15. お酒は燃料

 樹液をお酒造りために分けてあげようと言えば、フラルやレンデミルから白い目で見られるのは間違いない。とはいえ、お酒を諦めて欲しいとも言えない。ウル婆だけじゃなく、おじさんたちからもギラついた目を向けられているんだ。そんなことを言えば、また肩を掴まれてがっくんがっくん揺すられちゃう。


 進退窮まった状況。だけど、幸いにも僕には解決策に心当たりがあった。


「樹液以外のものでお酒を作ったらいいんじゃないですか?」

「それができたら苦労はしないんだよ、グレゴリー!」

「ま、まあ、落ち着いてください」


 荒ぶるウル婆をどうにか宥める。まだ話の途中だからね。


「まず前提条件ですけど、甘いものは大抵お酒になります。というか、甘い成分がお酒に変わるんです」

「なるほど、確かに果物なんかは酒に変わるね。あれも果物の甘さが酒になってるってわけかい」


 心当たりのあるウル婆はむぅと唸る。今までは果物の自然発酵に頼っていたわけだから、当然知ってるよね。


「えぇ、そうなの!?」


 一方、フラルは悲鳴のような声を上げた。お酒と砂糖はどうしても材料がかぶるってわかったからだろう。甘い物好きのフラルとしては、あまり歓迎したくない事実だ。


 正確に言えば“甘いもの”じゃなくて糖類がお酒になるんだけどね。とはいえ、詳しく説明しても理解してもらうのは難しいだろう。とりあえず、今は甘いものがお酒になるという認識で十分だ。


「甘さが酒に変わるってんなら、できるだけ甘い方がいいんだろ? 何がいいかねぇ?」

「だ、駄目だよ! 樹液以外にも甘いものは貴重なんだから!」


 淡々と材料の選定に入るウル婆に、フラルが制止をかける。彼女としては、酒作りのために数少ない甘味が失われることが許容できないのだろう。僕としても……というかお酒を飲まない子供は、きっとフラルに味方するはず。


「実は樹液の他に同じくらい甘いものがあるんだよ」


 だから、僕が提案するのはもっと別のものだ。今はまだ食べ物として認識されていないみたいだけど、アレならばお酒作りにも十分な糖度があるはず。


「その材料ってのは何なんだ! 教えてくれ、グレゴリー!」


 父さんが僕の肩を掴んだ。うかうかしてたら、昨日の二の舞だ。さすがに僕も学習したから、即座に答える。


「この辺りに生えてる背の高い草があるでしょ。たぶん、あれからお酒が造れると思うよ」

「背の高い草? あれでか」


 父さんをはじめ、おじさんたちは信じられないといった様子だ。まあ、見た目はただの草だものね。でも、アレはきっとサトウキビだ。先日、対価の支払いでこの辺りにきたときから目をつけていたんだよね。


 とはいえ、見た目が似ているだけの別物の可能性もある。まずは、ちゃんと確認しないと。


「試しに一本刈り取ってみてよ」

「あ、ああ。やってみるか」


 半信半疑ながらも父さんが頷く。スピーディな返事を心がけたおかげで、首ガクガクを回避できた。


 サトウキビは、とても背が高い。僕らの身長を越え、高いものでは2mくらいまで成長している。その上、茎がとても硬くて手で千切るというわけにもいかない。取り巻きのおじさんがどこからともなく石斧を持ってきたので、父さんがそれを使って茎を断ち切った。


「ほら、刈ったぞ」

「ちょっと貸してみて」


 石斧で切ったから切断面はぐちゃぐちゃだ。その部分をひと囓りしてみる。じゅわりと汁が溢れて口の中に広がった。


「うん、甘い!」

「グレ、アタシもアタシも!」

「ああ、うん。はいどうぞ」


 さっきまで疑わしそうにしていたフラルだけど、甘いという言葉を聞いた瞬間、即座に飛びついてきた。仕方なく、僕の持っていたものを手渡す。囓りかけだけど、あまり気にしてないみたい。


「本当だ! 甘~い!」


 ひと囓りしたフラルがニッコリと笑う。満足できる甘さだったみたいだ。そうなると、レンデミルも黙って見てはいられない。


「お姉ちゃん、私も! 私も囓る!」

「あ、そうだね。ハナマガリ、半分にしてよ」

「はいはい。わかったよ」


 父さんに頼んで仲良くはんぶんこだ。レンデミルもニコニコでサトウキビに齧り付いた。こちらも満足そうに頬を緩めている。


「で、どうなんだい? 酒は作れるのかい?」


 フラルとレンデミルは甘い汁で満足できても、大人組はそうもいかない。ウル婆が、さっさと教えろと詰め寄ってきた。


「大丈夫ですよ」


 僕が答えると、わあと歓声が上がった。大袈裟だなぁとは思うけど、それだけお酒を望んでいたってことなんだろうね。


 喜びに沸くおじさんたちとは対照的に、ウル婆は落ち着いている。その目をギロリと光らせて僕を見た。


「じゃあ、アンタ、わかってるだろうね?」


 材料がわかっても、それだけじゃお酒は手に入らないものね。課題って形でまた僕に作らせるつもりかな?


 でも、それはさすがに困る。僕だってやることはあるんだ。お酒作りばかりしてられない。


「作り方は難しくないので、教えますよ」

「ぐぬぬ……そうなると独り占めはできないねぇ。まあ、仕方がないか。昔の弱みを持ち出せば何人かからは巻き上げられるはずだしね」


 物騒なことを呟くウル婆は放置して、大人たちにお酒の作り方を教える。といっても、教えることなんてほぼないけど。サトウキビの絞り汁なら十分な糖度があるから、ヤシ酒と同じように一晩放置すればお酒になっているはずだ。


 だから、教えるのは主に汁の絞り方。それもやることはシンプルだ。外側の固い皮を削いで、中身を細断。あとはとにかく絞るだけだ。


 説明を聞き終えた大人たちは喜々としてサトウキビを刈り取りはじめた。先頭に立つのはウル婆と父さんだ。あの二人ならきっと上手くやってくれるだろう。


 しめしめと僕は思う。


 砂糖の生産効率という意味では、たぶん樹液よりもサトウキビの方が優れている。それならば何故、サトウキビによる砂糖作りに手をつけなかったかというと、子供の僕らには作業負荷が大きすぎると思ったからだ。


 というのも、サトウキビの茎はとても硬い。たくさん砂糖を作ろうと思えば、サトウキビも何本も刈り取らなければならないから、なかなか大変な作業なんだ。


 それだけじゃない。樹液と違って、汁を集めるのも大変だ。ヤシの樹液は切り口に竹筒をセットして溜まるのを待つだけだったけど、サトウキビはそうもいかない。十分な汁を得るためには、しっかりと絞り取らないと駄目だ。試したことがないから想像に過ぎないけど、きっと重労働だと思う。子供だけでやるのはちょっと無謀だ。


 でも、大勢の大人なら? しかも、やる気は十分。きっと、やり遂げてくれるんじゃないかな。


 お酒は嗜好品だ。それもまた、生活を豊かにしてくれる一要素に違いない。僕らにはあまり恩恵がないから後回しにしてたけど、自分たちで生産するというのなら大歓迎だ。


 残念なのは交易品として扱えないこと、かな。自然発酵したお酒は、アルコールが分解されるのも早いんだ。そのまま放置しておくとすぐに酢になっちゃう。お酒の状態に保つには火入れしてから滅菌状態を保たないといけない。これが現状だとちょっと難しいんだ。


「ふぅ、どうなることかと冷や冷やしたが、安心したぜ」


 こそこそと近づいてきたのはキノボリだ。そういえば、途中から姿が見えなかったね。


「キノボリ、何処に行ってたの?」

「別にずっとここにいたさ。レンデミルを置いていくわけにもいかないだろ。まあ、気配を消して、できるだけ目立たないようにしていたけどな」


 レンデミルは二歳。まだまだ幼い。人見知りが激しいところもあるし、兄としては目が離せないんだろう。僕もソフィのお兄ちゃんだから、その気持ちはわかる。


「でも、それなら何で隠れてたの?」


 そう聞くとキノボリはバツが悪そうな顔をした。


「酒作り用の樹液まで集めろって言われたかもしれないだろ?」

「あはは、そういうことか」


 僕やフラルは酒作りによって材料が取られることを懸念していたけど、キノボリは作業量が増えることを気にしていたみたい。


 あり得ない心配とは言えないね。今だって、砂糖作りの樹液採取は彼が一手に引き受けている。いわば専門家だ。ゴブリンは基本的に怠惰だし、専門家がいるなら任せれば良いって感じで押しつけられる可能性は十分にあった。


「大人たちがやる気になってくれて助かったね。あの人数で作業するならきっと余剰分が出るよ。それを砂糖作りに回せば、キノボリの負担も減るかも」


 励ますつもりで言ったんだけど、返ってきたのは苦笑いだった。


「おいおい、グレゴリー。見通しが甘いぜ。大人たちの顔を見ただろ。絶対に材料が余ったりしないって。賭けてもいい」

「ええ、そうかな?」

「そうだよ。むしろ、あの草がなくならないか心配した方がいいぜ」


 そんな馬鹿なと思ったけれど、キノボリの懸念が大袈裟じゃないとわかるまで時間はかからなかった。


 本当に消費しきれるのってくらい刈り取ったあと、へとへとになりながらも汁を搾って、全てお酒に変えた上にその日のうち全部飲んじゃったからね。しかも、それだけ大騒ぎすれば、他の大人たちも気付くわけで。その日以降、お酒造りに参加するメンバーが増えたらしい。


 これはまずいね。サトウキビが全滅する前に栽培できるようにしておかないと。まあ、その辺りのことはウル婆が管理してくれるはず。継続的にお酒を飲むためなら、大人たちも努力を惜しまないだろうしね。


 いや、本当に凄い。

 お酒って、そんなに飲みたいものなんだね。僕にはまだわかんないや。

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