16. 焼き餅?

 ソフィが生まれてから半年が経った。ムクロジの石けんを使って、清潔さには気をつけてるつもりだけど、まだまだ衛生的とは言えない環境だ。それでも、病気にもならず、すくすく元気に育っているからひと安心ってところだね。もしかしたら、ゴブリンは種族的に病気への耐性が強いのかもしれない。


 ゴブリンの成長は本当に早くて、ソフィはすでに一人で歩ける。覚束ない足取りでどてどて走ったりするからちょっと心配だ。ハイハイを始めた頃から、なるべく体を動かすように遊んでいたからそのせいかな。


 元気よく動き回るソフィに、両親は少し大変そうだ。特に、のんびり屋の母さんは珍しくあたふたしている。


 それでも面倒臭いとソフィを放置したりはしない。それは父さんも同じだ。お酒作りに混じってたまに羽目を外すことはあるけど、基本的には母さんと交代でソフィの面倒を見ている。


 ゴブリンは怠け者で子供への名付けも適当だけど、愛情深いところはあるのかもね。他の家のことは知らないけど、ネグレクトみたいな話は聞いたことがない。


 もちろん、僕もできる限りの協力はしているつもり。でも、僕には僕のやることがある。それはもちろん村の生活を豊かにすることだ。


 最近では、両親や村の人たちも期待してくれてるみたい。新しいことを始めても、変な目で見られることはないし、応援してもらえることも多い。まあ、積極的に協力してくれるのは、自分たちに大きなメリットがあるときだけだけどね。お酒作りとか。


 その役割を果たしに出かけようとしたところで、ソフィに見つかってしまった。そのまま、たたたと駆けくる。頭を突き出して勢いのまま走ってくるので受け止めるとき少し痛い。短いとはいえ角も出てきたからなぁ。


「にぃに! おにくぅ? おにくぅ、たべゆ?」


 頭をぐりぐりと押しつけながら、ソフィが聞いてくる。舌足らずだけど、ソフィはすでに二語三語の言葉なら話すんだ。とても賢いよね!


 ……まあ、ちょっと兄馬鹿が入っていることは否定しないけど。


 実はゴブリンって言葉を覚えるのも早いんだ。ほとんどの子は一歳になる頃には意思疎通に不自由ないくらいには喋るんだって。だから、ソフィが際だって言葉を覚えるのが早いというわけじゃないんだよね。


 そう考えると、ゴブリンって意外と賢い生き物なのかも。きっと潜在能力は高いと思うんだ。怠惰な性質が邪魔をして全く発揮されていないけどね……。


 いや、ソフィはそんなダメゴブリンにはしないよ!

 僕が立派なレディに育ててみせるから!


 ちなみに、ソフィの言う“おにく”は僕が作る焼肉料理のこと。“たべゆ?”は“食べるか?”という意味じゃなくて、“私が食べることはできるか?”ということみたい。つまり、僕が狩りに出かけると察して、おねだりしに来たんだ。


 さすがは僕の妹だね。賢い!


「ははは。ソフィはお肉が好きだねぇ。頑張って獲ってくるから待っててね?」

「ああい! おにく!」


 わかっているのか、いないのか。ソフィは元気に右手を挙げた。それを母さんが後ろから抱き上げる。


「もう、ソフィ。お兄ちゃんの邪魔しちゃダメよ」

「めぇめ! おにく! おにくぅ!」

「はいはい。お兄ちゃんを見送りましょうね。気をつけてね」

「うん、行ってきます」 


 じたばた暴れるソフィの手を握り、母さんが強引に手を振らせている。ちょっと可哀想な気もするけど、相手をしているといつまでも家を出られない。母さんに任せて、目的の場所へと向かった。


「あ! グレ、やっと来た! おっそ~いよ。時間過ぎちゃってるよ~?」


 しばらく歩いたところで、ぴょんぴょんと跳ねて手を振るフラルが見えた。隣にはイアンとキーナもいる。どうやら、僕が最後だったみたい。


 集合場所はいつもの訓練場。最近では筋トレだけじゃなくて、棍棒を使った模擬戦なんかもやっている。すっかり僕らの場所って感じだ。定期的に雑草を引き抜き踏み固めているから、今じゃグラウンドみたいに整備されてるよ。


 その一角には、短めの棒が刺さっていた。これは僕らが作った簡易的な日時計だ。


 棒の周囲には幾つかのそれぞれ色の違う石が埋め込んである。棒の影と石の位置関係で大まかな時間はわかるんだ。もちろん、正確な時間がわかるほどの精度はないけどね。


 同様のものを僕たち三人の家の前にも作ってある。同じ色の石には同じタイミングで影が掛かるようになっているので、それを集合時間の目安にしているんだ。


 今、日時計の影は赤い石と重なっている。これが重なるまでに訓練場に集まる約束だったので確かに遅刻だ。少し、ソフィに構い過ぎたかな。


「ごめん。遅れたみたいだね」


 僅かとは言え遅れたのは事実なので素直に頭を下げる。


 イアンとキーナは気にした様子はない。だけど、フラルはぷくぅと頬を膨らませ、不機嫌そうな態度を崩さなかった。


「どうせまたソフィと遊んでたんでしょ?」

「え、うん。まあ、そうだけど」


 びしりと指を突きつけられ、ちょっとたじろぐ。事実なので、何も言い返せない。


 いや、一度目の遅刻なら言い訳くらいするけどね。でも、同じことで、もう何度もやってるからなぁ。変に言い訳しても火に油を注ぐだけだ。


「まぁまぁ、ソフィはまだ小さいんだから」


 見かねたイアンが仲裁に入ってくれる。彼は少し困った顔。一方で、キーナは何が面白いのかニヤニヤしてる。


「フラル。相手は妹なんだから、焼き餅焼いても仕方がないよ」

「や、焼き餅じゃないもん!」


 フラルが顔を赤くして叫ぶ。まだまだ怒りが収まらないみたい。


 うーん、焼き餅か。本人は否定しているけど、どうなんだろう。


 フラルたちは文化的生活を理解し、協力してくれる仲間だ。ソフィは大切な妹だけど、だからといって、みんなのことを蔑ろにするつもりはない。日頃から感謝は伝えているつもりだったけど、まだまだ不足しているのかもね。もうちょっと行動で伝えた方がいいのかな。


「ごめんね。それにいつもありがとう。フラルが協力してくれるから助かっているよ」

「ふわぁ……!」


 早速、実践ということで、フラルの頭をソフィにするようにゆっくりと撫でてあげた。すると、フラルの顔が更に赤くなる。緑の肌でもはっきりとわかるほどだ。


 怒り……ではないよね。恥ずかしさかな?


 さすがにソフィと同じ扱いは、よくなかったかも。この年頃の子供の扱いは難しいね。まあ、僕も同い年なんだけど。


 まあ、不愉快ならはねのけたり、やめるように言うよね。それがないってことは問題ないってことだ。そう考えてしばらく撫で続けると、フラルはぺたんと座り込んでしまった。


「ちょ、ちょっと、フラル。大丈夫?」

「だ、大丈夫~」


 心配して声をかけると、フラルは顔を俯かせたままひらひらと手を振った。あまり大丈夫そうではないけど、イアンからも「放っておいてあげて」と言われたので、ひとまずそのままにしておこう。


 さて、次はイアンを撫でる番だね。とはいえ、彼は僕より背が高い。頭を撫でるには僕の身長が足りないんだよね。


 トレーニングと動物性タンパク質のおかげか、僕もフラルも同世代のゴブリンより良く成長している方だと思う。でも、イアンには遠く及ばないんだ。もともと大きかったけど、半年でさらに育った。今では、体格も筋力も並の大人では叶わないほどだ。


「グレゴリー、もしかして僕も撫でようとしてる? いらないからね。たぶん、ちょっと勘違いしてるよ……?」

「え、そう? 遠慮しなくていいんだよ?」

「遠慮じゃないよ。本当に必要ないからね」


 まずは座ってもらおうと決めたところで、イアンからは撫でるのは不要だと言われてしまった。まあ、要らないというなら無理に撫でるつもりもないけどね。


「じゃあ、次はキーナかな」

「いや、そうじゃないでしょ。本気で言ってるの?」


 ニヤニヤ笑ってたはずのキーナが、心底呆れたって顔で僕を見てる。彼女が笑顔以外の表情を見せるのは珍しいんだけど、まさかこんな呆れ顔を向けられるなんて思ってもみなかったよ。


「え、本気だけど? もしかして、年上だから遠慮してるの?」

「違うって。グレゴリーって頭が良いけど、ちょっと変わってるよね」

「あはは……」


 キーナが額を抑えて、首を振る。イアンも苦笑いだ。


「これはフラルも大変だね」

「そうだねえ」

「何の話? フラルならちゃんと労ったでしょ?」

「やっぱり、そういう発想か」

「まあ、グレゴリーだもんね」


 よくわからないけど、やっぱり呆れられているみたい。そんなにおかしな事、したかな?

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