22. 戦士団長の正体
焼き肉パーティーの後始末をしていると、あっという間に夜が来た。完全に暗くなる前に解散だ。飲んだくれたおじさんたちも大人しく帰って行った。夜は活動に不向きな時間だからね。調理に火を使うようになった僕らだけど、明かりとして使うほど火の扱いに慣れているゴブリンはまだほとんどいないんだ。
「二人はここを使ってください。あまり広い部屋じゃなくて申し訳ないですけど」
僕はリリネとヨルヴァを部屋へと案内していた。客間と呼ぶと大袈裟かな。物置とまでは言わないけど、お客様をもてなすというにはほど遠い。とはいえ、屋根はあるし、干し草のベッドもある。野宿よりはマシなはずだ。
「いやいや、安全な寝床があるのは本当にありがたい。今晩は安心して眠れそうだ」
相好を崩してヨルヴァが言う。こちらに気を遣った言葉なのかもしれないけど、少なくとも僕の目には演技のようには見えない。
ヨルヴァは今、
どんな事情で二人はケットシーの集落から離れたんだろう。僕が踏み込むべきことじゃないと思うけれど、やっぱり気になる。
そうだね。聞くだけ聞いてみよう。意外に大した理由じゃないかもしれないし、断られたら素直に引き下がればいいだけだもの。
「あの――……」
「おーい。ちょっといいか?」
尋ねようとしたところで、僕の声は遮られた。振り返ると、父さんが部屋の外から顔を覗かせている。ヨルヴァとリリネに用事があるみたいだね。
二人は顔を見合わせたあと、代表してヨルヴァが答えた。
「何でしょう?」
「戦士団の団長が話を聞きたいらしい。少し協力して欲しい」
「団長……たしか、村の長なのでしたな。わかりました」
「まあ、そんなに構えることはないよ。少し事情を聞くだけだろうさ」
父さんの雰囲気に重々しいものはない。戦士団長直々の事情聴取と考えるとちょっと緊張するけど、意味合いとしては村長による面談ってところかな。僕が聞くまでもなく、大人たちがちゃんと話を聞くんだね。だったら、僕の出る幕はないかな。
それにしても戦士団の団長か。たしか、ガークって人だ。僕もいずれ戦士団に入るつもりだから、挨拶しておいた方がいいかも。
ヨルヴァたちが父さんに連れられて部屋を出る。僕もそれに続いた。
玄関に繋がる部屋がいわゆるリビングのようなみんなが集まる部屋だ。応接間なんて無いから、人を迎えるのもその部屋になる。
どんな人だろうとドキドキしながら部屋に入ると、そこでは母さんとソフィがお客と会話していた。思いのほか和やかな雰囲気だ。それもそのはずで、母さんたちが話しているのは父さんの友人だった
「あれ、ツヨイウデ?」
「久しぶりだな」
「うん、久しぶり」
僕が小さな頃はちょくちょく顔を合わせていたけど、最近は忙しいのか会う機会が少なくなった。最後に会ったのは村がオークに襲われた日だから半年以上前だね。
久しぶりに会えたのは嬉しいけど……あれ、戦士団長が来てるんじゃないの?
きょろきょろ部屋を見回すけど、それらしき人物はいない。代わりに見つけたのは父さんのニヤニヤ顔だ。
「もしかして、団長って……?」
「ははは! そうさ。コイツが団長のガークだ。驚いたか?」
「そりゃ、驚くよ」
何で教えてくれなかったの……という言葉は呑み込んだ。だって、父さんの顔を見れば明白なんだもの。代わりにジト目をお返ししておく。
そんな僕らの様子を見て、ツヨイウデ……いや、ガークが呆れた顔をした。
「何だ? 話していなかったのか?」
「いや話したはずだが……お前が団長になったときに話したきりだからな。まだ小さかったし覚えてないみたいだ」
父さんが言うには、一度は聞いてるみたい。だけど、全然覚えてないね。父さんも母さんも戦士名じゃなくてツヨイウデと呼ぶから、気づきもしなかったよ。
「いつから団長なの?」
「およそ三年前だな」
「そんな偉い人だなんて知らなかったよ」
「別に偉くもない。怪我で引退していなければ、ハナマガリが長になっていたかもしれん」
ガークが淡々とした口調でびっくりするようなことを言った。ハナマガリとは、つまり父さんだ。
「え、父さんって団長候補だったの?」
「そうだぞ」
思わず聞き返すと、ガークは事もなげに頷いた。びっくりして父さんを見ると、照れくさそうに頭を掻いている。母さんもニッコリ笑顔で頷いた。どうやら本当のことみたいだ。
父さんが戦士だったってことは聞いたけど、まさか団長候補だとは思わなかったよ。それはつまり、村で一、二を争う戦士だったってことでしょ?
そう言われて改めて見ると、父さんは体格が良い。イアンほどじゃないけど、戦士向きの体つきだ。長らく訓練をしていないせいか体はちょっと
「怪我をして一線を退くのは仕方がないが、それでも戦士団に留まり俺を補佐してくれれば良かったものを」
「ちょうど、コイツが生まれた頃だったからなぁ。それに戦えないヤツが戦士を名乗るのも
ガークが恨み言のようなことを口にすると、父さんがいやいやと首を横に振った。きっぱりとした拒絶だけど、そうはいってもその目は少し寂しそうだ。きっと、未練はあったんだろうね。
だけど、その顔はすぐに笑顔に変わった。
「ま、あと数年もすれば、俺の代わりにコイツが働くさ。コイツは俺なんかよりもずっと立派な戦士だ。お前もうかうかしていたら団長の席を奪われるぞ」
さっきの寂しげな眼差しはすっかり消えて、父さんがご機嫌で僕の背中を叩く。けほっと息が詰まるけど、父さんが嬉しそうだから抗議するのも躊躇われるね。
ただ、本人を目の前にした下剋上宣言はやめて欲しいなぁ。まあ、僕のプランとしても考えていたことだけどさ。
不遜とも言える発言だけど、ガークは気分を損ねることなく頷いた。それどころか、少し嬉しそうに口の端を上げている。
「そうだな。この歳であれほどの巨大猪を仕留めることができるなら将来は有望だ。相応の実力がついたなら喜んでこの席を譲ろう。団長の仕事など楽しくもないので、できるだけ早く頼むぞ」
途中まで強者の挑戦を受けるのが楽しみだってノリなのかと思ったけど、どうも違うみたい。これ、団長やめたいだけだね。最高権力者のはずなのになぁ。
まあ、そんなもんか。ゴブリン族の長だからといって、特別な権益があるわけじゃないもんね。森の恵みだけで生きている僕らには、富とか財産とかには縁がない。食事だって貧相なものだから、権力に物を言わせて美食の限りを尽くすなんてこともできない。出来ることと言えば防衛指示くらいだし、それだって主に体を張るのは自分を含めた戦士団だ。
そう考えると、戦士団って権力者っていうよりはボランティア集団って感じだね。だからこそ、みんなの尊敬を集めているんだろうけど。
腐った指導者がいない。そのことは歓迎すべきことなのだけど……この在り方は僕が村の暮らしを良くすると変わってしまう気がする。
例えば、お酒。今は自分で作って自分で飲むという形がほとんどだけど、一部はお裾分けとして友人・知人に流れている。お酒が作れることを知った人たちは、自分たちももっと欲しいと願うだろう。でも、材料は有限だから、全員が満足するほどにはお酒は作れない。
すると、どうなるか。きっと、優先的にお酒を手に入れられる人と、そうでない人が生まれる。戦士団は前者だ。日頃から体を張って村を守っているのだから当然だし、それが悪いこととは思わない。だけど、貧富の差は確実に生まれる。
それは良いことなのか。それとも悪いことなのか。
僕個人としては、ほどほどなら別に構わないと思う。他の人より良い生活をしたいっていうのは、努力の原動力になるからね。基本的に怠惰な気質のゴブリンは、そのくらいのメリットがなきゃ、きっと動かないもの。
まあ、どうであれ僕は文化的な生活を諦める気はないけど。ただ生活が豊かになれば、そういう変化もあるということは心に留めておいた方が良いだろうね。そして、その変化をできるだけ村にとって良い形にしよう。目標追加だね。
僕が考え込んでいる間に、ケットシー二人への面談が始まっていた。ガークが最初に尋ねたのは滞在目的とか期間だ。それにはヨルヴァが答える。
「そうですな……条件にもよりますが、できれば儂らはこの村に移住したいと思います」
移住……つまり、彼らは自分たちの故郷を捨てることになる。その理由は気になるところだけど、それには触れずに話は進む。ヨルヴァの言葉通り、条件の
ガークが提示したのは、ゴブリン村の基本ルール。といっても、人に暴力を振るってはいけないとか、当たり前のことだ。あとは、オークの襲撃のときには戦士団の指示に従うとか防衛上の決まりも少し。それだけなので、あっという間に終わった。
最初はふむふむと聞いていたヨルヴァだけど、話が終わったときには眉が下がって困り顔になっていた。そんな無理難題は言ってないはずなのに……と思ったけれど、彼が気にしていたのはもっと別のことだったみたい。
「な、なるほど。しかし、儂が聞きたいのはもうちょっと踏み込んだ内容でしてな。税や就業のルール、住民の義務などを聞かせて欲しいと思いまして」
なるほど。やっぱり、ケットシー族はゴブリンより複雑な社会を築いているみたいだね。
「……む?」
とはいえ、そんなこととは無縁に生きるゴブリンには意味がわからない。今度はガークの顔に困惑が浮かんだ。
お互いがお互いを「何言ってるんだ、コイツ」みたいな顔で見ている。こればかりは仕方がない。あまりに文化が違いすぎる。
「あのね、ヨルヴァ。ゴブリンには税とか義務とかないんです。みんな自由に生きてるので」
差し出がましいかと思ったけど、このままじゃ話が進まないと思って口を挟む。ガークはあからさまにホッとした様子だけど、逆にヨルヴァの困惑はますます深まったみたいだ。
「なんと……それで社会が成り立つのかね?」
「ああ、うん、どうかな? ヨルヴァたちからすると成り立ってないかも?」
何しろ商店もない、農業生産者も狩人もいない。いるのは防衛責任者だけだものね。基本的には必要なことは各々で何とかしなくちゃいけない。社会として成立しているかと言われると……どうなんだろう?
「とにかく、ゴブリンとケットシーの生活には大きな違いがあります」
「どうやらそのようですなぁ」
むむむと唸るヨルヴァと、オロオロと落ち着かないリリネ。せっかく二人が村に定住してくれそうだったのに、このままじゃ話が流れちゃうかもしれない。
だから、僕は提案する。
「二人の生活……最低限、食事については僕が用意するので、しばらく生活してみたらどうでしょうか。わからないことがあれば、僕が教えますし」
話を聞くだけじゃきっと実感がわかないと思うんだ。だから、とりあえず過ごしてもらうのが一番だと思う。生活水準は大きく下がるだろうから不満を覚えるかも知れないけど、それでも森を彷徨うよりはずっとマシなはず。
「ありがたい申し出だが、恩を受けるばかりと言うのも……」
「それなら話を聞かせてください。ケットシーの知識があれば、僕らの村ももっと豊かになると思うんで!」
「ふむ……なるほど」
ヨルヴァは少し考える様子を見せたものの、最終的には僕の提案を受け入れることにしたようだ。思惑通り彼らの知識を学ぶ機会も得られそうだし、僕としては言うことなしの結果だ。
それはいいのだけど。
「うむ。これで話はついたな。それでは、彼らのことは任せたぞ、ネジレタツノ」
僕とヨルヴァの話し合いが終わった途端、ガークはそう言うとそそくさと帰ってしまった。父さんが言うには「アイツ、ややこしい話は苦手だからなぁ。逃げたな」とのこと。
そんなわけで、なし崩し的にヨルヴァたちとの面談は終わってしまった。タイミングを逸したので、二人が故郷を離れた理由も聞けずじまいだ。
まあ、村に暮らすことになれば、聞く機会はあるか。
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