17. 森に響く悲鳴

 しばらくすると、へたり込んでいたフラルも復活したので早速狩りに出かける。ちなみに狩りの目的は訓練の一環という意味合いが大きい。森の中を歩き、気配を殺して獲物を狩る。ある意味実戦的な訓練だ。正面から一対一で戦うのとは違うけど、また別の強さを鍛えられる……んじゃないかな、きっと。


 もちろん、肉の確保も目的の一つだ。とはいえ、肉に関しては以前に比べると少しだけ優先度が落ちてるんだよね。何故かと言うと、野ウサギの飼育に成功したから。


 ちょっと広めのエリアを柵で囲ってその中に放し飼いにしてるんだけど、意外と簡単に増えた。毎日食べるってわけにはいかないけど、僕らが数日おきに食べるには十分なほど増えてる。ウサギの繁殖力って凄いよね。餌が豊富にあるっていうのもあるんだろうけど。


「ところで、グレゴリー。その石ころは何?」


 村の外に向かう最中、僕が肩にかけているものを見てイアンが聞いてくる。


「ああ、これ? これはボーラだよ」

「ふぅん?」


 イアンが興味を持ったのはボーラだ。長くて丈夫な草を編んで作った縄の両端に大きめの石塊がくくりつけてある。僕の知識をもとに、キノボリに作ってもらったんだ。


「獲物を捕まえるための道具だね。使い方は単純で、獲物の足下を狙って投げるだけ。うまくいけば、足に絡まって獲物の移動を阻害できる」


 使い方を説明しても、フラルとイアンの反応は鈍い。


「ウサギを捕まえるのに、そんな道具いらないよね?」

「そうだよね。いつも石を投げて捕まえてるし」


 二人の言うとおり、獲物が野ウサギならボーラは必要ない。石を投げればそれで十分。一投で仕留められなくても、まともに当てれば動きが鈍くなるからね。


 つまり、ボーラで狙うのは別の獲物ってこと。それに気がついたキーナがニヤッと口の端をつり上げた。


「なるほど。そろそろ違う獲物に手を出すって事だね」

「そういうこと。まあ、見かけたら、だけどね」


 今まで、狩りの獲物は野ウサギに絞ってきた。理由は単純で、他の獲物を狙うにはまだまだ実力が足りていないと判断したから。


 大型の獣や肉食獣に限らず野生動物は危険だ。草食動物だって大人しいわけじゃないしね。例えば、鹿は身体能力が高く、意外と気性が荒い。特にオスには立派な角があって非常に危険だ。迂闊に攻撃をしかければ手痛い反撃を受けることになる。


 とはいえ、そろそろ他の獲物も狙ってみようかと考えているんだ。戦士として誓いを立てている以上、害獣と戦うことは当然あるだろうし、もっと恐ろしいオークとだって戦うことになるはず。だから、経験を積んでおいた方がいいかなと思って。


 狙うなら中型の動物かな。さっき例に挙げた鹿でもいいし、ダチョウのようなデカくて飛ばない鳥もいるので、そっちでもいいかもしれない。


 僕らの武器は手製の槍とスリングだ。


 槍には先の尖った石を固定してある。ナイフ代わりとして使う石だ。上手く突けばそれなりの手傷を負わせることができるんじゃないかな。野ウサギ相手には必要ないので、実際に使ったことはないけど。


 一方で大活躍なのがスリングだ。遠心力を利用するので、ただ投げるよりも威力が高まる。クリーンヒットすれば、俺らの力でも野ウサギを気絶させることができるので非常に便利だ。


 他に長い葉を雑に編んだ袋も持っている。あまり丈夫なものではないけど細々こまごまとしたものを運ぶには便利なんだ。これもキノボリが作ってくれた。


 できれば革袋が欲しいんだけど、鞣し作業があるから作るのが大変なんだよね。だけど、作り方を教えたらキノボリが作ってくれるかもしれない。彼は最近、物作りの楽しさに目覚めたんだって。砂糖作りに使う竹筒の加工したことがきっかけみたい。今じゃ、それ以外の道具作りにも積極的に関わろうとしてくる。立派な物作り隊長だ。


 以上が狩りに出るときの標準装備。今回はこれにボーラを追加で持っている。


 残念ながら弓矢はない。作れなくはない……というか、実際に試作してみたんだけど飛ばす力が弱くて玩具と大差がないできだった。鏃は石でもそれなりの殺傷能力は確保できるけど、問題は弓の弦だ。素材候補は植物繊維か動物の筋繊維だけど、どちらも現状では耐久性に欠けるんだよね。


 遠くまで飛ぶ弓を作るには弦を強く張らなきゃ駄目だ。つまり、それらの素材じゃ実現不可能ってわけ。限度ギリギリで作っても、飛距離も威力も酷いものだった。そんなわけで弓矢は使わず、代わりにスリングを採用したんだ。


「罠も見ていく?」

「そうだね。そうしよう」


 野ウサギを飼育するようになっても、罠による狩猟は継続している。飼育されたウサギだけじゃ、毎日食べるほど肉は確保できないからね。


 罠は獣道のそばに分散して仕掛けてあるので、狩りのついでに確認して回る。少し手を加えてあるとはいえ、以前、僕がひとりで作ったくくり罠と大差ない。ほとんど運任せな仕掛けだから、成果がなかったとしても当たり前。上手くかかっていたら、ラッキーって程度のものだ。


 だけど、こういう結果は予想していなかった。


「ここの罠も壊されてるよ」


 かがんだフラルが、悲しげな表情で足下を見ている。その言葉通り、そこには無残な罠のあとが残されていた。くくり罠に使った縄が引き裂かれて捨てられている。餌としていた豆も踏み荒らされていた。


「自然に壊れたわけじゃないよね、これ」

「だろうね」


 その場にある物で作った簡易な罠だから、何かの拍子で壊れちゃう可能性は十分にあり得る。しかし、ここで三カ所目だ。複数箇所が同じように荒らされているのはおかしい。意図的に破壊されたように見えた。キーナも同意見らしく、僕の呟きを肯定する。


「縄もズタズタだし、誰かの悪戯かな?」


 イアンが首をひねる。動物の仕業と思えないのは彼の言うとおり。罠にかかった野ウサギが逃げるためにやったのなら、縄はここまでズタズタに引き裂かれてはいないはずだ。


「やるとしたら……イワアタマ、とか?」


 犯人候補としてフラルが挙げたのは、以前、僕らといさかいを起こしたイワアタマだ。だけど、フラルも確信があるわけじゃないみたい。むしろ、しっくりこないのか、表情に冴えがなかった。


 あの騒動以来、イワアタマは取り巻きを大きく減らしている。今では五、六人の小集団だ。


 僕らとの関係は変わらず微妙なまま。とくに衝突もしていなけど、和解もしてない。お互いに距離を取ってるから、接触すらない状態だ。ときおり、遠くから睨まれてることがあるので、友好的に思われてはいないと思うけどね。


 とはいえ、彼らがこんな悪戯をするかと言われると、僕もピンとこない。決して友好的じゃないし、喧嘩をふっかけてきてもおかしくない関係だけど、この手の嫌がらせはどうもイメージと結びつかないんだ。


 その理由はキーナの言葉で理解できた。


「イワアタマならもっとわかりやすく自分がやったとアピールすると思うよ」

「ああ……そうかも」

 

 彼は派手好きというか目立ちたがりというか、裏でコソコソではなく表で堂々と悪さをするイメージがある。以前も乗り気じゃない子まで無理矢理引き連れていたし、常に注目を集めたいと思ってるタイプだ。だから、何も言わずに、ただ罠を壊すってやり方がイメージに合わなかったんだろう。


「じゃあ、誰がやったの?」

「心当たりはないけど……」


 四人でううんと唸りながら考えてみるけど、答えは出ない。一番最初に音を上げたのはイアンだった。


「手がかりもないし、考えてもわからないよ。それよりも狩りを再開しよう」


 まあ、そうだね。証拠がない限り、想像を重ねたところで推論でしかない。それに犯人に目星をつけたって、お腹が膨れるわけでもない。それよりは狩りで獲物を確保した方が有意義だ。


「異論はないよ。私も考えごとよりも体を動かす方が得意だしね」

「アタシも!」


 キーナとフラルからも反対意見はでなかったので、罠はそのまま放置して狩りを再開する。


「罠を壊されたのは残念だけど、もともとそれほど効率は良くなかったからね。これを機会に、飼育の方に力を入れた方が良いかも」

「うん。もっとウサギを増やそう!」

「そしたら、毎日、お肉が食べられるね!」


 獲物を探しながら、ウサギの飼育数を増やす提案をしたら、イアンとフラルがノリノリで賛成してくれた。でも、わかってるのかな。飼育数を増やすためには、しばらく食べる数を減らさないといけないんだけど。


「いや、キミたち。そろそろ、静かにしないと」

「あ、そうだね。ごめん」


 ちょっとお喋りが長すぎて、キーナから注意を受けてしまった。野生動物は音に敏感だから、狩りの間はお喋り厳禁だ。そこからは、みんな静かに森を歩いた。


「……いないね。アタシが騒ぎすぎちゃったから?」

「そんなことないと思うよ。お喋りしてたのは、ずいぶん前なんだから」

「イアンの言うとおりだね。これだけ歩いて姿すら見ないというのはおかしい」


 しばらく歩き回ったけれど、野ウサギどころか他の動物すら見かけなかった。姿どころか気配も感じない。こんなことは初めてだった。お喋りしていたのも最初だけ。だから、騒がしいということもないはずなんだけど。


 何故、こんなにも動物たちを見かけないんだろう。もしかして、何らかの脅威を感じ取ったから、とか……?


 ゴブリンを侮っているのか、この森の野ウサギたちは僕らを見かけてもあまり逃げようとしない。だけど、本来は臆病な生き物だ。もし、この周辺に脅威となる存在が現れたとしたら。敏感に危機を察知して、身を隠しているのだとしたら。


「ねえ、みんな。今日の狩りは――……」


 中止にしよう。そう提案しようとしたときだ。 


「キャァァア! ヨルヴァ! ヨルヴァ、しっかりして!」


 突然、甲高い声が遠くから聞こえてきた。明らかに尋常ではない叫び声。僕たちは顔を見合わせる。


「何だろう?」

「あの声は普通じゃないね。確認した方がいい」

「そうだね!」

「あ、ちょっと、みんな!」


 困ったことに、三人は声がした方に駆けだしてしまった。放っておくわけにもいかず、すぐに僕も彼らを追って走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る