12. 食生活を豊かにしよう
「それで呪い師になっちゃったの?」
「そうなんだよね」
僕は、いつもの訓練場で、いつものメンバーに昨日の出来事を話した。呪い師になったと聞かされたフラルは不思議な表情をしている。驚いてるのかな。呆れてるのかな。その両方かもしれない。
「そんな! 一緒に戦士団に入るって約束したじゃないか!」
大きな反応を見せたのはキーナだ。胸倉を掴む勢いで詰め寄ってきた。
まあ、無理もないかな。この中で戦士というものに一番思い入れが強いのが彼女だもの。でも、大丈夫。
「呪い師になったと言っても肩書きだけだよ。あと、別に戦士団に入るのは構わないんだって。ウル婆が言ってたよ」
「え、そうなの? 良かったよ」
戦士団に入るにあたって問題はないと告げるとあっさりと解放された。まあ、そうじゃなきゃ僕も迷っていたところだ。
呪い師になるにあたって、僕はウル婆の弟子ということになった。といっても、あくまで形だけ。どちらかと言えば、僕らは対等な協力者という間柄だね。僕の持つ夢の世界の知識とウル婆の呪い師としての見識を互いに教え合うんだ。そして、一緒にゴブリンの生活向上を目指す。
それだけなら、わざわざ呪い師になる必要はないんだけどね。それでも弟子入りという形で呪い師になったのは、率直に言うと箔付けのためだ。
呪い師と言えば、村でも頼りにされる存在。戦士団へも一定の影響力がある。何の実績のない僕にそこまでの発言権はないだろうけど、そこはそれ。弟子ってことで、ウル婆の威光を多少なりとも利用することができるってわけ。
つまり、呪い師の肩書きは説得力をかさ増しするための下駄ってことだね。ウル婆は使えるものは何でも使えって言ってた。
「じゃあ、今までと変わらないんだね?」
「そういうこと」
「良かった~」
問いかけに肯定すると、イアンがニッコリ微笑んだ。相変わらず、普段の雰囲気はのんびりだ。だけど、前ほど反応は鈍くない。今の彼なら“ウスノロ”って名前をつけられることはないだろうね。
さて、呪い師になったからと言って、僕の目標は変わらない。豊かな生活を目指すのみだ。そのための方策も色々考えてる。
例えば、衛生面。これはとても重要。特にソフィには。まだ赤ちゃんだから、ちょっとしたことで体調を崩す恐れがある。もちろん、ソフィにどうこうすることはできないから、僕たちで気をつけないと。
清潔な状態を保つには石けんが欲しいところだけど、作り出すのは簡単じゃない。だから、代わりのものを見つけた。夢の世界ではムクロジと呼ばれていた木の実だ。この実を水にさらしてからじゃぶじゃぶやると、不思議なことに泡が出る。天然の石けんなんだ。これで、ソフィのおしめも清潔にできるよ。
ソフィだけじゃなく、ゴブリン全体に広めたいんだけどね。ひとまず、それは保留……というか急がずゆっくりやるつもり。ウル婆さんでさえ諦めたくらいだから、怠惰なゴブリン族に習慣を変えさせるのは簡単じゃない。もっとはっきりと恩恵がわかることから始めないとね。
となると、わかりやすいのは食事関連だと思うんだよね。それだとイアンのやる気も出るし。
今のところ、考えているのはウサギの家畜化。あとは、ハーブ園と竈を作ること、かな。工夫すれば食べ物が美味しくなるとわかって貰えれば、みんな豊かな生活に興味を持ってくれるはずだ。
欲を言えば、調理器具も充実させたいところだ。道具が増えれば、料理法も増える。作れる料理だって増える……はず。それでも、現状では諦めざるを得ない。ゴブリンの加工技術が低すぎるんだよね。
手先が不器用とか、経験がないとか。問題は色々あるけど、最も厄介なのは加工するための道具がないこと。火すら使わないゴブリンが扱うのはせいぜい石製の道具くらい。それじゃあ、木材加工さえ
だから、道具とかを作るのはきっぱり諦めた。それらはあるところから譲ってもらえばいいんだ。
幸いなことに、ウル婆が持っていた煙管や火打ち石から、この世界のどこかに金属加工の技術があることはわかっている。他の種族と交易でもすれば、手に入れることも不可能じゃないはず。
問題は肝心の交易相手がいないことなんだけどね。僕が見たことのある異種族なんて、オークくらいだ。アイツらとの交易なんて考えられない。だから、現状では全く当てがないんだけど……。
まあ、交易相手については後々考えるとして、交易するなら他に必要なものがある。お金……ではない。ゴブリン社会に貨幣は流通してないんだ。代わりに必要なものは、価値のある商品。つまり、物々交換で相手に譲るものだね。
ゴブリンにそんなものが用意できるかって話になるけど、何かしらあるんじゃないかとは思ってる。幸いなことに、僕らの住む森は豊かだ。例えば、僕が調味料に使う胡椒。夢の世界の話だけど、同じ重さの金と取引されていたこともあるらしい。僕らの世界でも同じ価値があるとは限らないけど、交渉材料の一つとしては使えるんじゃないかな。
「ほへぇ……?」
と、勢いのまま僕が思っていることを語っていたら、フラルとイアンが魂の抜け出たような
「グレゴリーが色々考えてることはわかったよ。それで、これからどうするんだい? 私たちに手伝って欲しいという話だったけど……」
軽く頭を振りながらキーナが聞いてくる。まるで、これ以上聞くのは耐えられないって様子だ。おかしいな。未来のあれこれを想像するのって楽しくない? 何でそんな顔するの?
まあ、いいや。時間を無駄に出来ないのも確かだから。
「そうそう。せっかくだから、価値のある商品を増やそうと思って」
「……食べ物?」
頭から湯気でも出てそうな様子だったイアンがぴくりと反応した。あいかわらず、食べ物のこととなると勘が良いね。
「そうだよ。とっても、甘いものを作ろうと思って」
「甘いもの!」
同じく再起動したフラルが目を輝かせている。彼女、花の蜜を吸うのが趣味みたいなところがあるからね。絶対に食いつくと思ったよ。
「ふふふ。グレゴリーは二人の扱いが上手いね」
キーナは二人に比べると冷静だ。ただ、どことなく愉快そうな雰囲気がある。面白がってはいるみたい。
「キーナは甘いもの、興味ないの?」
「そんなことはないよ。楽しみだね。肉串も美味しかったし、今度も期待してるよ」
良かった。キーナにも美味しいものの魅力は伝わってるみたいだ。
「君たちは見ていて本当に飽きないね。欲を言えば、もうちょっと訓練に力を入れてくれると、私としては嬉しいかな」
「あはは……これが終わったら訓練もするから」
「楽しみにしてるよ」
でも、訓練もするようにって釘を刺されちゃった。もちろん、ちゃんとやるつもりだけどね。
さて、甘いものを確保するために移動する必要がある。と言っても、遠くまで行く必要はない。目的のものはそこかしこに生えているからね。
「あ、わかった! 木の蜜だ!」
「甘くて美味しいよね~……」
僕らの前にはとある樹木が生えている。それを見て、フラルとイアンが“甘いもの”の正体が樹液だと気がついたみたい。ほぼ正解だ。
「その樹液をもっと甘くしようと思ってるんだ」
「そんなことできるの?」
「別に難しいことじゃないよ」
僕がやろうとしているのは砂糖作り。樹液を煮詰めれば良いだけなので難しくはないけど、道具が必要になる。幸いなことに、ウル婆の家に鍋があったのでそれを使わせてもらおう。貴重なものだから壊すなとは言われてるけど、道具は使ってこそだからね。
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