23. 魔法はあるんだ!

 翌日。僕らはいつものごとく訓練場に集まった。普段なら狩りに出かけるか訓練をはじめるかだけど、今日は他にも選択肢がある。


「ヨルヴァとリリネの家づくりを手伝おうか」

「うん。家がないと大変だもんね」


 僕の提案にイアンが頷く。フラルとキーナからも反対意見はなかったので、僕らは昨日焼き肉パーティをやった場所へと向かう。ケットシー二人の家はそのすぐそばに立つ予定だ。


「私もそろそろ自分の家を作らないとね。そう考えると、ちょうどいい機会だったかもしれない。参考にさせてもらおうかな」

「えぇ? キーナはずっとアタシんちに住めば良いじゃない」

「そういうわけにもいかないよ」


 イワアタマに家を追い出されたキーナは、結局、フラルの家に居候という形になっている。フラルの家族もキーナを気に入っているみたいだから、僕もそのままでいいんじゃないかなと思うけどね。世話になりっぱなしっていうのは落ち着かないのかも。


「リリネたち、昨日はグレの家に泊まったんだよね?」

「そうだよ。簡素な家だけど屋根があるだけマシだと思って」

「おや? グレゴリーの家は、かなりしっかりとしていたよね?」

「うん。僕もそう思う」

「まあ、そうなんだけどね」


 父さんと母さんはゴブリンとしては働き者だ。だからか、家も他と比べるとしっかりとした作りになっている。雨漏りもない、隙間風もない。ゴブリンの住まいとしては上等な部類だ。


 とはいえ、ケットシーにとってはどうかな。彼らの文化レベルは明らかにゴブリンよりも進んでいる。その基準からすると、僕の家も粗末な建物って認識なんじゃないかなと思う。まあ、それについて何か言われたわけでもないけどね。 


「ヨルヴァとリリネの着てた服って、僕らのよりも丈夫で整ってたでしょ? きっとケットシーはゴブリンよりも服を作るのが上手いんだ。そして、上手いのは服作りに限らないと思う。ヨルヴァたちなら僕のうちより立派な家を建てそうじゃない?」

「たしかにそうかも……」


 外との接触がないから、僕らは技術力の差というものを意識することがない。それでもかみ砕いて説明すると、イアンは朧気ながら僕の言葉の意図が理解できたみたい。


「わかった! ってことは、グレはリリネたちの家の作り方を覚えようと思ってるんでしょ!」


 今度はフラルが僕の考えを言い当てた。なかなか鋭い。実はそういう意図もある。きっと、僕の日頃の言動から推測したんだろうね。ちゃんと知恵が回る証拠だ。


 昨日、ヨルヴァから話を聞いたときにはショックだった。村の外のゴブリンは、まるでオークのように野蛮な存在みたいだ。けど、やっぱり僕らは違う。ちゃんとした知恵を持ち、仲間を助け、豊かな暮らしのために働けるんだ。


「そういうこと。よくわかったね!」

「えへへ……アタシ、グレの考えることなら、何となくわかるんだ~」


 恥ずかしそうにフラルが笑う。照れなくてもいいのにね。それはつまり、フラルにも文化的な生活の素晴らしさが理解できるようになったってことなんだから。誇るべき事だよ!


「うーん。グレゴリー、また何か勘違いしてそう」

「あの顔はきっとそうだね」


 うんうん頷いていると、イアンとキーナが呆れた目で僕を見ていた。


「何のこと?」


 聞き返したけど、答えは返ってこない。黙秘……ではなく、フラルの謎の踊りによって妨害されたんだ。


「余計なこと、言わなくて良いから!」

「そうかなぁ。グレゴリーは言わないと気がつかないと思うよ」

「あはは、フラルも意外とこういうことには臆病なんだね」

「イアン! キーナ!」


 謎の踊りは、イアンとキーナの口をどうにか塞ごうとした結果みたい。特に、イアンとは体格差があるので、手を届かせようとしてぴょんぴょん跳ねていたようだ。


 僕が気づかないことって何だろうと思ったけれど、フラルが話したくないなら無理に聞き出すのも気が引ける。それに、僕らには目的があるんだから、のんびりとしているわけにはいかない。


「ほらほら、遊んでないで行くよ。少しの情報も見逃したくないからね」


 じゃれる三人を急かして目的地へと向かった。


 程なくしてたどり着いた僕の家の裏手。その隣がリリネとヨルヴァの家が建つ予定の場所だ。あくまで予定。現段階では何もない敷地だったはず。しかし、そこには何故か見慣れぬ壁が出来ていた。


 壁の色は茶褐色だから、材質はたぶん土だと思う。だけど、僕のとこや、他のゴブリンの家とは明らかに違った。その壁は真っ平らに固められている。壁とは名ばかりの盛った土ではなくて、とても頑丈そうな土壁だった。


「え……あれ、もう建ってる? いつの間に建てたの!?」


 フラルが壁を指して大きな声を上げた。だけど、驚いているのは僕も同じだ。


「僕も知らないって! だって、家を出たときにはまだ何もなかったよ!」

「そうなの!?」


 そうなんだよ。だって、僕はヨルヴァたちと一緒に家を出たんだ。当然だけど、そのときは壁なんてなかった。


 訓練場までは往復でも簡単な食事を済ますくらいの時間しかかからない。夢の世界の時間単位で言えば、せいぜい十分程度だ。つまり、その短い時間でこの壁を作ったことになる。


「でも、まだ完成はしてないみたいだね」

「あ、本当だ」


 いきなり壁が出来ていたので動揺してしまったけど、落ち着いて見ればイアンの言うとおりだ。できているのは壁だけで、屋根はまだついていない。


「まだ手伝えることがあるかもね」

「うん! リリネを探そうよ!」


 まだ手伝えることがある。それはつまり、家づくりの秘密を探るチャンスがあるということでもある。まあ、こそこそ探らなくても聞いたら教えてくれるかもしれないけど、そこはそれ。聞くのと、実際に見るのでは得られる情報量が違うものね。せっかくなら、実際に作っているところが見てみたい。


 というわけで、何か手伝えることはないかとケットシーの二人を探す。


 土壁は一辺がゴブリンの歩幅で十歩くらい。それほどの幅はない。高さは幅の半分くらいだ。それが四面。このまま平たい屋根をつけたら豆腐ハウスと言われそうな形状だ。


 いや、茶色いから豆腐じゃなくて……なんだろう。チョコレート?


 ともかく、小さめの家なのですぐに裏に回れる。とことこ歩いて行くと、二人はすぐに見つかった。だけど、何故かヨルヴァがぐったりしている。


「ヨルヴァ、どうしました!?」


 緊急事態かと思い、慌てて駆け寄る。だが、二人に焦った様子はなかった。


「あ、みなさん。おはようごさいます」

「見苦しい姿ですまないね」


 リリネはニコニコと笑顔だ。ヨルヴァは苦笑しているけど、受け答えはしっかりとしている。思ったよりも平気そうだ。少なくとも深刻な状況ではないみたい。


「大丈夫ならいいんです。でも、どうしたんですか?」

「いや、少しマナを使いすぎてね」


 なるほど、マナの使いすぎか。それなら仕方がないね。


 ……ん?

 今、マナって言った?


 マナと言ったら、夢の世界のファンタジー小説では定番の言葉だ。多くの作品では魔法行使の際に使われるエネルギーとして描かれていた。ということは、ヨルヴァは魔法を使ったってこと? 魔法は実在するってこと?


 夢の世界では架空の存在とされるゴブリンやオークが、この世界には実在するんだもの。魔法だって実在してもおかしくはない。


 それでも、僕は今まで半信半疑だった。だって、村には魔法が使える人がいなかったから。呪い師なんていう魔法が使えそうな肩書きのウル婆すら魔法が使えなかった。それどころか見たこともないみたい。だから、この世界でも魔法は空想の産物なのかもしれないと思ってたんだ。


 でも、だよ。ヨルヴァの言った“マナ”という単語。そして、短時間で作られた土壁。その二つを照らし合わせれば、一つの推測が成り立つ。あの土壁、ヨルヴァが魔法で作ったんじゃないかな。


 まあ、推測なんかしてないで素直に聞けば話は早いんだけど。でも、期待が大きい分、違ってたらショックが大きい。変に緊張してしまって、なかなか質問できない。


「マナって、なぁに?」


 そうこうしている間に、僕の葛藤なんて知りもしないフラルがあっさりと聞いてしまった。問われたヨルヴァは顎に手を当てて、僕らを一瞥する。


「ああ、マナを知らないのか。いや、グレゴリー君は心当たりがあるのかな?」

「あ、いや、どうでしょう?」

「ふむ?」


 僕の知っているマナと同一のものなのか確証がないので、どうしても曖昧な返事になってしまう。それをどう思ったのかはわからないけど、ヨルヴァは気にした様子もなく説明を続ける。


「マナとは魔法の源。世界を改変するために必要なエネルギーだ」


 魔法の源。ヨルヴァははっきりと言った。今度こそ、間違いない。この世界には魔法があるんだ!


 魔法で何ができるのか。それはまだわからない。ただ、少なくとも短時間で土壁を作ることができるはずだ。それだけで十分に有用だよね。できることはきっと広がる。


「ヨルヴァ、僕に魔法を教えてください!」


 気がつけば、僕は深く頭を下げていた。


 僕に素質があるのかすらわかってないけど、まずは学んでみないと。たとえ習得できなかったとしても、魔法の知識があれば、それを生かす機会はきっとあるだろうから。


「ああ、構わないよ。もともと、儂の知識と引き換えに住処を提供するという話だったのだし」


 魔法を学ぶためなら何でもするくらいの覚悟だったけど、ヨルヴァはあっさりと僕の要求を受け入れた。住む場所と食事を提供するから話を聞かせて欲しいとは伝えていたけど、魔法を教えるのもその範疇ってことみたい。


 ヨルヴァが太っ腹なのか、それとも魔法がその程度のありふれた知識なのか。どちらにせよ、魔法について学ぶ機会が得られた。できれば習得して、生活向上のために役立たせたいものだね。

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