に明確な長さの単位はない。距離や長さを伝えるときは歩幅や指の長さを基準にするんだ。当たり前だけど、人によってばらつきが大きくて、とても正確とは言えない。大雑把な距離を測るとかならともかく、マナの適量を探るには適してないんだよね。


 ケットシーはどうしてるのかな。こんなことならヨルヴァに聞いておけば良かった。リリネに聞いてもいいけど、フラルたちへの講義を邪魔するのは忍びないね。


 まあ、長さも夢の世界の単位を基準に考えればいいか。別に誰に伝えるわけでもなく、自分で感覚を掴むためのものなんだし。


 最初に作ったミニチュア壁は高さと幅が10cm弱、かな。ついでに厚みも10cmに合わせて、10×10×10の立方体をひとまずの基準として考えよう。まずは、これが作れないことには話にならない。


「うん、だいぶ安定してきた」


 何度か試してみると、基準の立方体は安定して作れるようになった。もっとも、物差しで測ったわけじゃないから本当に10cmになっているのかはわからないけど。


 とはいえ、重要なのはぴったり10cmにすることではなく、同じ長さに揃えることだ。並べて作ると高さ、幅、厚み、全てにおいて誤差はほとんどない。基準とする分には問題ないと考えて、次に進むことにした。


「次は……幅だけ二倍にしてみようかな」


 幅だけ二倍にすれば、体積は二倍。捧げるマナも二倍と考えて魔法を使ってみる。結果として想定通りに壁は作れた。


「幅はちゃんと二倍になってるかな?」


 その辺りに生えていた草の細長い葉をちぎり、真ん中で一度折りたたむ。たたんだ端を基準の立方体の端に合わせ、草の長さが一辺に相当するように長さを調整し、もう一方の端をまたちぎる。これでたたんだ草を戻せば、基準の二倍の長さのできあがりだ。


「おお、ぴったり二倍だ。比較対象が視界にあればすんなり二倍にできるみたいだね」


 体積とマナ量の関係を調べる前に少し脱線しよう。脱線というよりは下準備と呼ぶべきかな。指定の倍率を思い通りに作れるかどうかのテストだ。


 二倍幅の壁を作ったときには、基準の立方体のすぐ後方に壁を出した。つまり、二倍を意識しやすい状況にあったわけだね。これが視界外にあるとどうなのか。確かめるため、基準に背を向けて二倍幅の壁を作ってみた。


「んー、ちょっと足りない。やっぱり、基準がないと駄目なのかな」


 生成された壁の幅は、基準の二倍に合わせた草の物差しよりも僅かに狭い。何度か試してみたところ、基準が視界内にあればぴったり二倍にできるけれど、そうでなければ幅がばらつくようだ。


「サイズの規格化ができれば便利かと思ったけど、このままじゃ無理だね」


 少々気怠さを覚えながら、ぽこぽこと生えた壁を眺める。


 この場で体積とマナ量の関係を調べるだけなら、この基準の立方体を視界に入れたまま壁を作ればいい。だけど、意外と細かくサイズをコントロールできるので欲が出た。できればいつでもピッタリ同じサイズで作れるように絶対的な基準が欲しいよね。どうしても必要ってわけじゃないけど、何だか便利そうじゃない?


「ちょっとやり方を変えてみようか」


 今までは基準の幅に対して、倍率でサイズを指定していた。今度はやり方を変えて、具体的な長さを指定してみる。二倍幅だと、幅20cmで高さと厚みが10cmの壁だ。


 これまで作った壁が視界に入らない位置で、長さを指定した土壁を思い描き、呪文を唱える。その結果、ぱっと見た限りでは狙い通りの壁ができあがった。草の物差しで壁の幅を測れば、ぴったりと一致する。何度か試してみたけど、毎回ぴったりだ。誤差があってもごく僅かだと思う。


「おお、これは凄いんじゃない?」


 絶対的な数値を使うことで、基準の壁がなくても、精密に指定倍率の壁が作れるようになった。これで検証がしやすくなるぞ。


「おっとと……」


 なんだか少し頭が重たい感じがする。マナの使いすぎかな。とはいえ、今のところ魔法を使う上で問題は無い。だから、まだ平気。


 そのあと、壁の幅、高さ、厚みの条件を変更して、上手く発動するマナの量を確かめていく。結果として、土壁の体積とマナ量は比例関係でないことがわかった。生成する壁が大規模になるほど体積あたりの必要マナが増えるみたいだ。そこまで爆発的な増え方ではないけど、大規模な魔法になるほどマナ消費の面では効率が下がるってことだね。


 ある程度、増え方の計算式も推定できたので、初めて作るサイズの壁でも適量のマナを――……


「あれ……?」


 気がつけば目の前が真っ暗だ。どさりと音が聞こえる。体に鈍い痛み。


 これは……もしかして、転倒したのかな?


 それすらもはっきりしない。意識がだんだん遠のいていく。


 マナが枯渇すると……こうなる……んだ……

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