21. イワアタマの後悔

■□■


「ちぇ、何だよアイツら! 急に手のひら返しやがってよ!」

「しょうがないだろ。やっぱ俺たち、調子に乗ってたんだよ」

「……そんなことわかってんだよ」


 村の隅で六人の子ゴブリンが集まっている。彼らは、イワアタマを筆頭としたゴブリン村の不良グループ。つい先日まで二十人ほどの人数がいたが、今はこの六人で全メンバーだ。先日、グレゴリーとの勝負に負け、キーナがグループを抜けたことによって、彼らの求心力は地に落ちていた。


 いや、求心力など初めからなかったのだ。彼らはキーナの威を借りていただけ。脅しつけて強引に引き連れていた者たちは、キーナがグループから去った後、続け様に離れていった。彼らがグレゴリーたちに為す術もなく敗れたことも大きい。彼ら自身に実力はない張り子の虎であることが露呈してしまったからだ。


 彼らは自分たちを虎だと思い込んでいた。実際にはキーナの威を借る狐がせいぜいの役どころだったわけだが、そのときまでは自分たちが強くなったと、偉くなったのだと錯覚していたのだ。


 そんなとき、自分たちより年下の子供たちが戦士の誓いを立てている場面に出くわした。


 虎である自分たちでさえまだなのに、こんなチビたちに先を越されたという苛立ちがあった。戦士の誓いは軽々しくやるものじゃないという憤りがあった。


 とはいえ、相手は年下だ。所詮ごっご遊びの延長のようなものだろう。だから、ちょっと脅せば撤回するはずだ。揶揄からかってやれば、現実を知るだろうと思った。


 しかし、彼らは一歩も引かなかった。自分たちよりも幼い子供のはずが、何故か本物の戦士に見えた。


 そして、彼らと比較したとき、とある疑念がよぎる。自分たちは本物の虎ではないのではないか、と。意味がわからない。そんなはずはないと、否定する。しかし、心のどこかでは認めてしまっていた。


 何よりも驚いたのがキーナだ。普段つまらなさそうについてくるだけの彼女が、その日はとても楽しそうだった。あんな風に戦いを望む彼女は初めてだった。彼女は、グレゴリーたちを対等な戦士と見ている。そのことが、余計に彼らを苛立たせた。


 焦りと苛立ちが膨れ上がる。ちょっと揶揄うだけのつもりが、大袈裟な勝負になった。負けるわけにはいかない。自分たちが虎であることを証明してやる――――と意気込んで挑んだ勝負には惨敗した。自分たちより年下の子たちにあっけなくやられ、情けなくも逃げ出してしまったのだ。自分たちは、思うほど勇敢ではなく、強くもなかったことを悟ってしまった。


「……アイツら、凄えよな」

「そうだな。凄えよ」


 年上相手にも怯まずに言い返し、力で挑まれてもそれを跳ね返す。それだけでも凄いことなのに、彼らはおごることなく訓練を続けた。すぐに調子に乗って威張り散らした自分たちとは大違いだ。


 しかも、ついには彼らだけで巨大猪を退治するという快挙を成し遂げてしまった。死骸を盗み見たが、その巨体はオークにも勝る。その脅威は容易に想像できた。


 いくら戦士として鍛えたといってもキーナも成人前だ。彼女一人であの猪とやり合うのは無理であろう。ということは、あの三人が一端いっぱしの働きをしたのだ。


 果たして自分たちに同じ働きが出来たかと言えば……無理だ。きっと、その場にいても何もできずに震えているだけだったろう。


 やはり、彼らは戦士なのだ。自分たちとは違う、本物の。


 イワアタマたちもゴブリンだ。強い者には憧れと敬意を抱く。グレゴリーたちには屈辱を味合わされたが、今となっては恨みもない。だが、それでも苛立ちを覚えずにはいられなかった。


「くそぉ! くそぉ、何で……何で俺はぁ!」


 特に強い苛立ちを抱えているのはイワアタマだ。しかし、それはグレゴリーたちに対してではない。自分自身に対してだった。


「あ、また発作だ!」

「おい、落ち着け、イワアタマ!」


 あの日以来、イワアタマは発作的に物に当たり散らすようになった。地面や草ならいいが、ときに対象は堅い木や岩、自分の体になる。半ば自傷のような行為だ。そのたびに、羽交い締めするような形でイワアタマを止めるのが、仲間たちの役割になっている。


「あ、あぁ。すまねぇ……また、やっちまったかぁ」

「落ち着いたか?」

「ああ……」


 衝動は長くは続かない。全員で動きを封じればすぐに落ち着きを取り戻す。ただ、短い間でもイワアタマの体はあちこちが傷ついていた。仲間たちは痛ましい表情で見つめる。


「まだ心の整理がつかないのか?」

「……ああ」

「このままじゃ、お前の体が壊れちまうぞ」

「まあ、気持ちはわかるけどな……」

「売り言葉に買い言葉で、その気もないのにキーナを追い出しちゃったわけだからねぇ。そりゃあ自分が許せなくのなるのもわかるよ」

「あ、おい、馬鹿!?」


 仲間内でもデリカシーのない一人がイワアタマの心の傷をえぐる。それが引き金となり、再び発作的な衝動が彼を襲った。


「あぁ……ああ! 俺は! 俺はぁぁぁ! キーナ! キーナすまねぇ!」


 悪ぶって心にもないことを言ってしまったが、イワアタマは本当に後悔していた。彼はキーナを利用して同世代のゴブリンたちを威圧していたが、それでも家族としての情はあったのだ。


 いや、そうではない。いなくなって初めて気がついたことだが、イワアタマはキーナに恋をしていたのだった。周囲に対して強くあたっていたのも、好きな相手に自分を大きく見せようとしてのことだったと今となってはわかる。それが、あまり褒められた行為ではなかったことも理解している。


 初恋を自覚した時点で、状況は壊滅的だった。だからこそ、イワアタマは持て余した感情を物にぶつけるのだ。それが発作の正体だった。


「キーナ! おぉ、キーナァ!!」

「またか!」

「ぐぅ……今度の発作は激しいぞ!」

「抑えろ!」

「てか、お前! イワアタマは繊細なんだから気をつけろよ!」

「ご、ごめん……」


 今度の発作は長かったが、それでもどうにか落ち着かせることに成功した。だが、このままでは良くない。時が経てば落ちつくかと思っていたが、イワアタマの発作は酷くなるばかりだ。


「やるしかないか……」

「そうだな。俺たちだって鍛えたんだ。やれるさ!」


 グレゴリーたちに敗れて半年。彼らも何もしていなかったわけではない。グレゴリーたちの訓練を観察し、それを真似て鍛えていたのだ。ゴブリンらしく、多少サボったりもしたが、それでも以前に比べれば逞しくなった。


 立ち上がるならば今だ。もちろん、グレゴリーたちへ復讐なんて馬鹿な真似はしない。彼らと同じく、村のためになる実績を積むのだ。


「やろうぜ、イワアタマ! 俺たちもやれるってことを村のみんなに見せてやるんだ!」

「心を入れ替えて頑張れば、キーナも見直してくれるって!」

「まあ、それでキーナが戻ってくる保証はないんだけどね」

「「「「馬鹿!」」」」


 空気の読めない一名が余計なことを言った。他の全員で口を塞ぐ……が、遅い。


「キーナ! キーナァ! 俺が悪かった! すまねぇ!!」


 またもや暴れ出したイワアタマを取り押さえながら彼らは思う。これは前途多難だ、と。 


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