20. 焼肉パーティー

 びっくりするような話を聞いて頭が混乱しているけど、僕らは村に戻ることにした。村の外のこと、ケットシーのこと、色々聞きたいことはあったんだけど、ゴブリンの話が衝撃的すぎて結局聞けなかった。とはいえ、問題はない。ヨルヴァとリリネは僕らの村に滞在することになったからね。


 僕から話を持ちかけたんだけど、正直言って駄目元だった。だって、外のゴブリン族の所業を聞いたら、ねえ?


 それでも彼らがこの話を受けたのは、僕らを信頼してくれたから……じゃないよね、たぶん。


 ケットシーの住処がどこにあるのかは知らないけど、少なくともこの村の近くということはないはず。交流どころか噂すら聞いたことがなかったことを考えると、遙か遠くにあるんじゃないかな。


 それなのにたった二人で、しかも戦えない女の子を連れて森を移動するなんて普通じゃない。きっと訳アリなんだと思う。初対面で聞くには踏み込みすぎだと思うから、聞いてないけどね。


 ともかく、僕らはケットシー二人を伴って村に戻った。取り急ぎ、僕の両親に簡単な事情を説明した後、早速準備に取りかかる。何の準備かと言えば、それはもちろん――――焼き肉パーティーだ!


 あ、いや、ケットシー族の来訪については父さんから戦士団やウル婆に伝えられると思うし、僕からあえて報告することでもないからね。ヨルヴァやリリネの生活基盤を整える準備も必要だけど、ほら、その前に腹ごしらえも必要でしょ?


 だから、今は肉を食べる!

 ソフィも待ってるからね!


 だって、折角の新鮮なお肉だよ。これを無駄にするなんてできない!


 血抜きさえできていれば焦る必要はないんだろうけどね。でも、今回の大猪はうまく処理できたとは言えないんだよ。あれだけ大きいと吊して血を抜くというわけにもいかないし、そもそも心臓が止まってたからなかなか血も出なかったみたい。切り分けるのも大変で、普段使ってる石のナイフじゃろくに解体できなかった。ヨルヴァから鉄のナイフを借りてようやくだ。


 というわけで、肉の保存は諦めざるを得ない。この森の環境じゃ、すぐに腐敗が進んで味が落ちちゃう。だから、知り合いを集めてぱぁっと食べてしまおうと考えたんだ。さすがに僕らだけじゃ食べきれないからね。


 まあ、知り合いを招いて、その場でリリネたちを紹介しようという思惑もある。同じ釜の飯を食った仲、だっけ? そういう言葉が、夢の世界にはあるんだ。美味しいご飯を食べて一緒に笑えば、きっと二人は村に受け入れられるし、二人も村を好きになってくれるんじゃないかな。


 会場は僕の家の裏手。ここには簡単な竈が作ってあるので、調理スペースとしてちょうど良いんだ。


 僕はひたすら肉を焼く係。僕らが肉串を作ってはお裾分けしているから、ここにいる面々には“焼く”という調理にそれなりに馴染んできている。だけど、実際に調理までする人は数えるほどしかいないんだよね。


 僕の他には、イアンとキノボリも調理係だ。イアンは焼いた肉の大半を自分で食べてるから、調理係とカウントしていいのか怪しいところだけど。


 本当はソフィの面倒を見てあげたいところなんだけど、僕がこの場を離れると肉の供給が追いつかなくなるから仕方がないね。代わりにフラルが面倒をみてくれているみたい。


「おにくぅ! おにくぅ!」

「あはは、ソフィはご機嫌だね。あ、そっちはダメだよ! まだ熱いからね」

「フラルも食べなさいね。ソフィの面倒は私が見るから大丈夫よ」

「私もお世話、するよ」

「わ、私も少しくらいなら……」

「レンデミルもキーナも、ありがとうね」


 うん、フラルたちは仲良くやってるね。珍しくキーナがそわそわしてる。小さい子に慣れていないのかな。どう扱っていいのか困っているみたい。あの辺りは平和だね。


「急に押しかけて申し訳ない」

「受け入れてくださってありがとうございます」

「いえいえ、息子のやったことですから、俺は特には……」


 向こうではケットシーの二人が、父さんに挨拶している。普段おおらかというか何でも笑って受け流しそうな父さんが目を白黒させているのが面白い。今までゴブリン以外と関わる機会なんてなかったから、どう対応していいのかわからないんだろうね。


 ヨルヴァとリリネの宿泊先だけど、今日のところは僕の家に泊まることになった。明日以降は、自分たちで家を作ると言ってるけどね。一応知り合いということで、僕の家のそばに住むつもりみたい。ご近所さんだ。その方が僕らもフォローしやすいし、話も聞きに行きやすいからありがたい。


 父さんたちのところも概ね平和。問題は駄目な大人たちが占拠している一角だ。


「うぇい! 肉がうめえ! 酒を飲みながら食う肉は最高だな!」

「グレゴリーたちのおかげだな! いやあ、ハナマガリもいい息子を持ったなぁ! って、あれ、ハナマガリは?」

「あそこで、お客の相手をしてるよ! さすがに酒を飲んでる場合じゃないみたいだな!」

「なんだ、そうなのか! じゃあ、代わりに俺たちが飲んでやろうぜ!」


 がははと笑う酒飲みたち。彼らは呼んでもないのに現れて肉を食べている。いや、父さんが呼んだのかもしれないけど。


 まあ、いいんだけどね。おじさんたちには、お酒作りのついでに砂糖や酢を作ってもらってる。一応は協力者と言えなくもないからね。サトウキビ畑も試してもらってるし。


 ただ、ちょっと騒ぎすぎじゃないかなぁ。


 注意しようかと思っていたら、そちらにウル婆が向かうのが見えた。ベテラン呪い師が注意してくれるのなら、僕の出る幕はない。


「アンタら、何をやってるんだい! 飲み過ぎだよ!」

「何だよ、婆さんまでそんなこと言って」

「わかってるよ。飲み過ぎは体によくないって言うんだろ?」

「大丈夫、大丈夫! こんなの飲んだうちに入らないよ!」


 ウル婆の注意をダメ大人たちが笑い飛ばす。酔っ払いの大丈夫ほど信用ならない言葉もないよね。


 だけど、さすがはウル婆。すかさず、酔っぱらいたちを怒鳴りつけた。


「馬鹿言ってるんじゃないよ! アタシが言ってるのはそういうことじゃない――――そんなに飲んだらアタシの飲む分が減っちまうだろうが!」


 あ、あれ?


「おい、婆さん。そりゃ横暴だろ!」

「そうだぞ。年寄りなんだから、アンタは体に気を遣え」

「はん! アンタらなんかよりアタシの方がよっぽど健康さ! 呪い師の知識で体調管理もばっちりだからね! 全ては美味い酒を飲むためさ」

「な!? ずりぃぞ!」

「はは! アタシァ、酒を飲むためなら手段を選ばないよ!」


 あ、うん。あそこは駄目だ。放っておこう。


 焼いてるばかりじゃつまらない。僕も少し食べよう。自分用に確保していた肉に胡椒を振りかけた。胡椒の実じゃなくて、それを乾燥させてできたブラックペッパーだ。食べるとピリッとした辛さが口に広がった。

 

「へぇ。猪も美味しいね」


 初めて食べた猪肉はとても美味しかった。臭みがあるイメージがあったけど、そんなこともない。狩ってすぐに食べたからかな。肉は熟成させると美味しいって話だけど、そういうのは血抜きしたり冷蔵したりしないと駄目なんだろうね。


「むぐ……グレゴリーは乾燥胡椒で食べてるの? それも美味しいよね!」


 イアンが口をもぐもぐ動かしながら、話しかけてくる。そういう彼が使っているのはマスタードだ。カラシナの種子を粉末状にしたものに酢や砂糖を混ぜて味を調えてある。まあ、原料のカラシナは森で見つけたそれっぽい植物だから、夢の世界のマスタードとまるっきり同じってわけじゃないけど。でも、味はかなり近い。


 文化的生活を目指して半年が経った。村の人たちにも恩恵がわかりやすい食事の改善に重点を置いたおかげで、それなりに成果が出ている。特に調味料の開発で、村人にも調理の概念が芽生えはじめているのは嬉しい。まだ調味料を使って味を変えてみるくらいで、とても料理とは言えないけどね。それでも素材そのものを食べていただけの今までを思えば大きな前進だ。


「マスタードに胡椒か。それもいいが、そろそろ例のヤツ、試してみないか?」


 僕らの話にキノボリも乗ってきた。


「例のヤツ?」

「ほら、グレゴリーが“ウスターソース”とか言ってたヤツだよ」

「ああ。たしかに、そろそろいいかもね」


 ウスターソースは、魚醤なんかをベースにして野菜を漬け込み発酵させて作る。ここは森の中だから魚醤はないけど、代わりにヤシ酒をベースにして試してみたんだ。


 漬け込んだのは、リンデの実なんかの果物とカラシナの葉っぱや野菜類。あとは塩と胡椒を加えた。二週間くらいで発酵が進みドロドロの液状になったから、それを定期的にかき混ぜて熟成させていたんだ。


 正直言ってウスターソースとは別物だけど、まあいいかと思ってそのまま呼んでる。他に良い名前が思い浮かばないしね。


「試そう試そう!」


 イアンは乗り気だ。その反応に気をよくしたキノボリはニヒヒと笑って、「取ってくる」と走っていってしまった。おかげで焼き手不足だ。できれば、食べるだけじゃなくて、作る方にも興味を持つ人が増えて欲しいなぁ。まあ、それはおいおいか。


「……あ」

「どうしたの?」


 ふいにイアンが声を上げた。理由を尋ねると、目配せであちらを見ろと指示される。振り向いた先には、数人のゴブリンが木々の合間からこちらを覗いていた。


「ああ、イワアタマたちか」

「うん……」


 特に何をするでもない。ただ見ているだけだ。


「あ……」


 お互い様子を窺っているので、目が合うのも時間の問題だった。見られていることに気がついたイワアタマが僕をきつく睨む。でも、それだけ。すぐに、仲間を連れて立ち去ってしまった。


 うーん、たぶん恨まれているんだろうな。


 僕個人としては、彼らを嫌っているわけじゃない。戦士の誓いを馬鹿にされたことは腹が立ったけど、迷惑を掛けられたのはそれくらいだから。


 ただまあ、和解はなかなか難しいのかも。キノボリが蛇蝎だかつのごとく嫌ってるからなぁ。


 そんなことがあったけど、焼き肉パーティーは何事もなく終了した。イワアタマたちの行動は謎だったけど、本当にただ見ていただけだったみたい。ケットシー二人も最後にはかなり馴染んでいたので、親睦会としても大成功だ。


 ちなみに、キノボリの持ってきたウスターソースは意外にもそれっぽい味になっていた。これでまた食生活が充実するね! ただ、調味料に偏ってるのがちょっと悩みどころかな。新しい料理も作りたいところだけど、なかなか手が回らないねぇ。

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