13. 必要技能は木登り

「じゃあ、蜜を出る木を探すんだね!」


 早速、フラルの樹液を出ている木を探そうと走り始める。それを慌てて止めた。


「フラル、待って! 樹液はこの木から採るから!」

「え? この木?」


 急ブレーキで立ち止まったフラルが戻ってくる。目の前の木を見上げて首を傾げた。


「グレゴリー。この木は樹液、出てないよ?」


 イアンも不思議そうに僕の顔を見た。たぶん、傷ついた木から自然に漏れ出る樹液を想像しているんだろうね。でも、それじゃ効率が悪い。


「うん。だから、これから樹液を出すんだよ」


 目の前にあるのは、椰子の木の一種。とはいっても、ココナッツが採れるココヤシじゃなくてサトウヤシだ。その名の通り、砂糖づくりに利用されている木だね。僕の知識は夢の世界のものだけど、胡椒っぽい植物もちゃんと胡椒だったし、この木の樹液からも砂糖が作れる……と思う。まあ、試してみればわかるよ。


「ええとね。たしか、まず、花が咲く部分をぽこぽこ叩く」

「それ、何か意味があるの?」

「たしか、樹液って、木が傷を保護するために出すんだよ。だから、予め叩いて傷つけておくことで、その分、蜜が出やすくなるはず」


 正直に言えば、傷の修復云々についてはよくわからない。だけど、僕の頭にある知識によれば、叩いておくことで樹液の採取量が増えるのは確かみたい。まあ、理屈はともかく結果がわかっていれば問題はないよね。


「花が咲く部分って、どれだい?」

「あの上からたくさんぶら下がってるヤツだよ」


 幹から葉っぱが枝分かれして生えているんだけど、その生え際近くから細めの枝みたいなのがわさっと出てる。そこにたくさんの花をつけるんだ。


「……高くないかい?」

「そうなんだよね……」


 問題はキーナが指摘した通り高さ。低めの位置でも二m以上の高さはある。ゴブリンの僕らじゃ、とても届かない。


「イアンに肩車してもらって、長い棒で叩けばって思ったけど……それでもちょっと厳しいね」


 ってことは、木登りした状態で叩かないと駄目だ。


「みんな木登りは得意?」


 聞いてみたけど、返ってきたのは微妙な反応。こんな森の中に暮らしてるのに、みんな木登り苦手なの? いや、僕も得意じゃないけどさ。


「……お前たち、何してるんだ? 木なんか見上げてさ」


 どうしたものかとサトウヤシの木を眺めていたら、呆れたような声が聞こえてきた。視線を向けるとそこには二人のゴブリンがいる。


 そのうち、片方は見覚えがあった。先日、イワアタマが連れてきた集団の一人だ。もう片方はたぶん見たことがない。子供というにもまだ幼い。人間で言えば、幼稚園児くらいかな。


「あ、キノボリ!」


 フラルがやってきた少年ゴブリンに声を掛けた。


 彼がキノボリか。たしか、例の争いごとのあと、わざわざ謝りに来てくれた子だ。


「そっちの子は妹かい?」

「あ、ああ。名前はレンデミルだ」


 キーナの問いかけに、キノボリが頷く。少しぎこちないのは、不良グループにいたころの因縁のせいかな。


 キノボリはイワアタマたちに脅されてグループに所属していた。彼らの暴力の象徴となっていたのが戦士のキーナだ。彼女自身が暴力をふるったことはないけど、イワアタマに何かあれば彼女が出張ってくると思われていたみたい。そんな関係性だったので、キノボリはキーナに苦手意識があるんだと思う。それでも、普通に話そうとしてる様子なので、いずれは解決するんじゃないかな。


「こんにちは、レンデミル」

「こ、こんにちは」


 挨拶をすると、レンデミルは兄であるキノボリの後ろに下がった。ひょこりと頭だけを出している。人見知りするタイプかな。


「珍しい名前だね」

「そうか? レンデをよく見てたからレンデミルだ」


 ゴブリンにしては珍しい名前だ……と思ったらそうでもないみたい。少し前までよく見ていた赤い実の名前がレンデなんだって。そう聞くと、確かにゴブリン流の命名規則に従っている。


「で、お前たちは何をやってたんだ?」


 改めて、キノボリから質問された。四人揃ってごく普通の木を眺めてたから、疑問に思ったのかな。


 別に隠すことでもないので、樹液から砂糖を作ろうとしていることを話す。あわよくばキノボリが興味を持ってくれるといいなと思っていたけど、良い反応をみせたのはレンデミルの方だった。


「……甘いの?」


 キノボリの背中に隠れてはいるけど、もう半分くらい体が出ちゃってる。目がキラキラと輝いているから、甘いものが好きなんだろうね。


「甘いんだって。でも、アタシたち木登りが苦手で困ってたんだ」


 レンデミルに答えながらも、フラルの視線はキノボリへと向いている。それに続いて、イアンとキーナも彼を見た。


「お兄ちゃん」


 釣られてレンデミルも兄を見る。


 僕らは何も言わない。でも、視線は雄弁だ。僕らの無言のプレッシャーに耐えかねたキノボリは大きく息を吐いた。


「わかったよ。何だか知らないが、手伝ってやる!」


 おお、ありがたい!

 僕らはキノボリの自発的な協力を喜んだ。フラルとレンデミルなんか、喜びのハイタッチを交わしてる。


「やったね、レンちゃん!」

「うん!」


 仲良くなるの、早くない?

 まあ、フラルらしいけどね。


「これを使って」

「はいよ」


 気が変わらないうちにと、そこらに転がっていた棒きれを手渡す。受け取ったキノボリはその名に恥じない手慣れた動きでスルスルと木に登っていった。あっという間に三mくらいの高さまでたどり着くと、手にした棒で花序と呼ばれる部分をばしばし叩く。


「このくらいでいいか?」

「もうちょっと頑張って!」

「マジかよ……。片手じゃ叩きづらいんだよなぁ」


 ある程度叩いたところで、キノボリが降りてきた。バランスをとりながら片手で棒を振り回すのは大変らしく、疲れた疲れたとぼやいている。


「叩いたあとはどうするの?」


 フラルが期待の目で僕を見る。隣ではレンデミルが同じ目をしていた。


 あはは……どうしよう。今更、これを数日間続けるとは言い出しにくい雰囲気だ。まあ、きっと今の状態でもある程度は樹液が出るよね。


 って、ことで予定を変更して、今日から採取を試みることにした。


 やり方は難しくない。さきほど叩いた花序の部分の根元近くを切る。切り口から樹液が出るのでそれを貯めればいい。ちゃんとやれば長期間に渡って甘い樹液が採れるみたい。


 花序を切るには鉄のナイフを使う。これもウル婆に借りたものだ。容器は竹の筒。竹はその辺りに幾らでも生えている。上手く割れば、節が底になって液体を入れる容器に使えるんだ。今回はその上端に紐が付いている。紐を花序の根元に引っかけて、樹液が溜まるまで吊しておくつもりだ。


 それらの処理もキノボリに任せた。ぶつくさ言ってたけど、最終的にレンデミルのお願いには勝てなかったみたい。


 樹液が溜まるまでしばらくかかるので、その間に僕らは訓練をする。キノボリとレンデミルは参加するでもなく、ただ僕らの訓練をぼんやりと眺めていた。特に面白くもないだろうにと思ったけど、やることがなくて暇なのかもね。


「わぁ! 蜜がいっぱい!」

「すご~い!」


 訓練が終わったころに筒を確認すると、思った以上に樹液が溜まっていた。と言ってもコップ一杯分もないけど。


「ええと、舐めてみる?」


 聞くまでもないけど、一応、聞いてみる。予想通り、満場一致の賛成だったので、みんなで少しずつ掬って舐めた。とろりとした樹液はそのままでも十分甘い。


「あま~い!」

「美味し~!」


 みんな顔を綻ばせているけど、特にフラルとレンデミルの喜びようは凄い。二人で手を繋いで、その場でくるくる回っている。


「これをもっと甘くするんだっけ?」


 不思議そうな顔で聞いてくるのはイアン。このままでもいいのにって思ってるのかな。


 でも、樹液の状態だと保存性に問題があるんだ。


「そうだよ。このまま放っておくとお酒になっちゃうからね」

「えぇ!? それはもったいないよ!」


 断固反対という様子で、フラルが主張する。同調するようにレンデミルが小刻みに何度も頷いた。お酒はお酒で需要があるんだろうけど、僕らにとっては甘いものが大事だものね。


 あれ? そう言えば、ゴブリンってお酒、飲むのかな。よく考えれば、今までお酒を飲んでる人、見たことないかも。


 でも、フラルの口ぶりからして、お酒自体は知ってるみたい。まあ、熟した果物が自然発酵してお酒になることもあるし、ないことはないのかも。


「でも、砂糖を作るには蜜が足りないんだよね。だから、キノボリにはもうちょっと協力して欲しいんだけど」

「……わかったよ。その代わり、俺たちにも分け前を寄越せよ?」

「それはもちろんだよ」


 渋々ながらキノボリが頷く。彼としては一時的な協力のつもりだったかもしれないけど、残念ながらそうはいかない。後日、作った砂糖をみんなで味見したとき、案の定、レンデミルは大喜びした。そのときに継続的な協力をお願いしたんだ。レンデミルの後押しもあって、キノボリは早々に陥落したよ。


 というわけで、僕らは砂糖づくりに関して強い味方ができた。

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