14. 課題を与える!
「グレゴリー、それは本当かい!?」
ウル婆が凄い迫力で僕の肩を掴む。しわしわの細い腕にどこにそんな力があったのか不思議なくらいの力強さだ。もうちょっと手加減して欲しいなぁ。
最初は、衛生面について何か改善できることはないかと話していたんだ。そこで僕が挙げたのはアルコール除菌。といっても、高濃度のアルコールが必要だから、現状では実現できないことはわかっている。だから、ただの一例というか、将来的にこんなことができればいいねっていうくらいの話だったんだよ。ところが
「アルコール……つまり、酒かい。たしかに、酒には
なんて、ウル婆が言うからさ。砂糖作りに使うヤシの樹液でお酒が造れることを教えてあげたんだ。そしたら、この反応なんだよ。
「で、どうなんだい? 作れるのかい? 作れるんだね?」
答えずにいたら、
「で、できます! できますから、止めてください!」
たまらず、できると答えると、ウル婆の動きがピタリと止まった。ただし、肩はがっしりと掴まれたままだ。
「いいかい、グレゴリー。今からアンタの師匠として一つの課題を与える」
「え? 弟子なのは形だけって……」
「課題を与える!」
「……はい」
拒否したところで会話がループしそうな気配だ。僕は諦めて頷いた。ウル婆が満足そうに頷く。
「アンタへの課題は――――樹液で酒を作って、アタシのところに持ってくることだよ!」
だよねぇ。
溜めまで作って宣言したけど、完全に予想通りだ。まあ、いいけど。
ヤシ酒作りは難しくない。というか、樹液さえ確保できるなら何もしなくていいんだよね。村周辺は十分に暖かいから、一晩放置してたらお酒になっているはずだ。
キノボリに事情を話して、砂糖を作るための樹液を一部譲ってもらい、家の隅に置いておく。
「あら、甘い香りね」
「お、また砂糖ってヤツを作ってるのか?」
「だぅ?」
樹液の甘い香りに、母さんと父さんが興味を示す。さすがに、ソフィはまだよくわかってないみたいだけど。父さんの腕の中で、何故か両手を上下させてる。元気いっぱいだ。
砂糖については二人とも知ってる。調味料として持ち帰ってるからね。今のところ、お茶に入れるくらいしか使い道がないけど。
「材料は同じだけど、今回はお酒を造ってるんだ。できあがるまでここに置いておくから、持っていかないでよ?」
父さんと母さんなら大丈夫だと思うけど、念のため持ち去らないようにお願いする。
だけど、失敗だったかもしれない。母さんはともかく、父さんの目の色が変わった。
「お、おい、グレゴリー! 今、酒って言ったか? 言ったよな! 酒って!」
「ちょっと落ち着いてよ、父さん。ソフィがびっくりしちゃうよ」
「おっと、そうだな。すまん」
突然大きな声を出すものだから注意しておく。まあ、当のソフィは平気な顔でだぁだぁ言ってるけどね。
「本当に酒なんて造れるのか?」
お酒のことがよほど気になるみたい。父さんは、母さんにソフィを預けながら話を続けた。言葉は疑っている風だけど、目は
「初めて作るけど、たぶんできるよ」
「当然、父さんにも飲ませてくれるんだよな?」
「いや、これはウル婆からの課題だから……」
「ぐっ……婆さんか」
ウル婆の名前を出すと、父さんは一瞬だけ怯んだ様子を見せた。だけど、諦められないみたい。
「だが、初めてなんだろ? ちゃんとできているか、確認が必要じゃないか?」
うっ……痛いところを突いてくる。
実際の話、僕が知ってるのはあくまで作り方の概要だけ。環境の差異が与える影響もあるだろうから、初めてのお酒作りが成功するとは限らない。とはいえ、
「駄目だよ。その確認をウル婆にしてもらえばいいんだから。そもそも味見するほどの量はないよ」
キノボリに分けてもらった樹液はそれほど多くない。採取量がまだまだ足りないんだ。フラルとレンデミルの反発を考えると、砂糖作りも
「そんな……」
きっぱり断ると、父さんはこの世の終わりみたいな顔をして、がっくりと肩を落とした。だけど、すぐに顔を上げ、ぶつぶつと呟く。
「業突く張りな婆さんだ。酒を独り占めするつもりだな? そうはさせんぞ……!」
ふいに、父さんが僕の肩を掴んだ。猛烈に嫌な予感がする。
「グレゴリー! 明日、婆さんのところに行くときには付いていくからな? な? おい、聞いてるのか?」
父さんが僕の肩を大きく揺らす。前後左右に振り回され、僕の頭もぐるんぐるんと回る。世界も回る。
「ちょっと、お父さん! 何をやってるの! グレゴリーが目を回してるわ!」
「あ……すまん」
母さんが叱ってくれたおかげで、ようやく父さんの暴走が止まった。ここまで必死になった父さんは初めて見たよ。
今は落ち着いているけど、父さんのあの目はお酒を諦めてるとは思えない。また同じ目に遭わされては
そして翌日。ウル婆の家を大勢のゴブリンが取り囲んでいた。
「おい、婆さん。酒の独り占めは良くないな」
「そうだ!」
「いくら呪い師とはいえ許せないぞ!」
その多くは壮年ゴブリンだ。どうやら、昨日のうちに父さんが声を掛けて回ったみたい。ウル婆に対抗するため、数を集めたってところだろう。
どう考えても失策だ。だって、ただでさえお酒の量は少ないのに。仮にウル婆からお酒を飲む権利を勝ち取っても、その後仲間割れが起こるのがわかりきってる。そんな判断もつかなくなるほど、お酒って飲みたいものなのかな。
まあ、でも仲間割れの心配はないね。ウル婆にも全く譲る気はないようだから。
「馬鹿を言うんじゃないよ。弟子に与えた課題を師匠が確認する。何もおかしなところはないじゃないか。さて、じっくりと弟子の成果を確認するとしようか」
「「「あぁ!?」」」
言うが早いか、ウル婆がヤシ酒の入った竹筒を口に当て傾ける。取り囲んだおじさんたちから悲鳴が上がった。
ウル婆の喉がこくこくと音を立てる。それを悲しそうな瞳で見つめるおじさんたち。一瞬の間があき、ウル婆が空になった竹筒を掲げた。
「美味い! ちゃんと酒になってるね! 良くやったよ、グレゴリー!」
高らかに宣言するウル婆。項垂れるおじさんたち。思った以上に大きな騒ぎになったけど、これで終わるなら問題ないんだ。
でも、終わるわけがない。
「さすがは俺の子だ。さて、グレゴリー。樹液があれば、酒は作れるんだよな? 次はたくさん作ろう。な?」
妙に迫力のある笑顔で父さんが言う。周囲のおじさんたちからも賛同の声が上がった。
「それについてはアタシも同感だね。一度は途切れた酒作りの文化。途絶えさせてはならないと思うんだが、どうだい?」
ウル婆が澄ました顔で提案する。文化がどうのとそれらしきことを言ってるけど、未練がましく手にした竹筒が全てを物語っている。要はもっと酒を飲ませろってことだ。
「良いことを言った! さすが呪い師!」
「そうだよな! 酒作りは文化だ!」
「途切れさせちゃあいけねえ! もっともな話だ!」
さっきまで対立していたはずなのに、ウル婆に同調するおじさんたち。何という変わり身の早さ!
そんなときに現れたのがキノボリ、レンデミル、フラルの三人。砂糖を作るために鍋を借りに来たんだ。だから、これは偶然じゃない。必然だ。
「な、何でみんなして集まってるんだ?」
「どうしたの、グレ?」
妙に興奮するおじさんたちに少し引き気味のキノボリ。その彼の背中に隠れたレンデミル。何も気にせずあっけらかんとした様子のフラル。三者三様の反応だ。
「ええとね――」
フラルたちにも関係があるので、順を追って丁寧に説明した。
お酒と砂糖。材料は共通してサトウヤシの樹液だ。お酒を大量に作るとなると、その分、作れる砂糖の量が減る。そんなこと、フラルとレンデミルが許すわけがなかった。
「何言ってるの! 樹液は砂糖を作るために採ってるんだよ! お酒に使うなんてもったいないことしないからね」
「絶対に駄目!」
大勢の大人に囲まれても、強気なフラルは一歩も引かない。人見知り気味のレンデミルまで語気を強めて反対する。
もっとも、それで退くような大人たちではない。
「何を言ってるんだい。砂糖なんて、今のところほとんど使い道がないじゃないか! その点、酒ならそのまま飲める。みんなが望んでるんだ。酒を作るべきだよ!」
「砂糖だって、そのまま舐めればいいでしょ! お酒より砂糖が好きな人もたくさんいるよ!」
激しく言い争うウル婆とフラル。両者一歩も譲らない。永遠に交わらない平行線だ。このままでは
「グレ! 何か良い案はないの?」
「そうだよ! アンタなら何か考えがあるだろ!」
え、ええ?
ここで僕に振るの……?
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